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痛風の原因 私の場合

 

酒ばかり飲んで生きてきたので痛風になった。

30歳の時、アン肝を食べた翌日にはじめて痛風になって足をひきずって歩いたが、その日も酒を飲んで翌日にはもう治った。それから数年に一度くらい痛風になり、いつも数日で治った。焼き鳥屋でレバーを食べ過ぎたり、鮨屋で冷酒を飲み過ぎた翌日に軽い痛風になり、捻挫のような痛みで、痛くて靴が履けない

40歳の時、体力の限界を感じて本格的に禁酒をはじめた。飲む度にいつも何も覚えていないし、誰に会ったかも思い出せない。酔い潰れて小便をもらし、話相手が私と話をしながら小便がもれているのに気付いて私も驚くというようなことが続いた。ところかまわず酔い潰れ、小便をもらし、警察官に懐中電灯で顔を照らされて目をさます。自分の住所も名前も思い出せず、警察に保護されることも多くなり、自分で責任が取れないほどのアル中になった。コンクリートの上で寝ていても小便をもらすと泥だらけになった。

酒をやめると体が甘い物を求め、酒の代わりに毎晩アイスクリームを食べるようになり、毎日5個は食べた。その年の健康診断で初めて要再検査となり、色々調べられた。

肝臓と腎臓に石ができていて機能が弱り、悪玉コレステロール値が280を超え「今、脳梗塞を起こしても全然おかしくない。放っておけない」といわれてすぐに薬を飲まされた。

栄養士から食事指導を受けさせられ、アイスクリームは11個にし、毎日青魚を食べるようにいわれた。

その日から今までアイスクリームは1個も食べていない。元々アイスクリームを食べる習慣はない。

アイスクリームを食べず、毎食青魚を食べた。外食では焼き魚や刺身、家ではサバかサンマの缶詰、小便から魚のにおいがした。四か月で悪玉コレステロール値が正常値に戻り先生に褒められた。

悪玉コレステロールがぐんと下がったが尿酸値がぐんと上がった。そしてそれまで経験したことのない痛風発作が起き、足首が桃半分ぐらい腫れた。年に数回骨折レベルの痛みをともなう痛風の発作を繰り返すようになり、ロキソニンをもち歩く日々となった。

アイスクリームは簡単にやめられたが酒をやめることはできない。

私は鮨が好きで、特に銀座の鮨が好きだった。銀座の鮨を知るともう近所の鮨は食べられなくなる。とはいえ、毎週銀座の鮨を食べることはできず、1年か2年に1度か2度くらいのペースで気合を入れて食べに行き、それぐらいのペースでは痛風発作がおきるほど尿酸値は上がらない。

元々基本的につまみは食べない。普通の人より魚を食べる機会のずっと少ない食生活で、1週間に1度も魚を食べないのは普通だった。そんな私が毎食魚を食べるようになり痛風になった。しかもその頃は赤ワインにはまっていて1日に2本のペースで飲んでいた。

もういろいろいわれて振り回されるのが面倒くさくなり何年も病院には行っていない。酒は毎晩1杯か2杯、動物性食品を控える、毎日魚を食べる、1日3食とる、水をたくさん飲む、血圧計を買う、毎朝血圧を計って記録し栄養士さんにみせる。

もう血圧計は捨てた。

実際にはわからないが今、健康なような気がする。

魚を食べることはない。銀座の鮨屋にも行かない。酒は週1度ぐらいにしている。

病院で調べてもらったおかげで脳梗塞にならずに済んだのはよかったが、アイスクリームをやめるだけでよかったのではないのか。

生まれもった体が好む食生活はかえられない。そういう体に生まれてきたからそういう食生活になっている。それで病気になるのだったら仕方がない。他に何の楽しみがあるのか。自分の年齢を考えれば、いつまでも健康でいられないことがわかるし、いつかは死ぬのも知っている。無理に食生活をかえると体が嫌がる。毎食魚を食べるのなんてもう嫌だ。

全身老化した。歳を取れば病気になるのが当たり前という考え方ができる。

酒を控え、アイスクリームを食べない。

ここ数か月、何一つ薬を飲んでいない。もう半年以上痛風の発作の気配すらない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 11:01 |
痛風と外食

 

年はまだ痛風の発作を起こしていない。このまま一生起こさないつもりでいる。

私の場合、痛風の原因は酒、肉、魚で、この3つを食べ過ぎなければ発作は起きない。毎食、この3つを避けるようにして食べるものを選ぶ。

テレビで痛風患者の食事をみた。

●朝 コンビニの焼肉弁当

●昼 弁当2つ(魚フライ弁当とのり弁)

●夜 居酒屋で酒

というメニューで、出演者に驚かれ、医者からもよくないメニューとして注意されていた。やはりプロレスラーやラグビー選手のようながっちりした体形の人だった。

これぐらい食べる痛風患者が多いが普通の人だってこれぐらい食べる。

外食や弁当には必ず肉か魚が多く入っている。肉や魚のない定食や弁当を探してもなかなかみつからない。菜食で外食は原価が安く需要が少なく手間がかかるので外食産業向きではない。無農薬など、野菜にこだわった店は逆に高く、こういう食事にこだわると店に行くだけで一苦労となる。

普通の人は安い値段で肉と魚を食べている。

牛丼屋やハンバーガー屋はどこにでもあって便利だが痛風に悪い。自炊が一番なのだが、家にばかりいられないし、自分でつくった弁当をもち歩くのも疲れる。

中華料理屋かラーメン屋で肉野菜炒め定食、マーボー豆腐定食、中華丼、タンメンなど、肉が少ないメニューを選ぶ。コンビニでおにぎりやパンを買うこともあるが、コンビニ食は味気なくてつまらない。

●朝 焼肉弁当

●昼 弁当2つ(魚フライ弁当とのり弁)

●夜 居酒屋で酒

を続ければそのうちまた痛風の発作が出る。

●朝は食べない

●昼はコンビニ食かラーメン屋

●酒は飲まない

が正解でこれなら痛風の発作は起きないが、こんな毎日はちっとも楽しくない。

たまには酒を飲む。肉を食い、揚げ物を食い、ビールを飲む。回数を減らす。個人個人体質が違い、毎日飲んでも一生痛風にならない人もいる。私の場合は週4日飲むと確実に痛風の発作が起きる。(山田)

 

 

| chat-miaou | 10:01 |
痛風と肉と魚

 

ここ数か月は痛風の発作を起こしていない。このまま一生薬なしで発作を起こさないつもりでいる。

いつ起きるかわからないが、コツのようなものをつかみつつあるような気がする。

まずは、できるだけ酒を飲まない。

酒を飲んで尿酸値を上げ、さらに酔っ払って満腹中枢がおかしくなり、普段は食べないような量を食べ過ぎてさらに尿酸値が上がり、痛風の発作が起きる。これが私のパターンだ。

●酒さえ飲まなければ痛風の発作は起きないような気がする。

●肉と魚を食べなければ酒を飲んでも痛風の発作は起きないような気がする。

●酒と肉と魚がなければ痛風の発作は起きないような気がする。

●痛風の原因は酒と肉と魚で、他の食べ物では痛風の発作は起きないような気がする。

食べ物で危険なのは肉と魚のかたまりで、ステーキや鮨、魚の缶詰、鳥肉の唐揚げ、豚の角煮、モツ煮込み、生姜焼きなど、肉と魚をそのまま食べるのがよくない。

できるだけ薄める。肉と魚のかたまりをできるだけ小さくする。肉を食べるならマーボー豆腐や肉野菜炒めで食べる。魚を食べるのならかまぼこやさつまあげで食べる。

痛風の発作が恐いから刺身やステーキや鳥の唐揚げはもう一生口にしない。食べたとしても死ぬまでに数回しか食べない。そういうものを十分食べたから痛風になった。そういうものを避けて口にしない人はたくさんいる。そういう食べ物を嫌いな人もたくさんいる。健康な人にとっても体によくない食事なので、そういうものを一生食べないということは悲しいことではない。

大豆からつくった肉がスーパーで売っているが肉とかわらない食感をしている。肉の脂身やスジや脂っこさが嫌いな人なら大豆からつくった肉の方がおいしく食べられる。料理にまざっていれば本物の肉とかわらない。肉とかわらないのに実は正体は豆腐とかわらないなんて素晴らしい。

ニセモノの肉を食べながらニセモノのビール(ノンアルコールビール)を飲む。健康を考える人は誰でも砂糖の多い普通のコーラより砂糖の入っていないダイエットコーラを飲んでいる。

●できるだけ酒を飲まない

●肉や魚のかたまりを食べない。

この二つだけで今のところ痛風の発作は起きていない。

カレーの中に入っている肉のかたまりも断腸の思いで捨てる。こういうことにこだわると店の人に悪いし、汚らしくみえるから外食はしない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 08:01 |
7分の1

 

深刻に考えない。他からみたら大したことではない。

いつまで生きていたいのか。いつまで楽しむつもりでいるのか。

インターネットで「もういい」とか「もう飽きた」とか「限界」とか「苦しい」とか検索すると、みんな苦しんでいるのだとよくわかる。いつまでも楽しいことなんてない。思い出だけでも生きていける。

痛風の発作が出ないように禁酒する。

気楽に禁酒する。

●まずは薄い焼酎の水割りを飲む。焼酎の水割りに慣れてしまう。

●できるだけ飲まない。

二つすら守れないのはわかっているから適当に守る。

なかなか二日酔いになるほどは飲めなくなった。どうせ楽しくないのがわかっているから飲みに行く気力も衰えた。

もう長いこと病院に行っていないが、実は健康かもしれない。悪化しているかもしれない。医者にいいといわれれば晴れやかになるが、いつかは誰でも悪くなる。悪いといわれると気が滅入る。病院に行かないメリットは自分が健康なのか病気なのかわからず、せっかくだから健康だと考える。人はいい方に考えないと生きていくことができない。

一度しか人生を経験できないから限界がわからない。悪いといわれれば絶望するが、悪いといわれなければこんなものかと耐えられる。病院に行かない自由がある。主義にしている人も多い。

薄い水割りを飲んでいると馬鹿らしくなってくる。ちびちび飲んで男らしくない。ケチにみられているかもしれない。なんだか情けなくなり、強い酒を注文してしまう。

少しづつ酔うのが面倒くさくなり、日本酒かワインをぐいぐい飲んで二日酔いになり、二日酔いの苦しみに耐えられずに迎え酒をする。そして痛風の発作が起きる。

ほろ酔いを続けていると体がしびれるような酔いが欲しくなる。二日酔いの自己嫌悪でさえ懐かしく、二日酔いにもどこかに快感がひそんでいる。

今年は今のところ53日禁酒して、13日飲んだ。53分の13だから4日に1度飲んでいる。足が少し腫れてきた。これは飲み過ぎということでそのうち痛風の発作が出る。

手帳に飲酒日と禁酒日を大きく記入し、飲酒割合を7日に1度にしたいのだが、飲酒が続くと密度はすぐに高まってしまう。365÷752で、大晦日までに飲酒52日に調整する予定を立てている。

例えば、毎週金曜の夜だけは派手に飲むなんていう人に憧れる。

キアヌ・リーブスは太りやすく、酒飲みで、主演映画の撮影が始まるとひたすら節制する。それでも毎週金曜日の夜だけは好きなものを食べ、酒を飲む。普段のキアヌ・リーブスは二重あごで、無精ひげで、かなり太っていて、ホームレスのおじさんと道端で楽しそうに酒を飲むのに、完成した映画では痩せていて見事にかっこつけている。考えただけでも金曜の酒がうまくなる。(山田)

 

 

| chat-miaou | 07:01 |
痛風と酒

 

今年はまだ痛風の発作を起こしていない。

酒飲みというほどの量は飲めなくなったが、今でも飲んでいる。

体を壊して健康について考えれば考えるほど、人間の体は自然の一部だと実感する。すべて自然の流れにはかなわない。

台所の排水管はトイレの排水管に比べて数倍劣化が早い。トイレは真水が流れる量が大量なので汚れが流れ落とされる。台所は油分が流れ、排水管に付着し、どんどん劣化していく。排水管も自然の流れに従っている。

人間の血管は排水管と全く一緒で、食べたもの、飲んだものが血管を流れる。

川に大量の食品を捨てれば一か所にとどまり、濁って悪臭を放ち川に泳ぐ魚は死ぬ。少量の食品ならばどこまでも流れ切り、少しも川(血管)の水(血液)は濁らず、魚たち(細胞)の餌(栄養)になる。

水を飲むと汚れは薄まり、流れがよくなり、体にいい。

酒を飲み過ぎて血液を汚さなければ尿酸値も上がらず痛風の発作は起きない。

痛風になるほどの酒飲みはアル中なので酒をやめることはできない。

かぎりなく水に近い酒は焼酎の水割りとなる。薄ければ薄いほど真水に近づく。焼酎の水割りだけで痛風の発作を起こすのはかなり難しい。

そのうちワインや日本酒を飲みたくなり、そうなればうまいつまみも食べたくなり、痛風の発作が起きるのだが、まずは焼酎の水割りでいくと決めた。

人と話していると飲むペースが速くなる。酔いを求めてガブガブ飲むのが面倒くさくなり、手っ取り早くもっと濃いのを飲みたくなる。

そこでお湯割りとなる。体があたたまり、さらに体にいい。

熱湯で割った焼酎をガブガブ飲むことは不可能だ。冷めたらガブガブ飲めるが、冷めるまでにけっこう時間がかかり、冷めるまでのこの時間に冷静さと落ち着きを取り戻し、健康を維持できる。

薄い焼酎にも慣れた。ボトルもなかなかなくならない。二日酔いになるほど飲めない。このまま二度と痛風の発作を起こさないでいられるかもしれない。

本当はもうお湯だけでかまわない。アル中が病人になると誰もが共通していうのだが、酒場にいれば、不思議とお湯や水だけでも酔った気分になる。慣れると酔っていないことを忘れている。しかし、それでは酒場の経営に迷惑となる。

家でお湯を飲んでもちっとも面白くない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 06:01 |
ありがとう、痛風

 

今年、3か月という最長痛風発作の痛みを経験し、さすがに懲りた。酒の美学なんていっていられない。アル中で歩けないなんて恥ずかしい。もう血尿なんて嫌だ。ほんのささやかな楽しみの代わりに失うものが多過ぎる。もう酒を楽しめる体ではなくなった。

30歳から30回は痛風の発作を経験したが3か月なんて初めてで、もう痛みに耐えることができない。

3か月の間、毎日何度も何度も「もう一度だけでいいから治ってほしい」「普通に歩きたい」「歩けるだけで楽しい、歩けるだけでいい」と願った。この気持ちを忘れてはならない、この気持ちがあれば酒なんてやめられる、酒なんていらない、と何十回も決意し紙に書いた。

それまでの発作は治ったらまたすぐ飲み始めたが、今回は違う。次はさらに長い発作となる可能性がある。正直、恐くて飲めない。

痛風になってよかったと思っている。

痛風は最後の最後までは必ず治る。すっきりと治る日がある日突然必ずやってくる。最後の時がきたら、もう酒なんて飲めないし、好きな物も食べられない体になっている。3か月という長い時間に「ついにもう治らない時がきてしまったのではないか?」と何度も思ったがすっかり治った。

今回はあの時の気持ちを忘れてはいない。

階段があると嬉しい。エスカレーターもエレベーターも使わない。階段をのぼれる喜びを一足一足かみしめていく。一段飛ばしでジャンプしながらのぼり、息切れするのも気持ちがいい。痛風の発作中、心底憧れた行動、あの痛みを思い出すと歩いているだけで楽しく、意味なく早歩きして前の人を追い抜いたり、走り出す。この気持ちは痛風を経験した人にはわかる。普通に歩けるだけで嬉しくてたまらない。

禁酒10日目、うつ状態も晴れてきた。天気がいいだけで泣きたくなるほど嬉しくなる。

痛風患者の欠点は、発作がおさまると反省や後悔を忘れてしまう。3か月も発作が続いてよかった。3か月のあの激痛を忘れることなんてできない。二度と経験したくない。

特に激痛のひどい日、どうしても父の病院に行かなければならなかった。痛み止めを飲んで、なんとか病院に着いたが、父の病室まで階段をのぼって行くことができずに痛みに耐えていると、顔見知りの看護士さんが心配して声をかけてきた。「大丈夫です」といいながらも意識が遠のいていき、目が見えなくなっていくので父に会わずにそのまま家に戻った。そんな日にかぎってその夜、尊敬する編集者の先輩から電話があり、ライブの打ち上げで、私の大ファンの女優がくるかもしれないから、もしかしたら話せるかもしれないよ、と声を掛けてもらえ、どうしても会いに行きたいが、絶対気絶するから行けず、人生最大の後悔だった。あんなチャンスは二度とない。二度とあんな思いはしたくない。普段から酒を飲まないでいれば、ああいう大事な時、まだいつでも酒を飲みに出掛けることができる。

痛風の痛みを思い出す。

それでも酒が飲みたくなってしまうから日が暮れる前に食べ物を買いに行く。どこのサラダ屋へ行ってもおいしそうなサラダがたくさん並んでいる。サラダ屋なんて行ったことなかったけれど、いつの間にかこんなに進化している。酒を飲まなければ、その分、酒以外に目がいく、知らなかった世界がみえてくる。店員の女の子たちがみな美しいのに気が付く。サラダ屋で働くのだから野菜が好きなのかもしれない。玄米とか無農薬野菜のレストランで働いている女性と共通した美しさがある。みな綺麗でかわいい。アル中や痛風と全く無縁の生き方をしているのが目にみえてよくわかり、憧れる。全身から発光している。まぶしくて、200グラムだけサラダを頼むのが恥ずかしい。我々アル中と目が違う。アル中の目は、攻撃的だったり、意味なく燃えていたり、焦点が合っていなかったり、トロンとしていたりで、落ち着かない。文句ばかりいっている。あらゆることに不満ばかりで面倒くさい。にごっている。うるさい。酒ばかり飲んでいないでもっと野菜を食べなくては。(山田)

 

 

| chat-miaou | 05:01 |
さらば、痛風

 

ついに痛風の痛みが完治した。

長かった。これまでで一番長かった。3か月9日目にしてやっと痛みが全くなくなった。

足が腫れはじめて数日後に発作が出て歩けなくなり、ロキソニンを飲んで激痛が早く去ってくれることをひたすらに願った。

薬を飲まなくても大丈夫かな、と思ったら薬を止め、足をひきずり、杖をついて歩いた。家の中では四つん這いで移動した。それでも数日するとまた立ち上がれないほどの痛みがぶり返した。

そんなことを繰り返して痛感した。一度発作が出たら、何をしても効果はない。水を多く飲んでもまるで効果はない。サプリメントを飲んでも、酢を飲んでも、野菜を食べても海藻を食べても、今さら遅い、何もかわらない。禁酒して、肉と魚を避け、時間をかけて血液の尿酸値が下がるまで、患部の尿酸結晶がじわじわとゆっくり溶け切るまで何をやっても痛みは止まらない。

どうしても出掛けなくてはならなければロキソニンを飲み、あとは寝ているしかない。

最初の2か月はロキソニンなしでは生活できなかった。はじめ、左足をひきずっていたが、左足首の痛みと腫れが1か月でおさまったと同時に今度は右足首が腫れあがり、長引いた。痛風は、尿酸結晶の溜まったところが一か所づつ順番に腫れ上がる。

集中して水を飲み過ぎたのが原因か、ロキソニンを飲み過ぎたのが原因か、頬が黒くなり、内臓がダメージを受けているのが目にみえてよくわかり、恐い。ついに人工透析かな、と常に不安で、精神的ダメージも大きい。

最後の1か月は人に心配されながらもロキソニンなしで足をひきずって歩き、誰がみても身体障害者だった。

そして今日、足に違和感が何もない。人にみられて、声をかけられることももうない。

今回は治らないんじゃないか、と覚悟したが、すっきりと治った。走ることだってできる。

痛風は必ず治る日がやってくる。治ってしまえば、病気であったこともすっきり忘れてしまう。

しかし、忘れてはならない。痛風の発作は繰り返していくうちに、発作の頻度が多くなり、痛みの期間が長くなる。反省しないと最後は腎臓をやられ、回復できずに人工透析になる。

痛風は、医者の意見よりも経験者の体験談の方が身にしみるほど役立ち、共感し、ありがたい。

毎日酒を飲んでは絶対にいけない。飲まない日を1日でも多くする。飲まない期間に尿酸値が正常値に戻っていく。異常値が続けば必ずまた発作が起きる。正常値ならば発作が起きることなんてない。

完全な禁酒や食事制限をすると、何のために生きているかわからなくなり、やけになって再び連続飲酒がはじまってしまう。食べたい物を食べず、飲みたい酒を飲まず、食べたくもない物を食べ続けるなんてできるはずがない。楽しむために生きている。どうせ酒を飲む。どうせ鮨を食いに行く。酒と刺激のない80年よりも、酒と刺激を求め続ける60年がいい。そういう体質に生まれてきたのだからまずは受け入れ、なるべく発作が起きないようにビクビク生きる。

アルコール度数が高い日本酒とワインが危ない。しかも、おいしいから飲み過ぎて、飲めば飲むほどどんどん尿酸値は上がっていく。アルコールは尿酸値を上げる。ビールで痛風になった人など会ったことがない。ビール好きは健康な人が多い。ビールで連続飲酒は難しいし、アル中になるような種類の酒ではない。ビールはプリン体が多いから、痛風患者が避けるべき酒となる。どうせたくさん飲んでしまうのだからアルコール度数の低い焼酎の割りものがいい。

魚か肉を食べ過ぎても尿酸値が上がる。魚か肉を肴に毎晩日本酒かワインで晩酌をしていれば、発作が起きる日がぐんぐん近づいてくる。

カツオの刺身、レバー、鳥の唐揚げ、焼き鳥を口にする時は覚悟が必要だ。少しぐらいなら大丈夫だが、少し食べればたくさん食べたくなる。刺身、鳥肉の皮を軽くみてはいけない。

ラーメンは食わない。最近の人気ラーメンはスープの具材が過剰で痛風もちは食べられない。煮干しを使い過ぎているし、豚骨スープも鶏ガラスープも痛風に悪い。麺なら問題ないがスープを飲まないなんてできない。ラーメンの楽しみは、とても体に悪くてとてもうまいスープをすするスリルでもある。家でもスープを飲み過ぎるからラーメンは買わない。スープに野菜をたっぷり足しても尿酸値が上がる。かつを節のだしもよくないから味噌汁もよくない。かつを節をきかせたタレやドレッシングがなければメシが食べにくい。納豆もよくないのかもしれない。昆布だしはいいが、ここまでくると恐くて食べられないものばかりなので、あきらめて痛風を受け入れる人たちが多い。みな、酒とうまいものが好きだから痛風になり、治療はかなり難しい。

アン肝は地獄行き決定。(山田)

 

※これまで私が経験した痛風発作の直接原因と考えられる食べ物、前日に食べた食べ物。いつも翌日に痛風発作が出ないかビクビクしながら食べ、そして発作が出ると泣くほど痛かったのでよく覚えている。尿酸値が高いまま、とどめの一撃となって痛風発作が起きたと考えている。

※私は側弯症による神経痛の持病があり、医者から多めに薬を処方してもらっている。軽い痛風はこの薬で1日で治る。発作の前兆を感じて飲むと何事も起こらないことが多い。痛み止めのロキソプロフェン、筋肉のつっぱりをほぐすエペナルド、薬から胃を保護するムコスタの3点セットで、エペナルドが血管を広げ、尿酸結晶を流してくれるのだと思う。薬を飲むと患部の血管がぶわーんと膨張するのが目にみえてわかる。エペナルドは市販されていないらしく、私はこの薬がないと生きていけない。

●酒(すべての種類、ワイン、日本酒、ビール、焼酎、ホッピーなど。酔っ払って、満腹中枢がおかしくなり、食べ過ぎるのがよくない。酔っていなければ食べない量を食べる。雰囲気や一緒に飲む相手に流されて飲み食いする量が増える)

●肉(焼き鳥、かつ丼、鳥の唐揚げ)

●焼き鳥のレバー

●魚(サバ缶、さんま缶)(青魚は、悪玉コレステロール値が280を超え、病院の栄養士から毎日食べるように食事指導を受けた。2か月、毎日青魚を食べ、悪玉コレステロール値は正常値になり、明らかに青魚のおかげだった。病院から出されたコレステロールを下げる薬は、体に合わないので飲まなかった。酒は毎日飲んでいて、尿酸値が高くなるのは酒のせいかと思い、禁酒したが、尿酸値は高いままなので、青魚が尿酸値を上げたのだとわかる。悪玉コレステロール値が入院レベルだったので、数か月、青魚の缶詰を毎日2缶食べ続けると、ある日、過去最大の痛風発作が起き、足首に桃を1個入れたように腫れた。足首の内側から桃がちょうど半分浮かび上がるのと同じ大きさの腫れで、指で押すと5ミリへこみ、数十秒はそのまま戻らず、感触も桃と同じだった。足首だけでなく頭痛もひどく、呼吸も苦しかった)

●カツオの刺身(私の場合、かつおの刺身を普通に一人前食べると40パーセントの確率で発作が起きた)

●アン肝は二度食べ、二度とも翌日発作が起きた

●カレーライス(外食したチーズをたっぷりつかった洋風焼きカレー、鳥肉もたくさん入っていた)

●デミグラスソース

●ステーキ

●鮨

●ラーメン(煮干し系、歩けないほどではなかった)

●ラーメン(若者が食べる脂の多い大盛系、歩けないほどではなかった)

●ラーメン(普通の市販のラーメン、歩けないほどではなかった)

●しめサバ(歩けないほどではなかった)

●ビール小瓶10本(歩けないほどではなかった)

●ブルコギ(歩けないほどではなかった)

●ニラレバ炒め(歩けないほどではなかった)

●味噌汁やうどんダシ等かつお節系のスープ(発作は起きなかったが、足首が微妙に腫れ、痛風の気配を感じた)

●メンチカツ(大きくて、肉汁が売りのもの。歩けないほどではなかった)

●餃子2枚(12個)にチューハイ3杯(歩けないほどではなかった)

 

 

※今のところ、これまでたくさん食べ続けてもなんともなかった食べ物

●納豆

●野菜

●ごはん、パン、麺

●そば、うどん

●卵

●じゃがいも、長芋、さつまいも、かぼちゃ、ポテトサラダ

●豆、豆腐、ひじきなどの和食

●果物

●味の素、昆布ダシ

●タレ、ドレッシング、醤油、味噌、塩、調味料

●砂糖

●ジュース

●お菓子、ポテトチップス、せんべい、塩、しょっぱい系

●アイスクリーム、洋菓子、クリーム系(悪玉コレステロールは急上昇したので今はいっさい食べない。血糖値も恐い)

●甘い物、はちみつ(母が糖尿病で死んだので、血糖値が恐いから食べないようにしている)

 

 

| chat-miaou | 04:01 |
気絶

 

1か月以上経っても足の腫れがひかない。痛風とは違う病気かもしれないが、父の世話などたくさんすることがあって入院するわけにはいかないので病院には行かない。ここまで長引くともうどうでもいい。治らなくてもいい。こういうものだ、と受け入れて生きていくしかない。人の目を気にせず、足を左右にブランブランとツイストするようにして歩くと痛みが少しやわらぐ。同じようにして歩いている人とたくさんすれ違うことに気付いた。これまで気付かなかったが2人や3人ではない。みな、痛みをかかえて生きている。痛風から学ぶことは多い。痛風になると、それまでみえなかった真実がみえてくる。

痛風情報をネットでチェックしていると、面白おかしく痛風経験を披露している人が多い。いずれは痛みが去る日が必ずくるのだから笑っていた方がいい。頭がおかしくなるほど痛いが、痛風の痛みは長時間正座した後のしびれに似ている。笑えない深刻な正座の後のしびれのようで、1ミリも足を動かせないほどの激痛が十時間以上続く。

ネット上の痛風体験談の中には本にした方がいいほど貴重で価値ある情報もある。痛風のベテランで、ありとあらゆる治療法を経験している人もいる。定説だけを指導する医者よりも参考になる。参考になるが結局定期的に激痛に耐えるか、自分の生まれもって好きな食事メニューを無理矢理にかえる以外に痛風を避ける道はない。自分の体が求め、好きなものを食べたり飲んだりできなくなるなんて、それ以外に楽しみのない私にとっては我慢できるものではない。痛風になってもかまわないから酒の飲みたい夜が続く。

痛風の発作を一番早くおさめるには痛み止めを飲まない説に強く共感する。腫れて痛んで熱を出して痛みの原因である尿酸結晶を少しでも早く溶かすべきで、痛み止めを飲むと熱が下がり結晶が溶け切らない。よって痛みが長引く。痛ければ痛いほど治るのは早い。ガンになった人が原因不明の高熱で寝込み、ガンが消えたという話もある。体の中にはヒート・ショック・プロテインという自然治癒細胞があり、熱を与えると活性化して、悪いところを治す。痛みから逃げず、痛みを楽しみ、発熱する。熱を出して痛風以外の病気もついでに治ってしまうのだから実は素晴らしい。痛風に感謝し、笑って痛みに耐える。

とはいえ、用があれば痛み止めは手放せない。

友達から電話があり、都内に出掛けた。足を引きずっていてはかっこ悪いから痛み止めを多めに飲み、酒を飲んだ。

なんとか朝まで飲み、いつもなら一人でラブホテルで仮眠をとってから帰るのだが、宿代をケチってそのまま帰りの下り電車に乗った。

やはり寝過ごし、上り電車に乗りかえると、通勤時間で込んでいて座れない。太陽の光が目の奥に差し込んできて痛い。やっぱり仮眠をとってから帰ればよかった。脂汗が出てきて知らないうちに目の前がチカチカと細かいマス目が黒くなっていくように少しずつみえなくなっていくが、気合を入れて少しすると戻ってくる。そんなことを繰り返しながら吊り革につかまっていたら気絶した。

気づくと床に倒れていて電車が止まっていて、車内電話で「救急車を呼びますか?」と乗務員さんがいっているので、「寝不足で立ちくらみです。次の駅で降りますので発車してください。申し訳ありません」と大きな声で返答すると電車が動き出した。

心臓の鼓動が半端ではない。ブルンブルンと全力で鼓動しているのがわかる。いつ脳梗塞を起こしてもおかしくない、と医者にいわれて5年、ついにきたのかもしれない。血液をサラサラにする薬も体に合わないので飲むのを拒否し続けてきた。心臓が血液を全力で送ってどこかの血栓を吹き飛ばそうしてくれているのかもしれない。

スマホで動画を撮影している若者がいたのでなんとか立ち上がろうとすると親切なおじさんとおばさんが私をおさえた。さっきも立ち上がろうとして、また気絶したのだという。危ないからこのまま寝ているようにいわれた。どうせ立てない。

駅員さんが車椅子で迎えにきてくれ、カーテンで仕切られた駅の休憩所のソファまで運んで休ませてくれた。何度試してもフラフラで足に力が入らず立ち上がれない。真っ暗で目もみえない。

こんなのは久しぶりだ。幼稚園の時、休み時間に一番に外に飛び出そうとして窓ガラスが閉まっていることに気付かず激突して気絶し、目を覚ますと事務仕事をしている園長先生の机の隣のソファで寝ていて、心配した顔をして母が迎えにきたのを思い出した。遠い記憶で、なんだか長生きし過ぎのような気がする。

目がみえないままボーッとしている私に駅員さんが、誰かに連絡しますか、と聞いたが、連絡先がない。いさぎよい、いくら考えても緊急連絡先が一人も思い浮かばない。

20分休ませてもらってやっと視力が戻ってきて、ほとんど歩かず、駅前でタクシーに乗って家に帰ってすぐに寝た。

数時間寝てから考え事をしに居酒屋へ出掛け、レモンサワーで体調を整えた。人に迷惑をかけてはいけない。次はないような気がする。車椅子生活を送る自信もない。もう、無駄な酒は飲めない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 03:01 |
酒をやめる勇気

 

禁酒34日目、もう腎臓が駄目になっているようで、いつまでも足の腫れがひかない。ロキソニンを1日に4錠飲んで痛みに耐える。

医者のいう通りになってきている。自分だけは違うなどということはない。40歳の時、このままではいつ死んでもおかしくない、放っておけない、といわれ薬を出された。人に話すとみな無責任に「死なないよ」という。悪玉コレステロール値が280を超え、血液がドロドロで今脳梗塞で倒れても全然おかしくない。

「肝臓の機能が弱っています。肝臓が悪いと腎臓も悪くなる。尿酸値が高くなって痛風の発作が起き、それを繰り返していると痛風発作の回数が増え、痛みの期間がどんどん長くなっていき、最後は人工透析になる」

30歳の時、はじめての痛風は1日で治った。34日も痛みに耐えていると気が変になる。もちろん人工透析をしてまで酒を飲みたいとは思っていない。

左足は完治した。そろそろ右足も治るだろう。今回はぎりぎり完治すると思うが、次はもう治らないかもしれない。そんな予感がする。今回治ったら、もうできるだけ飲まない。アルコールのない人生にする。夜は出掛けない。こんなしつこい痛みにはもう耐える体力も気力もない。

もう、飲んだって面白いことなど起こらない。それでもアル中は1杯飲んだらまた痛風の発作が起きるまで飲み続ける。

面白いことを求めて飲みに行き、しかし、何も起こらない。十分過ぎるほどわかってはいる。

25年以上酒浸りで、振り返ってみると、90年代、私がまだ20代だった銀座が一番楽しかった。酒にだけは金を惜しまない、とかたく決めていたので、高い店に燃えた。色んな店に通ったが、やはり、一見の客が入ることのできない会員制か紹介制の店が面白かった。そう多く通えたわけではないが、90年代のポルシェビルは最高に輝いてみえた。

今行っても楽しくない。完全に飽きている。高級クラブに行っても全然楽しくない。若い女の子と話していると全く話が合わず、姪と話しているようで説教してやりたくなり、何か彼女たちのためになるようなことはないか教えてやりたくなり、早く家に帰りたくなる。生きてきた馴染んだ空気が違う。

昔がいい。そんなことはかなわない。

若いうちは女性に「会いたい」という気持ちがあったが、年を取ると弱気になり「一緒にいたい」「いざという時に救急車を呼んでもらいたい」という気持ちになる。それでいて私は長い時間人と一緒にいることが苦手なので、「やっぱり会いたくない」という強い確信にかわる。

実際、痛風の原因が酒なのかどうかわからない。腎臓が弱い血筋なのだから、酒を飲まなくても痛風になっているのかもしれない。年を取るとはそういうことだ。若い頃は薬など必要なかったが、今は薬なしでは痛みに耐えられず生きていけない。薬を常にもち歩いている。薬がなければとっくに死んでいる。病院がなければ人間本来の寿命はもっとずっと短い。

酒をやめてしまうと、もう楽しみがないような気がするが、飲んだからといって何も特別なことなど起きない。

人と話しているだけで楽しかった好奇心と感受性があった頃、いつまでも飲んでいたかった。満腹すれば酒が飲めなくなるのでつまみを食わず、酒以外は体に入れず、できるだけ長く飲んでいたかった。長時間飲むのが習慣になり、年を取って一緒に酒を飲む相手がいなくなっても一人でできるだけ長く飲んで時間をつぶす。実際、酒を飲む以外にすることがない、思いつかない。そういうふうに生きてきた。新しいことに挑む気力はもう残っていない。それでいて体力も消化力も長時間の酒に耐えられない。

ついに杖デビューした。杖がないと歩けない。食料を買いに行けない。ゴミを出しに行けない。100円ショップで買った杖をついて歩いていると、自分と同じように足の悪い人たちが多いことに気付く。もう治ることのない彼らはしっかりしたかっこいい立派な杖をついている。

痛風の激痛は健康のすばらしさを思い知らせてくれる。普通に歩きたい。もう一度だけでいいから治ってほしい。(山田)

 

 

| chat-miaou | 02:01 |
痛風の痛み



禁酒17日目、痛風の痛みが消えた。

今回も、もうダメかな、と覚悟しながら痛みに耐えた。毎日4個はロキソニンを飲み続けた。朝からサントリーオールフリーを5本も飲み、酒を飲みたい気持ちをごまかし、酒から逃げ続けた。

17日も痛みが続くと、電車に乗らなければならない時がある。片目をつむって目に涙をにじませながら足をひきずっていると席を譲ってくれる人がいるのだが、申し訳ないので立ったままでいる。

他の病気の方と違い、私の痛風は酒が原因なので、そんなことで人の席に座れない。

しかし、痛風はかなり痛い。私は足首の骨折経験があるが、病院に行くのが大変だった。地面に足をつくことができないし、足にまったく力が入らず足首に重心をかけることができない。痛風は骨折と全く同じレベルで痛い。

しかし、骨折は一度ギブスをはめればもう痛くない。松葉杖をつきながらも痛くはない。

痛風はギブスがない分、骨折よりも厄介で、そのうち突然自然に治るので病院にも行きたくない。足首に溜まった尿酸結晶の針が時間をかけて溶けて消えるのをひたすら待つ。

足をひきずっている時、知り合いに会うと理由を聞かれる。痛風と答えると「ぜいたくしてるんだね」といわれるのがわかっているから人に会いたくない。

酒は家で飲めば1000円かけずに酔い潰れるまで飲めるし、100円のサバ缶かさんまの缶詰を毎日食べても痛風になる。痛風になる人には共通点があり、太っていてプロレスラーとかラグビー選手みたいな体型の人がなる。ブッチャーや小錦や武蔵丸や曙ではなく、朝青龍とか白鵬みたいな人が、毎晩つまみを食べながら酒を飲むとなる。

自分がだらしないから痛風になり、けっこう恥ずかしいので、できるだけ足をひきずっているのを目立たないように気にして歩く。

朝、起きて痛風の痛みが去っていると本当に嬉しい。痛み止めを飲まずに出掛け、自転車のペダルを踏み込める瞬間、全てが満たされたさわやかな気分になる。もう何もいらない。

健康と人は失ってはじめて大切さに気付く。失うまでは誰もがお金が一番大事だと考えてしまうが、失ってみるとお金よりも人と健康が大事だと実感する。失った人はもう戻ってこないが、痛風は何度でも治ってくれる素晴らしい病気である。痛風は骨折や虫歯と同じレベルの痛みで24時間地獄の苦しみが続くが、痛みに耐えている長い長い時間に多くを考え、大事なことに気付かされる。(山田)

| chat-miaou | 01:01 |