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悲しみは癒える

 

友達の自殺を発見した時はショックだった。10年電気を消して眠ることができなかったし、しばらくはずっと口を閉じることができなかった。今でもぶら下がっているものをみると小暮を思い出す。

とはいえ、今は何とも思っていない。今、同じ状況になったら、冷静に死体を直視する。

向こうを向いてぶら下がっている友達に私は二度呼び掛けた。足元に靴下が脱いであり、足の裏が死んだ色をしていた。買っていった冷やし中華の入ったコンビニのふくろを落とし、そのままドアを開け放したまま逃げた。

階段を転がり落ちて会った1階の住人に電話を借りて警察に電話をしていると、2階から私と同じようにおばあさんが階段を転がり落ちてきた。おばあさんも首吊り死体をみて腰を抜かした。

アパートの前にある自動販売機で缶チューハイを買い、警察がくるのを待った。何度も同じことを聞かれ、事件性がないことを確認された。刑事も消防隊員も世間話をしながらたんたんと仕事をこなした。聞いてみると自殺処理はしょっちゅうで、彼らにとっては何ともないことなのだとわかった。

小暮の死体は銀色のビニールをかぶせた担架で運ばれていった。私は口を開けたまま家に帰った。歩くのが面倒で遠くてなかなか家に辿り着かなかった。

あれから20年以上経った。

今でも小暮の両親と3人で会うことがある。

「俺、こんなに落ちぶれて、もし、健二君が生きていたら大変だったんじゃないかと思います。似た者どうしだったから」

「山田さんには悪いけど、山田さんみてて俺もそう思うんだよ。今、仕事なんてないでしょう。健二はそういうのがダメだったから」

死んだ方がよかったとまではいわないが、あれでよかったんだ、と考えることはできる。

時間が経てば、悲しみは必ず癒える。

3人で会っても小暮の話をすることは減った。

「山田さん、老けたね。太ったし、すっかりハゲちまったね、体の具合はどうだい?」

生きているだけで次から次に悲しみがやってくる。小暮は21歳で死んだ。老けることも、太ることも、ハゲることもなく、みなから忘れられつつある。(山田)

 

 

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墓参り

 



川の流れをみたくなり、子供の頃遊びに行った東京都羽村市に行く。一日川を眺めて過ごすつもりだったが20分で飽き、帰る。

帰り道に中里介山の墓があったので、墓参りしておく。『大菩薩峠』はまだ一行も読んでいないが、手を合わせて「宝くじが当たりますように」とお願いしておく。

墓参りをしていて、20年以上前に死んだ友達のことを思い出し、まだ9時だし、他に行くところもないのでそのまま茨城へ行く。

花をたくさん買って、友達の墓をたわしでみがいてやり、「宝くじを当ててくれ」と頼む。

私は彼と若い頃、週に5日は酒を飲んでいた。私と同じく、仕事が長続きせず、酒に酔うと「死にてえ」と言った。

死ぬ前に、貯金を全部女遊びにつかい、100万円以上あった通帳の預金残高が短期間にゼロになっていた。

あれから20年以上経った。傷つきやすい人だったので、もう20年も生きていたら苦しかったろう、と今は思う。100年で人間は全員入れかわるのだから、短くても長くても大きな差はない。

「この世の人間の記憶は100年までと決まっている。死んでから100年は子供や生前に顔をみた人たちが覚えているがその先は口先だけだ。墓に雑草がしげり、こけにおおわれ、忘れ去られる。それでいい」(『未成年』)

飲み屋に入ってきて、酔っ払って帰って行く。店の人を煩わせないようにテーブルは綺麗にしておく。荷物は少ない方がいい。

映画をもうたくさんみたから、集めたDVDを全部捨てた。音楽も十分たくさん聴いたから集めたCDを全部捨てた。落語のCDも全部捨てた。

若い頃、尊敬する先輩に映画は映画館でみるようにすすめられた。

暇な土曜日は朝、池袋の文芸座で2本、午後高田馬場の早稲田松竹で2本、夕方さらに1本みてから文芸座に戻ってオールナイトで4本みたりした。振り返ると、先輩の世代は映画館で映画をみる習慣だったというだけで、私の世代はDVDでみれば十分だった。移動時間と入場料と交通費がかかる。『生きる』と『バック・トゥー・ザ・フューチャー』シリーズは映画館で大画面でみることができてよかった。

自分にどんな才能が潜んでいるか確認するためにも35歳までは知識の吸収が必要だが、それ以降は次の世代の才能が開花する。新しい感覚や言葉や表現についていけないし、対応できない。
時間が増えたから拭き掃除をする。少量でもこまめに洗濯をする。スーパーで食材をじっくり選ぶ。電車の中では目的地までボーッとしたり、何か簡単なものを読む。昔の世代はきっとこうしてのんびりと時間をつぶしてきた。(山田)


 

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新米

 
 

今年も新米が送られてきた。いつも一緒に野菜も送られてくる。無農薬の自家栽培のもので、おいしい時はびっくりするほどおいしい。

22歳の時、アル中の私は父に勘当され、行き場を失った。

頼ることのできた唯一の場所は、小暮の4畳半の風呂なしアパートだった。

「ここで二人で暮らすのは無理だから、1か月にしてね。1か月アルバイトをすればこの辺の風呂なしアパートなら借りられる」

小暮は私の父と電話で話し「もう帰らないと言っています」と私をかばった。小暮が敬語を使うのをはじめて聞いた。その後、私は小暮の紹介で彼の働く倉庫で一緒に働いた。

私には楽しい職場だったが、傷つきやすい小暮は人間関係に悩み、数か月でアルバイトを辞め、しばらくして首を吊り、合鍵を持っていた私が第一発見者となった。

突然連絡がとれなくなった小暮を訪ねると、窓際に打ち付けた五寸釘に洗濯用ロープをひっかけ、外を向いてぶらさがっていた。私は一緒に食べようと思ってコンビニで買ってきた冷やし中華の入った袋をバサッと床に落とした。

暖かい季節になっていた。

「もしも山田さんがみつけてくれなかったらあの子の体はどうなっていたか…暖かくなりましたから…」

20年以上前、小暮のお母さんは23歳の私に泣きながら頭を下げた。その思いのまま今でも新米と野菜を送ってくる。まだ泣いているのだろう。私は墓参りにも行かない。
ビール券やお金を送ってくれることもある。
何も送らないように何度もハガキを書いた。

何も返すことができない。何も持っていないから野菜を調理できないし、炊飯器を持っていないから新米の味もわからない。

食べた人の感想を聞いてからお礼のハガキを書く。

「おいしいお米と野菜をありがとうございました。何もお返しできませんので、もう送らないでください」

いつも冷たい文面しか書くことができない。(山田)

 

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虫の知らせ

 

 

2代目タイガーマスクが死んだ時、前の晩にタイガーマスクが死んだ夢をみた。朝、電車の中でスポーツ新聞で2代目タイガーマスクの試合中の事故を知り、ゾッとした。友達に話すと、「前の晩に酒を飲んで、どこかでタイガーの死を聞いたのに、酔っ払って覚えていないんじゃないか?」と言われると、そんな気もする。私は2代目タイガーマスクのファンではないし、試合もみたことがない。虫の知らせには原因がありそうだ。

尊敬する先輩が死んだ夢をみた次の日、知り合いに「松田さんの具合が悪いらしいよ」と聞き、ゾッとした。松田さんのことを考えながら一人居酒屋のカウンター席でホッピーを飲んでいると、私の頭上にあった赤ちょうちんの電球が突然ボッと火をふいてショートし、ゾッとし、松田さんに電話してみると、松田さんはガンだった。もっとも、人が死ぬ夢はよくみる。

意識的にせよ、無意識にせよ、そのことばかりを考えていると、何に対しても過敏に反応し、心配している相手と結び付けて考えるのではないか。虫の知らせを感じると、そのことばかりが強烈に印象深く頭に残り、他の無数の当たらない予言めいたことや夢は印象に残らずに忘れ去られるので、虫の知らせはさらに輝きを増し、面白がられる。

私の父の話によれば、私の母方の祖父が死んだ時、母がトイレから「誰か電話に出て!」と叫んだが、電話は鳴っていなかった。しばらくすると電話が鳴り、父が電話に出ると祖父の死の知らせだった。

若い頃、私の友人が首を吊り、私が第一発見者になった。葬式が済み、私が自分の部屋で昼寝しているとその友達が夢に出た。

「ごめん。こんなにみんなが悲しむとは思わなかった。親父が山田君に10万円あげるっていうんだけどいる?」「くれよ」

目が覚めると電話鳴り、友達のお父さんに呼び出され、封筒をくれたが、中身は10万円だとわかっていた。

神経過敏が原因で、10万円に関しては、卑しい私が潜在意識の中で遺族からのお礼を期待し、さらに潜在意識の中で10万円と予想した。

母が死んで数週間経った頃、朝目覚めるとすぐ、なぜか母の洋服タンスの2番目の引き出しを開けたくなり、トイレに行くより先にまっすぐと向かい、たたんであった服を広げると400万円の定期預金通帳が出てきた。

私は母の死後の相続整理に追われてクタクタだったので、睡眠中に潜在意識が2番目のタンスも怪しいから調べておいた方がいい、と推理した。

一度だけ、限りなく完全に近い虫の知らせがあった。

私はその時、編集部に所属し、パソコンに向かって仕事をしていた。経験したことのない変な頭痛が一瞬だけして、祖母が死んだとわかった。理由はないがわかった。祖母は2年以上病院にいて、私は何か月も見舞いに行っていなかった。

せっかくの虫の知らせだったので、記念に向かいの席の同僚に報告しておいた。

「今、虫の知らせでおばあさんが死んで、病院に一人でいるから行ってくる」「なんでわかるの?」「なんでかわからないけど虫の知らせでわかる」

編集長にも報告して会社を早退し、神保町から大手町で丸の内線に乗り換え、茗荷谷駅で姉から電話があり、車内だから電話に出られなかったが、用件はわかった。

あの時、編集部にいた人たちはみな不気味がっていた。本当はメールで連絡を受けたのだろう、と言う人もいた。ただし、祖母が死んだのは虫の知らせの数時間前のことだった。(山田)

 

 

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不思議な話



スナックで話を聞いていたら、店員の女の子の彼氏が交通事故で死に、その時、店のテレビのカラオケ画面の上でその彼氏が小人となってあらわれ、笑って手を振ってくれたというのでゾッとした。

いい話を聞けた、とその子を見直したが、数か月後に、家で鳥かごで小人の彼氏が手を振ったと話している。

前は店のテレビといっていたのに、とがっかりしていると、他のお客さんが「前は店のテレビの上っていってたじゃんか!」と指摘してしまい、女の子は慌てて「2回見た!」と弁解した。1回と2回では話の価値が大きく違う。せっかくのいい話が台無しになってしまった。

死者の不思議な話は詳しく聞いてしまうとどれもつじつまが合わなくなって面白くなくなる。死んだ友達の写真が勝手に携帯の待ち受けになっていた、なんていう話をする人もいる。

私にもいくつかある。

私の親友は21歳で首吊り自殺したのだが、彼の話をしながら酒を飲んでいると、そこにいる私以外の誰かに彼がのりうつる。小暮はウーロンハイのグラスにふたをするように手のひらをのせる変な癖があった。そんな変なことをする奴は小暮以外にみたことがないのだが、小暮の話をしているとそのことを絶対知らない誰かがそれをやる。これまで4回も見た。最初は小暮の葬式の帰りに居酒屋で飲んでいると、そんなことを知らない人がずっと手のひらをグラスにのせていてゾッとした。その人は左手で煙草を吸いながらずっとそんなポーズをしているのでとても不自然で目立ち、その癖を知っている仲間たちは怯え、その人に悪いから口に出さないでいた。

解散した後「さっきのあれ、小暮がのりうつってたよね」というとみなひきつって笑いながらうなづいた。

今でも小暮の話をしていると突然誰かが自然にそれをやっていて、目ん玉が飛び出る。いうとみんな恐がるので、私は心の中で(久しぶり)といって笑いをこらえている。

スーパーで買い物をしていると近所のおばさんが神妙な顔で話し掛けてきた。

「あなたのお父さんが夢に挨拶にきてくれた。いつも会う度にお話していたから嬉しかった」という。

派手に救急車とレスキュー隊がやってきて父を病院に運んでいったから、町で噂になったのだろう。それでいて、私は近所付き合いがなく、誰とも話をすることがないので、時が過ぎて「死んだ」という噂にかわっていったのだろう。父はまだ生きている。(山田)

 

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お通夜

 

通夜の後、小暮のお父さんが「変な事を聞くけど、健二は童貞だったんですか?」と聞いた。

童貞ではなかった。

競輪で勝った時、小暮と池袋のソープランドに行った。

客引きのおじさんに詳しく聞くと、25000円で平均年齢が23歳というので、小暮の背中を押して入店させた。

1時間後、近くの焼き鳥屋で待っていると小暮が帰ってきた。複雑な顔をしていた。

「初体験、どうだった?」「あのさ、あれ、絶対23歳じゃねーよ、あの人、俺のおふくろより年いってるよ」

不満をいいながらも嬉しそうだった。

悲しみの多い人だった。床屋に行って坊主頭にした時は、床屋のおじさんにいたずらされて前髪だけ子犬の尻尾のように残されてみんなに笑われた。

「あのおやじ、何考えてこんなことするのかわかんねーんだよ」と怒っていたがとても面白く、私はそんな小暮が好きで、笑ってばかりだった。

小暮のアパートに泊めてもらった時、夜中に目をさますと、暗闇の中で小暮がセンズリをしていた。ビデオデッキのデジタル時計をみると4時で、小暮は私に気付くと壁を指さした。隣に住む若いカップルが明け方のセックスに励み、その声を聞きながらセンズリをしていた。

ソープランドをきっかけに風俗遊びが好きになり、性感マッサージで働く女の子に初恋をし、その子の話ばかりした。毎週店に通い、プレゼントを贈った。

初デートが決まり、小暮は嬉しそうだった。池袋の三越の前で待ち合わせ、映画をみに行くという。一応、避妊具も用意した。

デートの日の夜、小暮のアパートを訪ねた。小暮は淋しそうな顔をして酒を飲みながらテレビをみていた。

4時間待ったが彼女はこなかった。店に行ってみると辞めていた。携帯電話がない頃だから、もう連絡も取れないし会うこともない。

彼女にあげようとしたおそろいのマフラーがテーブルの上にあった。私に一つくれるというが、いらない。

小暮のお父さんに変な話ばかりした。涙をためながらお父さんは飲めない酒をゴクリ、ゴクリと飲み込んでいた。(山田)

 

 

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カセットテープ

 

23歳の頃、私も小暮も失業していた。

毎日することが何もなく、昼から池袋で酒を飲んだり、図書館に行って時間を潰し、二日酔いの日々だった。

二人ともクーラーをもっていなかったのでクーラーのきいている場所を探しもとめてさまよった。

ある日は映画をみに行った。映画がみたいわけでもないので、通りかかった映画館に入った。犬が主人公で、その犬がドタバタ走り回るだけの全く面白くない映画だった。あまり込んでいなかったが、観衆は暗闇の中シーンと静まりかえり、あまりのつまらなさにあきれているのがよくわかった。

ドタバタの連続で、一番のドタバタシーンがはじまった。テーブルをひっくり返したり悲鳴をあげたり、スクリーンの中は大盛り上がりだが、観客はあまりのつまらなさに呆然としていた。

二日酔いでムカムカしていると、隣の小暮が思わず、

「つまんねえ……」
とつぶやき、そのいい方がとてもよかったので私がポップコーンを噴き出して笑うと、小暮も笑い、ひどい二日酔いなので頭も正常でないから笑いが止まらない。

腹をかかえながら大笑いしていると、前の席にいた女の子の二人連れが私たちを振り返りながら一緒に笑い出し、他の客たちも笑い出し、はじめてスクリーンの盛り上がりと客席の盛り上がりが一体化したのだが、映画が面白かったのではない。

映画館を出ると、小暮が「楽しかったなあ、俺、映画であんなに笑ったのは初めてだよ」と興奮したようにいった。

小暮はそれから数か月後に首をつって死んだ。

小暮とよく行く居酒屋があった。とても込んでいて、いくら店員を呼んでもきてくれない。

「あいつら『すいません』っていっても無視するのに慣れちゃってるんだよ、いくら『すいません』っていったって無駄なんだよ。だからいい方をかえる」

それから大きな声で「すいませし!」と呼ぶと、見事に一発で店員が振り返った。

店員たちは何やら「あの人、『すいませし』っていってるよな?」という風にヒソヒソ笑いながら耳打ちし合い、小暮は店員たちの気になる存在になり、すぐに注文が通るようになった。

その時、ラジカセをもっていたので小暮の声を録音した。

小暮が死んだ時、小暮のお母さんから手紙をいただいた。

「今でも帰ってくるような気がします」

お母さんはかなり憔悴していた。カセットテープを思い出し、少し迷ってからお母さんに電話すると送って欲しいという。バカみたいに二人で笑っている声が録音されているから恥ずかしかったが送った。

テープを聞いたお母さんからお礼の電話があった。

「すいませしって何ですか?」

お母さんはどんな気持ちで死んだ息子の声を聞いたのだろう。私は自分の存在が情けなかった。(山田)

 

 

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小暮の死 3

 
 

昔は大きなステレオセットをもっていたが、大きすぎるので捨て、ミニコンポに買いかえ、何度か小さいものに買いかえていき、今はアイポッドしかもっていない。

できるだけ人に迷惑をかけたくないので音を出さない。パソコンにもテレビにも常にヘッドフォンが差し込んであるから音は出ない。携帯の着信音もボタン確認音も、買った時に店員さんに無音に設定してもらっているので聞いたことがない。

テレビとDVDプレーヤーはどうしても捨てることができない。これまで、何度か捨ててみたが、どうしてもアダルトDVDをみたくなり、買いなおしてしまう。昔はアダルトDVDなんてなかったのだからエロ本でいいはずなのだが駄目だった。アダルトDVDは捨てることができない。

テレビや映画をみれなくてもかまわない。普段、テレビも映画も、まったくみない期間がしょっちゅうある。アダルトDVDが存在しなければ、とっくにテレビもDVDプレイヤーもない生活を送っている。

しかし、ネットで昔の名作から最新のものまでみられるようになり、また捨てたくなってきている。そのうち、どうしても捨てることのできない私の数枚のコレクションが全てネットでみられるようになったら捨てることができるかもしれない。

中板橋の風呂なしアパートに住んでいる頃はテレビをもっていなかったが、それでもレンタルビデオ屋の会員になっていた。

当時はまだビデオで、同じ時期に近所の風呂なしアパートに住んでいた小暮の家によくアダルトビデオを借りてから遊びにいった。

30分交代で小暮の部屋でビデオをみた。

小暮の番になり、少し早めに部屋に戻ると、すっ裸で、ウイスキーのストレートを飲みながら勃起していた。

「酒飲みながらやると気持ちいいかな、と思って」

赤い顔をして笑った。酔っ払うといつも「やりてえ」「面倒くせえ、死にてえ」といった。

レンタル店にない作品を買っていくこともあった。

小暮の本棚に私の好きな巨乳女優の作品がたくさん並んでいった。

小暮は21歳でその部屋で首を吊り、合鍵をもっていた私が発見者となった。

100万円以上の貯金が短期間になくなっていたので、お母さんが借金の心配をしたが、全部風俗店で遊んだのだと私にはわかった。

街なかで綺麗なお姉さんに声を掛けられると、私を放ってそのままついていってしまう奴だった。

遺品の整理をしていたお兄さんが小暮を巨乳好きだと勘違いしたが「私のです」ということができなかった。

何でももっていってくれ、といわれ、何もいらなかったので自転車を引き取り、そのまま小暮の好きだった池袋のソープランドの前に鍵をつけたまま乗り捨てた。(山田)

 

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小暮の死 2

 
 

嫌な気分になった時、酒を飲む。酔っ払えば時間が経つのが早い。酒を飲んで時間を早送りさせ、翌日になれば機嫌がなおるっている。

大切な人を失った時、人に会いたくないしテレビもみる気がしないので、音楽を聴きながら酒を飲む。

お母さんが死んだ時、クレージーキャッツの『ホンダラ行進曲』を繰り返し聴いたという人がいたし、妹が死んでジョン・デンバーの『カントリー・ロード』を繰り返し聴いた人の話を読んだことがある。

私は母が死んだ時、シガー・ロスのアルバム『takk』だけを繰り返し聴いた。

邪魔をしない音楽がある。

小暮が死んでしまい、私はアルバイトをやめ、中板橋の風呂なしアパートを引き払い実家に帰った。

夜、恐くて眠れなくなった。暗いと恐いので電気を消すことができず、朝明るくなってから寝る。毎晩酒を飲んで時間を早送りしながら朝がくるのを待った。ラジカセの前でいつまでも、休みの国の『追放の歌』だけを繰り返し聴いた。そんな姿をみて父が母に私を病院に連れていくように言った。

昼間寝ていると小暮が夢に現れ、「親父が10万円あげるって言ってるんだけど、いる?」と聞くので「くれ!」と即答した。

目が覚めると電話が鳴り、小暮のお父さんが会いたい、と言った。

「迷惑をかけたね」と言って封筒をくれ、中身は10万円だとわかった。

そのまま競輪場に行き、なんだか当たるような気がしたので、空をみて浮かんだ数字を1点買いした。10万円賭ける勇気はなく、5万円賭けると外れ、次のレースも外れた。

酒を飲んでから家に帰り10万円もらった話をすると、兄が「その金は一生つかえねーな」と言うので、もうすでに競輪で負けてなくなったと言うと母と一緒に怒り出したので、ラジカセの前で酒を飲み始めた。(山田)

 

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小暮の死 1

 

 

 

病院で「酒がやめられない」と白状すると、先生から栄養士の指導をすすめられたが、過去に二度栄養士の指導を受け、プレッシャーに耐えられずアル中がさらにひどくなった経験があるので断った。

60歳ぐらいのやさしそうな先生だった。

私は暗い人間でいつも誰とも話さず一人で黙って酒を飲んでいる。

「君は本当はそんな人間ではないんじゃないのか。仲間たちと楽しいお酒を飲める人なんじゃないのか。僕は君の顔をみていると、もっと君と話をしてみたいと思うよ。お酒じゃなく、山登りとかスポーツのサークルに入ってみたら」

なぐさめられると悲しくなる。死んだ母も同じことを言っていた。

仲間がいないことはないが、深く付き合う人はいない。面倒くさくて会う気になれない。人に会うと金がかかる。

やはり私はいつも言い訳として小暮の死を思い出す。小暮の死は私にとってはトップ5に入る重大事件だった。なぜか、今でも数年に一度は思い出の多い中板橋へ行ってしまう。

小暮とは、先生のいうような普通の友達として付き合った。小暮は21歳で首を吊り、私が発見者となった。

私は小暮と週に5日酒を飲んでいた。合鍵をもっていて、連絡の取れなくなった小暮の部屋を訪ねると死んでいた。

変な奴だった。私と一緒で暗かった。

街で風俗嬢に声を掛けられると私を残してついていってしまう。そんなところが普通と違って面白い。暗いのに恐れを知らない冒険心があった。酔っ払っていつ2階から飛び降りるかわからないような危なさがあり、大笑いしながら駅の長い階段を転げ落ちた。

街で声を掛けられた女についていき、変な映像をみせられ、新興宗教に入信した。

「素晴らしい世界を知ってしまった。とてつもない目標をもつことができた。山田も目標に向かってがんばってよ」

豹変した小暮に私はぶったまげた。小暮は仲間たちと理想の結婚を語り、私にも入信をすすめた。

テレビのニュースでも評判の悪いキリスト教系の宗教で、私は心配して町の普通の教会に相談し、小暮を連れていった。神父さんが我々をみて「君たちはホモセクシャル?」と聞いた。

私も小暮も中板橋の風呂なしアパートに住み、フリーターだった。バイト代が残っている方が飲み代を出し、金がない時は冷蔵庫のある小暮の部屋で飲んだ。夜11時に、小暮のアパートの1階にあるラーメン屋で酒を飲みながらニュース23をみてから自分のアパートに帰る毎日だった。

週刊誌に載った新興宗教の広告塔だったタレントの脱会手記を読むと、小暮もあっさりと新興宗教を脱会した。「あの時は洗脳されていた」と過去を振り返った。

普通のキリスト教会の青年部の飲み会に参加した小暮は「いつも山田と飲んでいるから気付かなかったけど、俺って酒強いんだね。ウーロンハイ10杯飲んだらみんなびっくりしてた。みんな中生2杯ぐらいしか飲まないんだよ」

普通の教会にもすぐに飽きて通うのをやめた。

小暮は焼き鳥のネギマ(タレ)とウーロンハイしか口にしないと決めていた。

私と同じラッキーストライクを吸っていたが、「なんでも山田君と一緒だね」と女の子にからかわれてからセブンスターに変えた。

変な奴だったので職場でいじめられた。おとなしくてボーッとしているのでどこにでもいる性格の悪い上司に嫌味をいわれ、2か月ごとに仕事をかえ、最後はなかなか仕事がみつからなくなり、「よく眠れる」といって風邪薬をたくさん飲み、長時間眠って時間をつぶした。

英検1級を目指していたが、準1級は取っていたから頭は悪くなかった。アメリカ留学のために貯めていた100万円の貯金を風俗店で使い果たしてから死んだ。

今はなんとも思っていないが、私は小暮の死を引きずり、しばらくの間、口を閉じることができなかった。酒を飲む度に人にからむので、誰にも相手にされなくなった。恐くて、10年間は電気を消して眠ることができなかった。(山田)

 

 

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