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広島ラーメン

 

一指禅というラーメン屋があり、私は目が悪いから一指輝と読んでいて、メニューをみて「イッシキラーメンください」というと店員が「イシゼンラーメンですね?」といい、隣のおやじがラーメンを噴き出した。正式にはイッシゼンと読むらしい。意味は知らない。今、考えてみたらイッシキなんて呼ぶ人は私一人しかいない。それまで誰も注意してくれなかったので10回以上は間違えて、店内にひびきわたる大きな声でイッシキと自信たっぷりに頼み、周囲から漢字を思いっきり読み間違えているのに気付いていないおやじとして笑われていたと思うとかなり恥ずかしくて顔が赤くなる。

みんなもっと簡単な呼び方にしてほしい。日本酒の名前なんてことごとく読めず、同じ日本人なのに注文する度にメニューを指さして「これ」なんていっている。日本人だから漢字を読み間違えるのは恥ずかしい。もうすでに国際化社会ははじまっているのだからラーメンも日本酒も誰でもが読めるR2D2とかC3POなど記号や品番にした方がいい。

ラーメン好きの編集者を地元のラーメン屋に案内したことがある。

おすすめのラーメン屋を聞かれ、私は広島ラーメンをすすめた。

「広島ラーメンなんて聞いたことないね。うん、そこ行こう」

広島ラーメンに着くと、編集者が「へえ、大島ラーメンていうんだー。楽しみだなー」といった瞬間、私は(ヤバイ!)と気づいた。

広島ラーメンの看板は墨で書かれていて、本当は大島ラーメンと書いてあるのに、目の悪い私は勝手にその崩れた字を広島ラーメンと読んでいて、大島ラーメンは広島とは何の関係のない大島さんという人がやっている普通のラーメン屋らしい。

ラーメン研究家である彼はメニューをみながら、「どこにも広島について書いてないね? これといってかわったところもない」と疑うような眼をして私をみつめたが、私は目をそらし、あいまいに返事をしながら、水を汲んだり、タンメンを注文したりした。

彼はちゃんぽんめんを頼み、私に「ここが広島ラーメンだってどうして知ったの?」と追及をはじめ、かなり恥ずかしくなってきた。私は正直に答えることができず、「店の人が話しているのを聞いた」などととっさにウソをついてしまった。もう後には戻れない。

ラーメンを食べながら彼は「どこら辺が広島なんだろうなー、だしにカキをつかったりしてんのかなー」などとしつこくいって私を困らせた。

(店の人に話し掛けでもしたらどうしよう)

不安でラーメンを味わう余裕もない。

できるだけ話をしないようにして急いでラーメンを食べ終わり、店を出ると、彼は「どこが広島なのかわからなかった」とまだいっている。逆切れしてお好み焼きともみじまんじゅうを投げつけてやりたかったが、もっと刺激的な話題にかえて、広島のことは忘れさせた。

もし彼が家に帰ってラーメンデータを記録しているとしたらそのデータは間違っている。あれは広島ラーメンではない。

なぜあの時正直に自分の間違いを認めることができなかったのか。大島ラーメンを広島ラーメンと読み間違え、何年もずっとそのまま間違え続け、しかも広島ラーメンとして人にすすめたなんて、なかなか恥ずかしくて告白できることではない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
飲み屋でホラを吹く人 2

 

スナックでテレビをみていたら人気俳優の松川さんが出ていたので、

「俺、松川さんと飲んだことあるよ」

というと、隣で飲んでいた斉藤君が、

「またはじまった」

と不機嫌な顔をして私をみた。

松川さんと、いつ、どれくらいの時間飲んだのか、何を話したのか、写真があるはずだ、松川さんに電話しろ、と追及がはじまった。

「どこで飲んだんですか?」「六本木」「なんていう店ですか?」「ホワイト」

斉藤君はスマホで検索をはじめた。

「そんな店、ないじゃないですか!」「今はもうない」

証拠として六本木に連れていけ、松川さんに会わせろ、ここへ連れてこい、としつこく、私にどうしてもウソだと認めさせたい。

どうでもいいので「わかった。それでいいよ。ウソでいいよ」とウソを認めさせられると、斉藤君は「やっとウソを認めたか」という顔をして、ハーッとため息をついた。

「ウソだと認めるんですね?」「うん、それでいい」「何のためにそんなウソつくんですか?」

それから今度はどうしてウソばかりつくのか追及がはじまり、年下から一方的に説教を受け、私は人の興味を引きたくてつい芸能人に会ったとウソをついてしまうということにされた。

斉藤君はあきれて首を振っていたが、あいつはいったい何者なのか。何のためにあんなことをしているのだろうか。こっちは全然楽しくない。偶然隣り合わせただけの若者だが二度と会いたくない。なんで私はこんなところで酒を飲んでいるのか。もっとしかっかりしなくてはならない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
飲み屋でホラを吹く人 1

 
 

アル中の話は全く面白くないのでみんな聞いてくれない。アル中本人は酔っ払って現実と妄想の区別がなくなっていて、嘘をついてでも人の興味をひいて話を聞いてもらいたい。

近所のスナックで人のカラオケを聞いていると、汚いおやじが「この歌、俺が作った」と言い出した。

ママが「え! お兄さん、作詞家の方?」と驚いたが「作曲」などと言っている。ママは半信半疑ながらも驚き興味津々だったが、そのうち調子にのって中村八大の曲まで「これも俺」などと言ってしまい嘘が確定されてしまった。こうしてアル中は、ますます人に話を聞いてもらえなくなっていく。

他の店にもこういう人たちがいる。町のスナックには自称作詞家や作曲家、作家、ヤクザ、大金持ちなどがたくさんいる。

小学校の先生だと言って教育を語るアル中に翌日ガードマンをしているところで会ってしまい、おやじは私から目をそらした。

妄想系アル中の特徴は「服装に色がない」「話が長く、おちがない」「目の焦点が合っていない」「ニコニコしながら嬉しそうに語る」「歯が少ない」「アメリカと韓国人を憎み、ロシアが好き」「革命を語る」など、多くの共通点がみられる。

芸能人との交流を自慢するアル中も多い。有名俳優と幼馴染みだったり同級生だったり、飲み友達だったり、旅行をする仲だったが、今では全く付き合いがない。

先日、六本木のバーで酔っ払っていると、眼鏡をかけた若者が、「山田さん、久しぶり!」といって私に握手してきた。

手を握ったまま、顔をみてもわからないが、みたことはある気がする。

「どこで会いましたっけ?」「え! 覚えてないんですか? この間、芝浦のスナックで、僕のDVD一緒にみてくれたじゃないですか」

全然覚えていないが、確かに彼の言うように、その日、私は芝浦のスナックで酔いつぶれた。

話しているうちに気づいたが、彼はテレビで人気の俳優で、彼が私のことなどを認識しているのが不思議で、彼も自分のことを認識できない日本人の存在に驚いていた。

翌日、近所のスナックで晩酌していると、彼がテレビに出ていた。

「あ、俺、この人と昨日、朝まで飲んだ」

とママに自慢しようとすると、「ふーん」とママは興味なさげで私の顔をみることもなかった。(山田)

 


 

| chat-miaou | 01:01 |
悪口はいわない

 
 

尊敬する人たちにもいわれてきたし、どんな本にも書いてある。

「人の悪口はいわない」

昔の恋人や友達を悪くいうのは、彼らと付き合っていた過去の自分への批判でもある。人の悪口をいう人間は、よそで自分の悪口もいっている。物心ついた頃からそんな言葉たちが頭に焼き付いていて、だから悪口をいわないできたが、実は悪口はどんどんいった方がいい。悪口は意思表示であり、自己防衛でもある。

以前勤めていた会社の小沢さんから連絡があり、私が以前かかわった出版物の権利に関する相談があるというので銀座へ出た。

相談は15秒ぐらいで、仕事の話などいっさいなく、ただの飲み会で騙された。私の嫌いな松岡も来ていて、がっかりした。

銀座で飲み、小沢が経費でおごってくれ、タクシーで新宿に出た。彼らは私に有名な業界バーを案内させて有名人に会うのが目的なのがみえみえなので、有名人がこないバーばかりをはしごした。

彼らの近況なんて全然知りたくないし、私の近況も話したくない。私には「懐かしい」とか「会いたい」などという気持ちがない。その時その時に出会う付き合いやすい人と時を過ごしたい。過去の自分の写真も人の写真も一枚ももっていない。昔の仲間と会うと「くだらない」とか「大きなお世話だ」とか「まだそんなことやってる」「あいかわらず嫌な奴だ」「あらためて本当に嫌な奴だ」「時間の無駄でしかない」「早く帰りたい」という気持ちになる。基本的に長く人と話をしているとムカムカして殴りかかりたくなる。

小沢は、私が松岡を嫌いなことを知らない。私は松岡の悪口をいったことがないから誰も知らない。

松岡はいつも金を払わない。勘定になると寝込んだふりをしたり、トイレに行く。経費以外で酒を飲まない。1軒目を経費で飲み、その後は自分から財布を出すことは絶対になく、根負けした私がいつも払わされる。この日、新宿の数軒も私が勘定を払わされた。金を払わない人間はみな敵だ。できるだけ苦しんで早く死んでほしい。

遅い時間になってしまったので電車がなくなり、池袋の5000円のラブホテルに一人で泊まった。こんなことをしている身分ではない。無駄な時間を過ごしムカムカするのでホテルのベッドから小沢にショートメールを送信した。きちんと自分の気持ちを伝えなくてはいけない。相手を気にせず、はっきりと悪口をいわなければまた不快な時間を繰り返すことになる。

「今日は本当に不愉快だった。私は以前からずっと松岡が大嫌いで顔をみるのも嫌だ。仕事のない私が金を払うなんて絶対におかしい。もう二度と誘わないでください」

翌日に返事がきた。

「失礼しました(笑)。今度埋め合わせします」

今度なんてない。全く言葉が通じない。(山田)

| chat-miaou | 01:01 |
吉野家対松屋

 

私の母は料理が下手だった。朝から晩まで働いていたから面倒くさくて料理に手間をかけなかった。性格的にも料理をするような人ではなかった。

私がポテトサラダを買ってきて冷蔵庫に入れておき、冷蔵庫を開けて食べようとするとポテトサラダに指を突っ込んだ跡が残っていた。母は冷蔵庫から直に食事を取る人だった。食器を出すのも箸をもつのも面倒でそのまま手で食った。

私はそんな母が嫌いで、小学校5年の頃から一緒に食事をすることはなかった。

鍋に味噌とダシの素と野菜と水を入れて火にかけ、そのまま寝てしまう人だったから鍋が焦げて煙が出ているようなことも多かった。

弁当もそんな感じで、私の弁当をみたクラスメートが「腐っている」と評した。

だからおふくろの味なんてない。

お母さんがつくったものが懐かしく、おいしかったという人は多いが、それは生まれた時から食べなれているし、遺伝子によって体質が似ていて味覚が親と似ているからそうなる。

吉野家と松屋の牛丼はどちらがうまいかという論争を思い出す。

吉野家の牛丼の方が味が深くてうまいという人がいる。コクが強く、材料が松屋の牛丼よりこだわっているように思える。玉ねぎも太っていて歯ごたえがよく甘い。生卵と合う。

松屋のしょっぱめの味がうまいという意見も多い。味噌汁が自動的についてくるのをほめる人が多い。吉野家の味噌汁はインスタントで具に元気がなく、不自然に熱い気がする。松屋の味噌汁はつくりおきで油揚げが入っていて味噌とダシが馴染んでいる。

現在はどちらもレストラン化を進めているが、松屋の方がメニューが豊富で、家族連れやカップルが多くなっている。

食券を買ってから注文する松屋の自動販売機はメニューが多過ぎて複雑で立ち往生する高齢者が多い。それが嫌で、食後に現金手渡しで会計する吉野家へ行くこともある。しばらく松屋に通っていると、吉野家に行って会計を忘れそうになる。

牛丼が目的の人は吉野家、牛丼以外の食事も視野に入れておきたい人は松屋で、牛丼勝負ではなくなってきている。

牛丼なら吉野家ということになるが、これは私の意見であり、どうしても吉野家をほめてしまう。吉野家をほめるか、松屋をほめるか、はじめにどちらに出会ったかによってすでに決まっている。牛丼好きにそれぞれ聞いてみればよくわかる。

1980年代までは吉野家も松屋もまだ今のように全国展開していなかった。すき家もなか卯もまだメジャーではなかった。

地方から上京してきた人たちが手軽な牛丼を食べてみる。あまりのうまさと安さと満足感に感動する。一度食べたら次の日も食べ、100回は食べに行く。

舌が牛丼の味を完璧に記憶する。勤務先や学校の近くにあったのが吉野家だったか松屋だったか。初体験が吉野家だったか松屋だったか。どちらかが理想の牛丼となる。

実はどちらも同じレベルでうまい。

松屋の牛丼が初体験だった人はもう味噌汁なしの牛丼を食えない。

吉野家の牛丼はたまごをかけるとうまさが倍増しのど越しが気持ちいいが、松屋の牛丼の醤油濃いめの味付けはごはんに合うが生卵は合わない。松屋の牛丼は味噌汁をすすりながら食べると口の中で牛丼の飯粒たちがほどけて踊り、のど越しが気持ちいい。

夏、しょっぱい後の食後の一杯は、吉野家は水、松屋は冷たいお茶がポットに入れてカウンターに置いてある。

冬、吉野家にはあたたかいお茶がポットに入れてカウンターに置いてあり得した気分になる。

私は絶対に吉野家の牛丼の方がうまいと思っている。玉ねぎの甘さ、つゆだくの味の深み、生卵との相性、辛くない七味。吉野家の七味は辛みより風味を大事にしているから蓋を外して大量にふる人が多い。実はあんまりうまくない紅ショウガさえ愛しい。ビジュアル的に上に乗っけたくなる。それらの感動は松屋の牛丼では味わえない。私は松屋よりずっとずっと先に吉野家に出会い、吉野家の牛丼がおふくろの味になっている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
デパ地下で飲む

 

デパートの地下の酒屋にカウンター席ができたので座ってみた。

メニューをみると最新の生酒がずらりと並んでいる。すごい。嬉しくなって興奮する。

つまみも多い。

「つまみを頼まないでもいいんですか?」「もちろんです」

どうやら気軽に生酒を飲めるスペースらしい。

うまそうな生酒を選んで注文してみるとよく冷えた一升瓶が冷蔵庫から出された。600円とは安い。都内の料理屋なら倍以上する。まだ生きている生酒なので発酵ガスが出ていて、酒蓋を開ける時、ポンッと勢いのいい音を立てる。

ものすごく冷えていてうまい。一流デパートだから冷蔵庫も一流なのだろう。

うまい生酒をチョビチョビ飲みながらメニューを熟読していく。他に何も頼まなくてもいいらしい。何も話し掛けてこない。落ち着く。居心地がいい。いい店だ。

つまみは全国から取り寄せたもので、周囲の売店でも売られている。味が濃くて量が少なくて、凝縮されたようなものが多く、腹にたまらない。生酒の邪魔をしないものが選ばれている。

せっかくだから豆腐の味噌漬けを頼んだ。生酒によく合う。3センチぐらいの豆腐なので、箸でさしとってなめるように食べる。珍しくて500円以上の価値がある。つまみと生酒のバランスが楽しい。サービスの豆も酒の邪魔をしない。

よく冷えた赤ワインも二種類あるから1杯飲んだ。600円。

生酒を頼んだ時、利き酒セットを勧められた。生酒を2種類飲めて600円、3種類だと800円。手間を考えれば町の飲み屋ではこの値段でこんなことはできない。

近所の居酒屋のように話し掛けてこないのがいい。「お近くにお住まいですか?」などと余計なことを聞いてくるようなこともしない。できるだけ客にいろんなものを味わってもらうのが仕事のようで、気に入ったものを商品として買い物できる酒やつまみばかりが提供されている。

カウンターも広い。椅子も大きくてくつろげる。何もかも新しくて一流で、いろんな人の知性が凝縮している。一流デパートにあらゆる優秀な営業社員たちが集まってきて、この店が出来上がっている。

「こんな店を作られたら町の居酒屋はやっていけませんね?」

店員に話し掛けると、

「ここはデパートで、営業時間の8時までですし、賑やかでもありませんから」

10時からやっている。遅くまで飲む人は少なくなったし、私は賑やかに飲みたくない。お会計は1836円で無駄な金をつかう気遣いも必要もなく、銀座レベルの味だった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
気のおけない店

 

一杯だけ飲みたい時がある。

お通しなんていらない。

うまい酒を一杯だけ飲みたい。

友達と飲みに行く約束があり、待ち合わせまで30分時間が空いて、外は寒い。もしも生酒を11000円で飲ませる立ち飲み屋があったら寄る。友達とは鮨を食いに行く約束がある。コーヒーやホッピーを飲むと舌がにぶり後で鮨をおいしく食べられなくなってしまう。腹を満たすわけにはいかない。様々な事情を抱えている人ばかりなのに、うまい酒を1杯だけ飲める店がない。

もう一軒寄りたいのだが、もう何も食べたくない時も多い。

うまい酒にお通しは邪魔になる。お通しがなくて気分が悪くなる人などいない。お通しを楽しみにしている人もいない。

お通しは迷惑だ。串カツにビールと決めているのに、小皿に投げ入れたようなひじきやキャベツの漬物、ミックスナッツなんかを出される。そんなものを金を払って食べたい人などこの世にいない。大不況となり、貨幣価値が上がり、みんなもう嫌気が差しているので頼むからやめて欲しい。お通しなし、と聞いただけで好感がもてる。

どうせ金を払うのなら、コンビニで売っていないような、普段飲めない珍しいものを飲んでみたい。店主がどこかから大切に仕入れてきた生酒を飲みたい。

1000円前払いで、うまい生酒を1杯飲んで、さっと店を出ることのできる牛乳スタンドのような店が欲しい。コーヒーショップや喫茶店やファーストフード店では堂々とコーヒーを一杯飲んで店を出ることができるのに、酒場では気をつかって飲み物一杯ではすまされない。

銀座で時間つぶしにバーに寄ると何千円も取られる。食いたくもないつまみを頼まされ、食いたくもないお通しまでついてくる。これでは誰も行かなくなる。

家で飲めばいいという意見が急増している。家族がいる人はそれが一番正しい。私は家で飲んでも全然楽しくない。

家に帰る前に、厄落としのように一杯飲んで帰りたい人がたくさんいる。病院の帰りは一杯飲みたくなる。そんな時、みな酒場に感謝する。嫌な思いをしないために、お通しなんてやめてもらいたい。無駄なく、飲みたいものだけ、食べたいものだけ、うまいものだけを提供して欲しい。その分、高くしてもらってかまわない。感謝の意味をこめて通わせていただく。

バーで白ワインを注文すると、マスターがおすすめのボトルを開け、私の目の前にラベルがみえるようにボトルを置いてくれた。白ワインに合うようにお通しにチーズを出してくれた。そんなことをしてくれては2杯目も同じ白ワインを頼むしかない。

私はうまい白ワインを一杯だけ飲みたかった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
生酒の飲める店

 

生酒が置いてある店なら間違いない。

生酒は殺菌処理していないので常温では保存できない。出荷時も、酒屋に置いてある間も、飲食店に置いてある間も、常に冷蔵庫で管理されている。

開栓してしまうと1週間で味が落ち長持ちしない。しかし、体にいい菌も生きたままなので、特別ありがたくておいしい。

生酒と書いてあるが、生酒でないものもある。生酒という商品名が多いからこういうややこしいことになる。コンビニやスーパーや小さい酒屋で売っている二合瓶の生酒は生酒ではない。生酒は蔵元直送で、5合瓶か1升瓶で冷蔵庫で売っている。デパートや大きな酒屋の冷蔵庫にうまそうに瓶が並んでいる。

飲み屋で生酒を置くということは、それだけこだわりがある。うまいものを出したいというこだわりがある。ファンの多いそば屋や、一流の店で日本料理を修業した経験のある料理人が生酒を出す。

5合瓶で2000円程度で売っているが、普通の飲食店では生酒を出さない。普通の店はリスクを過剰に嫌う。

仕入れ値の3倍で売ると最初から決めてかかっている店主が多いから生酒は出せない。ワインと似ていて、生酒はさらに扱いにくい。

生酒を出す店は11000円程度で出す。3倍で売らなくても利益は出る。もっと生酒を飲みたい。

昔、渋谷にうまい日本酒を完璧に飲ませる店があった。高級な酒は12000円もしたが、それでも通った。生酒がいつもよく冷えている。つまみは全て日本酒に合わせてある。

冷ヤッコに酒盗をのせたものが絶品で、本当はつまみはこれ1品だけでよかった。酒盗のせ冷ヤッコをちびちびつっつきながら、大吟醸のぬる燗か冷酒を飲んだ。一口一口が楽しく貴重だった。

家で飲むのが好きな人はデパートで生酒と酒盗と絹豆腐を買ってくれば3000円で済む。ネギもカツオ節も醤油も邪魔をするからいらない。酒盗も豆腐もデパートとスーパーではものが全然違うから、せっかくうまい生酒を飲むならデパートでそろえる。味も違うが色が違う。これを外で飲んだら1万円する。

そういう日本酒バーがあったら毎日通う。つまみなんていらない。お通しも頼むからやめてほしい。よく冷えた生酒だけ飲める店があれば12000円でもいい。誰にも話しかけられずに4000円とか6000円とかさっと払ってさっと帰れる店があればと思うがそういう店は今までに23軒しか出会ったことがない。渋谷のあの店はつまみも12000円だったが完璧だった。

大衆居酒屋は別としても、高級店も普通の居酒屋も会計をすると結局あまり値段がかわらない。倍なんてことはない。

体を壊すまで20年以上かけて1000軒以上で飲んだが、自分に合った理想の店は数軒しか出会えなかった。

酒は雰囲気を飲むので家で飲むのは難しい。

冷たい生酒が飲みたくなってきてのどが鳴る。たしか浅草に日本酒バーがあったはずだ。(山田)

 

 

| chat-miaou | 00:01 |
そば屋で飲む

 

 

 

松元さんはそば好きで、彼は日本全国のそば屋に詳しい。そばを食いに行くために飛行機に乗って旅行するほどのそば好きだ。最近はあまり会っていないが、松元さんに会う度に都内の秀でたそば屋に行くので、私も少し詳しくなってきた。

松元さんはいつもうまいもののことを考えていて、電話で十分に行き先を話し合ってから食事に出掛ける。

「性欲は実現できないが、食欲なら実現できる」

彼の影響で私もうまいものが好きになった。

松元さんのそばの食いっぷりがいいので、味のわからない私は彼のいいなりになってそばを食う。尊敬しているから最初から最後までいいなりでも楽しくて勉強になる。

熱燗を飲み、つまみを食べながら話し、話し飽きたらそばを注文し、帰りに喫茶店でケーキを食べながらもう少し話して帰る。

何度も二人でそばを食べ、松元さんのそばの食べ方が私に受け継がれた。

まずは何もつけずにそのまま食べる。

次は、つまみで天ぷらを食べた時の塩や、卵焼きを食べた時の醤油がテーブルに残っていたら、それにつけて食べてみる。うまいそば屋は素材にこだわっているから、七味の香りも試してみる。

私は味がわからないままでいるが、そばは香りが大事で、ごくたまに、100回に一度くらい太陽の味がする瞬間があるのだと彼は言う。私にはきっと一生わからない。

松元さんはそばと一緒に出てくる薬味を使わない。何度も食べたからもういらないのだという。だしもなくてもかまわない。そばの香りを楽しむために、薬味の小皿は私にくれる。ネギとわさびと大根おろしに醤油を垂らして混ぜ合わせ、サラダとして食べることもある。

あえて塩や醤油を店の人に持ってきてもらうようなことはしないが、私も自然に彼と同じそばの食べ方になった。樽酒を頼んだら塩がついてきたので、大事にした。そばがきを頼んだら醤油がついてきたので大切にした。しめに数量限定の田舎そばを頼み、その塩と醤油で食べたら、太陽の味とはいかないまでも、これまでで一番うまいそばだった。あのまるまる太ったもちもちの田舎そばには、だしよりも、醤油よりも、塩が合う。それも、樽酒についてきたあのあら塩がよく合う。

はじめてだしを使わず、そば湯にも手をつけずに店を出た。店の人はたぶん、私を相当な人だと思ったに違いない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
チェーン店にはかなわない

 

前田さんに近所で評判の鮨屋が25000円だというと、

「バカじゃねーの」

健康的な前田さんは、25000円もあったらもっと気持ちいいことができるという。25000円あれば1泊2日で温泉、旅館の食事、旅先のスナックを楽しめる。

私も体を壊し、もう鮨を消化できない。楽しみがどんどんなくなっていく。楽しみが残り少なくなっていく。

鮨屋は高級感があって清潔で、職人の技術をみているだけで楽しいが体に悪い。もう食べられないとわかるとそれほど食べたくなくなる。

鮨を食べている人の姿をみているとよくわかる。鮨は健康な人の食べ物で、健康でない人が鮨を食べている姿は絵にならない。

外食することはほとんどないが、たまには変わったものが食べたくなる。

町の食堂はもうチェーン店にかなわない。

経済成長が終わり、人口が減り、客が減り、どうしても資金がないから節約する。肉を節約し、仕入れを節約するから、金のかかる新鮮な食材をキープできない。

最新機器を設備できない。

腕や技術のある料理人も多いが、そういう店は酒とセットで楽しむ店が多く、値段も高い。値段を高くしないと設備投資も仕入れも思うようにできず、うまいものを提供できない。

値段の高いおいしい店か、値段の安いチェーン店か。

たまにはてんぷらを食いたいが、一人暮らしでてんぷらなんてできない。換気扇が汚れるし、壁が汚れるし、後片付けも油の処理も面倒くさい。

てんぷら屋は高い。食堂や居酒屋のてんぷらは、てんぷら以外のものも揚げている油なので、他の食材の味とにおいが移って胃もたれする。

天丼てんやに行く。メニューも多いし、野菜も新鮮で、ふきのとうまである。それぞれ単品で頼むこともでき、全く嫌な顔をされることもない。アルバイトの若者が揚げたてんぷらとは思えないほどうまい。専門店の雰囲気にかなうことはないとしても、油も、設備も、レシピも、食材も、居酒屋や食堂より本格的で、専門店と変わりがない。

野菜天丼540円、野菜天盛合わせ430円、高級感がないから居心地がいい。酒を頼まないでも普通でいられるのが素晴らしい。

たまには肉も食いたくなるが、ステーキやかつ丼を食うと痛風の発作が起きそうで恐い。

ぎょうざの満洲の肉細切ピーマン540円がうまい。肉を細切りにすると牛肉なのか豚肉なのかわからない。うまにラーメンの麺ハーフ594円もアルバイトの若者がつくったとは思えないほどうまい。野菜を食い、レンゲでトロトロのアンをすくっていく。野菜が新鮮でシャキシャキしている。うずらの卵が2個入っている。しいたけも香る。一人暮らしでこんなにうまいものはつくれない。まず、食材を揃えることができない。うずらの卵なんて一人暮らしで食べられる食材ではない。火力が違うから野菜がシャキシャキする。甘しょっぱいとろみと熱いスープで体が温っていき汗が出る。二日酔いにはうまにラーメン(広東麺)に限る。

私は人とラーメンを食うと気持ち悪がられる。スープに夢中になりなかなか麺を食わない。大量にコショウをふってスープを飲み続け、上に乗った具材を食べ、最後に何もなくなった麺を食う。変な食べ方だから笑われることもある。店の人にも変な目でみられるからカモフラージュするように麺もすするが、本当は麺はなくてもいい。

カレーラライスも混ぜない。砂崩しの要領で、できるだけ形をくずさずに食べ終えたい。理由はわからない。

水割りも混ぜない。つくってくれる人がまぜようとするのを制止すると珍しがられるから、最初から自分でつくりたい。私の飲み友達もまぜない人が多い。私が水割りをつくる係だからまぜない。氷を入れ、ウイスキーを入れ、水を入れたらそのまま渡す。最初薄くて後半濃い水割りに慣れると、それが普通になり混ぜなくなる。混ぜなくていいものを混ぜる必要はない。頼むから混ぜないでほしい。混ぜると気分が悪くなる。

ねぎヌタも混ぜない。やまかけも混ぜない。

納豆は混ぜる。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |

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