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忘れ得ぬ味

 

前田さんは変わり者で、少し普通と違った店にばかり行く。私はそれが楽しみで前田さんの案内してくれる店に喜んでついていく。

前田さんは年上が好きだ。若い時から50代の今になってもかわらない。80歳のガールフレンドにカラオケスナックで遭遇し、「ねー、あれ唄おうよー、あーれっ」と甘えた声を出され、「うん、うん」と楽しそうに並んで立ってデュエットをはじめる。

前田さんはゴキブリが好きだ。ゴキブリが出る店を好み、ゴキブリが出る度に嬉しそうに笑う。

「ゴキブリが好きなんですか?」「ゆるさがいいんですよ」

スナックで飲んでいると前田さんの背後の壁に大きなゴキブリが出た。ママが悲鳴をあげ、他のお客さんが「この野郎!」といっておしぼりを思いっきり投げつけると、おしぼりが空中でふわりとひらき、前田さんの頭にすぽりとかぶさった。

お客さんたちが大爆笑したので、サービス精神旺盛な前田さんはしばらくそのままの格好で酒を飲み続け、お客とゴキブリが涙を流しながら前田さんを指さして笑った。

居酒屋で前田さんと差し向かいで刺身を食っているとテーブルのはじから小ぶりだが肉厚に太ったゴキブリが全速力で走ってきて、前田さんの目の前でコロリと腹をみせ、暴れた。

前田さんはまるで田舎の甥っ子をみるような優しい目をして「ハハハッ、ゴキブリだ」と笑った。ゴキブリは腹をみせて体をねじらせ前田さんに甘えているようにみえたが、実際は厨房で毒団子を食わされ、なんとか前田さんの前まで辿り着き、息絶えようとしているのだった。前田さんのブッダのような眼差しに包まれて見送られるかにみえたが、店のおばさんにみつかってしまい、雑巾で押し潰されての出棺となってしまった。前田さんは納得いかないような悲しそうな顔をして仲間の最期を見送っていた。

別の日、居酒屋で前田さんと差し向かいで刺身を食っているとテーブルのはじから虫影が勢いよく前田さんの前に走ってきて、「またゴキブリ!」と胸に十字を切ると、ガだった。

「ハハハッ、ガだ」

ガは刺身の周りをいつまでもパタパタと舞い踊ってリン粉をまき散らし、前田さんは娘の発表会をみるような穏やかな顔で彼女をみつめていた。 

とてもネズミのにおいがするスナックに連れていってもらった。ネズミのにおいとは、浅草駅の地下のあのにおいだ。ネズミに詳しい友達があれはネズミのにおいだと教えてくれた。ゴミ捨て場で100匹のネズミの大群をみた時のにおいだという。

ネズミスナックのママは、

「よかったらこれ」

といって、ポテトチップスのカスをサービスで出してくれた。

ママによるとポテトチップスは大きいうちはダメで、底に残ったカスが一番おいしいという。

突然だったから戸惑ったが食べないと悪い気がして、いただいてみると、ねっとりしけっていて乾いた絵の具のような食感で、ママの指先や唾液の味がした。前田さんも「うん、これはうまい!」とカスを気に入った。

あれは、自分のカスだからうまいのではないだろうか。人がスナック菓子を食べた後の指先をなめてもうまくない。いや、人による。グラビアアイドルや女優の指先ならきっとうまい。そんなことを考えていたら気持ち悪くなってきた。

ママがサービスしてくれたカスは塩分濃厚でパンチが効いていて、水割りを飲むと顔が腫れた。今でもスナック菓子を食べ終えそうになると、ネズミを思い出す。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
ロックフォールとクサヤ

 

スーパーでチーズフェアをやっていて、面白そうだからいくつか買ってみた。

フランスのロックフォールというチーズが際立って臭い

父の病室の帰りに買ったので、複雑な気持ちになった。子育てや介護でオムツ交換をする人はこのチーズを素直においしく食べることはできない。

はじめてにおいを知り、最初は嫌な気分になるほど臭いが、買ったばかりだから捨てるのはもったいない。何度もロックフォールに鼻を近づけ、においをたしかめる。恐る恐る口に入れてみると、ウンコのにおいが鼻から抜けていく。外から鼻へ入ってくるウンコのにおいは拒絶するが、自分で食べたウンコのにおいのするチーズのにおいが鼻から抜けていくのは逃れようがない。

(こんなものを食っていいのだろうか?)という気持ちになる。誰にもみられてはならないし、してはいけないことをしているような気になる。本物のウンコもこんな味がするのかもしれない。

こんなにおいが指先や唇につき、口臭となって人に感知されたら変な目でみられる気がするので、風呂に入って石鹸で手と唇を洗い、よく歯磨きしてから前田さんの店に飲みに行った。

「ロックフォールってチーズは臭いね。ウンコのにおいがする。ひょっとして、ウンコってチーズみたいな味がするのかな?」

「いや、あれはしょっぱくねーんだ。苦いんだよ」

「え! 食べたことあるんですか!」

「食ったことはねーけど、肛門なめたら苦かった」

なるほど、ひどい二日酔いの時、吐くものがなくなり酸っぱい胃液が出た後、苦い胃液が出てくる。きっとああいうのが腸を通って出てくる。さすが前田さん、女性経験が豊富だから、いろんな味をよく知っている。それが答えなのだと思う。

においで味は判断できない。

でも、苦いとしょっぱいは違う。しょっぱいのは塩を入れているからで、ウンコに塩は入っていないと思う。かといってロックフォールから塩分を抜いても苦くはないような気がする。やはり自分で食べてみないとわからない。

クサヤもロックフォールもコクがあってしょっぱくて臭い。どちらもウンコのにおいがするが、クサヤは普通の健康的なウンコのにおいでパンチが効いていて、ロックフォールは鼻につくような、ツンとして、病室から漂ってくるようなにおいで少し離れれば、においが漂ってくるようなことはない。クサヤは自分のウンコのうような、ロックフォールは自分以外の誰かのウンコみたいな、いや、クサヤに挑戦したのは私が希望と冒険心にあふれていた20代の時で前向きな明るい気分で、ロックフォールに出会ったのは絶望の47歳で厭世的な悲しい気分だった、というのも関係している。クサヤやロックフォールは体の具合の悪い人や悲しみに暮れている人、機嫌の悪い人に出すものではない。

ビン詰めで売っていてそのまま箸で口に放り込むような小切れのクサヤならそれほど臭くなく、人の迷惑にならずにおいしく食べられるが、クサヤ汁につけられて真空パックにされた一匹ものを焼くと近所迷惑になる。

近所でクサヤを焼いたおばさんがいて、隣に住むオヤジがぶち切れて「ウンコくせーんだバカ野郎! ヤメロ!」と怒鳴っていた。

しかし、クサヤを一度食べると、機会があればまた食べてみたくなる。やはり本当のウンコとは違い、発酵してうまくなって変なにおいを出すものと、普通に悪臭を放っているだけで食べるべきではないものの違いを、人間はかぎ分ける。うまくて臭いものはクセになる。

近所迷惑になるし、他のお客さんも嫌がるからクサヤを焼く居酒屋はなくなった。

数年前になくなった私の行きつけの店ではクサヤを焼いた。メニューに堂々とクサヤがあり、一匹単位で焼いた。常連客ばかりの小さな店で、クサヤを頼むと帰る客もいた。クサヤを焼くとしばらく店の前にウンコが焼け焦げたようなにおいが漂い、「悪臭がする」と通報を受けた警察官が事情を聞きにきたこともあった。マスターはクサヤが好きで、地方の伝統的名産であるうまいクサヤを焼いて悪いはずがないという強い信念をもった人だった。

牛丼屋で、隣で納豆を食っている客がいるだけでもかなり臭い。クサヤを焼くとあの20倍ぐらい臭い。距離にして半径4メートルぐらいに臭さが広がり、しばらく臭いが消えないまま残る。自分で食べる分には冒険的でもあり楽しいが、やはり隣で食べられてあのにおいをかがされるだけでは、クサヤを嫌う人ばかりだ。焼き魚で煙が出るから服ににおいがつくかもしれない。

クサヤを食べた時、女友達から電話があって、そのまま会いに行った。納豆も食わないような女性なので、クサヤを食ってきたことは話さないでおいた。服にもクサヤのにおいが染みついていただろうし、歯をみがかなかったから歯の隙間にはクサヤのかけらが残り、口からもクサヤのにおいがしたと思うが、私はウンコを食べたことはこれまでに一度もない。(山田)

 

| chat-miaou | 02:01 |
サラリーマンごっこ

 

友人の前田さんがスナックをはじめた。ライターや編集の仕事がなくなってしまったのではじめたのだが、今度こそうまくいってほしい。売れっ子だったから一時期は年収1000万円を超えたこともあるほどの人だった。50代からのスタートだ。

店を訪ねるとカクテルをすすめられた。知り合いに教えてもらい練習中だという。シェイキングする材料をそろえるのに10分かかり慣れていないのがわかる。ぎこちないシェイキングが面白い。思わず笑ってしまうと、前田さんも照れくさそうに笑った。バーテンダーごっこをしているようだった。

出版業界の仲間たちの話になると、全滅している。廃業している人が多い。病気の話が多い。うまくいっている人の話は一人も聞かない。

昔、我々は毎夜のスケジュールを埋めて飲み歩いた。今、あんなことをしている人はいない。

前田さんとはサラリーマンごっこをした。

前田さんは変わり者で、前田さんの家の近くで飲んでいると、「ちょっとクリーニング屋に行ってきます」といい、きれいになったスーツを手にして戻ってきた。

「スーツを着ることなんてあるんですね?」「ええ、サラリーマンごっこにつかうんです」

サラリーマンに憧れている前田さんは、夕方になるとスーツを着てネクタイをしめて腕時計をはめて革靴をはいて、電車に乗って新橋の焼鳥屋へ飲みに行く。この格好をして吊り革につかまっているだけで嬉しい。本物のサラリーマンにまぎれて夕刊紙を読んでから、また吊り革につかまって家に帰ってくる。そのためにスポーツ刈りだった髪を伸ばして七三にした。一着4万円のスーツを春用冬用一着づつ洋服の青山で買い、セイコーの時計も1万円で買った。出掛ける前は革靴をクリームでピカピカに磨く。

話を聞いているうちに私もやりたくなってきて頼むと「スーツにネクタイならいいですよ。部下ですよ

スーツを着て、ネクタイをしめて、新橋駅前公園の喫煙場所で待ち合わせた。

紺のスーツ、赤いネクタイ、ニセモノのブランドマフラー、しかも床屋に寄って七三にバシッと決めた前田さんがニコニコしながらやってきた。サラリーマンではないくせに清潔感にあふれ、こざっぱりして、かなり大きな会社のサラリーマンにみえる。部長役らしく渋い声を出して「いやいや、お疲れさん」などとニセモノのくせに偉そうにいっている。

二人とも革カバンをもって集合したが、みせかけで中はからっぽだった。前田さんのカバンには夕刊紙が差してあり、私の分もゴミ箱から拾ってきてくれていた。たくさんのサラリーマンでにぎわう安酒場に潜入し、夕刊紙を読みながらその日の出来事について語り合った。株価の話やプロ野球の順位の話をし、私はこんなくだらないことを一緒にできる友達がいて幸せだった。

そのまま銀座へ出て、知り合いの店に行くとどこでも受けた。みな、前田さんのことを私の知り合いの旭化成の部長だと信じ込んでいたが、話しているうちにサラリーマンではないことがばれてしまい、からっぽのカバンが女の子たちに大受けした。女の子たちは涙を流して前田さんのカバンを指さし、前田さんも照れくさそうに笑った。あんなにたくさんの人が腹をかかえて笑っているのをみたことがない。

あの頃、前田さんと飲みに行く約束は1か月前にしていた。忙しくて当日に予定が流れることも度々だった。いつも締め切りに追われていたが、今は月に数本しか締め切りがない。

これからは嫌なことがあったら前田さんの店に行ける。前田さんといつでも会える。会いたい人が毎日飲み屋で待っていてくれているなんて、なかなかない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
MeToo

 

前田さんと酒を飲んでいると、「この間、オカマのババアにディープキスされて、金玉を思いり握られた」

「え! もしかして、地下のあの店!」

「あれ!? なんでわかった?」

私も勇気を出して告白します。私もそのおじいさんから性被害にあった。パンツをおろされ、仮性包茎のペニスをむかれ、グミキャンディーを味わうように長々としゃぶられた。証拠はないが睡眠薬を飲まされていたと思う。六本木で睡眠薬を飲まされ25万円カードをつかわれた時と、気分の悪さと眠気が全く一緒だった。あんな気分は二度しか経験したことがない。

前田さんも私も泥酔して歩いているところ、おじいさんに声をかけられ、その店に入ってしまった。

二人で辛い過去を語っていると、カウンター席のはじの高見さんが、

「あの…俺も…しゃぶられました」と告白した。

高見さんも同じおじいさんから性被害を受けていた。私と前田さんの話を聞き、続けて告白した。彼の話が一番衝撃が強い

私と前田さんはもちろん一度しかその店に行っていないが、高見さんは、二度、その店に行った。

一度目は我々と同じように泥酔して歩いていて、おじいさんに手を引き込まれて店に入った。前田さんと同じように金玉を握られ、唇を奪われたところで何かがおかしいことに気付いたが抵抗できなかった。パンツをおろされ、ペニスをくわえられているうちに確実に何かが間違っていることに気付き、勇気を出して怒鳴って店を飛び出した。

しかし、彼は納得がいかなかった。本当にあんなにひどいことをされたのか? 酔っ払って夢をみていたのではなかったか? それを確かめるため、勇気を出して、後日もう一度、自分からその店に行った。

「店に入ったらすぐにカチッてドアの鍵を掛けられたから、あ、これはやられるな、と思いました」

夢ではなかった。そしてまたパンツをおろされしゃぶられた。

話を聞いていた前田さんが、ここ数年で一番の笑顔をみせ、高らかに笑った。私も久しぶりに腹が痛くなるほど笑い続けた。心地のよい腹の痛みだった。

おじいさんにしゃぶられてよかったか、悪かったか。もちろん悪かったが、こんなことを経験しなければここまで笑うことはできなかった。自分から経験したくはないが、誰もが通り抜ける道としてこういうことは起こる。同じような人が同じような経験をしてしまう。明らかに性犯罪で性被害者なのだが、こんなに笑っていては裁判に勝てない。学問や読書や芸術から学ぶことは多いが、実体験からも得るものは大きいといわざるをえない。経験した人にしか共有できない傑作ホラー映画のような面白さがどこかにある。女性が受ける性被害とは違い、酔っ払った大人の男が受ける性被害は笑われて終わることが多い。

泥酔してああいう状態になると、もうどうでもいい、という気持ちになる。あの気持ちも知らないより知っておいた方がいいような気がする。高見さんの話を聞いているうちに、私もあの時の悪夢がよみがえり、気持ち悪くなってきた。私はあの時、しゃぶられながらおじいさんの頭を撫でていた。夢の中で、私はひざの上にのせたタヌキを撫でていて、目がさめるとそれがおじいさんの頭だった。

おじいさんにしゃぶられた人はまだいる。

「参ったよ、昨日も気づいたらしゃぶられてたよ」

60歳を超えたカメラマンさんだ。

「そんなことして気持ちいいんですか?」

「気持ちいいわけないじゃないか、気持ちわりーよ、もう、そういう次元の話じゃないんだよ。あそこまでいくとどうでもよくなる」

「なんであんな店に行くんですか?」

「知らねーよ、自分でもよくわかんねーけど、ベロンベロンに酔っ払って前通りかかって声かけられると、よし、行ってやるって気になるみたいだな」

「おじいさんのことが好きなんですか?」

「そんなことはない。あるはずがない」

「気持ちいいんですか?」

「それはない。気持ちわりい」

「これまで何回くらいしゃぶられたんですか?」

「数えてないけどもう10回以上だよ」

その店は今も営業を続けている。相手は誰でもいいから被害者が続出しているが、訴え出る者はいない。

笑ってばかりもいられない。相手かまわずあれだけたくさんの相手をしゃぶっていたら性病感染のリスクも高い。空気に触れれば死ぬというエイズだって、あれだけしつこくしゃぶっていたらわからない。もしもおじいさんに虫歯があったらそこから菌が侵入し、今度はおじいさんから我々に感染することだってありえないことではない。

ああいうおじいさんはあと数年で自然に存在できなくなると思う。高見さんはきっとあの店にまた行く。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
熟女好み

 

前田さんと話が合う。行動パターンも似ている。

「この間、池袋のオカマの店に入って二人きりになったら金玉をギュッと鷲づかみににぎられて、ディープキスされた」

「え? もしかしてあの角の2階?」

「あれ? なんでわかった?」

「俺なんて睡眠薬飲まされてズボン脱がされてしゃぶられましたよ。しかもにぎらされて、いつまでもしつこくて」

「ほー、それはすごい。思い出すだけで吐き気がする」

オカマによるそういう被害を受けた人は他にもいる。私も前田さんもその店には一度しか行っていないので被害者はたくさんいるに決まっているのに、今でも普通に営業しているから誰も被害届けを出さない。みな、共通しているのは泥酔していて、いざ、そういうことをされてしまうと、もう、どうでもいい、という気持ちになる。あまり抵抗せずに全てを受け入れてしまう。もちろん、後になると悪夢と後悔の連続で、二度とそういうところには近づかない。あの時、なぜ逃げなかったのか、なぜ男らしく抵抗しなかったのか、思い出すだけで吐き気がする。

女性の性的な事件は多いが、実は男にも被害者は多い。男の場合、笑い話で終わることが多い。目をさますと後ろから挿入されていて、頭にきたからやり返したという武勇伝も聞いた。男は笑われ、女は男に大切にされる、なかなかいい世の中だ。

前田さんとの話は面白い。普通の人ではないから学ぶことが多い。

「サルは若いメスは人気がなく、熟女が人気だそうですよ。前田さんみたいですね」

「それはサルが正しい。若い娘とは肌が合わない。つっぱり返るような気がする」

男は、女性の前で年齢の話をしない。若い娘の話をしない。若くない女性はそういう話を嫌がっているのがはっきりと顔に出る。

前田さんはもてる。50代で、年上が好きだから50代後半から60代の女性に色気を感じるという。70歳ぐらいまでが肉体的に恋愛対象で、ほめられた熟女たちは嬉しそうにしている。

私が笑うと、怒ったような顔で、

「君はまだガキだから本当の女のよさがわかっていない。サルが正しい」

話を聞いているうちに、私が間違っていることに気付き、いつしか笑わずに前田さんの話を聞いていた。

60代、70代の男が、20代の女に惚れているのをみてどう思う? あんまりみっともいいものではない。人生を見極めた残り少ない男が辿り着くのは50代後半から60代の女だ。まあ、俺みたいな考え方は20パーセントぐらいしかいないけど」

なるほど。子づくりの世代を過ぎるとそういうものなのかもしれない。確かにそれぐらいの年齢なら、落ち着いた恋愛感情で付き合えそうな気がする。一緒にいるだけで気分が落ち着く人、喧嘩なんて疲れる。

「そう、みんな最後はそういう風になるようにできている。世の中、男と女しかいないんだから」

20パーセントどころではない。前田さんの話には考えさせられる。

「なんでもてるのに結婚しないんですか?」

「面倒くせーから」

今夜もおばさんやおばあさんたちがうっとりした目で前田さんをみつめている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
トイレの神様

 

前田さんのスナックのトイレがとてもきれいだった。

「この仕事を始めるようになってからトイレを掃除する習慣になった。暇さえあればトイレをチェックして掃除している。トイレには神様がいるって俺は信じている」

前田さんは以前も神の存在を語り、それは貧乏神のことだった。長く蒲団を干さないで掃除をしないでいるとゴキブリが卵を産み、孵化する。小さいゴキブリの赤ちゃんたちを前田さんは天使と呼んだ。

ゴキブリは汚いところに住み着く。貧乏の家は汚いことが多い。金持ちの家はきれいでゴキブリがいない。貧乏な家にエサ(栄養)が豊富で、金持ちの家に栄養(エサ)がない。ゴキブリにとって金持ちなんてなんの意味もない。この場合、神の使いは貧乏人の家を訪れる。貧乏人をつくる神と金持ちをつくる神は違う。貧乏神はゴキブリと貧乏人のところを訪ね歩き、福の神は金持ちの家に行く。

「自分のトイレを掃除するのはいいけど、人が汚したトイレって嫌ですよね?」

「そんなことはない。俺は掃除する」

「自分の店のトイレだからでしょ?」

「他の店でも掃除する。そういう習慣になった。神様がみている」

「ウソくさいなあ。じゃあ、駅のトイレは?」

「掃除する」

「絶対ウソだ、あんなの毎回掃除してたら他のことができなくなる、待っている次の人にも迷惑だ」

「いちいちしゃがみこんでゴシゴシとは磨かないよ。でも自分がつかったあとは他の人の汚した分も拭き取る」

駅のトイレの汚れはそんなものではない。次から次にこびりついていき、トイレットペーパーで拭き取れるレベルではない。タワシやモップをつかわなければ掃除できない。

私も最初に汚した分はきちんと掃除する。当たり前のことで、確認してからトイレを出る。

しかし、駅のトイレの汚れはひど過ぎる。特に和式便所は次から次に汚され、入るのもみるのも嫌だ。

男女が共につかう洋式トイレの場合、女性が男に使用後に便器のイスを下ろすように注意する。男は小便をする時、イスをあげて小便をする。女はいつもイスを下ろしている。下ろしてもいいが、イスを上げることによって汚れに気付くという事実もある。

男性用の個室便所で小便をする人はいないからずっとイスが下ろしてある。イスの裏の汚れがひどい。

男が洋式トイレで小便をする時、イスを上げ、イスの裏側の汚れに気付いて掃除する。大便をしたことを恥と考え、ばれないようにイスを上げてから個室を出る男は多いから、イスの裏を汚してしまったことに気付いて掃除する。

トイレの汚れはたまればたまるほど最後に掃除する人が嫌な思いをする。最初に汚した人が責任を取ってきちんと拭き取っていけばみんなが気持ちのいい思いをする。外国からほめられるような、そんなきれいな日本のトイレにいつか必ずなる。いつも誰かがみている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
今時のファン

 

酒場で前田さんのファンに会う。前田さんがスナックをはじめたことを教えると、「行きたい!」というので、営業時間や場所を詳しく教えるが、みな行かない。

詳しく聞いてみると本も買っていない。前田さんの著作は20作近いが、1万部以上売れたものはない。これが今のファンの現実で、ブログをチェックするぐらいがファンと呼べるものなのかもしれない。お金を出して店に会いに行くほどファンではない、本を買うほどでもない。

前田さんのブログのアクセス数を聞くと1日50から100だという。ツイッターのフォロワー数は1000で、今はツイッターのフォロワー数をみれば、その人の商品価値と影響力がある程度はわかってしまうような気がする。だからツイッターはやらない方がいい人もいる。インターネット時代、個人の時代、といわれて久しいがやはり今でもテレビで活躍する人のフォロワー数がすごい。数十万人、100万人を越す。それに比べて出版界の人気者たちのフォロワー数はなかなか1万人を超えない。

インターネットが普及する2000年以前、私はたくさん本を買った。面白い本を読むと、著者にファンレターを書き、会いに行き、酒を飲んで原稿を依頼した。前田さんの著作も全部読んで会いに行き、酒を飲んだ。私はずっと前田さんのファンで、前田さんを応援し、前田さんの本も編集した。

インターネットで前田さんの情報を検索していくと、ファンの方が前田さんの名刺の写真をブログにのせていた。自宅の電話番号がはっきりと書いてあるので、前田さんに伝えると、

「別にかまわない。みんな気にし過ぎ。電話なんてかかってきたことは一度もない」

前田さんがトークショーを開いたが私はいかなかった。後日話を聞いたら知り合い以外のお客さんは2人だった。

前田さんのギャラは売り上げの3割で、売り上げは3000円だったので900円だった。

「電車賃が往復で680円かかったから、時給で計算してみると44円だった。働けば働くほど金がなくなる」

有名なだけでは食べていけない。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
今時の若者

 

35歳を過ぎた頃からオヤジ扱いされるようになっていった。 

頭がハゲたり、洋服にかまわなくなったり、集まった酒場で一番年上だったりする。

35歳を過ぎると筋肉がゆるんでおちはじめ、体型が変わりはじめ、一流デパートで買う服よりも、近所のスーパーで買った洋服の方が着心地がいい。一流デパートの洋服は痩せて、しまった体の若い人用につくられ、スーパーの服は太ってたるんだ35歳以上の人用につくられているのは客をみてもよくわかる。正直、アメリカのリーバイスより日本のエドウィンの方がゆったりして動きやすい。

35年も生きていればそれまで馴染んできた世の中の風習も変わっていき、感覚が新しいものに適応できなくなり、適応力のすぐれた若い人と感覚がずれてくる。

出版社の編集部に勤めていた頃、たくさんの人と付き合いがあった。若い人もいる。

私が担当していた若い女性ライターがいて、私は普通に彼女を応援した。彼女はツイッターをやっていて、自分の書いた文章が雑誌に載る度にツイートし、私はそれらをチェックし感想を伝えた。

出版社を退社してからも彼女のツイッターをチェックした。私はツイッターをやらないので、パソコンでチェックした。

ここ数年で彼女が文章を発表する機会はほとんどなくなり、ライター以外の仕事をしている。20代だった彼女は30代になり、結婚に関するつぶやきが多くなった。

業界バーで彼女と久しぶりに偶然再会した。

ここ数年の彼女の出来事を細かく把握している私に彼女は怯えた。ツイッターのフォロワーでもなく、連絡もしてこないのに彼女のツイッターをチェックしているなんてまるでストーカーだ、と真顔で気持ち悪がられた。

そこまでいわれてしまったので私は彼女のツイッタ―をチェックするのをやめた。それ以来、一度もみていない。

普通に彼女のツイッタ―をチェックし、応援していた。業界バーで同席した若い人たちも私を笑った。

恋愛感情をもったことはない。彼女の写真をみて興奮することもない。私と彼女は感覚がずれている。私は彼女を普通に応援していた。(山田)

 

 

| chat-miaou | 02:01 |
友達の店


 

「元をとった」

という言葉を飲食店で聞くが、最低だと思う。「お前の店に金なんか払えない、早くつぶれてしまえ」と正直にいっているのとかわらない。大型チェーン店の客寄せキャンペーンなら人集めも目的だからいいが、個人店でそんな発想でこられたら店主の首をしめているのと全く同じで、そんな客が集まれば、店はダメになる。そういう発想の人は話も面白くないからさらに店のレベルを低下させる。

友達が店をはじめて、そんな発想ならばそれは友達ではない。友達の店で安く飲みたい、ツケで飲みたい、持ち込みで飲みたい、と考えるのは自分のことしか考えていない人の心に豚足をかじりながら踏み込んでくるような人間で、友達でなく、利用されている。店主は本心を見抜き、友情が殺意にかわる。

現在の相場からいって、長くて2時間、最低2000円はつかわないと店はやっていけない。2000円以下で飲まれ、しかも2時間以上いられると、人件費、光熱費、家賃、体力、退屈さ、面倒くささ、ストレス、殺意、健康面でやっていけなくなる。

個人店が密集している飲み屋街を歩いているとガラガラの店が多い。店主が客を待ち、入り口をみつめ、入りづらい。そんな店に入って無理矢理に話をしても楽しいわけがないからもうすぐつぶれる。

客がこないから思い切って安くして、安く飲みたいへんな客が集まり、結局つぶれる。

知り合いの店がつぶれる度、罪悪感を感じる。

飲食店は数日の研修を受け、保健所の審査を受ければ誰でもすぐに開業できる。何もできない私も飲食店をやるしかない、と思ったことが何度もあるが、たくさんの知り合いの失敗をみ続けているので勇気がない。必ずつぶれる。

自分だけは違う、自分の料理はうまい、人付き合いが得意だ、と思う人ばかりだが、それで稼ぐのは難しい。10年前に通っていた店はほとんどつぶれている。

自分が料理がうまいと思うのは当たり前で、自分の好きなように味付けしているのだからうまい。他の人が食べると特別にうまくはない。

共存という考えがある。

友達が多い人は会員制スナックをはじめる。回転と集金を考えると、400人以上会員がいないとやっていけなくなる。ラインとメールと電話をこまめにするのでストレスがたまる。頭にきてもなかなかいい返せないのがつらい。値段を高くし過ぎても客はこなくなる。

弱肉強食という考えがある。

得意分野のスナックをはじめ、その分野の人が集まる店をはじめる。常に名刺を持ち歩き、他の店の客を奪って憎まれる。成功している業界バーは悪口をいわれるが仕方がない。昔、若くて綺麗だったおばさんが、今、若くて綺麗な女の子の悪口をいう。有名業界バーでアルバイトをしていた女の子が10年後に新しい業界バーをはじめる。同じことを繰り返して入れ替わっていく。自然の流れには逆らえない。

本当に安くていい店もある。実家に資産があり、家賃収入があるような人はこういう店を続けることができる。安くて、マスターはみなから好かれる。

資産がないのに儲けなくていい人は、誰からも好かれ、そこそこに客がくるがそのうちつぶれる。

つぶれた店の店主たちに話をきくとだいたいこんなパターンになる。

友達の店に行く。応援するつもりで、できるだけ金をつかう。友情が金にあらわれる。それでも友達は儲かっていない。私がつかう程度の金では水道代にしかならない。友達は家賃と闘っている。店主と客の関係にかわっても、以前と同じように割り勘で飲みに行っているのとかわらない。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |