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トイレの神様

 

前田さんのスナックのトイレがとてもきれいだった。

「この仕事を始めるようになってからトイレを掃除する習慣になった。暇さえあればトイレをチェックして掃除している。トイレには神様がいるって俺は信じている」

前田さんは以前も神の存在を語り、それは貧乏神のことだった。長く蒲団を干さないで掃除をしないでいるとゴキブリが卵を産み、孵化する。小さいゴキブリの赤ちゃんたちを前田さんは天使と呼んだ。

ゴキブリは汚いところに住み着く。貧乏の家は汚いことが多い。金持ちの家はきれいでゴキブリがいない。貧乏な家にエサ(栄養)が豊富で、金持ちの家に栄養(エサ)がない。ゴキブリにとって金持ちなんてなんの意味もない。この場合、神の使いは貧乏人の家を訪れる。貧乏人をつくる神と金持ちをつくる神は違う。貧乏神はゴキブリと貧乏人のところを訪ね歩き、福の神は金持ちの家に行く。

「自分のトイレを掃除するのはいいけど、人が汚したトイレって嫌ですよね?」

「そんなことはない。俺は掃除する」

「自分の店のトイレだからでしょ?」

「他の店でも掃除する。そういう習慣になった。神様がみている」

「ウソくさいなあ。じゃあ、駅のトイレは?」

「掃除する」

「絶対ウソだ、あんなの毎回掃除してたら他のことができなくなる、待っている次の人にも迷惑だ」

「いちいちしゃがみこんでゴシゴシとは磨かないよ。でも自分がつかったあとは他の人の汚した分も拭き取る」

駅のトイレの汚れはそんなものではない。次から次にこびりついていき、トイレットペーパーで拭き取れるレベルではない。タワシやモップをつかわなければ掃除できない。

私も最初に汚した分はきちんと掃除する。当たり前のことで、確認してからトイレを出る。

しかし、駅のトイレの汚れはひど過ぎる。特に和式便所は次から次に汚され、入るのもみるのも嫌だ。

男女が共につかう洋式トイレの場合、女性が男に使用後に便器のイスを下ろすように注意する。男は小便をする時、イスをあげて小便をする。女はいつもイスを下ろしている。下ろしてもいいが、イスを上げることによって汚れに気付くという事実もある。

男性用の個室便所で小便をする人はいないからずっとイスが下ろしてある。イスの裏の汚れがひどい。

男が洋式トイレで小便をする時、イスを上げ、イスの裏側の汚れに気付いて掃除する。大便をしたことを恥と考え、ばれないようにイスを上げてから個室を出る男は多いから、イスの裏を汚してしまったことに気付いて掃除する。

トイレの汚れはたまればたまるほど最後に掃除する人が嫌な思いをする。最初に汚した人が責任を取ってきちんと拭き取っていけばみんなが気持ちのいい思いをする。外国からほめられるような、そんなきれいな日本のトイレにいつか必ずなる。いつも誰かがみている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
今時のファン

 

酒場で前田さんのファンに会う。前田さんがスナックをはじめたことを教えると、「行きたい!」というので、営業時間や場所を詳しく教えるが、みな行かない。

詳しく聞いてみると本も買っていない。前田さんの著作は20作近いが、1万部以上売れたものはない。これが今のファンの現実で、ブログをチェックするぐらいがファンと呼べるものなのかもしれない。お金を出して店に会いに行くほどファンではない、本を買うほどでもない。

前田さんのブログのアクセス数を聞くと1日50から100だという。ツイッターのフォロワー数は1000で、今はツイッターのフォロワー数をみれば、その人の商品価値と影響力がある程度はわかってしまうような気がする。だからツイッターはやらない方がいい人もいる。インターネット時代、個人の時代、といわれて久しいがやはり今でもテレビで活躍する人のフォロワー数がすごい。数十万人、100万人を越す。それに比べて出版界の人気者たちのフォロワー数はなかなか1万人を超えない。

インターネットが普及する2000年以前、私はたくさん本を買った。面白い本を読むと、著者にファンレターを書き、会いに行き、酒を飲んで原稿を依頼した。前田さんの著作も全部読んで会いに行き、酒を飲んだ。私はずっと前田さんのファンで、前田さんを応援し、前田さんの本も編集した。

インターネットで前田さんの情報を検索していくと、ファンの方が前田さんの名刺の写真をブログにのせていた。自宅の電話番号がはっきりと書いてあるので、前田さんに伝えると、

「別にかまわない。みんな気にし過ぎ。電話なんてかかってきたことは一度もない」

前田さんがトークショーを開いたが私はいかなかった。後日話を聞いたら知り合い以外のお客さんは2人だった。

前田さんのギャラは売り上げの3割で、売り上げは3000円だったので900円だった。

「電車賃が往復で680円かかったから、時給で計算してみると44円だった。働けば働くほど金がなくなる」

有名なだけでは食べていけない。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
今時の若者

 

35歳を過ぎた頃からオヤジ扱いされるようになっていった。 

頭がハゲたり、洋服にかまわなくなったり、集まった酒場で一番年上だったりする。

35歳を過ぎると筋肉がゆるんでおちはじめ、体型が変わりはじめ、一流デパートで買う服よりも、近所のスーパーで買った洋服の方が着心地がいい。一流デパートの洋服は痩せて、しまった体の若い人用につくられ、スーパーの服は太ってたるんだ35歳以上の人用につくられているのは客をみてもよくわかる。正直、アメリカのリーバイスより日本のエドウィンの方がゆったりして動きやすい。

35年も生きていればそれまで馴染んできた世の中の風習も変わっていき、感覚が新しいものに適応できなくなり、適応力のすぐれた若い人と感覚がずれてくる。

出版社の編集部に勤めていた頃、たくさんの人と付き合いがあった。若い人もいる。

私が担当していた若い女性ライターがいて、私は普通に彼女を応援した。彼女はツイッターをやっていて、自分の書いた文章が雑誌に載る度にツイートし、私はそれらをチェックし感想を伝えた。

出版社を退社してからも彼女のツイッターをチェックした。私はツイッターをやらないので、パソコンでチェックした。

ここ数年で彼女が文章を発表する機会はほとんどなくなり、ライター以外の仕事をしている。20代だった彼女は30代になり、結婚に関するつぶやきが多くなった。

業界バーで彼女と久しぶりに偶然再会した。

ここ数年の彼女の出来事を細かく把握している私に彼女は怯えた。ツイッターのフォロワーでもなく、連絡もしてこないのに彼女のツイッターをチェックしているなんてまるでストーカーだ、と真顔で気持ち悪がられた。

そこまでいわれてしまったので私は彼女のツイッタ―をチェックするのをやめた。それ以来、一度もみていない。

普通に彼女のツイッタ―をチェックし、応援していた。業界バーで同席した若い人たちも私を笑った。

恋愛感情をもったことはない。彼女の写真をみて興奮することもない。私と彼女は感覚がずれている。私は彼女を普通に応援していた。(山田)

 

 

| chat-miaou | 02:01 |
友達の店


 

「元をとった」

という言葉を飲食店で聞くが、最低だと思う。「お前の店に金なんか払えない、早くつぶれてしまえ」と正直にいっているのとかわらない。大型チェーン店の客寄せキャンペーンなら人集めも目的だからいいが、個人店でそんな発想でこられたら店主の首をしめているのと全く同じで、そんな客が集まれば、店はダメになる。そういう発想の人は話も面白くないからさらに店のレベルを低下させる。

友達が店をはじめて、そんな発想ならばそれは友達ではない。友達の店で安く飲みたい、ツケで飲みたい、持ち込みで飲みたい、と考えるのは自分のことしか考えていない人の心に豚足をかじりながら踏み込んでくるような人間で、友達でなく、利用されている。店主は本心を見抜き、友情が殺意にかわる。

現在の相場からいって、長くて2時間、最低2000円はつかわないと店はやっていけない。2000円以下で飲まれ、しかも2時間以上いられると、人件費、光熱費、家賃、体力、退屈さ、面倒くささ、ストレス、殺意、健康面でやっていけなくなる。

個人店が密集している飲み屋街を歩いているとガラガラの店が多い。店主が客を待ち、入り口をみつめ、入りづらい。そんな店に入って無理矢理に話をしても楽しいわけがないからもうすぐつぶれる。

客がこないから思い切って安くして、安く飲みたいへんな客が集まり、結局つぶれる。

知り合いの店がつぶれる度、罪悪感を感じる。

飲食店は数日の研修を受け、保健所の審査を受ければ誰でもすぐに開業できる。何もできない私も飲食店をやるしかない、と思ったことが何度もあるが、たくさんの知り合いの失敗をみ続けているので勇気がない。必ずつぶれる。

自分だけは違う、自分の料理はうまい、人付き合いが得意だ、と思う人ばかりだが、それで稼ぐのは難しい。10年前に通っていた店はほとんどつぶれている。

自分が料理がうまいと思うのは当たり前で、自分の好きなように味付けしているのだからうまい。他の人が食べると特別にうまくはない。

共存という考えがある。

友達が多い人は会員制スナックをはじめる。回転と集金を考えると、400人以上会員がいないとやっていけなくなる。ラインとメールと電話をこまめにするのでストレスがたまる。頭にきてもなかなかいい返せないのがつらい。値段を高くし過ぎても客はこなくなる。

弱肉強食という考えがある。

得意分野のスナックをはじめ、その分野の人が集まる店をはじめる。常に名刺を持ち歩き、他の店の客を奪って憎まれる。成功している業界バーは悪口をいわれるが仕方がない。昔、若くて綺麗だったおばさんが、今、若くて綺麗な女の子の悪口をいう。有名業界バーでアルバイトをしていた女の子が10年後に新しい業界バーをはじめる。同じことを繰り返して入れ替わっていく。自然の流れには逆らえない。

本当に安くていい店もある。実家に資産があり、家賃収入があるような人はこういう店を続けることができる。安くて、マスターはみなから好かれる。

資産がないのに儲けなくていい人は、誰からも好かれ、そこそこに客がくるがそのうちつぶれる。

つぶれた店の店主たちに話をきくとだいたいこんなパターンになる。

友達の店に行く。応援するつもりで、できるだけ金をつかう。友情が金にあらわれる。それでも友達は儲かっていない。私がつかう程度の金では水道代にしかならない。友達は家賃と闘っている。店主と客の関係にかわっても、以前と同じように割り勘で飲みに行っているのとかわらない。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
『金ではなく鉄として』

 
 

ブックオフで中坊公平の本をたくさん買い込んだ。どれも108円で、内容も似ていて、やはり『金ではなく鉄として』が一番面白い。

森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を務めた中坊は50軒の被害者家族を回った。各家で世の中の真実を見た。44歳の遅過ぎた青春がやってきた。中坊は変わった。金儲けだけの仕事ではだめだ、と気づかされた。

ミルクを飲んだ赤ちゃんたちに後遺症が残っていた。

コウジ君は訳もなく乱暴になってしまい、健康な兄弟の勉強の邪魔をしてしまう。小さいうちはお父さんが力づくで止めたが、大きくなってお父さんも止めることができなくなると、自分から精神病院に入るといった。たまに家に帰ってきても暗くなる前に一人で病院に帰っていく。みんなで晩ごはんを食べると泊まっていきたくなり、病院に戻りたくなくなり、またみんなに迷惑をかけてしまう。気持ちを察したお母さんも「泊まっていけ」とはいえなかった。

タケオ君は生涯に3つの言葉しか口にできなかった。「お母さん」「ごはん」「アホウ」の3つのうち「アホウ」は外で覚えてきた。外で遊ぶのが好きだったタケオ君が外出すると近所の子供たちに砂や水をかけられるのだが、絶対に泣かなかった。泣くと面白がられ、さらにいじめられることを知っているので泣くことは許されなかった。泣くこともできないと笑われたが、家に帰るとお母さんにすがって泣いた。タケオ君の服には「この子が迷子になったらお電話ください。お礼を差し上げます」とゼッケンが縫いつけられていた。
就職が決まったと二階から知らせに来てくれた子が、ひと月後にはクビになり、もう下へ降りてこない。

通ううちに話をしてくれるようになった手足の不自由な子が、皿に注がれたお茶を犬のようにして飲み始めた。

中坊が法廷で被害者たちについて語ると裁判官が天井を向いて涙をこらえた。裁判官という立場上、涙をみせることができない。

中坊が森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を頼まれた時「かかわりあうとこっちが危ない」と思った。大企業と国が相手で、支援する弁護士も左翼系、順調で平穏だったエリート弁護士生活が失われるかもしれない。中坊は左翼嫌いの父に助けを求め、尊敬する父の反対を口実に弁護団長の役を断ることに決めた。

事情を説明した中坊に父がいった。

「お前をこんなに情けない子に育てた覚えはない。子供に対する犯罪に右も左もあるか。お前はこれまでに一度でも人様の役に立ったことがあるのか。何のためにお前を育てたのかわかってんのか」

中坊はテレビのインタビューや本の対談で被害者の話をする度、涙をこらえ、声をつまらせながら語った。
『金ではなく鉄として』は朝日新聞に連載されていた時から愛読していた。読み終わった本はすぐに捨てる私はこの本をもう5回以上買っている。
何度読んでも涙が出てくる。鉛をのんだような気持になる。自分の部屋でも、電車の中でも、図書館でも、モスバーガーでも、今日はマクドナルドで読んでいて涙が止まらなくなったが、涙の意味はわからないままでいる。(山田)


 

| chat-miaou | 01:01 |
『愛の罪をつぐないます』


 

アマゾンでなんとなく買った伊藤素子『愛の罪をつぐないます』をなんとなく読み進めているうちにぐいぐい引き込まれ、最初から読み返し、何度も繰り返し読み返している。面白い。

目がきれいで背が高くて星の王子さまみたいな男に憧れていた銀行員伊藤素子は婚期を逃す。小さい頃からチョコレートの包み紙さえシワを伸ばして小箱にしまうような子供だったので勤めをはじめるとぐんぐん貯金が貯まった。

700万円貯まった頃に、銀行の客だった遊び人と出会う。結局この男に900万円貸すことになる。

「目がええ。くるっとしてチャーミングや。たまには美しい女性と別の世界にとけ込んでいたいんや。ええやろ? 好きや、ほんまや」

口説き上手な男だった。

素子の告白が素晴らしい。

「女性の扱い方をよく知っていたので驚きました。自分の体がこわくなりました」

金の話はラブホテルのベットでした。執拗に愛撫されながらそんな話をされると「はい」と答えてしまった。

「『かわいいなあ』そういって私の肩を抱きました。強く抱いたかと思うと、二の腕のあたりをそっとなであげます。全身が熱くなり、肩に力をいれますと、『敏感な子やなあ』といって南さんは私を抱きしめ、下半身を脱がせました」「急に荒くなったり、やさしくなったり、とにかく、私の体を動物にできる人だと思いました」

挿入されながら頼まれ、入ったばかりの給料も貸した。

初めての海外旅行は南と二人で香港へ行った。ロマンチックな素子は彼と腕を組んでネオンが輝く街を歩きたい、おそろいのブレスレットを買いたい、香港にも、つけ麺大王みたいなお店があるかしら、と夢想した。

そして1981年、素子が33歳の時、つけ麺大王で食事をした帰りの車の中で犯行をもちかけられる。「お前と外国で暮らしたいんや」「お前の人生オレがもろうた」

振込み操作で現金5000万円を引き出し男に渡し、素子は500万円もって一人フィリピンに飛んだが南がくることはなかった。

「彼に抱かれていたときは、何もかも忘れて燃えました」

フィリピンで「南のこと好きですか?」と聞かれた素子は「死ぬほど愛しています」と答えた。(山田)
 

| chat-miaou | 01:01 |
日本の宝

 

デザイナーの友達と喫茶店でコーヒーを飲んでいて、一番好きな作家を聞くと根本敬だという。私も一番好きな作家を聞かれたら迷わず根本敬と即答する。

「根本さんの本を読んだら世の中が楽しくみえるようになった」

たしかに根本さんの本を読む前と後では世の中が違ってみえる。

「不快を楽しむ」(『特殊まんが前衛の道』)という言葉がある。根本さんがベテランエリート編集者に「○○は、よーく勉強しているよー」と他の売れっ子漫画家の話をされ、根本さんはその不快な言葉を繰り返し思い出して楽しむ。根本さんの本を読むと、威張っている人や、つばきを飛ばしながらブチ切れている人や、金とセックスのことばかり考えている人、タカリ、金持ちなのにどケチでセコイ人、自慢している最中の人、説教中の人が一瞬愛おしくなり、輝いてみえ、しばらくみとれてしまう。

『因果鉄道の旅』に出てくる怪人・内田を読んだら、自分の周囲の人間がなんだか内田にみえてきた。根本さんのああいう視点はそれまでになかった。自分の家族も友達も周囲の人間が内田にみえてくる。誰しもがもつ内田的人格に気付き、過敏になる。別の視点から人間をみるようになる。19993年に『因果鉄道の旅』が出版されると多くの人が影響を受け、因果を語るようになり、影響を受けた本がたくさん出たが、どれも『因果鉄道の旅』の足元に及ばない。「でもやるんだよ!」は『週刊SPA!』の「バカはサイレンで泣く」流行語大賞を受賞し、『因果鉄道の旅』はこれまでに10万部以上売れているらしい。

根本敬が一番好きで、そういう感覚の人が一緒に仕事をするようになっている気がする。芸術家、出版業界で活躍する人の多くが根本さんを尊敬している。文庫版『人生解毒波止場』の町山智浩さんの解説文に感動した。あんな文章を書ける編集者はいない。誰にも真似のできない作家とそれを担当した名編集者だからあのような解説が書ける。

根本さんがクラウドファンディングを募るとすぐにお金が集まる。ファンが心から応援しているのがよくわかる。お金を出してでも根本さんの活動を応援してもっと作品を発表してもらいたい。

ナンシー関は著書で根本敬を読むことをすすめた。青木雄二も根本敬をほめていたという。石野卓球は根本敬が自分のルーツだといい、電気グルーヴの名曲『虹』では歌詞に根本さんの本からの言葉がつかわれた。横山剣も根本さんの影響を受けている。根本敬を避けて通るわけにはいかず読みたくなるようになっている。

読み終えた本はすぐに捨てると決めている私は何度も根本さんの本を買いなおす。何度もお金を出して買わずにはいられないほど読みたくなる。そして何度読んでも他の本よりずっと面白く、著作を揃えてしばらく読みふける。

集中して読む一人の作家の本はいつか飽きがきて、いつしか手にすることもなくなるものだが、20年経っても一番面白いままでいる。読み返す度にほとんどの話を覚えている。読んだことのない文章で他の人が知らないような話ばかりだから衝撃が強く残り、一度読んだら忘れられない。まだ読んでいない人が羨ましい。初めて読んだ時はどの本も止まらず一気に読み終えた。たまに新刊本が出てもずっとテーマは同じで裏切られるということがない。根本さんの本に関してだけは「もう飽きた」という人はいない。

『電気菩薩』(上巻)はかなりぶ厚くて重く、それでも止まらず一気に読み終えクタクタになった。面白いだけではなく、とても恐ろしく、最後の最後まで感動の連続だった。佐川一政との友情が素晴らしく、夏目漱石が書くレベルの友情が描かれている。一度読んだだけでは到底理解できない。再読に値する。興味本位で根本さんの世界に近づくと頭がついていけず死ぬこともあるのだとよくわかった。『電気菩薩』は下巻も予定されていて、下巻の予定目次が上巻に載っているのたが、上巻が発売自粛になってしまったので下巻は存在しないのでなおさら読みたくなる。

人を殺したという男が、両手をつかって指を6本立て「5人」という。左手の小指がない。(単行本版『人生解毒波止場』)根本さんの本にはこんな話が次から次に満載されている。普通の人ならこんな話は一生にいくつも出会えない。並大抵の取材力ではない。取材に対する覚悟と格が違う。

誰の真似でもない天才は自らの特殊な感受能力に小学校6年の時に気付いている。週刊誌を騒がせるほどの学校のヤクザ教師にありがたいものを覚え初恋している。この分野に関する本格的研究は大学時代にはじまり、この頃からミニコミとしてまとめている。

いつまでも根本敬だけ読み続けたいがなかなか新刊が出ない。根本さんのファンがユーチューブやニコニコ動画に出演した番組をアップしてくれる度に、飛びついて視聴する。根本さんの話だけはいつまでも集中力が続いたままパソコンの前にずっと座って聴いていられる。一言も聞き逃したくないからそのままICレコーダーをパソコンの前に置いて録音し、アイポッドに落として繰り返し聴く。NHKラジオもロフトラジオも「珍人類白書」もどれも貴重で得るものが多い。「真夜中のハーリー&レイス」では、例の殺人事件について語っているというが聴けないでいる。後世のためにも根本さんの発言は全て活字にして残してほしい。

根本さんのような本を書くのは無理だから、根本さんのインタビュー集を出版して欲しい。対談集を出版して欲しい。どんな話でもかまわない。いくらでも読みたい。

1『因果鉄道の旅』2『電気菩薩』3『人生解毒波止場』4『映像夜間中学講義録』5『特殊まんが 前衛の道』6『タバントーク』を繰り返し読んでいる。7『夜間中学』も面白い。

根本敬の絵はフランスで人気がある。昔の『ガロ』の古本が外国で高値で取引されている。実は普通の絵も描けるが二度と注文がこないような絵を描かなくてはならないと決めている。そんな人、他にいない。

原稿料がなかった漫画雑誌『ガロ』出身の漫画家たちに魅力的な人がそろっている。東陽片岡は人物に鼻毛を描かなければ納得がいかない。表紙用に汚くない絵を頼んでも必ず鼻毛を描く、ゴキブリも描く。汚くなければ自分の絵ではないから汚く描く。注文が少なくなっても仕方がない。ギャラのいいTVに出るために自分の生き方や趣味をかえるようなことも絶対にしない。

アニメ製作を決心した杉作J太郎は、たくさんのスタッフが仕事をできるように広い部屋を借り、家賃を払うのに苦労した。製作が正式決定してから部屋を借りればいいのに、それでは納得がいかない。まずは貧乏でなければ自分ではない。ウソをついては本物の作品はつくれない。まずは部屋を借りてから行動をはじめるが、なかなかアニメ製作は開始できない。

花輪和一は「影響を受けていない」を理由に手塚治虫文化賞のノミネートを辞退した。

自ら貧乏になる道を選ぶ姿がかっこいいから、感動したファンが本気で応援する。できることならあんな生き方をしてみたい。

根本さんのラジオのゲストが石野卓球だった。勝新太郎の『サニー』がリクエスト曲だった。次回のゲストは同じ電気グルーヴのピエール瀧で、リクエスト曲が同じく勝新太郎の『サニー』だった。1曲目は石野卓球リクエストの勝新太郎『サニー』が流れ、2曲目はピエール瀧リクエストの勝新太郎『サニー』で、2曲そのまま連続で全く同じ曲が流れ、そんなラジオははじめてで感動的だった。

根本さんの本に登場する人たちは魅力的で、私はその中の一人に会ったことがある。根本さんが書くと面白いのに、私が会ったその人は普通の人だった。根本さんには世の中が凡人と違ってみえている。凡人を超えた目、理解力、解釈があり、それを凡人にわかるような言葉に変換して教えてくれる。

好奇心の強い柳田國男がもしも根本敬の本に出会ったらきっとすぐに全冊注文する。柳田國男の描く世界と根本さんの描く世界には似たところがあり、資料的価値が高い。ドストエフスキーも変人が好きで、ロリコン、タカリ、金持ちなのにどケチでセコイ人、ブチ切れている人、つばきを飛ばしながら威張り散らしている偉い大人、人殺しなどを好んで小説に書いた。ドストエフスキーが根本さんの本に出会ってもびっくりして全冊注文する。ドストエフスキーに心酔した青木雄二だから根本敬のよさがわかる。きっと100年後にはロシア語に翻訳された根本敬をロシア人たちが読んでいる。テーマが特殊なので今は立場上根本さんを絶賛できない人がいるが、時が経てば全集も出るだろうし、外国人が根本敬を読む時代がきて研究者も学者もあらわれる。『毛皮を着たヴィーナス』を書いたザッヘル・マゾッホか、それ以上に世界的に有名になる日が必ずやってくる。翻訳された文章では微妙な日本語のニュアンスが伝わらない。日本人にしか理解できない空気もある。世界で一つの才能が日本にある。同時代に日本に生まれ、日本語で根本敬を読める喜びを味わう。

根本さんに会った人は嬉々としてその感激を話す。波うち際の浜辺で戯れる裸のおやじたちの写真(『ディープ・コリア』のカバー裏)をみせてもらった感激を興奮して話す。

犬のエサ箱をタワシで熱心に磨くおやじがいる。そんなにきれいに洗わず、チャッチャッと水で流せばいい。「でもやるんだよ!」(『因果鉄道の旅』)とおやじが怒鳴り、全世界が感動に震える。

無人島にもっていく1冊を選ぶなら迷うことなく『電気菩薩』にする。明日死ぬとわかっていたら本を読んで過ごすが、『電気菩薩』か『因果鉄道の旅』を読んで過ごす。『電気菩薩』に出て来る東京ディズニーランドでミッキーを殴り合った男の話を読んだ時、この世に生まれてきて、こんなに素晴らしい文章に出会えてよかった、と喜びをかみしめた。

誰にも真似できない。インターネットが普及する前、無数のかくれた才能の存在を語る人が多かったが、インターネットが普及し、誰もが文章を発表できるようになると、かくれた才能は存在しないことがわかった。インターネットがなくても才能はちゃんと開花していた。放っておかれる才能などない。根本敬が描く世界も無数に存在するように思われていたが、根本さんしか書くことのできない世界だった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 05:01 |
『くにとのつきあいかた』

 

15歳の時、池袋の大きな本屋で蛭子能収の漫画を立ち読みしてから夢中になった。汚くて卑猥な絵が多いから電車の中で堂々とページをめくることができなかったが、今すぐに読みたくて家まで我慢できない。それまで読んだことのない漫画で、すっかりファンになった。池袋の本屋で、テレビが伝えるのと違う面白いものをたくさん知った。

JICC出版局の漫画シリーズをみつけ、蛭子さんの『超短編傑作漫画集』とキャロル霜田『ウルトラマイナー』を買い、帰りの電車で笑いをこらえながら読んだ幸福な時間を忘れられない。

20歳の時、蛭子さんの『くにとのつきあいかた』を新刊本で買い、文章のうまさに感動した。名文が並ぶ。読んでも読んでも名文が続く。文章に引き込まれ、蛭子さんに共感して笑う。この本は現在絶版で、刷り部数も少なかったからなかなか手に入らない。また読みたいから探しているのだが、アマゾンにもヤフオクにもない。『思想の科学』という雑誌に連載された文章をまとめた本で、連載中から愛読していた。最初は「不良とつきあう」がテーマで、「ツッパリ漫画で気の良い不良がでてくるが私は信じないし、もしそんな不良がいたとしてもつきあいたくない」ときっぱり書いている。

『くにとのつきあいかた』の続編は『正直エビス』で、こちらは蛭子さんがテレビに出てメジャーになってから出版された本なので刷り部数も多く今でも入手できる。少しやわらいでくるが同じペースで面白さが続いている。

蛭子さんは本を読まないことで有名だが、こんなに面白い文章を書ける。根本敬が「読書量と文章のうまさが関係のないことは蛭子さんの文章を読めばわかる」というようなことをどこかで書いている。

蛭子ファンならわかるが、最近の蛭子さんは文章を自分で書いていない。話した内容をライターがまとめている。蛭子さんの文章ではないことがすぐにわかる。それほど蛭子さんの文章は独自で面白い。蛭子さんにしか書けなかった。蛭子さんは原稿チェックをちゃんとしないことでも有名で、ライターがまとめたままの文章はやはり蛭子さんらしさが薄い。蛭子さんの本は年々面白くなくなっていくのに、売り上げは伸びているのが面白い。

蛭子さんの本から学ぶことは多いので、出ている本は全部読んだ。はじめて『ガロ』に入選した時、奥さんと飛び上がって喜び、アパートでカレーライスでお祝いをした話に感動した。いじめっこや犯罪者に対する見解も素晴らしい。「死んだ方がいい」「犯罪者の遺伝子を残してはいけない」「逃げずに自首しなさい」と正直に書いている。

『くにとのつきあいかた』に「昔の友達」に関する文章があり、傑作の一つだ。頭の中に残って忘れられない。

昔の友達が訪ねてきて、金を借りにくる。昔の友達は金を返してくれたことがない。昔の友達は今でも絵を描いている。蛭子さんは芸術を愛しているが、今では半分は冗談で芸術を愛し、芸術家より生活者として生きている。昔の友達は金を貸してくれたお礼に自分の描いた絵を置いていったが、蛭子さんの奥さんが「そんな絵、みたくもない」と怒った。数ページの文章なのに傑作短編小説と同じ威力がある。しかも入手できないから再読することができず、頭の中で名文が何度も繰り返しよみがえり、さらに名文になっていく。映画化して欲しい。文庫化して欲しい。

太宰治も短編小説『親友交歓』で昔の友達を書いている。声のでかいとても下品な自称友達が太宰を訪ねてきて酒をねだる。奥さんにお酌をさせようとする。井伏鱒二と飲もうと思っていた大事なウイスキーをみつけられてしまい、飲まれてしまい、しかももって帰ろうとする。(山田)

 

 

| chat-miaou | 04:01 |
『毛皮を着たヴィーナス』

 
 

サディズムの語源であるマルキ・ド・サド(1740-1814)は小説『悲惨物語』で理想の家族を描いている。

若き妻との間にできた娘から普通の教育をいっさい遮断し、自分の好みの思想を植えつける。恋人として自分を愛するよう教え、自分のことをお兄様と呼ばせ肉体関係を結び、二人の蜜月を邪魔する妻を娘と一緒になっていじめた。妻が娘に飛びかかり、夫が妻を階段から突き落として血だらけにする。

マゾヒズムの語源であるザッヘル・マゾッホ(1836-1895)は小説『毛皮を着たヴィーナス』で理想の妻を描いている。

女の君主になるか奴隷になるか、男は二つに一つしかない。忠実な妻がみつからないのなら、徹底的に奉仕したい。女の奴隷となり、権力と美の象徴である動物の毛皮を身に着けた妻からお仕置きを受けたい。

古代ゲルマン人の美徳に血湧き胸躍らせるセヴェリーンは、少年の頃から女たちにいたずらされ、ついに運命の女王様に出会う。

二人が街へ買い物に出掛ける場面が素晴らしい。女王様が犬用の鞭を選ぶが、セヴェリーンを横目にすると小さ過ぎる。ブルドッグ用でも小さい。人間用の鞭を探す女王様の冷酷さに、セヴェリーンは背筋を凍らせて喜ぶ。

セヴェリーンは女王様から与えられる数々の試練に歓迎しながら立ち向かっていく。セヴェリーンという本名をグレゴールにかえるよう命令された時はさすがに頭にきたが、体はわなわなと喜びに震えた。

「踏んづけておくれ」

と愛を語り合った二人だが、女王様は他の男とセヴェリーンの元を去っていく。

マゾッホの夢は小説におさまらなかった。『毛皮を着たヴィーナス』執筆後、実生活でも理想の女王様に出会い結婚している。妻に浮気をせがんで嫉妬に狂喜した。新聞広告を出して妻の浮気相手を探して歩き、もがき苦しんだ。

そして小説と同じように妻も他の男と去っていき、マゾッホは廃人となった。

人は夢がなければ生きていけないのだ。(山田)


| chat-miaou | 03:01 |
サリンジャー入門

 

 

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を30年ぶりに読み、ついでに古本屋でみつけた『ナイン・ストーリーズ』を読んでみたらサリンジャーのよさがわかった。

『ナイン・ストーリーズ』の9話のうち「エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに」は、多くの作家が書きたがっている憧れの小説と思われる。普通、かわいい子供が小説に登場すると読むに耐えない。作家がかわいいと思っても読者はそう思わない。これは他人の子供の写真を見せられるのと一緒で、子供なんてみんなかわいいのだから誰が特別というわけにはいかない。

ところが、サリンジャーが書くとかわいい。かわいくて面白くてかっこいい。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公の妹フィービーが人気だが「エズミに捧ぐ」のチャールズが1番いい。

喫茶店で一人でくつろぐ男のところにチャールズがやってきて、男の二の腕をぶん殴り、

「壁が、隣の壁になんて言ったか?」

と聞いてくる。

男が降参すると、
「角で会いましょう! じゃないか!」

男が(傑作だ!)と感動しているとチャールズはケラケラと笑いが止まらない。

「壁が、隣の壁になんて言ったか?」

ともう一度聞いてくる。

男は戸惑い、「角で会いましょう、かな?」

チャールズは機嫌を損ね、怒ってその場を立ち去る。

ぎくしゃくしたままの関係でチャールズと別れるわけにはいかない。チャールズの背中をつまんで男が尋ねる。

「壁が、隣の壁になんて言ったか?」

チャールズは目を輝かせて「角で会いましょう!」

ラストもよかった。

『エズミに捧ぐ』が世界に通用する小説ならば、木山捷平の『苦いお茶』も、絶対に世界に通用する。

『ナイン・ストーリーズ』はサリンジャーが過去に発表した作品の中から選んだ9短篇で、他も読みたくなったので調べてみると著作が全部で7冊しかない。

1つの小説が他の小説とリンクしているものが多く、全作品読みたくなるようになっている。面白くて止まらなくなる。(山田)

 

●『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公・ホールデン・コールフィールドが主人公の作品

『気ちがいのぼく』1945

『マディソン郡のはずれの小さな反抗』1946

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』1951

●ホールデンの兄、ヴィンセント・コールフィールドが主人公

『マヨネーズぬきのサンドイッチ』1945

●ヴィンセントの親友ベーブ・グラドウォーラーが主人公

『最後の休暇の最後の日』1944

『フランスのアメリカ兵』1945

『他人行儀』1945年、

●グラース・サーガと呼ばれる7人兄弟が登場する作品

『バナナフィッシュにうってつけの日』1948

『コネティカットのひょこひょこおじさん』1948

『小舟のほとりで』1949

『フラニー』1955

『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』1955

『ゾーイー』1957

『シーモア―序章―』1959

『ハプスワース16,一九二四』1965

●グラース一家

○レス    父 元芸人

○ベシー   母 元芸人

○シーモア  長男 1917年生まれ。1948年、31歳でピストル自殺

○バディ   二男 1919年生まれ。作家

○ブーブー  長女 1922年生まれ。3児の母

○ウォルト  三男 1923年生まれ。双子。日本でストーブの爆発事故死

○ウェーカー 四男 1923年生まれ。双子。司祭

○ゾーイー  五男 1930年生まれ。俳優

○フラニー  二女 1935年生まれ。新進女優

52女は一番上から1番下まで18歳の差があり、それぞれ子供時代に天才と呼ばれた。

●日本語訳全736作品

○『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)

○『フラニーとゾーイー』(新潮文庫)

「フラニー」「ゾーイー」収録

○『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―』(新潮文庫)

「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」「シーモア―序章―」収録

○『ナイン・ストーリーズ』(新潮文庫)

「バナナフィッシュにうってつけの日」「コネティカットのひょこひょこおじさん」「対エスキモー戦争の前夜」「笑い男」「小舟のほとりで」「エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに」「愛らしき口もとは緑」「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」「テディ」収録

○『サリンジャー選集2』(荒地出版社)

「若者たち」「エディーに会いな」「じき要領をおぼえます」「できそこないのラヴ・ロマンス」「ルイス・タゲットのデビュー」「ある歩兵に関する個人的なおぼえがき」「ヴォリオーニ兄弟」「二人で愛し合うならば」「やさしい軍曹」「最後の休暇の最後の日」「週一回なら参らない」「フランスのアメリカ兵」「イレーヌ」「マヨネーズぬきのサンドイッチ」「他人行儀」「気ちがいのぼく」計16作品収録

○『サリンジャー選集3』(荒地出版社)

「マディソン郡のはずれの小さな反抗」「大戦直前のウェストの細い女」「ある少女の思い出」「ブルー・メロディー」「倒錯の森」計5作品収録

○『サリンジャー選集別巻1 ハプスワース16,一九二四』(荒地出版社)

●発表年順(日本語訳36作)

『若者たち』1940

『エディーに会いな』1940

『じき要領をおぼえます』1941

『できそこないのラヴ・ロマンス』1941

『ルイス・タゲットのデビュー』1942

『ある歩兵に関する個人的なおぼえがき』1942

『ヴォリオーニ兄弟』1943

『二人で愛し合うならば』1943

『やさしい軍曹』1944

『最後の休暇の最後の日』1944

『週一回なら参らない』1944

『フランスのアメリカ兵』1945

『イレーヌ』1945

『マヨネーズぬきのサンドイッチ』1945

『気ちがいのぼく』1945

『他人行儀』1945

『マディソン郡のはずれの小さな反抗』1946

『大戦直前のウェストの細い女』1947

『倒錯の森』1947

『バナナフィッシュにうってつけの日』1948

『コネティカットのひょこひょこおじさん』1948

『対エスキモー戦争の前夜』1948

『ある少女の思い出』1948

『ブルー・メロディー』1948

『笑い男』1949

『小舟のほとりで』1949

『エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに』1950

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』1951

『愛らしき口もとは緑』1951

『ド・ドーミエ=スミスの青の時代』1952

『テディ』1953

『フラニー』1955

『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』1955

『ゾーイー』1957

『シーモア―序章―』1959

『ハプスワース16,一九二四』1965

 

| chat-miaou | 02:01 |