Page: 1/1   
『明暗』



漱石が死んでしまったので途中で終わってしまっている。人間関係が複雑で、それでいてみんな不自然に知り合いだったりする。漱石の小説には偶然出会ったり、学校時代の知り合いだったりするものがある。普通の作家が悩んでしまうタイトルも適当につけたりする。『明暗』の人間関係は極端につながり過ぎている。

 

主な登場人物

●津田 基本的に快楽主義者。清子にふられた後、延子に出会い、延子に惚れられ、結婚する。

●清子 津田の元彼女。津田と付き合っていたが、突然、他の男と結婚する。

●延子 津田の妻。父に頼まれ、本を借りに行った先で津田に出会い、津田の対応に感心して、この人だ、と決める。叔父・岡本に育てられた。

●吉川 津田の父の友達。津田の会社の上司。延子の育ての親である岡本の兄弟分。この関係が理由で、津田は延子と結婚する。延子を大切に扱えば扱うほど、自分の株はあがり出世できる、周りから援助してもらえる。

●吉川夫人 おせっかいな世話好きな太ったおばさん。津田と清子をくっつけようと奮闘したが、失敗。その後、津田が延子と出会ったことを知り、今度こそはと再び燃え、津田と延子の仲人をつとめた。いちいち面倒くさいおばさんで、自分が人間関係に入りこまずにはいられないトラブルメイカー。津田が清子に未練があると無理矢理決めつけ、津田を清子に会いに行かせる。清子は流産した後、一人で温泉療養していて、津田は吉川夫人が旅費を出してくれるというのでそれならばと会いに行くことにした。

●小林 津田の学生時代の知り合い。いちいち面倒くさい嫌な男で、人の嫌がることばかりする。借金を申し込み、人の金を気にし、延子に清子のことを話そうとし、関係ないのに人の知り合いに会いに行こうとしたりする。みんな小林に会いたくないのに会いにくる。芸術家の卵を連れてきて津田に会わせ、絵を買わせようとしたりする。読んでいて本当に迷惑だ。

 

みんなが津田が本当に延子を愛しているのか疑う。津田は本当はそういうことはどちらでもいい。みんなが疑っているから、さすがに延子も気付き、津田を疑う。

漱石は『行人』でも「男は女を手に入れると熱がさめるが、女は逆。これは進化論からいっても世間の事実をみても明らか」と書いている。事実かどうかわからないが、漱石はそういう考えをもっている。

小説は津田が清子に会って話をしたところで途中で終わってしまっている。人は、嫌な人や変な人の話を読みたい。津田も、延子も、清子も、吉川夫人も、小林も変な人なので、最後まで書いたらいつものようにより面白くなっていくのは確実だった。漱石の小説にもドストエフスキーの影響が強くみられる。ドストエフスキーも夏目漱石も、作家は変な人に心ひかれる。変な人は面白い。ニュースを面白くしてくれるのはいつも変な人たちで、変な人は我々を楽しませてくれる。(山田)

 

| chat-miaou | 01:40 |
読みやすい本



私も関係者としてほんの少しだけ書かれたことがあるが、暴露記事に基本的にウソはない。ウソを書くと後で謝罪することになるので、記事をつくるために必ず取材し、最低でも誰かの発言を根拠にする。ただし、読者の反響を得るために、取材した相手の発言を大げさに書いたり、過大解釈したりすることがある。編集部では文章のいい回しとか表現として解釈することにしているが、取材を受けた人から抗議を受けることもある。「お世話になった人」と言ったのに、「大切な人」となっていたり、「そこそこ儲かったかな」と言ったのに「そりゃあもう、当時は面白いように儲かりましたよ(笑)」などと書かれたりすることがある。これはある程度は仕方がないことで、発言をそのままテープ起こししていては読みづらい文章になってしまう。言葉を足してわかりやすく、読みやすくする必要がある。

恋愛や金に関する恨み節の場合、発言が過激になり、発言や表現が事実を超えてしまうことが多い。この場合は暴露された側から抗議がくる。恨みがふくらみ、嫌な事実もふくらみ、被害妄想から、そんなこと言ってないのに言われたと思いこ込んでしまっていたりする。

こちらが本人に代わって勝手に相手が言うであろう記事を書いて、本人に読んでもらって承諾を得るという手法もある。

本の代筆の場合、本人に代わって担当編集者が資料をたくさん集めてライターと一緒になって1冊書き上げ、できあがったものを本人にチェックしてもらって承諾を得てから出版する。文章を書くのが面倒な人気者はこのパターンで何冊も出版する。もちろん1冊につき、2時間×4回=8時間程度本人をインタビュー取材して意見をたくさん聞いて文章に十分反映させる。薄い本や新書の場合なら、2で済ませる。ベテラン編集者になると、取材なしでも1冊つくれる。私もつくれる。取材1回で1冊つくったこともある。

私がこれまでに勤めた会社の暴露本が2冊出ている。登場人物たちが一緒に働いていた人たちなので興味深く、とても読みやすかった。早く先が読みたいから3行ぐらいづつ一遍に活字が目に飛び込んできて、あっという間に読み終わってしまった。

2冊のうち1冊は、ちょうど私が勤めていた頃の話で、儲けていた会社が崩壊していき、勤めていた人しか知らない内幕が描かれていて、当時一緒に働いていた人が、「山田君が書いたんじゃないのか?」と疑ったが、私ではない。たぶん当時の誰かが取材を受けたのだが、誰だかわからない。

暴露本には事実ばかりが書かれていた。「これはウソだ」というものは1つもみつからない。もう1冊も、登場人物たちは口を揃えて「全部本当」と言い、当時を懐かしんでいるふうだった。ただし、金に関する恨み節だけはやはり周囲の人たちよりも表現や憎しみが人一倍過剰になっていた。(山田)

 

| chat-miaou | 02:18 |
『こころ』



主な登場人物

●先生 何もしない人。親の遺産を叔父にごまかされ、一生人間をうらむ。誰かを信じたい。自分を慕ってくれる「私」だけを信じ、彼に自分の人生をつづった長い遺書を送り、自殺する。「もらえる財産は親が生きているうちにもらっておきなさい」「金で人は突然悪人に変わる」「私を好きになってはいけない。人にひざまずくと、今度はその人を征服したくなる」と「私」に教える。

●「私」 偶然鎌倉の海で出会った何もしない老人になぜか魅かれ「先生」と呼ぶ。

●先生の親友 先生は若い頃、親に勘当されて困っている幼馴染の親友を東京の下宿に引き取る。下宿先のお嬢さん静に二人とも惚れる。親友が先生に静への愛を告白すると、先生は静のお母さんに「静さんをください」と頼み、結婚が成立し、親友はショックで自殺する。遺書にはうらみ節はなかった。死んだ理由は先生しか知らない。静も何も知らない。先生は親友への裏切りをひきずり、静との間に子供ができないのも天罰だと思っている。

●静 先生の奥さん。

 

ある程度年齢がいかないと味わえない小説がある。

中学生の時、夏目漱石の『こころ』を読んだが、よくわからず、全然面白くなかった。

それ以来、今、読み返してみると面白くて、味わい深い。中学生ではテーマに興味が持てず、小説に入っていけない。

1人の女に対する嫉妬、親友の自殺、遺産相続、老い、何もしない人、何もできない人、などのテーマは中学生では味わえない。『こころ』はこれらのテーマを一通り経験した45歳を過ぎた頃から味わえる。

経験が興味を生む。山登りが好きな人が山登りの小説を味わえるように、刑事が推理小説を好むように、自分の興味あるテーマ、馴染んでいる設定の小説は読みやすい。

特に小説は自分で買って、自分でページをめくって、自分の意志で活字を目で追っていかなければならない。集中しなければ読み進めない。テレビや映画と違って、小説をダラダラ読み進めるということはできない。ムカムカしている時や、親友が自殺した時や、遺産相続争いをしている最中は小説は読めない。小説を読む時間は気分が落ち着いいていて、密度が濃い優雅な時間を過ごせる。

だからつまらない小説を読んでいる暇はない。自分に合った小説に出会えると、活字がすらすら頭に入ってきて気持ちがいい。活字を追う目が疲れない。一人で感動し、涙することもある。

私は、難しくなく、最後まで読み終わると気分が落ち着いていて、二言三言頭に残っている言葉がある小説を読みたい。(山田)

| chat-miaou | 01:31 |
『行人』



手に取るとぶ厚くて難しそうだが、読んでみると難しくない。誰もが考える、なぜ歩くのか? なぜ生きるのか? 楽になりたい、と悩み続ける学者の話。


重要登場人物

●一郎 悩み続ける学者。人とうまく付き合うことができない。

●二郎 一郎の弟。学者の兄を見守っている。

●直 一郎の妻。直は二郎のことが好きなのではないか、と一郎から疑われているがそんなことはない。

●父 一郎の父。一郎と逆で社交的。社交的なお蔭でそこそこ出世した。

H 一郎の親友。

●貞 女中。

 

一郎は誰ともうまく付き合えない。一緒に暮らしている父、母、妻、娘、弟、妹ともうまく付き合えない。家族と一言も言葉をかわさない日もある。

妻が弟のことを好きなのではないか、と本気で疑い、弟に妻と旅行して試してみるように頼むが、妻は妻なりにできるかぎり夫に尽くしている。一郎は妻と弟の関係を疑っているが、妻と弟に恋愛関係はない。

一郎は何事も考え過ぎてしまう。常に不安でいる。頭だけでなく、不安のせいで体も心臓もつらい。常にこんなことをしていられないと考え、起きたら歩く、歩いてばかりいられないから走る、終わらない。精神がやられる寸前でいることに自分でも気づいている。

人間の進化にも恐怖する。馬車、車、電車、飛行機、どこまで進化するか落ち着くことができない。

殴っても抵抗しない妻に恐怖する。もしも抵抗したって恐怖する。

一郎は親友Hと旅行し、じっくり語り合う。Hは一郎について二郎に詳細なレポート送ってくれた。

一郎にとって救いは死か、宗教か、狂ってしまうかしかない。宗教と死は駄目そうだから狂うしかない、と一郎は考える。

楽になりたい。学問をしてもわからない。本などなんの意味もない。

女中の貞のように欲のない人間になりたい。貞のようになりたいが、貞が一郎を幸せにできるわけではない。貞は幸せだが、結婚すれば変わってしまう。女は夫のために変わる。

答えなど最後までわからないまま人は死んでいく。一郎は苦しむためにこの世に生まれ、死ぬまで苦しむしかない。

漱石は深刻な人間の悩みを明るい物語で描こうとしたが、やはり結論は深刻になってしまっている。(山田)

 

| chat-miaou | 01:16 |
『彼岸過迄』


名作だった。すっかり夏目漱石のファンになった。

小説を読むということは自分を確認することでもあるので、自分の境遇と似た設定の小説が読みやすくて面白い。夏目漱石の小説には誰もがあてはまるような境遇が描かれ、だから誰にでも読みやすい。

『彼岸過迄』には人間の悲しみが楽しく描かれている。漱石は悲しいことをできるだけ明るく書く。『彼岸過迄』中の「雨の降る日」は、短編小説として独立して読める。漱石はこの章で、1歳で死んでしまった漱石の五女雛子のことを、宵子(よいこ)という名前で描いている。

「生きている内はそれ程にも思わないが、逝かれてみると一番惜しいようだね」

子供がいる人には泣ける。子供を亡くしてしまった人にはさらに泣ける。宵子が突然死した時、父親は紹介状を持って会いにきた客の相手をしていた。以来、父親は雨の日に紹介状を持って訪ねてくる来客の面会を断った。

 

主な登場人物

●田川敬太郎 職探しをしていて、コネを求めて友人・須永市蔵の叔父1・田口要作に会いに行く。田口からの指令で、田口家や須永家の話を聞くようになり、それぞれの境遇を知っていく。敬太郎は職に就けず、「遊んでいる苦痛」を味わっている。

●須永蔵 田川敬太郎の友達。実は父と小間使い・御弓との不倫関係にできた子供。御弓はすでにこの世になく、市蔵は大学卒業までその事実を知らされなかった。事実を教えてくれたのは叔父2・松本恒三で、育ての母には事実を知ったことは内緒にしておくことにした。育ての母は御弓を憎むこともなく、市蔵を自分の息子として育てた。市蔵は従妹の千代子が好きで、千代子も市蔵と結婚するつもりでいるが、市蔵は千代子を幸せにする自信がなく結婚できないままでいる。

●市蔵の母 姪・千代子のことを特別にかわいがり、息子・市蔵と結婚させたい。千代子が生まれた時からずっと市蔵との結婚を熱望し続けている。

●田口千代子 市蔵と結婚する流れで育ったが、結婚しないままでいる。活発でやさしい。

●田口要作 市蔵の叔父1。市蔵の母の妹の夫。千代子の父。

●松本恒三 市蔵の叔父2。市蔵の母の弟。雨の日に娘を亡くす。雨の日に紹介状を持って訪ねてきた田川敬太郎の面会を断る。

 

登場人物が人の気持ちを思いやるやさしい人たちばかりで悲しくなる。千代子が市蔵の母と一緒に、髪結いに髪を結ってもらう場面がある。

髪結いは千代子に島田を勧めた。市蔵の母も同じ意見であった。

島田に結った千代子はとても美しい。島田は、市蔵の産みの母の髪型だった。(山田)

 

| chat-miaou | 01:28 |
『三四郎』『それから』『門』



前期三部作といっても話がつながっているわけではない。設定がつながっている。

●大学時代の失恋(『三四郎』)

●不倫(『それから』)

●不倫後の結婚生活(『門』)

という設定となっていて、登場人物も全く違う。

叔父が親の遺産をごまかす、親友の恋人との略奪後の暮らし、など『門』は『こころ』に似ている。親友の恋人との略奪愛は『それから』『門』『こころ』に共通している。『門』に『それから』を足せばさらに『こころ』に似る。

 

『三四郎』の登場人物

●三四郎 主人公。

●美禰子(みねこ) 三四郎は美禰子に惚れるが、美禰子は美禰子の兄の友人と結婚する。

●広田先生 もの知り。どんな本も読んでいる。周囲から尊敬され偉大なる暗闇と呼ばれる。

 

『それから』の登場人物

●代助 金持ちの息子。30歳を過ぎても何もしない。何もできない。平岡の妻・三千代と恋に落ちるが、不倫がばれ、親兄弟からも見捨てられる。

代助の書生がつぶやく。「あんな風に一日中本を読んだり、音楽を聴いて暮らしたいなあ」

女中がこたえる。「それはみんな前世からの約束だから仕方がない」

●平岡 代助の親友。金づかいがあらい。妻の三千代を幸せにはできない。

●三千代 平岡の妻。代助と恋に落ちるが、代助も三千代を幸せにする能力がない。いい女。

●寺尾 貧乏文学者。代助の友達。金持ちの代助に嫌味ばかりいっている。

 

『門』の登場人物

●宗助 妻の御米(およね)とひっそりと暮らす。

●御米 宗助とひっそりと暮らす。御米は安井と付き合っていたが、宗助との恋は運命だった。周囲から非常識と非難され、禁じられた恋だったが、二人には必然で、全てを捨てる覚悟で結婚した。宗助は安井を裏切った罪悪の救いとして禅寺へしばらく修行に行ってみる。

●安井 宗助の親友。

 

『三四郎』は「偉大なる暗闇」が小説を面白くしている。『それから』では貧乏文学者の寺尾がいい味を出している。『門』では、禅寺のお坊さんがそういう役なのだが活躍していない。漱石は『門』執筆中、かなり体調が悪くなり、それが小説に影響した。

ビートルズが今のロックの形を完璧に完成させたように、夏目漱石が今の読みやすい現代文の日本の小説の形を完璧に完成させた。どれも本当に面白い。(山田)

 

| chat-miaou | 01:18 |
『虞美人草』



長編小説を読むということはその作家を信用することでもある。学のない人間が小説を読むには根気がいる。私は長編小説1冊を読み終えるのに3日も4日もかかる。そんなに長い時間をかけてつまらない小説など読んでいられない。

『虞美人草』の前半は本当につまらない。うんちく話がたくさん登場し、そのことごとくが面白くない。何度も途中で読むのをやめようか迷うが、漱石を信じてよかった。数々の名場面を読み逃してしまうところだった。後半になると手法が変わり、退屈なうんちく話はいっさいなくなり、いつもの面白い夏目漱石の小説世界になり、ぐんぐん読み進めることができる。小説の世界に入っていく。どの作品よりもセリフがいい。他の作品よりもテレビドラマ的で泣ける。セリフと登場人物たちが生き生きしている。

向田邦子は夏目漱石の小説世界を受け継ぐことに成功したが、『虞美人草』の後半はまるで向田邦子の小説を読んでいるような読みやすさに変わる。夏目漱石の小説と向田邦子の小説には同じ空気が流れている。他者を思いやる衝動的行動が読者を感動させる。向田邦子は『虞美人草』の脚本化の準備をしていたという。

 

主な登場人物

●甲野藤尾 甲野欽吾の異母妹。遠縁・宗近(むねちか)の許嫁なのだが、詩人・小野と結婚したい。

●母 藤尾の母。長男・欽吾が父から相続した遺産で暮らしたい。血のつながりのない欽吾を追い出し、財産のない小野を婿にして恩を着せ、自分を大切にしてもらいたい。

●甲野欽吾 藤尾の異母兄。宗近の親友。父から相続した財産を全部藤尾にやって家を出る決意をする。藤尾を浅はかな愚か者だと思っている。「あいつには君(宗近)のような人格は理解できない。小野にやってしまえ」「僕の母はニセモノだよ」「世間なんてどうでもかまわない」

●宗近 欽吾の親友。藤尾と結婚するつもりでいたが、全てを知って、やっぱり結婚するのをやめた。宗近が妹の糸子を欽吾にすすめる場面は名シーンであり、のちの日本の小説やテレビドラマに大きく影響を与えている。向田邦子の脚本や小説の原型のような場面で、こんな小説が1907年に書かれているとは驚く。

●小野 恩師の井上孤堂の娘・小夜子(さよこ)と結婚するつもりだったが、藤尾と結婚したくなり、みなに怒られやっぱり小夜子と結婚することになり、藤尾はショックで気絶して死んだ。

 

つまらない前半を過ぎると、作風が変わり突然面白くなる。前半のあまりの退屈さに途中で投げ出し、この小説の面白さを知らないままでいる人は多い。

恩師・井上孤堂を裏切った小野は「孤堂の娘と結婚できないが、生活の面倒は一生みる」と孤堂に伝える。

「俺の娘はオモチャじゃないぜ。小野のいう契約なんてまっぴらだ」

と孤堂はブチ切れる。小夜子は泣く。

宗近の真面目な説教が小野を悟らせる。「人間には真面目にならなきゃならない時がある。今、真面目にならなければ小野さん、あんたは駄目になる、真面目を知らずに死んでいくことになってしまう」

小野は宗近の言葉に目覚め、恩師に詫び、破談となった藤尾はショックで気絶して死んだ。(山田)

 

| chat-miaou | 01:30 |
『草枕』『道草』



『草枕』 評論ばかりで、小説部分が少ないので読みづらい。「私」も「余」で、読みづらい。

画家が温泉宿に泊まり、その宿の那美という美人に出会う。那美の一族には狂人が多く、池に身を投げて死んだ女もいる。母も狂い、那美も町では狂人とみられている。

画題を探している画家に那美が「私を描いて」という。

那美には画題になるべき何かが足りない。

那美は別れた夫に会う時にだけ、画題になるべき表情をした。

 

『道草』 漱石の親戚関係を小説にしたほぼ実話。たくさんの人が金目当てで漱石を訪ねてくる。

 

主な登場人物

●健三 漱石がモデル。子供の時、養子に出された。イギリス帰りの学者だが金持ちというほどでもない。「人さえ来れば金をとられるにきまっているから嫌だ」

●島田 健三の養父。今は戸籍上も他人なのに、恩着せがましく健三を訪ねて金をせびりに来る。

●御常 島田の元妻。健三の養母。島田とは離婚していて、島田とは別に恩着せがましく健三に金をせびりに来る。

●御夏 健三の姉。健三から毎月小遣いをもらっている。

●御住 健三の妻。

●御住の父 常に一発狙いで投資する。その資本を健三に頼みに来る。

 

健三を育てた島田も御常も人間関係をすべて金に結び付けて考え、金目当てで自分の子供を嫁がせる。親戚を全て生活費の財源にする。常にどこに金があるか考えている。

一番嫌な奴は島田で、セリフを読んでいて頭にくる。「お前(健三)をおいて他に世話をしてもらう人はいない。だからどうかしてくれなくちゃ困る」「冗談言っちゃいけない。これだけの構えをしていて、そのくらいの融通がきかないなんて、そんなはずがあるもんか」

調子に乗ってどんどん増長していく。縁を切るにもいちいち面倒くさい。

漱石は島田を「何のために生きているか意義の認め用のない年寄り」と書いている。漱石の他の小説にも金の話が多い。金をとられた話が多い。漱石が金で嫌な思いをたくさんしたのがよくわかる。実際に頭にきた言葉や、憎しみの感情を小説にぶつけている。(山田)

 

| chat-miaou | 01:24 |