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小林秀雄と柳田國男

 

 

柳田國男は法制局に勤めていた時、たくさんの事件資料を読まされた。みなが嫌がる退屈な仕事なのだが、読書家の柳田には面白かった。

不幸な三人家族が体を一つに縛って滝つぼに飛び降り心中したがお母さんだけが生き残った。心中に失敗したお母さんが目覚めると、子供が崖の途中の木にひっかかって死んでいた。お父さんも死にきれなかったが今度は首をくくって死んでいた。

山奥の貧乏な2人の子供が斧を研ぎ、それから寝転がり、父に頼んで「もう死にたい」から斧で首を切ってくれるように頼んだ。夕日が差し込む中で父は子供の首をはねた。

小説よりもすごい話に柳田は興奮し、世に知らせるために『山の人生』という本を書いた。

調べていくと山にこもってしまう人はけっこういる。産後に発狂して山にこもる。裸で暮らす。虫やカエルを食べ、穀物に飢え、山を下りてくる。ある男は山で裸の女に遭遇して話をした。それを知った裸の男が嫉妬し、裸の女を縛り上げて折檻した。

小林秀雄は柳田國男の民俗学はくだらない現代文学よりすごい、と興奮している。

柳田國男は少年の頃、親戚の田舎で石のほこらをみつけた。ほこらをあけてみると一握りの大きさの綺麗な石の球があり、その球をコトンとはめ込むように石の床が削り掘ってある。美しい球をみるとフーッと興奮し、しゃがみこんで青空を見上げると、数十個の星がみえた。昼間に星がみえるわけはないとわかっているのにみえた。石は病気で寝たきりの死んだおばあさんが肌身離さず握っていたものだった。

柳田少年は放心状態となったが、その時、空高くで鳥がピーッと鳴き、やっとこちらの世界に戻ってくることができた。

「あの時、鳥が鳴かなかったら、私はあのまま気が変になっていたんじゃないか」

小林秀雄は柳田國男に感動した。この話で柳田國男がわかった。民俗学はこれからも続くが、柳田民俗学は柳田國男にしかできない。石の球をみて狂いそうになってしまうような感受性がなければ柳田民俗学をあらわせない。学問にもやはりどうしようもない生まれもった才能がある。(山田)

 

 

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小林秀雄と白洲正子



小林秀雄や白洲正子や白洲次郎関連の本を読んでいると、「読まないでもわかる」という言葉が出てくる。

本当はたぶんわからないけれど、ああいう人たちは美しいものや無駄のないものを追求し続けた人生なので、途中から最初から興味をしめさないものばかりになっていった。それらを「読まないでもわかる」といった。興味の先がどんどんとがっていって極めていくから、ほとんどのものがつまらない。実際、ほとんどはみてもみなくてもどうでもいいつまらないものばかりだから最初からつまらないと断定しても問題にならない。

小林秀雄は深沢七郎のデビュー作『楢山節考』をほめ、深沢七郎と付き合いもあったが『楢山節考』以外の深沢の小説は読まなかった。『楢山節考』以上の小説を書いていないであろう、というのが理由だが、こういうのは小林秀雄以外では通用しない。『極楽まくらおとし図』『揺れる家』『月のアペニン山』『東京のプリンスたち』『東北の神武たち』『みちのくの人形たち』『秘戯』も読んでみれば面白い。しかし『楢山節考』が1番面白いといわれれば間違ってはいない。

小林秀雄や白洲正子がいえば、全部正しい。説得力がある。彼らの発言に影響される人が多い。

小林秀雄や白洲正子の書いた文章を読むにはたくさんの知識が必要なので、普通の人間は彼らの文章を全部読むことはできない。すらすら読める簡単な文章もある。彼らについて書かれた文章がどれも伝説的で面白い。私もそれらを読んで小林秀雄や白洲正子を読んだ気になっている。

彼らの文章を読んでいないのに彼らのファンになるとはどういうことか。1番の説得力は顔だ。ああいう顔になってみたい。彼らのことを知れば知るほど高貴な顔にみえる。服装も、発言も、食べる物も、行く店も、酒の飲み方も、生き様にも憧れる。

白洲正子展に行ったら、小林秀雄から白洲正子に宛てたハガキが展示されていた。

「パンを送ってくれてありがとう」

とだけ書いてあり、かっこいい。

かっこいいのだが、実は私だってこの程度のハガキは何度も書いたことがあるし、もっと心のこもったハガキを出したこともあるが、私のハガキをとって置く人などいないし、展示されることもなく、破られゴミ箱に捨てられる。書いたのが小林秀雄だから味があり、受け取ったのが白洲正子だから価値がある。字もうまくなかった。(山田)

 

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『気まぐれ美術館』シリーズ

 

絵のよさが全然わからないから美術館に行くことはないし、画集を手に取ることもない。それでも洲之内徹の美術エッセイをもう通しで6回は読んでいる。本は読み終わったら捨てる主義なので、安くない洲之内徹の本をまた買いなおすのはもったいない気がするが、よく考えて、それでもやっぱりどうしても読みたくなってまた買う。

1『絵の中の散歩』(昭和48年刊)

2『気まぐれ美術館』(昭和53年刊)

3『帰りたい風景』(昭和55年刊)

4『セザンヌの塗り残し』(昭和58年刊)

5『人魚を見た人』(昭和60年刊)

6『さらば気まぐれ美術館』(昭和63年刊)

6冊がとても面白く、『絵の中の散歩』は単行本として出版され、他は『芸術新潮』に連載された「気まぐれ美術館」をまとめたものだ。

洲之内徹(1913-1987)は芥川賞候補に二度なったが、小説家として食っていくことはできなかった。家賃6千円の4畳半のアパートに暮らし、画商になって画廊を経営しながら「気まぐれ美術館」が人気になった。小林秀雄が「今一番の評論家だ」といい、青山二郎が「『芸術新潮』では州之内しか読まない」といった。白洲正子と仲がよく、酒を飲みながらいつまでも話をした。

美術エッセイなのだが、美術のことをほとんど書かない回もよくある。多くの女性との不倫関係を命懸けで書いているからそちらの方が面白く、そういう生き方が絵の見方にも影響している。

小説家になりたい人が若いうちに洲之内徹を読むと刺激になる。小説の話も多く出るが、絵描きの話も小説家の話も才能の爆発という点ではかわらない。洲之内自身が小説家になれなかった過去があり、それは彼の人生に強く影響している。

「いい画家は必ず20代か30代に最もいい仕事をしている。20代にいい仕事をしなかった画家が50代になっていい仕事をすることはまずない」(『帰りたい風景』)

洲之内徹は小説家をあきらめてからは本を読まなくなり、小説は生涯で5つでいいと書いている。(『気まぐれ美術館』)

1 森鷗外『雁』

2 カポーティ『ティファニーで朝食を』

3 木山捷平の短編のどれか

4 ドストエフスキー『悪霊』

5 あともう1

無名の絵描きでも有名な絵描きでも、州之内徹が感動した絵について書く。「盗んででも自分のものにしたい絵」について書く。

22歳で死んだ高間筆子(1900-1922)と、20歳で死んだ小野幸吉(1909-1930)の話に感動した。

高間筆子は絵が描きたくなるとブルブルと体が震えてきて、大股で前のめりになって急いで家に帰って絵を描いたから下駄に指の跡がくぼんでいた。夜中の1時でも2時でも「描きたい時はいつだって昼間だ」といって絵を描いた。(『気まぐれ美術館』『帰りたい風景』)

小野幸吉は高間筆子に影響された。小野幸吉が死ぬ3か月前、知り合いを訪ね、絵を買ってくれるように頼む。知り合いは絵をみることもなくいわれた値段で買ってやる。小野幸吉の売れた絵は生涯この1枚だけで、死後、その絵を売ったのと同額の絵の具の領収書がみつかった。(『さらば気まぐれ美術館』)

二人とも絵描きであり、詩人であった。(山田)

 

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『ひかない魚』

 

図書館で読んだ新津武昭『ひかない魚』が面白かった。このところ競輪にはまったのはこの本のせいかもしれない。銀座で飲みたい。私が大金を得るには競輪しかない。競輪で勝って銀座に行きたい。『ひかない魚』を読むと銀座の鮨屋で飲みたくなる。

新津氏は文士が集まった銀座の鮨屋「きよ田」の店主、次から次に面白い。小林秀雄、白洲次郎、井伏鱒二、辻邦生、永井龍男、登場人物がたまらない。

身長185センチの白洲次郎がお客のつけていたかんざしをチラッとみて「あの人……本物だよ」と呟く。気に入らない店の暖簾を勝手に外して捨てててしまう。パッと食ってパッと飲んでとっとと帰る。聞かれてまずい話は英語で話す。下働きの人たちにやさしい。

その辺に咲いている花を摘んでくる新津氏に美智子皇后が「新津さんは花盗人なんですね」という。

白洲正子が対談中に「今日のあれはニセモンだよ」と新津氏にそっとささやく。編集者の勘定も全部払う。

市川海老蔵が白洲次郎に憧れて一人で店に通い酔っ払う。

小林秀雄は酒二本ですぐに酔っ払って人にからみ、それからが長い。小林秀雄にからまれた井伏鱒二はまったく動じない。

そんな人たちとかかわった新津氏の発言も面白い。白洲次郎について「お金持ちが上手にお金つかって成長すれば、ああいう人間になるんでしょうね」

「紫式部、あんなヤツは二度と出ない」「どっかで日本が変わらないと二十年後、五十年後、今までのいい日本がなくなっちゃう」「鮨を食べるのは早い方がいい、出したらパッと食べる」「トップに立つ人は、見映えも大事ですね」

影響される発言が多い。新津氏は尊敬する辻邦生の一周忌を待って店をやめてしまう。

こんなの読んだら銀座に行くしかない。

予約のいらない新富寿司へ。握りのおまかせを生ビール、八海山の冷酒、熱燗で流し込む。出てくるそばからパッと食べる。

銀座の鮨と酒に感動しているスケールの小さい自分に嫌気がさし、もう一軒二葉鮨にも寄る。銀座の鮨に飽きてしまわなければ次へ進むことができない。二葉鮨でもおまかせの握りを熱燗で流し込む。パッと食ってパッと帰って、電車で1時間以上かけて家に帰り、パッと寝た。

9時に寝て朝5時に起きると、深夜に尊敬する遊び人から誘いの留守番電話が残っていた。しかも銀座から。テレパシーだ。(山田)

 

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冬のおでん

 

半袖ではいられなくなり、カーディガンを着るようになると獅子文六を読みたくなる。体が覚えていて、読まずにはいられなくなり、本屋で中公文庫の『私の食べ歩き』と『食味歳時記』を買い、一気に読む。読み終えておでん屋に行かずにいられる日本人はいない。

開店時間の5時におでん屋へ行く。誰もいない一番客でおでんと真剣に向き合う。マスターもまた来た、という顔で私をみる。明日も行く。それほどおでんが好きなのか、と聞かれれば、想像している何倍もおでん屋に感謝している。毎晩興奮しながらおでんを食っている。

瓶ビールと熱燗を頼む。ビールで口を冷たくしてから熱燗を飲む。獅子文六の真似をしながらおでん屋で飲み食いするとなんとも楽しくうまい。

枝豆がある。そら豆もある。今日はそら豆にする。

獅子文六は季節によって枝豆かそら豆を毎日食べる。冷凍食品で一年中食べられる今の時代を彼はどう思うのか。いや、そんな時代には獅子文六のような文章を書ける人は生まれない。昔の文章に感動し、それを真似ていればいい。

瓶ビール、熱燗、そら豆、店に漂うおでんの香りだけで十分だが、おでん屋でおでんを頼まなければ店に悪い。文六はおでん屋に入るとその店のおでんのネタの原料の良し悪しまでわかるというが、そんなものはわからなくていい。そら豆も冷凍でもありがたい。そこにいてくれるだけでありがたい。おでんは何を食っても熱くてうまくて熱燗に合う。

獅子文六は豆腐が大好きで、豆腐の栄養と製造方法、豆腐の知恵とうまさをわからない人間にあきれている。豆腐を絶賛し、読んでいると豆腐を食べずにはいられない。豆腐を食べなければ損をする。おでん屋で豆腐を食べられるなんて、どれほど幸せなことかという感謝の気持ちで一杯になる。

豆腐、大根、ちくわぶを頼む。これでおでん屋への義理は果たした。

おでん屋のからしってツンときてうまい。出汁に合う。何に塗ってもうまい。脳にまで刺激がツンと斬り込んできて酔いが回る。

もっと食べたくなってメインにがんも、はんぺんで〆る。

獅子文六を読んでよかった。読めば読むほどおでんがうまくなるからこの2冊はしばらく捨てないでおこう。当分おでんがうまくてたまらない。朝から夕方のおでんが楽しみでたまらない。(山田)

 

 

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昔の店


40年前と内装がかわらない中華料理屋に行って飲んでみる。

もやし炒めに餃子でビールを飲んでいると、時間がタイムスリップした。本棚に『男おいどん』と『うしろの百太郎』が並んでいる。

椅子もテーブルも70年代からそのままだし、床やドアや扇風機やトイレも70年代のまま残っている。

老夫婦もおそらくかわらないし、昔みた風景がリアルによみがえってきて恐くなる。

70年代は子供が多かった。近所の中華料理屋の子供もいて、店に漫画を読みに行ったり、夏休みに留守番の子供同士がその店に食べに行ったりした。

自殺する気はないが、よく「もういいかな」とか「死にたい」と思うのはこういうことだ。

40歳を過ぎると、生まれてから慣れ親しんできた世の中がかわっていくのについていけなくなってくる。テレビにも漫画にも音楽にも夢中になれず、才能ある若い人たちが作り出すものの魅力が理解できない。次から次に登場する新しいものとできることならかかわりたくない。

1970年生まれの私には携帯とパソコンまでで限界のような気がする。これ以上新しいものに接すると頭がショートする。

守るべき家族もいないし、「もういいいかな」と思い、朝から酒を飲んでしまう。

扇風機の風を浴びながら『男おいどん』を読んでいたら泣けてきた。

不思議な時間なので、熱燗とウーロンハイを追加した。メニューには酒(一級)と書いてある。

私の母は恐ろしいほど料理が下手だったので私はおふくろの味を知らないが、熱燗ももやし炒めも餃子も昔の味がする。

クワガタ捕りに行った帰りに友達の中華料理屋に寄り、扇風機の風を浴びながら漫画を読んだ記憶がよみがえってくる。

1時間で腹一杯になり、しめにカレーライスを頼むとまた昔の味がした。スプーンが昔うちにあったものと同じだ。スプーンだけではない。コップも調味料も何もかもが恐ろしいまでに昔のままだ。

この店に通うと、死んでしまうかもしれない。(山田)


 

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昔の味

 

新しくできた安い店に入ってみて失敗した。もう期待できないから新しい店には入らない。どうせいい店ではない。合わない。

店主がいちいち話し掛けてきた。名前を聞かれ、住所を聞かれ、名前をフルネームで聞かれたので「そこまで詳しくいろいろ聞かれたくない」と答えたら「では、なぜ、酒を飲みにくるのか?」聞かれた。

考え事をしたり、時間をつぶしたり、気分を変えたりリセットしたい。

「それなら、なぜ、カウンター席に座るのか?」

いちいちうるさい。話が止まらず、私だけが酒を飲んでいづらい雰囲気になり、仕方なく店主に一杯すすめた。

テーブル席を一人で占領するのは悪いし、はじめての居酒屋でテーブル席に一人で座るのは勇気がいる。酒を運ぶ距離も遠くなる。黙って飲めるカウンター席を探している私が悪いのかもしれないが、黙ってカウンター席で飲める店があってもいいはずだ。

「みんなで楽しくワイワイ飲む店」だという。

おやじの話とは裏腹にいつまでたっても客が入ってこない。

間がもたないので私の横にじっと立っているアルバイトの若者にも一杯すすめると、大ジョッキを飲むという。近所の大学のスポーツ選手で大ジョッキを一気飲みしてみせてくれたが、そんなことをされても、少しも嬉しくないし楽しくもない。早く店を出たいが、誰もいないから帰りづらい。嫌かっていることがわかってしまいそうで席を立つ勇気がない。若者は私の隣に腰掛けてしまい、私は私用のつまみを彼の前にずらし、食べるようにすすめた。早く帰りたい。

おやじと若者と三人で私の金でいつまでも酒を飲んだ。二時間してやっと次の客が入ってきたので入れ替わりで店を出た。もうあの店にはいかない。ワイワイ飲んだが、全然楽しくなかったし安くなかった。

 

昔は料理のうまいお母さんが多かった。人のうちでごちそうになり、「あー、おいしかった」と思うこともよくあった。最近はそういうのがない。出てくるのが昔馴染んだ味とかわった。私の母は料理ができなかったが、祖母のつくる酒のつまみはうまかった。刻んだ油揚げとにんじんを甘じょっぱく煮たのが一番おいしかった。

建物や内装が昔のままで、それでいて清潔そうな店をあたっていくと、ごくたまにそういう味を受け継いでいる女将さんに出会える。

あの味はテレビや料理教室で学んだのと違う。店で修業したのとも違う。きっと親から学んだり、誰かをみて空気で身に付いた。つくっている姿をみていると、丁寧で手抜きがない。包丁の音も、煮たり揚げたりする音も、漂う湯気もかおりも料理人と違う。商売の前に、相手を思いやるやさしい性格が伝わってくる。野菜のおひたしが、色、水切り、歯ごたえ、最高のコンディションで出される。たっぷりふりかけたかつお節に感動する。料理にのりが必需品の世代だからかおりのいいのりを選んで、使い方がうまい。料理が映える。

まな板の上が散らからない。水浸しにならない。ふきんでまな板と包丁を拭いて何度も一息入れる。いちいち整頓しているから狭いスペースでも散らからない。この人、本当に料理がうまい。数年で身につく動きではない。

他のお客さんと話しているのを聞いていたら、毎日スーパーではなく市場や八百屋や魚屋に電車に乗って買い物に回り、夜の開店に合わせて昼から漬け込んだり、煮込んだりしている。昔はみんな忙しくああしていた。よくみると、食材の入ったパックや箱が、近所のスーパーと違う。いろいろな店を買い回った食材も昔の味の秘密の一つかもしれない。

瓶ビールを頼むとお盆に、サッポロ黒ラベルの中瓶、コップ、鉄の昔の普通の栓抜きをのせて持ってきて、目の前で栓を抜き、栓をエプロンのポケットにしまう。ビールが新鮮で、うまみが増す。いつ飲んでも絶妙に冷えている。ああいうのは、お父さんか、お母さんか、先輩か、恋人か、きっと誰かの影響がある。昔の人は冷蔵庫で冷やしたサッポロ黒ラベルの栓を抜いたその瞬間がビールの一番うまい時だと信じ、それは間違っていない。

熱燗は電子レンジでいい。熱燗を湯につけるのにこだわる店もあるが、普通の人はそういった違いがわからない。お湯につけると時間がかかってなかなかおかわりが出てこない。

昔の味をつまみに、徳利とおちょこで熱燗を飲むと本当にうまい。うまいから満足して酒量も減る。無駄な酒を飲まずに家に帰って寝る。コップ酒ではダメで、そういうのを味わうことのできる店はやはり店のつくりからして違う。全体で雰囲気で飲む。

料理自慢のスナックや小料理屋のママは多いが、あの味は出せない。一目瞭然で手抜きしている。レタスがしおれ、十分に水切りしない。相手を思いやるよりも損得を考えている。

昔の味は今に受け継がれていない。もうすぐ食べられなくなる。もっと通わなければ店がなくなってしまう。(山田)

 

 

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カレーライス

 

カレーを嫌いな人はいない、とよく聞くが私は嫌いだ。若い頃は好きだったが、酒を飲むようになってから嫌いになった。

酒を飲んだ後にカレーを食って寝ると翌日、体ににおいが残って耐えられない。二日酔いにあのにおいは我慢できず、カレーを食べることが減っていった。

歳を取って消化力が落ちると昼食ったカレーのにおいが夜まで胃からこみあげてくる。胃がもたれる。胸焼けする。神保町のキッチン南海の熱くて黒いカレーが無性に食いたくなることがあるが、一日胃がもたれるのを覚悟して食べるから、やはりカレーが好きなのかもしれない。

カレーが食いたくなったが神保町まで上京する気にもなれず、まだ行ったことのない喫茶店でカレーを頼んだ。

とてもまずいカレーで一日が台無しになった。

セットのスープも電子レンジでチンしたもので、しかもぬるい。サラダもキャベツのみで普通の市販のドレッシングがかかっている。カレーは完全にレトルトで、もしかしたらこれも電子レンジであたためたのかもしれない。キッチンからはひっきりなしに電子レンジのチンッという音が聞こえてくる。

とにかく、どこからも湯気がない。神保町のキッチン南海の黒いカレーからは勢いよく湯気がたちのぼり、あれがうまさの秘密になっている。

こんなカレーだったら家で食った方が100倍うまい。家で電子レンジであたためた方がうまい。まったくやる気が感じられない。100円のレトルトカレーだって熱くして食えば十分うまい。

サラダも食べる気になれない。ぬるいスープにももう口をつけたくない。口にするほど体に悪い。カレーも一番安いレトルトカレーで、ぬるくて食べる気にならない。800円もする。

残して帰ろうかな、と思うが店の人に悪い。

獅子文六の『私の食べ歩き』を読んだ直後だったので、うまいものを食いたい気分になっていた。

こんなまずいカレーを残さず食べて一日胃がもたれるなんてバカらしい。こんなものを食う意味はなく、残して帰るべきではないのか、獅子文六先生ならきっとそうする、と考えて、ムカムカしていると、隣の席の4歳ぐらいの男の子がお母さんとカレーを食べていて、

「カレーライスおいしいね?」とお母さんに話し掛けた。

私は我にかえって反省し、スープもサラダも残すことなく、「ごちそうさまでした」と言って店を出た。(山田)

 

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おでんに熱燗

 

獅子文六の『私の食べ歩き』を読んでいたらおでんが食いたくなった。カラシをぬった豆腐が食いたい。獅子文六によると、豆腐のうまさを知らない奴は駄目だ。

名文は人を動かす。

久しぶりのおでんはうまかった。前回行った時は気付かなかったが、この店のおでんはかなりうまい。やはり、何事にもモチベーションが大事だ。やる気が高いと、それまでみていた世の中がバラ色にかわる。

熱燗、

五個セットのおでんは500円だが、熱いのをさめないまま食べたいし、おでんを前にモチベーションがさらに高まりアドレナリンが出てきたから、セットはやめて単品で、大根、豆腐、じゃがいもを頼む。思い描いていたままにカラシをたっぷり塗って食う。小さな夢がかなってかなりうまい。体がどんどんあったまっていく。

黒ラベル、水ナス、

この店、時間が止まっている。店の人も、店内も、メニューも1980年代とかわらない。

明日も来よう、と自然に思う。

冷酒、

やはりおでんには熱燗が合う。明日は熱燗一本でいく。チェイサー代わりにビールを飲もう。

はんぺんと生揚げで〆る。

お通しのつぶ貝も熱燗に合っている。どうしてこういう居酒屋が減っていってしまったのか。80年代まではこういう店がもっとあった。長く続く店では、毎晩カウンターを占領していた常連客たちが死んでいき、やっていけなくなるのだろう。

客が来なければ店は閉まる。こういう店にはつぶれてほしくない。だから私が明日も行く。

お会計は3250円。たまに満足したものを食うと、もう余計なものを食いたくないからまっすぐ帰りたくなり、一軒で済む。

例えば荒木町の寿司金のマグロを食うと、どこにも寄らずまっすぐ帰りたくなる。舌を汚したくない気になる。うまいカキフライやとんかつやてんぷらを腹いっぱい食った後もまっすぐ家に帰ってとっとと寝るのが気持ちいい。

帰り際、営業時間を聞くと5時から11時、日曜休み、忙しくなってきた。(山田)

 

 

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『私の食べ歩き』『食味歳時記』

 

これから自殺する100人の人が本屋に行けば、そのうちの何人かは自殺するのをやめる。

日本人は頭がいいから、本屋へ行けば、何かしらの情報が目に飛び込んでくる。無意識に救いの言葉を求めている自殺者の目に言葉や絵が飛び込んでくる。

それぞれの本が「買ってくれー」「読んでくれー」と主張している。本の表紙につかわれる絵も、中の文章とつながっている。担当編集者や著者のセンスに合うデザインになっているから実は表紙で本を選んでも当たることが多い。かっこいい音楽は必ずかっこいいデザインのCDになる。

もう、やり残したことはないなあ、と思うのはうつ病らしい。

もう、やり残したことはないなあ、と思いながら、本屋を隅から隅まで一周していると、獅子文六の『私の食べ歩き』が目に飛び込んできて、なんとなく手に取った。

「若い時は、相手なしに飲んでも意味はなかったが。今は誰もいない方がいい。もう、たくさんは飲めないのだからジャマされたくない」

一緒だ、と思ったが、老眼で本を読む気にもなれずそのまま家に帰り、しかし、やっぱりもっと読みたくなって買いに戻り一気に読んだ。

医者に肉食を止められ、年を取って、ひじきや油揚げや菜っ葉がおいしいのも一緒だ。

楽しく読み終え、いつものように破り捨てた。

そこからが大変で、おでんが止まらない。おでんが食いたくて食いたくてたまらない。まだやり残したことがあった。おでんを飽きるまで食いたい。腹いっぱいおでんを食いたい。

獅子文六のいう通り、カラシをたっぷり塗った焼き豆腐を食い、熱燗を飲む。

居酒屋から家に帰って『私の食べ歩き』を読み返して確認したいのだが、捨ててしまってないから、また買いに行く。読み終わって破り捨てた本をまた買うということは少ない。本当に読みたいかどうか、手元にあってはわからない。もう一度お金を出して読み終わったばかりの本を買うなんてもったいないのだが、それほど読みたい本かどうか、一度捨ててみないとわからない。

何度読み返してもおでんが食いたくなる。朝からおでんのことばかり考えて、早く夕方になっておでんが食いたい。

『食味歳時記』も面白い。

新刊本を買った方がいい。古本と違って文字組みが非常に読みやすく編集しなおされている。

他にも獅子文六の食べ物に関する本はあるが、それらを厳選したものが『私の食べ歩き』『食味歳時記』で読めるので、2冊でいい。

二本の熱燗で得る心の静まりを知ればまだまだ死ぬのは早い。おでんに飽きたらソラマメもある。

熱燗を飲む前にビールで口を冷やす。熱燗がうまくてたまらない。そば屋で一本つけさせても非常にうまい。

こんなに酒の飲み方が合う文章ははじめてだ。

酒の飲み方がかわってきた。

ふかしたての里芋を出す店をみつけた。塩をつけて湯気を吐き出しながら食い、よく冷えた生酒を飲む。生きててよかった。(山田)

 

 

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