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『金ではなく鉄として』

 
 

ブックオフで中坊公平の本をたくさん買い込んだ。どれも108円で、内容も似ていて、やはり『金ではなく鉄として』が一番面白い。

森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を務めた中坊は50軒の被害者家族を回った。各家で世の中の真実を見た。44歳の遅過ぎた青春がやってきた。中坊は変わった。金儲けだけの仕事ではだめだ、と気づかされた。

ミルクを飲んだ赤ちゃんたちに後遺症が残っていた。

コウジ君は訳もなく乱暴になってしまい、健康な兄弟の勉強の邪魔をしてしまう。小さいうちはお父さんが力づくで止めたが、大きくなってお父さんも止めることができなくなると、自分から精神病院に入るといった。たまに家に帰ってきても暗くなる前に一人で病院に帰っていく。みんなで晩ごはんを食べると泊まっていきたくなり、病院に戻りたくなくなり、またみんなに迷惑をかけてしまう。気持ちを察したお母さんも「泊まっていけ」とはいえなかった。

タケオ君は生涯に3つの言葉しか口にできなかった。「お母さん」「ごはん」「アホウ」の3つのうち「アホウ」は外で覚えてきた。外で遊ぶのが好きだったタケオ君が外出すると近所の子供たちに砂や水をかけられるのだが、絶対に泣かなかった。泣くと面白がられ、さらにいじめられることを知っているので泣くことは許されなかった。泣くこともできないと笑われたが、家に帰るとお母さんにすがって泣いた。タケオ君の服には「この子が迷子になったらお電話ください。お礼を差し上げます」とゼッケンが縫いつけられていた。
就職が決まったと二階から知らせに来てくれた子が、ひと月後にはクビになり、もう下へ降りてこない。

通ううちに話をしてくれるようになった手足の不自由な子が、皿に注がれたお茶を犬のようにして飲み始めた。

中坊が法廷で被害者たちについて語ると裁判官が天井を向いて涙をこらえた。裁判官という立場上、涙をみせることができない。

中坊が森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を頼まれた時「かかわりあうとこっちが危ない」と思った。大企業と国が相手で、支援する弁護士も左翼系、順調で平穏だったエリート弁護士生活が失われるかもしれない。中坊は左翼嫌いの父に助けを求め、尊敬する父の反対を口実に弁護団長の役を断ることに決めた。

事情を説明した中坊に父がいった。

「お前をこんなに情けない子に育てた覚えはない。子供に対する犯罪に右も左もあるか。お前はこれまでに一度でも人様の役に立ったことがあるのか。何のためにお前を育てたのかわかってんのか」

中坊はテレビのインタビューや本の対談で被害者の話をする度、涙をこらえ、声をつまらせながら語った。
『金ではなく鉄として』は朝日新聞に連載されていた時から愛読していた。読み終わった本はすぐに捨てる私はこの本をもう5回以上買っている。
何度読んでも涙が出てくる。鉛をのんだような気持になる。自分の部屋でも、電車の中でも、図書館でも、モスバーガーでも、今日はマクドナルドで読んでいて涙が止まらなくなったが、涙の意味はわからないままでいる。(山田)


 

| chat-miaou | 01:01 |
『愛の罪をつぐないます』

 
 

アマゾンでなんとなく買った伊藤素子『愛の罪をつぐないます』をなんとなく読み進めているうちにぐいぐい引き込まれ、最初から読み返し、何度も繰り返し読み返している。面白い。

目がきれいで背が高くて星の王子さまみたいな男に憧れていた銀行員伊藤素子は婚期を逃す。小さい頃からチョコレートの包み紙さえシワを伸ばして小箱にしまうような子供だったので勤めをはじめるとぐんぐん貯金が貯まった。

700万円貯まった頃に、銀行の客だった遊び人と出会う。結局この男に900万円貸すことになる。

「目がええ。くるっとしてチャーミングや。たまには美しい女性と別の世界にとけ込んでいたいんや。ええやろ? 好きや、ほんまや」

口説き上手な男だった。

素子の告白が素晴らしい。

「女性の扱い方をよく知っていたので驚きました。自分の体がこわくなりました」

金の話はラブホテルのベットでした。執拗に愛撫されながらそんな話をされると「はい」と答えてしまった。

「『かわいいなあ』そういって私の肩を抱きました。強く抱いたかと思うと、二の腕のあたりをそっとなであげます。全身が熱くなり、肩に力をいれますと、『敏感な子やなあ』といって南さんは私を抱きしめ、下半身を脱がせました」「急に荒くなったり、やさしくなったり、とにかく、私の体を動物にできる人だと思いました」

挿入されながら頼まれ、入ったばかりの給料も貸した。

初めての海外旅行は南と二人で香港へ行った。ロマンチックな素子は彼と腕を組んでネオンが輝く街を歩きたい、おそろいのブレスレットを買いたい、香港にも、つけ麺大王みたいなお店があるかしら、と夢想した。

そして1981年、素子が33歳の時、つけ麺大王で食事をした帰りの車の中で犯行をもちかけられる。「お前と外国で暮らしたいんや」「お前の人生オレがもろうた」

振込み操作で現金5000万円を引き出し男に渡し、素子は500万円もって一人フィリピンに飛んだが南がくることはなかった。

「彼に抱かれていたときは、何もかも忘れて燃えました」

フィリピンで「南のこと好きですか?」と聞かれた素子は「死ぬほど愛しています」と答えた。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
日本の宝

 

デザイナーの友達とコーヒーを飲んでいて、一番好きな作家を聞くと根本敬だという。

私も一番好きな作家を聞かれたら迷わず根本敬と即答する。

「根本さんの本を読んだら世の中が楽しくみえるようになった」

たしかに根本さんの本を読む前と後では世の中が違ってみえる。

「不快を楽しむ」という根本さんの言葉がある。根本さんの本を読むと、威張っている人や、ブチ切れている人や、金とセックスのことばかり考えている人、タカリ、金持ちでどケチ、自慢中の人、説教中の人が一瞬愛しくなり、輝いてみえ、しばらくみとれてしまう。

根本敬が一番好きで、そういう感覚の人が一緒に仕事をするようになっている気がする。芸術家、出版業界で活躍する人の多くが根本さんを尊敬している。

根本さんがクラウドファンディングを募るとすぐにお金が集まる。ファンが心から根本さんを応援しているのがよくわかる。

ナンシー関も根本敬を読むことをすすめていた。青木雄二も根本敬をほめていたという。石野卓球は根本敬が自分のルーツだといい、電気グルーヴの名曲『虹』の歌詞に根本さんの本から言葉がつかわれている。

根本敬を避けて通るわけにはいかず読みたくなるようになっている。読み終えた本はすぐに捨てると決めている私は何度も根本さんの本を買いなおす。何度もお金を出して買わずにはいられないほど読みたくなる。

1『電気菩薩』2『人生解毒波止場』3『因果鉄道の旅』4『映像夜間中学講義録』5『特殊まんが 前衛の道』6『タバントーク』を繰り返し読んでいる。7『夜間中学』も面白い。

根本さんの絵はフランスで人気がある。昔の『ガロ』の古本が外国で高値で取引されている。実は普通の絵も描けるが二度と注文がこないような絵を描かなくてはならないと決めている。そんな人、他にいない。

原稿料がなかった漫画雑誌『ガロ』出身の漫画家たちに魅力的な人が多い。東陽片岡は人物に鼻毛を描かなければ納得がいかない。表紙用に汚くない絵を頼まれても鼻毛を描く、ゴキブリを描く。汚くなければ自分の絵ではないから汚く描く。アニメ製作を決心した杉作J太郎は、たくさんのスタッフが仕事をできるように広い部屋を借り、家賃を払うのに苦労した。製作が正式決定してから部屋を借りればいいのに、それでは納得がいかない。まずは部屋を借りてから行動をはじめるがなかなか進まない。みんな自ら貧乏になる道を選んでかっこいいから、感動したファンが本気で応援する。できることならあんな生き方をしてみたい。

根本さんのラジオのゲストが石野卓球だった。勝新太郎の『サニー』がリクエスト曲だった。次回のゲストは同じ電気グルーヴのピエール瀧で、リクエストが同じく勝新太郎の『サニー』だった。1曲目は石野卓球リクエストの勝新太郎『サニー』が流れ、2曲目はピエール瀧リクエストの勝新太郎『サニー』で、2曲連続全く同じ曲が流れ、そんなラジオははじめてだから感動的だった。

根本さんの本に登場する人たちは魅力的で、私はその中の一人に会ったことがある。根本さんが書くと面白いのに、私が会ったその人は普通の人だった。つまり、根本さんには世の中が凡人と違ってみえている。

好奇心の強い柳田國男がもしも根本敬の本に出会ったらきっとすぐに全冊注文する。柳田國男の描く世界と根本さんの描く世界にはどこか似たところがあり、資料的価値が高い。ドストエフスキーも変人が好きで、ロリコン、タカリ、金持ちでどケチ、ブチ切れている人、唾を飛ばしながら話し威張っている人、人殺しなどを好んで小説に書いた。ドストエフスキーが根本さんの本に出会っても全冊注文する。ドストエフスキーに心酔した青木雄二だから根本敬のよさがわかる。100年後にはロシア語に翻訳された根本敬をロシア人たちが読んでいる。全集も出るだろうし、外国人が根本敬を読む時代がくる。『毛皮を着たヴィーナス』を書いたザッヘル・マゾッホぐらいか、それ以上に世界的に有名になる日が必ずやってくる。それほど面白い。翻訳された文章では微妙な日本語のニュアンスが伝わらない。日本人にしか理解できない空気もある。同時代に日本に生まれ、日本語で根本敬を読める喜びを味わう。

犬のエサ箱をタワシで熱心に磨くおやじがいる。そんなにきれいに洗わず、チャッチャッと水で流せばいい。「でもやるんだよ!」とおやじが怒鳴り、全世界が感動に震える。

誰にも真似できない。インターネットが普及する前、無数のかくれた才能の存在を語る人が多かったが、インターネットが普及し、誰もが平等に文章を発表できるようになり、かくれた才能は存在しないことがわかった。才能が放っておかれることは決してない、インターネットがなくても才能はちゃんと開花していた。根本敬が描く世界も無数に存在するように思えたが、根本さんしか書くことのできない世界だった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 05:01 |
『くにとのつきあいかた』

 

15歳の時、池袋の大きな本屋で蛭子能収の漫画を立ち読みしてから夢中になった。汚くて卑猥な絵が多いから電車の中で堂々とページをめくることができなかったが、今すぐに読みたくて家まで我慢できない。それまで読んだことのない漫画で、すっかりファンになった。池袋の本屋で、テレビが伝えるのと違う面白いものをたくさん知った。

JICC出版局の漫画シリーズをみつけ、蛭子さんの『超短編傑作漫画集』とキャロル霜田『ウルトラマイナー』を買い、帰りの電車で笑いをこらえながら読んだ幸福な時間を忘れられない。

20歳の時、蛭子さんの『くにとのつきあいかた』を新刊本で買い、文章のうまさに感動した。名文が並ぶ。読んでも読んでも名文が続く。文章に引き込まれ、蛭子さんに共感して笑う。この本は現在絶版で、刷り部数も少なかったからなかなか手に入らない。また読みたいから探しているのだが、アマゾンにもヤフオクにもない。『思想の科学』という雑誌に連載された文章をまとめた本で、連載中から愛読していた。最初は「不良とつきあう」がテーマで、「ツッパリ漫画で気の良い不良がでてくるが私は信じないし、もしそんな不良がいたとしてもつきあいたくない」ときっぱり書いている。

『くにとのつきあいかた』の続編は『正直エビス』で、こちらは蛭子さんがテレビに出てメジャーになってから出版された本なので刷り部数も多く今でも入手できる。少しやわらいでくるが同じペースで面白さが続いている。

蛭子さんは本を読まないことで有名だが、こんなに面白い文章を書ける。根本敬が「読書量と文章のうまさが関係のないことは蛭子さんの文章を読めばわかる」というようなことをどこかで書いている。

蛭子ファンならわかるが、最近の蛭子さんは文章を自分で書いていない。話した内容をライターがまとめている。蛭子さんの文章ではないことがすぐにわかる。それほど蛭子さんの文章は独自で面白い。蛭子さんにしか書けなかった。蛭子さんは原稿チェックをちゃんとしないことでも有名で、ライターがまとめたままの文章はやはり蛭子さんらしさが薄い。蛭子さんの本は年々面白くなくなっていくのに、売り上げは伸びているのが面白い。

蛭子さんの本から学ぶことは多いので、出ている本は全部読んだ。はじめて『ガロ』に入選した時、奥さんと飛び上がって喜び、アパートでカレーライスでお祝いをした話に感動した。いじめっこや犯罪者に対する見解も素晴らしい。「死んだ方がいい」「犯罪者の遺伝子を残してはいけない」「逃げずに自首しなさい」と正直に書いている。

『くにとのつきあいかた』に「昔の友達」に関する文章があり、傑作の一つだ。頭の中に残って忘れられない。

昔の友達が訪ねてきて、金を借りにくる。昔の友達は金を返してくれたことがない。昔の友達は今でも絵を描いている。蛭子さんは芸術を愛しているが、今では半分は冗談で芸術を愛し、芸術家より生活者として生きている。昔の友達は金を貸してくれたお礼に自分の描いた絵を置いていったが、蛭子さんの奥さんが「そんな絵、みたくもない」と怒った。数ページの文章なのに傑作短編小説と同じ威力がある。しかも入手できないから再読することができず、頭の中で名文が何度も繰り返しよみがえり、さらに名文になっていく。映画化して欲しい。文庫化して欲しい。

太宰治も短編小説『親友交歓』で昔の友達を書いている。声のでかいとても下品な自称友達が太宰を訪ねてきて酒をねだる。奥さんにお酌をさせようとする。井伏鱒二と飲もうと思っていた大事なウイスキーをみつけられてしまい、飲まれてしまい、しかももって帰ろうとする。(山田)

 

 

| chat-miaou | 04:01 |
『毛皮を着たヴィーナス』

 
 

サディズムの語源であるマルキ・ド・サド(1740-1814)は小説『悲惨物語』で理想の家族を描いている。

若き妻との間にできた娘から普通の教育をいっさい遮断し、自分の好みの思想を植えつける。恋人として自分を愛するよう教え、自分のことをお兄様と呼ばせ肉体関係を結び、二人の蜜月を邪魔する妻を娘と一緒になっていじめた。妻が娘に飛びかかり、夫が妻を階段から突き落として血だらけにする。

マゾヒズムの語源であるザッヘル・マゾッホ(1836-1895)は小説『毛皮を着たヴィーナス』で理想の妻を描いている。

女の君主になるか奴隷になるか、男は二つに一つしかない。忠実な妻がみつからないのなら、徹底的に奉仕したい。女の奴隷となり、権力と美の象徴である動物の毛皮を身に着けた妻からお仕置きを受けたい。

古代ゲルマン人の美徳に血湧き胸躍らせるセヴェリーンは、少年の頃から女たちにいたずらされ、ついに運命の女王様に出会う。

二人が街へ買い物に出掛ける場面が素晴らしい。女王様が犬用の鞭を選ぶが、セヴェリーンを横目にすると小さ過ぎる。ブルドッグ用でも小さい。人間用の鞭を探す女王様の冷酷さに、セヴェリーンは背筋を凍らせて喜ぶ。

セヴェリーンは女王様から与えられる数々の試練に歓迎しながら立ち向かっていく。セヴェリーンという本名をグレゴールにかえるよう命令された時はさすがに頭にきたが、体はわなわなと喜びに震えた。

「踏んづけておくれ」

と愛を語り合った二人だが、女王様は他の男とセヴェリーンの元を去っていく。

マゾッホの夢は小説におさまらなかった。『毛皮を着たヴィーナス』執筆後、実生活でも理想の女王様に出会い結婚している。妻に浮気をせがんで嫉妬に狂喜した。新聞広告を出して妻の浮気相手を探して歩き、もがき苦しんだ。

そして小説と同じように妻も他の男と去っていき、マゾッホは廃人となった。

人は夢がなければ生きていけないのだ。(山田)


| chat-miaou | 03:01 |
サリンジャー入門

 
 

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を30年ぶりに読み、ついでに古本屋でみつけた『ナイン・ストーリーズ』を読んでみたらサリンジャーのよさがわかった。

『ナイン・ストーリーズ』の9話のうち「エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに」は、多くの作家が書きたがっている憧れの小説と思われる。普通、かわいい子供が小説に登場すると読むに耐えない。作家がかわいいと思っても読者はそう思わない。これは他人の子供の写真を見せられるのと一緒で、子供なんてみんなかわいいのだから誰が特別というわけにはいかない。

ところが、サリンジャーが書くとかわいい。かわいくて面白くてかっこいい。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公の妹フィービーが人気だが「エズミに捧ぐ」のチャールズが1番いい。

喫茶店で一人でくつろぐ男のところにチャールズがやってきて、男の二の腕をぶん殴り、

「壁が、隣の壁になんて言ったか?」

と聞いてくる。

男が降参すると、
「角で会いましょう! じゃないか!」

男が(傑作だ!)と感動しているとチャールズはケラケラと笑いが止まらない。

「壁が、隣の壁になんて言ったか?」

ともう一度聞いてくる。

男は戸惑い、「角で会いましょう、かな?」

チャールズは機嫌を損ね、怒ってその場を立ち去る。

ぎくしゃくしたままの関係でチャールズと別れるわけにはいかない。チャールズの背中をつまんで男が尋ねる。

「壁が、隣の壁になんて言ったか?」

チャールズは目を輝かせて「角で会いましょう!」

ラストもよかった。

『エズミに捧ぐ』が世界に通用する小説ならば、木山捷平の『苦いお茶』も、絶対に世界に通用する。

『ナイン・ストーリーズ』はサリンジャーが過去に発表した作品の中から選んだ9短篇で、他も読みたくなったので調べてみると著作が全部で7冊しかない。

1つの小説が他の小説とリンクしているものが多く、全作品読みたくなるようになっている。面白くて止まらなくなる。(山田)

 

●『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の主人公・ホールデン・コールフィールドが主人公の作品

『気ちがいのぼく』1945

『マディソン郡のはずれの小さな反抗』1946

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』1951

●ホールデンの兄、ヴィンセント・コールフィールドが主人公

『マヨネーズぬきのサンドイッチ』1945

●ヴィンセントの親友ベーブ・グラドウォーラーが主人公

『最後の休暇の最後の日』1944

『フランスのアメリカ兵』1945

『他人行儀』1945年、

●グラース・サーガと呼ばれる7人兄弟が登場する作品

『バナナフィッシュにうってつけの日』1948

『コネティカットのひょこひょこおじさん』1948

『小舟のほとりで』1949

『フラニー』1955

『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』1955

『ゾーイー』1957

『シーモア―序章―』1959

『ハプスワース16,一九二四』1965

●グラース一家

○レス    父 元芸人

○ベシー   母 元芸人

○シーモア  長男 1917年生まれ。1948年、31歳でピストル自殺

○バディ   二男 1919年生まれ。作家

○ブーブー  長女 1922年生まれ。3児の母

○ウォルト  三男 1923年生まれ。双子。日本でストーブの爆発事故死

○ウェーカー 四男 1923年生まれ。双子。司祭

○ゾーイー  五男 1930年生まれ。俳優

○フラニー  二女 1935年生まれ。新進女優

52女は一番上から1番下まで18歳の差があり、それぞれ子供時代に天才と呼ばれた。

●日本語訳全736作品

○『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)

○『フラニーとゾーイー』(新潮文庫)

「フラニー」「ゾーイー」収録

○『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―』(新潮文庫)

「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」「シーモア―序章―」収録

○『ナイン・ストーリーズ』(新潮文庫)

「バナナフィッシュにうってつけの日」「コネティカットのひょこひょこおじさん」「対エスキモー戦争の前夜」「笑い男」「小舟のほとりで」「エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに」「愛らしき口もとは緑」「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」「テディ」収録

○『サリンジャー選集2』(荒地出版社)

「若者たち」「エディーに会いな」「じき要領をおぼえます」「できそこないのラヴ・ロマンス」「ルイス・タゲットのデビュー」「ある歩兵に関する個人的なおぼえがき」「ヴォリオーニ兄弟」「二人で愛し合うならば」「やさしい軍曹」「最後の休暇の最後の日」「週一回なら参らない」「フランスのアメリカ兵」「イレーヌ」「マヨネーズぬきのサンドイッチ」「他人行儀」「気ちがいのぼく」計16作品収録

○『サリンジャー選集3』(荒地出版社)

「マディソン郡のはずれの小さな反抗」「大戦直前のウェストの細い女」「ある少女の思い出」「ブルー・メロディー」「倒錯の森」計5作品収録

○『サリンジャー選集別巻1 ハプスワース16,一九二四』(荒地出版社)

●発表年順(日本語訳36作)

『若者たち』1940

『エディーに会いな』1940

『じき要領をおぼえます』1941

『できそこないのラヴ・ロマンス』1941

『ルイス・タゲットのデビュー』1942

『ある歩兵に関する個人的なおぼえがき』1942

『ヴォリオーニ兄弟』1943

『二人で愛し合うならば』1943

『やさしい軍曹』1944

『最後の休暇の最後の日』1944

『週一回なら参らない』1944

『フランスのアメリカ兵』1945

『イレーヌ』1945

『マヨネーズぬきのサンドイッチ』1945

『気ちがいのぼく』1945

『他人行儀』1945

『マディソン郡のはずれの小さな反抗』1946

『大戦直前のウェストの細い女』1947

『倒錯の森』1947

『バナナフィッシュにうってつけの日』1948

『コネティカットのひょこひょこおじさん』1948

『対エスキモー戦争の前夜』1948

『ある少女の思い出』1948

『ブルー・メロディー』1948

『笑い男』1949

『小舟のほとりで』1949

『エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに』1950

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』1951

『愛らしき口もとは緑』1951

『ド・ドーミエ=スミスの青の時代』1952

『テディ』1953

『フラニー』1955

『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』1955

『ゾーイー』1957

『シーモア―序章―』1959

『ハプスワース16,一九二四』1965

 

| chat-miaou | 02:01 |
『「連続殺人犯」の心理分析』



普通でない人の話は興味深く、言葉も世界も新鮮で一気に読み終えた。

ジェイソン・モスは連続殺人犯が喜びそうな手紙を彼らに書き、文通する。

33人殺しのジョン・ウェイン・ゲーシー、14人殺しのリチャード・ラミレス、15人殺しのシェフリー・ダーマー、殺人集団の指導者チャールズ・マンソンと文通する。

殺人者は普通の人ではない。発言も発想も普通とかなり違う。

ジョン・ウェイン・ゲーシーとはかなり仲良くなり、収容所から家に電話がかかってくるまでになる。

ゲーシーはジェイソンに手紙と電話で弟との近親相姦を強くすすめる。近親相姦をすすめながら興奮しているのがわかる。マスターベーションをしているのがわかる。

「男相手でもセックスができるんだ。弟のベットに潜り込んでレスリングをはじめて抱え込めばいい。弟は君のものだ。あの年頃の少年は誰でもすぐに勃起する」

たくさんの少年たちを犯し殺害して自宅の地下に埋めたゲーシーは妹とのセックスを語りジェイソンへの熱い説得を続ける。

レイプ殺人魔ラミレスに女性の写真を送ってやると返事がきた。「今度は尻が丸見えで、足の裏が見えているのを送ってくれ」

ラミレスに恋人を殴ったと書いたら興奮してすぐに返事がきた。「顎を打ち砕いたか? 針で手や足を突き刺したか? わめき声を録音したか?」

ジェイソンはついにジョン・ウェイン・ゲーシーに会いに行く。

ゲーシーはジェイソンをみながらマスターベーションをした。暴言を吐きながら興奮を高めて真っ赤になってマスターベーションをし、終わると楽しそうに子供みたいに笑った。ゲーシーの描くピエロの絵は高く売れるので金には困らない。看守に金をやり、ある程度自由に暮らすことができる。ジェイソンと二人きりになることもできる。1日目はビキニパンツをプレゼントされ、「明日は俺のためにこれをはいてきてくれる?」と頼まれ、2日目も暴言をはきながらマスターベーションをした。

好奇心と研究よりも、ジェイソンの心は次第に病んでいった。

殺人者たちの発言は具体的で極端で、殺人者特有の共通点のようなものがある。性衝動、攻撃欲、食欲の中枢は脳に近接し、波及効果があるという。人が苦しむのをみて興奮するサディストにはこの波及効果が強い。食欲は弱い動物への略奪行為と結びつき、性欲は他の雄への攻撃に結びつく。その抑制のためにも、教育、法、宗教が必要になるが、教育、法、宗教では管理できない普通でない人たちがいる。(山田)

| chat-miaou | 01:01 |
スティーブ・ジョブズ



「ジーンズについている小さなポケットは何のためにあるのかやっとわかった」

記者会見でそういってスティーブ・ジョブズは新製品アイポッドNANOをジーンズの小さなポケットから取り出してみせた。

観客がどよめく。盛り上がる。ため息をつく。自社新製品の発表会なのに面白いショウになっている。

スタンフォード大学の卒業生に向けたスピーチもすごい。このスピーチに感化され、また新しい若き才能が生まれる。ある意味、読書なんて、この短いスピーチ1つで十分な気がする。歴史に残る名画1本と同じ価値がある。言葉が生きている。無駄な言葉がない。心をゆさぶられる。本気で伝えるために一言一言に意味が集中している。何度も何度も繰り返し読んでしまう。100年後の若者がこのスピーチを読んだり聴いて感動し、行動をおこす。エジソンより偉い。発言も行動も映像も、ほぼ全ての記録が詳しく残っているからエジソンよりも信憑性が高い。自分のつくった会社を追い出され、新しくつくった会社でまた成功し、自分の追い出された会社が傾くと復帰してたてなおした。経営者としてもこんな人間は他にいない。未来ではエジソンよりも伝記が読まれ、尊敬される。

●「ふりかえってみると、好奇心と直感に素直に従って出会った物が、後になって貴重な物だった」

●「本当に満足できる唯一の方法はグレートだと信じることのできる仕事をすること。グレートな仕事をする唯一の方法は自分のしていることを愛すること」

●「ガンになってわかった。常に死を意識していることは、人生の選択をする時に最も役に立つ。外部からの期待、プライド、将来に対する不安、こういったものが死に直面するとすっ飛び、本当に重要な気持ちだけが残る。『遠くない将来、人生が終わる』、そう意識することが人生の重要な選択を手助けしてくれるすぐれたツールとなる」

●「死は古いものを排除し、新しいものに道を開く。悲しいことに、新しいあなたたちもそう遠くないうちに確実に古くなり、排除される。他人の意見は雑音なので自分の心の声がかき消されないようにしてほしい。自分には失うものがあるというのは思考の落とし穴だ。時間は限られている。あなたたちは今、何も身に着けていないのだから当然自分の心に従うべきだ」

●「定説にとらわれ『そろそろ落ち着こう』と考えるのは他人の思考の結果である。そんなことをしては他人の人生を生きることになってしまう。恋愛がそうであるように、大事なものをみつければ自分でもわかる。年を重ねるごとによくなっていく。だから探し続ける、落ち着く必要はない。最も重要なのは自分の直感に従う勇気を持つこと、直感と自分の心の声はあなたが本当は何になりたいのか、なぜだかもうすでに知っている。他のことは雑音だ」

 

世界を変えた男が世界に通用する秀才たちをこんな簡単な言葉でふるいたたせている。最初から最後まで簡単なわかりやすい英語で、聴き取りにくいところも一つもない。まるで全世界の、未来の若者へのメッセージであることを計算にいれているようだ。日本人の中学生にだってわかる簡単な単語が並ぶ。中学校の教科書に全文載せればまた世界が変わる。本当に大事なことは、簡単な言葉で伝わる。

誰もがぼんやりとはわかっているこんな簡単なことをジョブズははっきりとストレートな言葉にできる。誰もがうっすらと考えていることなのに普通の人はこんなスピーチをできない。ジョブズのような人が確信をもって言葉にすると圧倒される。こんなスピーチをできる校長先生は1人もいない。

ジョブズがいうから説得力があるのか。そうでもあるが、そうでもない。無名の人が同じことをいえたとしたら、ある程度は共感を得るが、なぜだかやはりこんな表現は普通の人間にはできない。なぜだか、声が違う、話し方が違う、空気が違う、発音が違う、イントネーションが違う、本気度が違う、説得力が違う、何もかも違う。ビル・ゲイツや他のカリスマ経営者たちのスピーチと聴き比べてみるとよくわかる。スティーブ・ジョブズだけ、全然レベルが違う。ぐんぐん伝わってくる。心の中心までせまってくる。

アップル社の名前の由来はジョブズが好きなビートルズが所属したレコード会社の名前からきているという説が強い。1970年代に、反体制ロックの影響を強く受けたジョブズの表現力はロックスター並みになっている。(山田)

 

| chat-miaou | 02:01 |
『猫料理』



編集部にいた頃、本の企画会議で『自慢のペット料理レシピ集』という企画を出し、自分のペットがいらなくなったら料理して食べよう、という企画趣旨を真面目に説明していたら、編集長に「ふざけんな! いい加減にしろ、そんな本、出せるわけねーだろ!」と怒られた。その頃の私は、取材で朝から自殺現場を見学に走り回っていたので社内の一部で「変な本ばかりつくる人」と噂が立った。

変な本をつくりたかったのではなく、動物好きの獣医がテレビで涙目になりながら、「ペットを捨てるくらいなら、責任をもって自分で食べてください、ペットにはなんの罪もない」と訴えていたのに心を動かされて、そんな気持ちを本にしてみたかった。実現したら話題になった自信はある。自殺現場をみて回ったのも、死者の無言の訴えのような空気を感じて本にしたかった。無言どころか自殺者の残す無言の空気は夜中について回り、うるさくて不眠症になり、軽いノイローゼになった。

作家の北條民雄(1914-1937)は猫の料理法を書いている。

北條民雄はハンセン病の施設に入院し、施設で執筆活動を続けながら施設で死んだ。芥川賞候補にもなった。ドストエフスキーの大ファンだった北條は『死の家の記録』のように、普通ではないハンセン病の重症患者たちの生態を記録した。手や足や目や鼻がなくなってしまう人たちをまのあたりにし、「現実に地獄をみてみたいのならハンセン病の末期病棟にきてみればいい」と書いた。神経が完全に麻痺した患者たちが自分の足首を直火であぶる、そうすると毒が抜けて楽になるように思える。

治療法がわからぬハンセン病患者たちはなんでも試してみる。死んでもいいから治れるものなら治りたい。トカゲを生きたまま丸飲みにするとあらゆる病気が治るという噂を聞けば、食ってみる。

ひょっとして猫も、食ってみる。

鳥小屋を荒らす太った猫がいて仕掛けをつくって捕らえた。ぶ厚い板の下敷きになった猫が平になった。猫のにおいはきついので3日土に埋めるとにおいは完全に消える。目をみないようにして皮をはがし、砂糖と醤油で煮る。脂が少なく、歯切れがよくてうまい、とお年寄りにもすすめている。

ドストエフスキーを熟読していた北條の目に、ドストエフスキーがのりうつった。悲しさだけの世界に、ユーモアと滑稽をみる。

ここにも才能がある。題材だけで勝負しているのではない。

施設から外出許可を取り、編集部を訪ねた北條に会う人はなかった。病気のせいだと自覚した北條は悲しみに暮れる。「もう文学はあきらめよう。自分のような病気の人間に文学なんて生意気かもしれない。でも、文学を失ったら自分には何が残るのだろう」

23歳で死んだ北條民雄が残した数少ない文学を読み終え、続けて他のハンセン病文学を読んでいく、北條民雄の面白さが際立った。(山田)

 

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『熔ける』

 

面白い暴露本はないか、と思って読んでいたら、芸能人との交流よりも、会社法違反特別背任罪よりも、大王製紙会長・井川意高(1964年生まれ)のギャンブルが面白かった。

カジノで負けた1068000万円。スケールがでかい。ただ負けているのではない、毎週勝負に陶酔し、興奮し、至福の時を味わっている。

マカオでは1ゲーム2000万円が限度だがシンガポールなら1ゲーム3900万円賭けられると知れば、勝負場所をシンガポールに移す。

目の前に20億円手にしてもやめない。

150万円を4時間半で22億円にしたことだってあるじゃないか」

時間がなくなるまでメシも食わずに賭け続ける。

金がなくなると現地の質屋へ行く。金がなくなったから次回を待つなどということはしない。ブラックカードで300万円のロレックスを10個買い、1350万円借りて勝負する。その金で勝っても勝負が終われば面倒になり、質流ししようとする。いくらなんでももったいないので仲間が質出しに行ってくれたので、お礼に1つプレゼントした。

一度、顧問である父親に20億円の借金がばれて怒られたが、他の借金は内緒にし、ごまかして勝負を続けた。いきつくまでやる本物のギャンブラーで、『麻雀放浪記』のレベルに達している。しかも全てが実話だから面白い。

99パーセントがギャンブルで1パーセントが飲み食い」

勝っても負けても興奮している。

我々が知らないレベルのギャンブルの興奮を知っている。こんな思いを経験できる人はなかなかいない。井川さんの曽祖父は博奕と女で破滅したという。博奕打ちの血が流れている。

1つだけ残念なのは、井川さんは心のどこかでいつも「いつでも借金は返せる」と思っていた。その思いがなければギャンブルの戦績はかわっていたような気がする。実際、財産を処分して借金は全て返済している。

刑務所から出てきたら、今度は絶対負けられない勝負が待っている。(山田)

 

 

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