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美人が集まる店

 

昔、池袋に美人が集まるスナックがあった。

カウンター席に座るとたいがい2人か3人、20代の美人の客がいて、私と普通に話してくれるので週に5日通った。

ママの親戚の美人がアルバイトをしていて、その子はとても性格が明るく、友達が多い。その子の友達もその店でアルバイトをしているのでその子たちの立教大学時代のサークルの友達が毎晩のように店に遊びにくるのだった。

奇跡のように才能が集合する現象が突然起こる。80年代のプロレスはスター選手ばかりだったし、70年代のプロ野球は全球団のスタメン選手が有名人だった。80年代までの文壇は常に人気作家がたくさんいて本や週刊誌が売れまくった。今もどこかで何かの才能が一方向に向かって集合をはじめていて、そのうちブームが起きる。

よくいく立ち飲み屋でまた美しい女子大生がアルバイトをはじめた。

ここの店で働く女性は普通でなくかわいい。普通にかわいいのではなく、しとやかで控えめで、それでいて愛想がよく明るい。子供の時、同じクラスになったら絶対好きになる。

うまい人気の立ち飲み屋でいつも人手が足りないのだが、なぜ、このような美しい女性ばかりが集まってくるのだろうか。ここ10年で私はこの店の3人の女性に密かに恋心を抱いた。彼女たちが就職や引っ越しのために店を辞めるとかなり悲しかった。

店には常に「アルバイト募集中」の貼り紙があるが、これをみて応募しているのではない。

客に若い女性はいないし、女子高生なんているわけない。

そしてついに謎が解けた。

モツ焼きを一人で買いにきた女の子がいた。ひかえめな笑顔で物腰がかわいらしい。健康そうでかなりの美人だ。モツが焼けるまでおとなしくじっと外をみている。

「いつもありがとうね、モツ焼きおいしいよね」

マスターが女の子に話し掛けるとモツ美人が恥ずかしそうに赤い顔をしてニコッと笑い、私に4度目の恋心が芽生えた。

「学生さん?」「はい」「どこの大学?」「早稲田です」「優秀なんだね。勉強大変だけど、暇な時、うちでアルバイトすれば? なんちゃって、即採用するから、へへへへ」「本当ですか! 今ちょうどアルバイト探しているところなんです。もしかして、後で電話しても大丈夫ですか?」「うん、いつでもいいよ、待ってる」

交渉成立、私は興奮をおさえきれず胸に十字を切りホッピーをゴクゴクと飲み込んだ。またこの店にくる楽しみが増えた。

あなたはモツ焼きを買いにいったことがありますか?

若い女性の100人に聞けば、YES11NO89人といったところだろうか。

石焼きイモの車を走って追いかけている女性がみな美しいのは以前から気付いていた。みなまっすぐな目をしている。そして、モツ好きは美人で性格がよいということがわかった。肉食なのにみんなキリンのようなやさしい笑顔をする。(山田)

 

 

| chat-miaou | 12:45 |
一人暮らし健康説

 

 

最近気づいたのだが、病気になる人には介護をしてくれる人がいる。

要介護の人はたくさんいるのだが、私の周りには一人も、一人ぼっちの要介護者がいない。

私が倒れたら車椅子を押してくれる人はいない。どう考えてもいない。探してもいない。知らない人が「私が押す」といってくれても拒否する。

だから私は病気になるわけにはいかず、倒れるわけにもいかない。

これが健康法になっているような気がする。

本心から「病気になれない」と強く思っているからそれがモチベーションとなり、細胞が活性化して悪いところをすぐに治してくれる。治さないわけにはいかない。

数か月前、階段で倒れた。倒れたところにちょうどでっぱりがあり、それがスネに深く刺さって穴が開き、2週間血が止まらなかった。病院に行くと包帯を巻かれるから面倒くさい。病院に行くべきかちょっとした賭けだったが、絆創膏の進化のおかげで、なんとか1か月以上かかって自然に治った。キズパワーパッドは素晴らしい。しばらくは出血が多く、外出先で大きめのものを一日に数回貼り替えたが、キズパワーパッドのおかげで毎日風呂にも入れた。

階段をのぼっている時に倒れてよかった。一瞬意識を失ったので、くだりならもっとひどいケガになっていたかもしれない。

それ以来、私は全ての階段を毎回気合を入れてからのぼっている。一人暮らしでなかったらここまで慎重にはならない。一つも保険に入っていないのも健康にいいのかもしれない。二度と階段で倒れるわけにはいかない。

朝起きて、すぐにゴミ出しに行った帰りに倒れた。寒い朝だったので体の血液の流れが悪かったのだろう。その日以来、朝起きるとまず体操をして全身をほぐし、気合を入れてからゴミ出しに向かう。体操は一日も欠かさない。どんどん健康になっていく。

私は古い団地に住んでいる。何十年も前からの知り合いも近所にたくさん住んでいる。車椅子に乗っているのは車椅子を押してくれる家族がいる人だけで、一人暮らしが長い老人はみな75歳を超えても自転車に乗って挨拶してくる。

全て一人で自分でやらなければならないから気合が持続する。自分一人で食料を買いに行き、メシをつくり、重い物を動かすしかない。常に病気になるわけにはいかない、と実感しているからその考えが行動にあらわれる。最後の最後まであきらめるわけにはいかない。

私は母の介護も父の介護も経験した。母と父は長く別居していたので、それぞれ別々に私と老後を過ごした。二人とも、私がいなければら要介護にはならなかったのではないのだろうか。(山田)

 

 

| chat-miaou | 12:43 |
焼肉定食

 

外でメシを食いたいと思ったら肉を食うしかない。

普通はその場所から半径20メートル以内の場所でメシを食う。

菜食主義者はそば屋に行くか、コンビニでおにぎりやサラダやパンを買うしかない。会社に持ち帰って食べる人ならいいが、後は公園ぐらいしか食べるスペースはみつからない。たまにコンビニでも食べるスペースが設けられているが、店舗数は十分ではないし、全てのコンビニがこれからそうなるとは思えない。全店舗に飲食スペースを設けると労力が増え、経営に影響する。

資本主義と民主主義か街の中に反映する。

人口が減ると個人店はやっていけない。

多数決で考えると肉食でないと客を呼べない。

老人中心社会になるといっても冷ヤッコ定食と納豆定食中心では外食産業はやっていけない。

ハンバーガーショップと牛丼屋とラーメン屋はどこにでもたくさんある。1990年以降に生まれた人は今の街のあり方に生まれもって馴染んでいるからこのままでいい。

1970年生まれだと、どこにでも定食屋や小さな中華料理屋があったので、店の選択が多かった。現在、個人店は残りごくわずかとなり、めったに行くことはない。数が少なく行くのに遠い。駅の周辺にない。

マクドナルド、モスバーガー、吉野家、松屋、日高屋の繰り返しは1960年代生まれ(50代)にはできない。馴染みが薄いから体に合わず毎日食べることができない。1970年代生まれ(40代)でもきつい。

みんなで多数決で決めた世の中の流れには逆らえない。弁当を持ち歩くのも面倒くさい。体を肉食に合わせないとならない。

どうしてもハンバーガーの脂は消化できない。

日高屋の肉野菜炒め定食、麻婆豆腐定食、タンメンあたりを食べる。45歳を過ぎると餃子さえ、胃にもたれる。

大手チェーン店に飽き、少し遠い町の定食屋に行くと、油の違いに気付く。揚げ物を食べるとよくわかるが、大手チェーン店の方が油をひんぱんに交換していて揚げ物がカラッと揚がってさっぱりしている。こういうことは資本力がないとできない。

松屋はうまい。他のチェーン店と比べて味噌汁もとん汁も熱い。

できることなら肉を食いたくない。消化できず、胃がもたれる。おいしいのだが中年には完食がきつい。

ハンバーガー、牛丼、焼肉定食、ラーメンが主流となった。主流派についていけない少数派は肉を皿のはじにはじいたり食べ残してもいい。実際、今の世の中ではそうするしかない。

肉食で栄養が十分過ぎるのでさらに酒を飲むと病気になる。1990年以降に生まれた人は酒を飲まなくなり、町の居酒屋はなくなる。(山田)

 

 

| chat-miaou | 11:29 |
介護日記 9

 

週に二度、病院にいる父のスリッパを取り換えに行く。

無理に頼んで入院させてもらっている。

父は病院でもオムツを拒否している。

私は朝早く父のところにいく。

たまにトイレがクソまみれになっている。

私が掃除しなくても掃除のおばさんがやってくれるのだが、申し訳ない。

毎朝8時に掃除のおばさんがくるからその前に行く。

それでも、私が行く週二度以外はおばさんが父のクソを掃除している。

掃除するのは時間がかかる。自分につかないようにたくさんのトイレットペーパーをつかった時間をかけて慎重に便器をみがいていく。その日一日は食欲が失せる。

ごくたまに看護師さんの所にお菓子をもってお礼をいいに行く。

病院で嫌がられて追い出されたら、また私が自宅で父の世話をすることになる。私はもう父の世話をすることができない。

父も看護師さんや掃除のおばさんに迷惑を掛けてはいけないとわかっている。だから気合が入ってクソや小便をもらすのは2週に1度程度だし、看護師さんに強く注意されれば風呂に入って体を洗い流す。父が拒否しても聞かず、危ないからといって爪を切ってくれる。父もよそ様には怒鳴らない。

私ではそうはいかない。もらしたまま着替えない。手を貸そうとすると怒鳴って拒否する。風呂には1年以上平気で入らず、やっと入っても体を洗うことなどできない。ヒゲはそらない。鼻毛があふれ出る。爪も異常なくらいのび、手を洗わないから野生動物より汚い。何度掃除しても後から後からもれてくる。着替えないから何度ふいて回っても切りがない。虫が湧く。毎日洗濯に3時間かかった。

とても簡単なことだ。父以外は誰もがわかっている。オムツをすればいい。これがどうしてもできない。

本人はプライドが高いからオムツなんてつけられないというが、もう50回はもらし、その度、誰かがその後始末をしている。その事実を認めない。人間は自己肯定しないと生きていけない。少しボケているからもらした事実を認めず、その事実を忘れ、自分に都合よくなかったことにする。ウソをつくのと違い本心からオムツは必要ないと思っている。

スリッパからだけでも部屋中に悪臭が放たれる。

私と父の場合、できるだけ離れた方がいい。私を怒鳴って無理矢理従わせることができても、病院ではそうはいかない。

車椅子にもなかなか乗らなかった。他の病院に検査に行かなければならず、私が付き添うのだが車椅子など必要ないと怒鳴る。

しかし、歩けない。

車椅子を支えにするという。父が車いすを支えにして無人の車椅子を押して歩き、その後ろを私がついて歩く。誰がみても認知症の老人だった。

なかなか前に進まないので手を貸そうとすると怒鳴るが、診察時間に間に合わなくなるので少しきつくいって車椅子に座らせた。

病院の人たちはやさしい。いうことを聞かない父がベッドに縛られたことがあった。ベッドに体を縛り付けるには家族の同意書がいるので、私は許可書にサインをするためだけに至急病院から呼び出された。

数年前なら無理矢理病院を出てしまった父だが今はトイレに行くのがやっとで、それ以外はずっと寝ている。

全て父が悪い。看護師さんや掃除のおばさんのストレスも限界に達しているかもしれない。病室のにおいもひどい。

オムツをするだけで解決する。

80歳を超えた老人がよくなることなどない。よくなってもらっても困る。長く生き過ぎている。死ねなくて困っている。絶対にあんなに長く生きたくない。もっと早く時が過ぎ、老化して欲しい、もっと早く歳を取って自意識がなくなって欲しい。私も、おそらく看護師さんも掃除のおばさんもそう願っている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 09:56 |
なるほど! 整理術 生活音編

 

水道の蛇口がゆるいと水が30秒に一度くらいポトン、ポトンと垂れ、眠れなくなるが、起き上がって蛇口をきつく締めにいくのはかなり面倒くさい。だから水道をつかった後はしっかりと蛇口を閉め指さし確認する。暗闇の中で水滴がシンクに落ちる音はかなり響く。

昔の黒電話はうるさかった。あんなに大きな音を立てなくても聞こえる。あれはかなり遠くまで知らせるためのベル音だったから急に鳴り響くと心臓に悪いし頭が痛かった。夜中に電話があると家族全員が目を覚まし、隣の家の人まで目が覚めた。1990年ぐらいまでは今と違って電話線を壁から抜くことができなかったからイタズラ電話や迷惑電話に悩まされた人が多かった。

私は黒電話の音にたえられず、家族に許可を得て、ネジをはずし、中の鐘にティシュをつめ込んだ。こうすると音が十分の一になり、今の携帯のバイブ音よりも小さく、鐘がチリチリチリチリという虫の音を聞くような心地よい音になり、それでも生活に不自由することはなかった。今でも図書館で携帯の着信音を聞くと不愉快だが、バイブ音ならまあ、いい。振動音は頭に響かないが、鳴り響くものは頭に響く。警報と一緒で伝えることが目的だから頭に鳴り響くように音が作られ、それは緊急時以外では不快音にもなる。

キーホルダーの鈴はまずは全てペンチでつぶす。図書館で鈴付きのキーホルダーを持ち歩いている人はかなりうるさい。

音はできるだけ出さない。携帯を買う時、ドコモショップの店員に着信音もボタン音もいっさい出ないように設定してもらうから20年ぐらい自分の携帯の音を聞いたことがない。全てバイブ音とサイレントで事足りる。

パソコンにもテレビにも常にヘッドフォンが差し込んであるから音は出ない。

固定電話は常にコードを抜いていて、こちらからかける時しかつかわないから鳴ることはない。携帯すらつかわないから固定電話は2年に1度くらいしか触らない。普段はコードからはずして引き出しの中にしまってある。

たまにポッドキャストや音楽を聴くのもアイポッドで聴くから音は外に出ない。

意外にうるさいのが時計だ。デジタルのものならいいが、針のものはカチカチうるさい。腕時計は小さいから聞こえないが、壁にかける時計や卓上のものなら捨てる。今はデジタル時計の安い時計がいくらでも売っている。

人の家に泊まると壁にかかった時計の音で眠れない。ボンボン時計は目覚ましと一緒で一時間づつ目が覚めて24時間眠れない。

目覚まし時計もデジタル音で十分起きれる。近所の他人の家の目覚まし時計の音で起きることも多い。

昔愛用していたものはベル音がうるさく、やはり鐘にティッシュをつめて静かな音にかえた。

今は目覚ましをセットしなくても朝4時に起きられる。DVDが夜中に勝手に内部消化活動のようなことをはじめるだけですぐ起きてしまう。(山田)

 

 

| chat-miaou | 08:55 |
熱いおにぎり

 

外食に飽きたら自炊の方がうまい。

なんといっても米がうまい。コンビニで買ってきた米でも本当にうまい。新米でなくても本当にうまい。日本人は米を食って生き抜いてきたから、体が米を欲していて、だから米が一番うまい。

炊飯器で炊けた瞬間のごはんをビニール袋に入れ、刻んだ長ネギと納豆とわさびと山椒で軽く握ったおにぎりにする。おにぎりにした方が歯ごたえが増し、味が凝縮して米はうまくなる。

熱いから手でもてない。タオルに包んでおにぎりに醤油を垂らしながら食べる。醤油より納豆のタレの方がうまい。納豆のタレは、タカノフーズおかめ納豆旨味についている昆布タレが甘くて一番うまい。私は旨味の昆布タレを溜め込み、小瓶に移すほど重宝している。

しょっぱいおにぎりの後の水がうまい。

自炊生活で面倒なのは買い物で、買い過ぎると悪くなったり古くなったりしてまずくなり、少な過ぎるとすぐになくなる。毎日買い物に行くのは疲れる。

自転車生活なので、雨が続くと家に食べ物がなくなる。

何もない時もおにぎりにかぎる。実は具がなくても米はかなりうまい。いや、たまには具がない方が米の旨味に集中でき、格別にうまい。

いつものように炊き立てのごはんをおにぎりにし、山椒と納豆のタレをたらしながら急いで食べると汗が出る。米も納豆のタレも山椒も、買い溜めしても腐るようなことにはならない。数か月は、いつでもうまい。

口の中から湯気を噴き出しながら熱いうちに急いで食い終えると喉がかわいている。山椒で唇と舌がしびれている。よく冷えた水を勢いよくゴクゴク飲むとさらに唇と舌がビリビリしびれ、にぎやかで楽しい。山椒はケチらず、安物でなく、高級品を買った方がよくしびれる。いろいろ試したが、高ければいいというわけではなく、今のところ緑の缶に入った飛騨山椒が一番よくしびれる。高級品は安物とはしびれがまったく違い、気持ちいいからおいしい。(山田)

 

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
長ねぎの問題

 

朝起きると納豆が食べたくなる。

納豆+玉子の黄身+長ねぎ+わさび+タレで食べたい。湯気の立つ炊き立てのごはんに納豆をかけたら味噌汁もすすりたくなる。

歯を磨いて、シャワーを浴びて買い物に出掛ける。

まだスーパーは開店していない。24時間営業のスーパーは自転車で往復30分かかるから、そこまで面倒なことはしたくない。しょっちゅう早朝に買い物に出掛けている。

たまにコンビニに長ねぎが売っていると嬉しい。刻んであるものも売っているが、あれは風味が劣化してうまくない。刻み済みの長ねぎなら入れない。納豆に入れる長ねぎは縦に半分包丁を入れてから自分で刻まなければうまくない。

わさび以外は買い置きできない。量が多過ぎるし、冷蔵庫にあるとなぜか食べない。納豆を食いたいと思った朝、買い物に行くしかない。不思議と夜、納豆を食べたいと思う気にはならない。

牛丼屋の朝定食でもいいが、自分でつくった方がうまいし体にいい。体があたたまる。

味噌や出汁の素は一人暮らしには荷が重いからインスタント味噌汁を2食分鍋に入れ、なんでもいいから野菜と豆腐を煮る。赤だし気分なら永谷園のひるげ、合わせ味噌気分ならあさげ、納豆に入れた玉子の黄身の残りの白身も、ぐつぐつ沸騰した味噌汁の中に入れる。

白身を納豆に入れると、味が薄まるし、水っぽくなるからごはんの底に吸収されていってしまい、見栄えも悪い。食感がなく、さらさらとすぐに食べ終わってしまう。ごはんにかけた納豆の上に七味を振ると色合いが美しく、食欲が増す。

納豆に添付されているからしは入れても変わりがないから無駄な物は入れない。粉からしを練った物なら刺激が増してうまいが、練るのが面倒くさい。

中学生の時、学校帰りに長ねぎの入った袋を下げて歩く私をみて、近所の人に「お手伝い? 偉いわね」とよく声を掛けられ、嫌で仕方がなかった。母が料理をしない人だったので私は小学校1年からずっと自炊だった。今でも長ねぎをもっていると非常に目立つ。私生活をみられているようで恥ずかしい。たまにコンビニで半分に二つに切ってあるものが売られるようになったが、他でもああして欲しい。緑色の部分なんて家に帰って捨てるだけで、私はいつも自分でその場で半分に折ってレジ袋に突っ込む。おばさんが長ねぎを半分に折ってハンドバックに入れる漫画が昔はやったが、あんな姿、誰にもみられたくない。この世で一番重宝する食べ物といってもいいくらい好きなのに目立つからできるだけ買わない。

4時に起きることが多いのでなかなか長ねぎを入手できない。とはいえ、うまい納豆を食べるには長ねぎの代わりが絶対に必要だ。玉ねぎは長く保存できるが、代わりにはならない。玉ねぎはクセが強過ぎる。薬味とはいえず、うまく調和しない。かといって納豆だけでもうまくない。美しくない。キムチは主張が強過ぎ、食感が納豆と違うものとなり、ニンニクのにおいが残り、後味が悪い。

新玉ねぎなら合うが季節が限定されているし、季節になってもコンビニで見掛けることはない。

今のところ長ねぎの代わりができるのは枝豆しかいない。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
町の肉屋のメンチカツ

 

思春期の頃に通った町のメシ屋はどこもなくなってしまった。今考えても駅前にあった小さな中華料理屋はこの世で一番うまかった。1000食以上は食べたから、今でもそれぞれ味をよく覚えていて、あれに似た味はどこにもない。味噌の効いた肉野菜炒め、中華鍋でつくるから巨大化した三段のかつ丼、みためは動物のエサでトロみのない中華丼、トロトロで甘酢とは無縁のあの店でしか食べられない天津丼、酔っ払いが大喜びで注文する特盛チャーハン、小麦粉を強火で炒めてつくる具が肉と玉ねぎとセロリだけのカレーライス、どれも最強の名にふさわしかった。20年前になくなった店なのに、ネットで検索するといまだに熱い思いを語っている人が多いので、やはりあれは本当に地球で一番うまい中華料理屋だったかもしれない。

町の肉屋ももうすぐなくなる。魚屋も八百屋もなくなっていく。大型スーパーにかなわない。儲からないから後継ぎもいない。今のおじさんとおばさんが働けなくなったらどこも店を閉める。

町の肉屋にはうまいメンチカツがある。儲けを考えずに、昔から同じつくり方をしている。今風に合わせることなんてない。歳をとって今さらそんなことはできないし、する気もない。だからあいかわらずうまい。

レストランのうまい自家製メンチカツとは違う。デパートのうまい今風メンチカツとも違う。昔から慣れ親しんだ町の肉屋のメンチカツが一番うまい。

私の町の肉屋のメンチカツは肉がつまっている。10分前に頼めば揚げたてを買えるが、家に帰る間に冷えてしまう。

ここの肉のつまった固めのメンチカツにはとんかつソースよりもカレーよりもハヤシライスが合う。

外でカツカレーを食べていると、「もっと熱いのが食いたい」「揚げたてのカリカリしているのが食べたい」「ルーをケチちらずにドップリとかけたい」と思う。納得するには自分でつくるしかない。

町の肉屋に行ってメンチカツを二枚買った。100円ショップでカレー皿を買い、スーパーで油とレトルトハヤシライスを二つ買った。

手抜きをしない。レトルトハヤシライスはきちんと熱湯で十分過ぎるほどにあたためる。じっくりあたためると食べる時に湯気が勢いよく立ち上って気持ちがいい。

米が炊けるのに合わせてメンチカツをもう一度揚げなおす。衣がカリカリになって、さらにハヤシライスに合う。

米が炊けた。包丁でザクザクとメンチカツを三つに切り、ごはんにのせる。ハヤシソースをかけたいだけかける。ごはん、メンチ、ルー、どれも口がやけどするほどに熱くなっている。全てがそろった、こんなにうまいものはない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
さば缶

 

さばの水煮ほどうまいものはない。

鍋を食う時、煮えてきたな、と思ったらさばの水煮缶を開ける。固形部分を食べる。スープは飲まない。毎回思うが、さばの水煮は脂がのっていて本当にうまい。醤油をかけてもうまいし、わさびにも合う。鮨屋で食うつまみと同レベルで、いつでもうまくて感心する。

固形部分を食べ終わったら缶を取り皿にして鍋を食う。

さばの水煮スープは、野菜でも豆腐でも、肉でも魚でも餃子でも何にでもよく合う。

鍋の味付けはあってもなくてもいい。さっぱりした薄味がいい。水炊きでいい。

さばの水煮の味付けは塩のみなのに、さばのうまみがスープに溶け出している。味が薄くなったら、ポン酢でも、おろし焼肉のタレでも、醤油でも、わさびでも、山椒でも、コショウでも、何を足しても生き返る。足したいものを足していき自分好みの味にする。どんなラーメン屋のスープよりもうまいスープへと変化していく。熱いスープが飲め、体にもいい。

自分の好みで味付けしていくのだからまずいはずはない。こんなにおいしくて熱いスープは外食では絶対味わえない。ごはんにも合う。

サバ缶は高級品でなくていい。高いには高いだけの意味があるようだが、たぶんさばを厳選しているだけで、普通の人には違いがない。年によって脂ののりが違うから高ければうまいというものでもない。脂ののりのいい年は、100円なのに例年よりもコクが増し、味が奥深い。コンビニで売っているサバ缶もめちゃくちゃうまい。

なぜうまいものは高いのだろう? という疑問は誰もがもったことがある。ウニ、牛肉、まぐろ、フォアグラ、数が少なくて生産、製造、保存に金がかかると高くなる。

ラーメン、ポテトチップス、米など安くてうまいものはたくさんある。

基本的に、エサを食う動物系が高く、水と太陽で育つ植物系が安い。

しかし、納豆や豆腐なんて、もしも大量生産できなかったら高級品にふさわしい味わいがある。

鯨と同じようにさばだっていつ何が起こって漁獲高が減るかわからない。さばは安いが、高級魚よりうまい。

さば缶を取り皿にした鍋がまずいと思ったら、悪いのは味付けに失敗した自分自身だ。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
神保町の昼メシ

 

長く神保町に勤めたので、長く続く店はだいたい行った。

神保町はうまいものだらけで、昼メシがうまい。神保町に勤め始めた若者や神保町の学校に通い始めた学生は、まずはてんぷらのいもやととんかつのいもやに感動する。とんかつのいもやのサービスの漬物は甘くてかなりうまい。熱くてかために炊いたごはんに合う。てんぷらのいもや1丁目店の味噌汁はうまい。神保町にいる人は誰でも平均20回以上いもやに行ったことがある。それから誰でもカレー巡りをし、共栄堂、まんてん、キッチン南海、ボンディあたりは全員一度は行く。どこも数百円で安い。安くてうまい。

神保町デビューをした人は昼にうまいものばかり食べ、店が無数にあり、次から次に新しい、あらゆるジャンルの店が誕生するから飽きずに行き尽くすということがない。

不思議と、夜は行きたい店が少ないから、神保町の編集者は昼は神保町の会社の近所で、夜は他の街に電車に乗って打ち合わせに行く。

神保町から離れて長く経つと夜もやっぱりうまい。ランチョンのエスカルゴ、ビーフパイ、エビフライ、チキン唐揚げ、エビクリームコロッケ、セルジュのミックスピザ、寿司政の甘くない鮨、そばよりてんぷらの人気が高い松翁、生きたエビの揚げたてを急いでもってきてくれ口の中がやけどする。神保町に行きたい。

昼、私はうなぎの今荘が好きだった。

数か月に一度、うなぎの今荘に行きたくなり、行くと決めたら朝から体調を整えて、満席になり列ができる前に、いつも開店時間の11時半に今荘に行った。12時になると満席で入れず、すぐに食べられない。

メニューはうな重のみで、大盛を頼む。ごはんの量が違うだけで値段は大盛と並で変わらなかった。並は炊き立てごはんの上に、チョボリチョボリとおいしいタレをかけ、焼きあがったうなぎをのせてふたをする。大盛りは箱から飛び出すほどにそびえた山盛りごはんにジャボリジャボリとおいしいタレがたっぷりかけられ、ごはんの頂上にふんわりと焼きあげられたホヨホヨのやわらかい鰻をのせ、おばさんが重箱の蓋で山盛りごはんをグッとプレスする。

配られた重箱を開けた瞬間、朝から何も口にしないでよかった、と実感する。山椒を多目にふり掛け、上顎の皮がはがれるほどに熱い肝吸いをすすりながらかために炊いたごはんをかみしめていく。何口食べてもうまさが続く。ごはんののど越しがいい。最後にうなぎをいっぺんに頬張り脂っ濃さを味わう。箱の隅の最後の一粒まで楽しくいただける。ごはんもうなぎも肝吸いも全部熱々で、食べ終わるとうっすら汗をかいている。

今荘の話をすると、聞いた人が翌日今荘で大盛を食う。私も何度も飲み友達と今荘で遭遇した。口コミでうまさが広がっていく。

3000円は全然高くない。他のうなぎ屋とは満足感が違う。前の晩に話を聞き、翌日朝から腹をすかせ、熱くておいしいうな重で腹一杯にする。これ以上の喜びはない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |