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人気者の生き方

 

ボブ・ディランはノーベル賞を取った時、なかなかコメントを出さなかった。ファンは受賞を辞退するのではないか、と密かに期待したが、結局受賞した。ボブ・ディランも周囲のスタッフも最後まで受賞を辞退するかどうか迷っていたのではないか。ファンや世論の反応をみながら、どちらがよりボブ・ディランのイメージをよくするか考える。どちらの方が話題になりCDがさらに売れるか考える。あそこまでの大スターならどちらにしても人気がなくなることはないが、ノーベル賞も人気に拍車をかけるチャンスになる。ボブ・ディランであることの権利をもっているボブ・ディラン自身が大スター・ボブ・ディランを客観視して演出する。

1980年代まではテレビ出演を絶対に断る日本人ミュージシャンが多かった。その方が貴重さが増してレコードがより売れた。テレビにたくさん出て人気が高まり、コンサート会場を満員にするやり方もある。それぞれが戦略を考えている。

1990年代に景気が悪くなるとCDが売れなくなり、それまでテレビに出なかったミュージシャンもみんな積極的にテレビやCMに出るようになった。今はその方が稼げる。そうしないと家族やスタッフを養っていけない。

一度スターになってしまったら、そのままスターでいた方が生きやすい。引退して普通の生活に戻った人も、しばらくすると復帰したくなる。完全な一般人には戻れない。知らない人が自分のことを知っているから恐くて家賃の高い安全なところに住む必要があり、いちいち金がかかる。普通の仕事をしていてはそんなにたくさん稼げない。

完全に忘れられ人気がなくなってしまっては他の普通の職業を選ばなければならなくなる。最終目標が金メダルだったスポーツ選手の真の最終目標は引退後のテレビコメンテーターだったりする。一流アスリートは頭もいい。もちろん引退後の生き方も考えているが、あまり現実的に正直に話していては人気がなくなる。夢と希望のイメージを決して忘れてはいけない。夢と希望に凡人たちがついてくる。純粋に好きではじめたスポーツも飛び切り才能のある人にとっては職業となる。アスリートも家賃を払い、家族を養い、税金を払っていかなければならない。自分に投資し栄養のあるものを食べなければ敵に勝てない。そのためにはできるだけ高い契約料、出演料が必要になる。

落語家・林家三平(1925-198054歳)に関する映像と音声が少な過ぎる。三平よりもずっと古い古今亭志ん生(1890-197383歳)の音声が膨大に残されているのだから三平のものもあるはずなのに、どこかにしまいこまれている。残された人たちが一族の戦略として厳しく管理しているのかもしれない。ファンが三平を求める思いが三平の価値を高める。偉大なる林家三平が忘れ去られることは決してないので永遠に再評価が繰り返される。早くもっと映像と音声を公開して欲しい。現在、ビデオ2本とCD3枚しか存在せず、しかもそれらは全て廃盤となっているなんて悲しい。

テレビと違って実際は悪人でもかまわないのだが、会ってみると人気者たちはみんな礼儀正しくていい人たちばかりで、ファンを裏切らない。契約書が必要な社会が完全にできあがっているからいい人でないと契約できない。アウトローは契約違反でテレビに出ることができなくなり、芸能活動を続けていくことができない。悪いイメージでは方々から苦情がくる恐れがあり危険で契約できない。問題を起こされて億単位の損失が出ることもある。取引実績の少ない小さい事務所では、もしもの時に違約金を払う力がないから簡単に契約できない。

テレビ番組の司会をテレビ局のアナウンサーがすることが多くなった。景気が悪いと予算が減り、人気司会者に払う高い契約料が削られる。番組で契約する出演者の人数を減らし、スタジオと現場リポートを分業するのをやめる。コーナーごとに班に分かれて分業するのもやめる。出演者自ら現場に出てリポートもこなし、ナレーションも外注することなく、出演者がこなす。人気者たちが限られた仕事を取り合う形となるが、実績、営業力、人脈がある大手事務所に所属する同じ芸能人ばかりが繰り返しテレビに映る。以前はあまり出演しなかった地方テレビ局にまで大手事務所が営業に回るようになった。

どの業界も仕事のある人とない人がはっきり分かれ、それでいて全体の収入が減り続けているのだからどうにもならないことばかりで、後はもう後悔しないように自分の好きなように生きていくしかない。(山田)

 

 

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