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大阪行きたい

 

サラリーマンの時、西へ出張すると大阪へ飲みに行くのが楽しみで、出張が待ち遠しかった。

今もそうであってほしいが、十年ぐらい前はジャンジャン横丁や新世界には朝から飲める店ばかりで、朝からどこも客が一杯で串カツを食べながら生ビールをにぎやかに飲んでいる。大声で話し合っている人たちがたくさんいて日が明るい窓の外をみなければどこも夜のような雰囲気だった。他の客の大阪弁の会話を聞いているだけで楽しい。大阪はどこもみなが大阪弁を話しているからそれだけで明るい気分になって楽しい。

吉本新喜劇もみに行き、生でみれて楽しかったが、なんばグランド花月はどこからかやってきた団体客が多く、意外にも客席は東京と変わりがなかった。

地元の人と話したくて、新世界の小さな店に入った。壁には営業時間が書いてあって朝7時から夜6時までとなっている。

まだ朝9時で、聞いてみると「夜はお客がこない」という。

アルバイトのタイ人のマユミさんが私に「お客さん、この辺の人じゃないね?」と聞いてきた。

「どこをみてわかるんですか?」

「歯がきれい、この辺の人はみんな前歯がない」

隣の席で笑っているおじさんをみると前歯がない。

居心地のいい店だったので2時間いた。けっこう飲んだ気がしたが、お会計を頼むと2500円で、女将さんにどこか他の面白い店を案内してくれるように頼むと、狭い街だから男と歩くと噂になり、この街で生きていけなくなると断られ、もう少し飲んでいくようにいわれた。

せっかく大阪で飲んでいるのだから1万円ぐらいつかってもかまわないというと、面白い友達を紹介する、といって女将さんの友達のオナベのユウジさんを電話で呼び出すと、パンチパーマで前歯がなかった。

午後になると酔っ払ったユウジさんが私をお母さんに紹介するといい、1万円払って店を閉めてみんなでユウジさんのお母さんに会いに行った。よく知らない怪しげな人たちにどこへ連れていかれるか恐かったが、酔っ払って別に殺されてもかまわないような気分になっていた。

タクシーに乗って15分ぐらいのところでユウジさんのお母さんは食堂をやっていて、テーブルにたくさんのご馳走を並べ、また酒盛りがはじまり、相当ボっタクられる覚悟をした。

3時頃、夕方の新幹線の時間に間に合わなくなるからといったけれど帰してもらえず、時間ぎりぎりまで飲んだら、お金はいっさい取られず、さらに車で新大阪駅まで送ってくれた。

東京に戻って数日後、会社で働いていると女将さんから携帯に電話がかかってきた。

「はー、今日はお店暇やわー」

まだ朝の9時半でびっくりした。どこか地球とは別の世界からの電話のような気がした。池袋のふくろはあさ8時からやっているが、じゃんじゃん横丁界隈にはあんな感じで朝から酔っ払いでにぎわっている酒場がたくさん並んでいた。しかも串カツもてんぷらもどこもとてもうまくて安くて楽しい店ばかりで感動した。(山田)

 

| chat-miaou | 14:46 |
もてる男

 

例えば、政治家や有名人の若い奥さんが交通事故で身体障害者になる。

政治家や芸能人は日本人の代表で、大衆の支持を集めるから日本人の代表として生きていかなければならないということになっている。

新聞や週刊誌も政治家や芸能人の不倫をみつけ、記事にすると部数が伸びるから記者もスクープをみつけるために目を光らせている。

妻が身体障害者になったからといって離婚することはできない。かといって不倫は許されない。夫がまだ若い場合、もう一生女性と肉体関係をもてないということもありえ、これでは絶望してしまう人もいる。

介護が大変ならば施設にあずけるしかない。施設に任せなければ家族が介護する以外ない。

身体障害者となった奥さんと恋愛感情がもてなくなり、誰か他の女性を好きになったとする。離婚していないのだから不倫となる。不倫といっても、本人たちは悪さをしているわけではなく互いに恋愛感情をもってしまったのだから止められない。

大衆の支持を求めなければならない政治家や芸能人でなければ、日本人の代表として生きることはない。日本人の見本として生きなければならないということもない。一般人が不倫してしまったとしても新聞や週刊誌の記事になることはないし、謝罪会見を開くこともない。よほどの悪人でないかぎり、新聞や週刊誌が一般人をしつこく追うと問題になる。

不倫記事がのった新聞や雑誌を買うな、といって、それで新聞や雑誌が売れなくなれば、不倫記事はなくなるが、有名人の不倫記事がのれば今のところ売れ行きがよくなる。売れるものをつくるためにみな必死で生きている。

妻のいる政治家や芸能人が妻以外の美しい女性に出会ってしまい、互いに好きになってしまったら、まずは引退して一般人にならなければ取り返しのつかないことになる。

有名でない普通の男のほとんどは一度に複数の女性から好かれることなど一生ないし、一生童貞で終わる人だってたくさんいる。ほとんどの男は、一生一度も美人とつきあうことなく、一生一度も美人とデートすらすることもないままに人生を終える。(山田)

 

| chat-miaou | 11:53 |
なるほど! 整理術 レンタル料金編

 

音楽でも聴きたい気分になったのでCDを借りに行った。

借りたいCD4枚みつけたところで、いつものうように便意を催した。レンタルショップに行くとかなりの確率で便意を覚える。5回に3回は我慢できずに途中で選ぶのをやめてトイレに駆け込む。不思議とブックオフでも同じ現象が起こり何度もブックオフのトイレを借りている。もう習慣になって体が覚えているからCDDVDを借りに行く前にトイレに行こうと思っても、その時は出ない。それなのにCDDVDを選んでいるともれそうなぐらいな勢いで便意がやってくる。

CD4枚をもってカウンターに差し出すと、アルバイトの女の子がCDレンタルは1300円だが、5枚以上だと1000円になる、全て旧作なら10枚まで1000円だという。4枚では1200円になってしまうからもう1枚借りた方がいい、とアドバイスしてくれた。

他に特に借りたいCDもないし4枚でいいから1000円にしてください、と頼むと、決まりだからダメだという。

せっかくだからもう6枚借りようとしたが、急いで探しても借りたいCDがみつからない。それよりも大便がもれそうになってきた。

再び急いでCD4枚をカウンターに差し出すと、さっきの女の子が(はあ? あんた、さっきの私の説明の意味わかってえないの?」という驚いた顔をして、CDの枚数を数え、もう1枚借りた方がいい、このままでは本当に1200円払ってもらわなければならない、とまた心配してくれたが、私は一刻も早くトイレに行かなければならない。少し怒ったように強めに「これでいい」と答えると、女の子は不審な顔をして私をみて、まるで何かにあきれ、もうあきらめたような態度で会計をし、1200円になってしまいます、と請求した。

私だって1200円払うより、1000円にしてもらいたいに決まっているが、そんなことよりトイレに行きたい。200円多く払ってでも一刻も早くトイレに行かなければもれてしまう

おそらくレジのコンピューターが5枚目から自動的に1000円になるように設定されているのだろう。だったらアルバイトの女の子が適当にもう一枚選んで5枚にしてくれてもいいような気がする。いや、それでは延滞料金が発生した時に客ともめるのだろう。いや、それならとりあえず5枚借りたことにして1枚は店からもって帰らず、会計を済ませたすぐ後にその場で返却してしまえばいい、とトイレの便器に安心して座って考えていると次から次にグッドアイディアたちが浮かんだ。(山田)

 

| chat-miaou | 09:12 |
才能の問題

 

落語は面白い。

頭がよければよいほど面白い。

落語ファンの話を聞いていると、頭のよさがわかる。

頭がよいと聞き比べができる。頭が悪いと11つの噺の内容を覚えられないから比べることができない。

私は図書館にある数百枚のCDを聞いた。貸し出し限度は1度に2枚までだから何度も図書館に通った。図書館には有名落語家のものはだいたい揃っている。

借りるだけでなく好きな落語家のCD100枚以上買って何度も繰り返し聴いた。TVでもDVDでも聴いた。寄席にも独演会にも何十回か行ったことがある。

記憶力の弱い人はたくさんのことを頭に記憶しておくことができない。普通、私ぐらい落語を聴いていれば、たくさんの演目を覚え、落語家による聞き比べができるはずなのに、頭の悪い私にはできない。

落語ファンの話についていけない。有名な噺の内容が覚えられない。題名すら覚えることができない。普通は自然に覚えていく。私のような人間では、いくら努力しても絶対に落語家になれない。

頭のいい人は頭の悪い人を努力しないだけ、と簡単にいうが絶対に違う。努力していない人などこの世にいない。みな必死で金を稼ぐ努力をし、それでも稼げない。

覚えたくても覚えられない。ひどい時は、独演会に行って落語を聴いているのに噺の内容についていけず、どんな話をしているのかわからないでいる。これは小説を読んでいる時も同じで登場人物たちを覚えられないから誰がどんな人で何をしているのか関係がわからず、先を読み進めても意味がない。日本酒も生酒を中心に体を壊すほど飲んできたが、一つも味を覚えていないからどれがうまいかわからない。生酒でなくても、生酒だといわれれば自分から気付くことはない。過去には日本酒の水割りを焼酎の水割りだと思って飲んでいたことがあったし、焼酎の水割りを10杯飲み、指摘されるまでウイスキーの水割りだと思って飲んでいた。焼酎を揃えてある店で「これが1番うまい」といってしまった焼酎は、まだ焼酎を入れていないただのお湯だった。いくら努力したって酒のうまさを人に教えることはできないし、文芸評論家になれない。

記憶力と理解力が強い人は受験に強い。数学の公式を覚えられるし、国語や歴史や外国語を理解し分析する能力があるから勉強すればするほど理解が深まり一流私立大学の入学試験に合格できる。

記憶力と理解力は鍛えられるというが限度がある。日本人全員が義務教育を受け、記憶力と理解力が鍛えられた結果が今にある。頭のいい人が塾に行けば、きっかけと厳選されたすぐれた教材が増えるからさらに能力は伸びるが、数学の公式すら覚えることができない私が塾に行ったって何も伸びようがない。

自分を鍛える本を読んで才能が開花した人は、実はそんな本を読まないでいても時期がくれば自然に才能は開花する。本、映画、テレビ、人、出会い、偶然、きっかけなんていくらでもある。

私が死ぬまでの時間すべてを落語だけ聴いて生きていっても絶対に落語評論家にはなれない。たくさん落語を聴いてきたのに「好きな噺は?」と聞かれても本当にすぐには1つも思い出すことができない。(山田)

 

| chat-miaou | 08:24 |
介護日記

 

バイクに乗っていてちっともスピードが出ない夢をよくみる。歩いていて、右足も左足も重くて、手すりにつかまって体をひっぱり、足を前に交互に投げ出すようにして前へ進む夢を何度もみる。自分の潜在意識と関係しているのかもしれない。

頭がかゆくて頭皮がカサブタだらけになってしまい、皮膚科でみてもらうとストレスが原因で「なかなか治らない病気」といわれた。カサブタだけでなく、皮がずるむけで水っぽくなってずっとかゆい。フケが多いから人前ではずっと帽子をかぶっている。

父の認知症がひどくなってきた。自分がどこにいるのかもわからないし、少し前のことは何も覚えていない。自分の片目がみえないことも、手術を受けたことすら覚えていない。大切な自分の財産がいくら残っているのかさえもわからない。

自分でもおかしくなっているのはわかっている。

食べること以外には興味がない。

興味がないし、面倒くさくて何を聞いてもすぐには返事をしない。

夢と現実の記憶がごちゃまぜになっている。

昨日は天皇陛下に会ってきたといった。

「お前にも会わせてやりたかった」

いつの時代の陛下かわからない。聞いたことはないが父は天皇陛下を尊敬している。1936年生まれだから、その世代は戦争時代に少年で、みな特攻隊に憧れた。昭和天皇の雑誌の特集号が出ると買ってきた。

父が天皇陛下に会った記念に久しぶりに介護認定を申請した。

もう病院では限界だ。施設に行って介護士さんに助けてもらう。

数年前の介護認定は2だった。まったく動けなくなり、レスキュー隊に病院に運んでもらい、元気になった時に市の職員に面接して介護認定2だった。

介護認定されても、父が介護を受けるのをかたく拒んだので、これまで介護施設でのサービスを受けたことはない。

先日、どうしても車椅子が必要で、貸してくれるところがみつからず、急いで3万円の車椅子を買った。介護認定の期間は1年間で、更新手続きをしないでいると認定期限が切れる。3万円の車椅子も介護認定期間中なら1割負担の3000円で買えるらしい。レンタルならメンテナンスも安心で月々500円で借りられる。

車椅子を買って父を乗せると車椅子のタイヤに空気が入っておらず、誰に頼んでもどこを探しても空気入れを貸してもらえず、そのままタクシーで1000円かけて自転車屋へ行くと自転車屋は休みで、さらに1000円かけて遠くの自転車屋まで行き、50円払って空気を入れてもらい、また1000円かけて帰ってきた。こんな無駄なことばかりしている。なかなか前へ進まず、頭がかゆくて仕方がなく、猛烈に頭を爪でかきむしりたい。

病院は介護施設ではないから父を風呂に入れることはできない。父は体中がかゆくてかきむしりカサブタだらけの体になった。父を風呂に入れなければならないが、私の補助をかたくなに断る。怒鳴って拒否する。もう他人の助けなしではやっていけない。

介護認定を受ければ色々な機関に相談できる。しかし、介護認定が決定されるまでには時間がかかる。なかなか前に進まない。頭がかゆい。(山田)

 

| chat-miaou | 07:04 |
忘れ得ぬ味

 

前田さんは変わり者で、少し普通と違った店にばかり行く。私はそれが楽しみで前田さんの案内してくれる店に喜んでついていく。

前田さんは年上が好きだ。若い時から50代の今になってもかわらない。80歳のガールフレンドにカラオケスナックで遭遇し、「ねー、あれ唄おうよー、あーれっ」と甘えた声を出され、「うん、うん」と楽しそうに並んで立ってデュエットをはじめる。

前田さんはゴキブリが好きだ。ゴキブリが出る店を好み、ゴキブリが出る度に嬉しそうに笑う。

「ゴキブリが好きなんですか?」「ゆるさがいいんですよ」

スナックで飲んでいると前田さんの背後の壁に大きなゴキブリが出た。ママが悲鳴をあげ、他のお客さんが「この野郎!」といっておしぼりを思いっきり投げつけると、おしぼりが空中でふわりとひらき、前田さんの頭にすぽりとかぶさった。

お客さんたちが大爆笑したので、サービス精神旺盛な前田さんはしばらくそのままの格好で酒を飲み続け、お客とゴキブリが涙を流しながら前田さんを指さして笑った。

居酒屋で前田さんと差し向かいで刺身を食っているとテーブルのはじから小ぶりだが肉厚に太ったゴキブリが全速力で走ってきて、前田さんの目の前でコロリと腹をみせ、暴れた。

前田さんはまるで田舎の甥っ子をみるような優しい目をして「ハハハッ、ゴキブリだ」と笑った。ゴキブリは腹をみせて体をねじらせ前田さんに甘えているようにみえたが、実際は厨房で毒団子を食わされ、なんとか前田さんの前まで辿り着き、息絶えようとしているのだった。前田さんのブッダのような眼差しに包まれて見送られるかにみえたが、店のおばさんにみつかってしまい、雑巾で押し潰されての出棺となってしまった。前田さんは納得いかないような悲しそうな顔をして仲間の最期を見送っていた。

別の日、居酒屋で前田さんと差し向かいで刺身を食っているとテーブルのはじから虫影が勢いよく前田さんの前に走ってきて、「またゴキブリ!」と胸に十字を切ると、ガだった。

「ハハハッ、ガだ」

ガは刺身の周りをいつまでもパタパタと舞い踊ってリン粉をまき散らし、前田さんは娘の発表会をみるような穏やかな顔で彼女をみつめていた。 

とてもネズミのにおいがするスナックに連れていってもらった。ネズミのにおいとは、浅草駅の地下のあのにおいだ。ネズミに詳しい友達があれはネズミのにおいだと教えてくれた。ゴミ捨て場で100匹のネズミの大群をみた時のにおいだという。

ネズミスナックのママは、

「よかったらこれ」

といって、ポテトチップスのカスをサービスで出してくれた。

ママによるとポテトチップスは大きいうちはダメで、底に残ったカスが一番おいしいという。

突然だったから戸惑ったが食べないと悪い気がして、いただいてみると、ねっとりしけっていて乾いた絵の具のような食感で、ママの指先や唾液の味がした。前田さんも「うん、これはうまい!」とカスを気に入った。

あれは、自分のカスだからうまいのではないだろうか。人がスナック菓子を食べた後の指先をなめてもうまくない。いや、人による。グラビアアイドルや女優の指先ならきっとうまい。そんなことを考えていたら気持ち悪くなってきた。

ママがサービスしてくれたカスは塩分濃厚でパンチが効いていて、水割りを飲むと顔が腫れた。今でもスナック菓子を食べ終えそうになると、ネズミを思い出す。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
サラリーマンごっこ

 

友人の前田さんがスナックをはじめた。ライターや編集の仕事がなくなってしまったのではじめたのだが、今度こそうまくいってほしい。売れっ子だったから一時期は年収1000万円を超えたこともあるほどの人だった。50代からのスタートだ。

店を訪ねるとカクテルをすすめられた。知り合いに教えてもらい練習中だという。シェイキングする材料をそろえるのに10分かかり慣れていないのがわかる。ぎこちないシェイキングが面白い。思わず笑ってしまうと、前田さんも照れくさそうに笑った。バーテンダーごっこをしているようだった。

出版業界の仲間たちの話になると、全滅している。廃業している人が多い。病気の話が多い。うまくいっている人の話は一人も聞かない。

昔、我々は毎夜のスケジュールを埋めて飲み歩いた。今、あんなことをしている人はいない。

前田さんとはサラリーマンごっこをした。

前田さんは変わり者で、前田さんの家の近くで飲んでいると、「ちょっとクリーニング屋に行ってきます」といい、きれいになったスーツを手にして戻ってきた。

「スーツを着ることなんてあるんですね?」「ええ、サラリーマンごっこにつかうんです」

サラリーマンに憧れている前田さんは、夕方になるとスーツを着てネクタイをしめて腕時計をはめて革靴をはいて、電車に乗って新橋の焼鳥屋へ飲みに行く。この格好をして吊り革につかまっているだけで嬉しい。本物のサラリーマンにまぎれて夕刊紙を読んでから、また吊り革につかまって家に帰ってくる。そのためにスポーツ刈りだった髪を伸ばして七三にした。一着4万円のスーツを春用冬用一着づつ洋服の青山で買い、セイコーの時計も1万円で買った。出掛ける前は革靴をクリームでピカピカに磨く。

話を聞いているうちに私もやりたくなってきて頼むと「スーツにネクタイならいいですよ。部下ですよ

スーツを着て、ネクタイをしめて、新橋駅前公園の喫煙場所で待ち合わせた。

紺のスーツ、赤いネクタイ、ニセモノのブランドマフラー、しかも床屋に寄って七三にバシッと決めた前田さんがニコニコしながらやってきた。サラリーマンではないくせに清潔感にあふれ、こざっぱりして、かなり大きな会社のサラリーマンにみえる。部長役らしく渋い声を出して「いやいや、お疲れさん」などとニセモノのくせに偉そうにいっている。

二人とも革カバンをもって集合したが、みせかけで中はからっぽだった。前田さんのカバンには夕刊紙が差してあり、私の分もゴミ箱から拾ってきてくれていた。たくさんのサラリーマンでにぎわう安酒場に潜入し、夕刊紙を読みながらその日の出来事について語り合った。株価の話やプロ野球の順位の話をし、私はこんなくだらないことを一緒にできる友達がいて幸せだった。

そのまま銀座へ出て、知り合いの店に行くとどこでも受けた。みな、前田さんのことを私の知り合いの旭化成の部長だと信じ込んでいたが、話しているうちにサラリーマンではないことがばれてしまい、からっぽのカバンが女の子たちに大受けした。女の子たちは涙を流して前田さんのカバンを指さし、前田さんも照れくさそうに笑った。あんなにたくさんの人が腹をかかえて笑っているのをみたことがない。

あの頃、前田さんと飲みに行く約束は1か月前にしていた。忙しくて当日に予定が流れることも度々だった。いつも締め切りに追われていたが、今は月に数本しか締め切りがない。

これからは嫌なことがあったら前田さんの店に行ける。前田さんといつでも会える。会いたい人が毎日飲み屋で待っていてくれているなんて、なかなかない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
悪夢

 

マスターはそのおじいさんに金玉を握られディープキスされた。

私はそのおじいさんに長々としゃぶられた。

二人とも別の日に泥酔し、その店に迷い込み、オカマのおじいさんにいたずらされた。

二人で吐き気に耐えながら辛い思い出話をしていると、カウンター席のはじの若者が、

「あの…実は…僕も…僕もしゃぶられました」と告白した。

私たち二人の話を聞いていて、被害者は自分だけではなかったんだと勇気が湧き、告白した。ずっと誰にも話せないで悩んでいたからすっきりしたといって高らかに笑った。

私とマスターは一度しかその店に行っていないが、彼は、二度、その店に行った。マスターと私は驚いて、なぜ二回もあんな店に行ったのか聞いた。

一度目は我々と同じように泥酔して歩いていて、おじいさんに引き込まれるようにして店に入った。金玉を握られ、唇を奪われたところで何かが確実におかしいことに気付いて怒って店を飛び出した。しかし、何か納得がいかないところがあり、後日もう一度、泥酔した日、自分からその店に確かめに行き、おじいさんにパンツをおろされしゃぶられた。

話を聞いていたマスターがここ数年で一番の笑顔をみせた。私も久しぶりに腹から笑った。

私に二度目はありえないが、彼の気持ちは少しわかるような気がする。

おじいさんにしゃぶられてよかったか、悪かったか。もちろん悪かったが、こんなことも経験しないより経験した方がいい。自分から経験したくはないが、誰もが通り抜ける道として経験してしまった方がいい。経験したことによって確実に三人のケミストリーが生まれた。学問も読書も妄想も想像力も大事だが、実体験も大切だ。経験した人にしか共有できない傑作ホラー映画のような面白さがある。エベレスト登頂に憧れる者同士が語り合うエベレストと、エベレスト登頂に成功した者同士だけが語り合えるエベレストは違う。

泥酔してああいう状態になると、もうどうでもいい、という気持ちになる。あの気持ちも知っておいた方がいい。

若者の細かい告白を聞いているうちに、私も数年ぶりにあの時の悪夢がよみがえり、吐き気がした。私はあの時、しゃぶられながらおじいさんの頭を撫でていた。

このおじいさんにしゃぶられた人は他にもいる。酒飲みの先輩が「参ったよ、昨日も気づいたらしゃぶられていたよ」と話してくれた。

「そんなことして気持ちいいんですか?」

「気持ちいいわけないじゃないか、気持ちわりーよ、もう、そういう次元の問題じゃないんだよ。あそこまでいくとどうでもよくなる」

「なんであんな店に行くんですか?」

「知らねーよ、自分でもよくわからんが、どうやら、ベロンベロンに酔っ払うと、よし、行ってやるって気になるよーだな」

「あのおじいさんのことが好きなのかな」

「そんなわけない」

「これまで何度くらい?」

「10回くらいかな」

先輩の気持ちも少しだけわかるような気がする。切腹や特攻隊など、日本人だけがもついさぎよい遺伝子が泥酔すると顔を出し、飛び込んで突撃したくなる。日本人特有の精神だから日本酒で泥酔すると特にそういう気分になる。古い映画をみていると、女性だって「お願い! 私をメチャメチャにして!」というシーンが出てくる。どうにでもなれ! という気分でしゃぶられる。

その店は長く続いている。被害者が続出しているが訴え出る者はいない。ああいう人も数少なくなった。もう数年もすればああいうおじいさんは存在できなくなる。

若者にはきっと三回目がある。それが若さというものなのだから。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
熟女好み

 

前田さんと話が合う。行動パターンも似ている。

「この間、池袋のオカマの店に入って二人きりになったら金玉をギュッと鷲づかみににぎられて、ディープキスされた」

「え? もしかしてあの角の2階?」

「あれ? なんでわかった?」

「俺なんて睡眠薬飲まされてズボン脱がされてしゃぶられましたよ。しかもにぎらされて、いつまでもしつこくて」

「ほー、それはすごい。思い出すだけで吐き気がする」

オカマによるそういう被害を受けた人は他にもいる。私も前田さんもその店には一度しか行っていないので被害者はたくさんいるに決まっているのに、今でも普通に営業しているから誰も被害届けを出さない。みな、共通しているのは泥酔していて、いざ、そういうことをされてしまうと、もう、どうでもいい、という気持ちになる。あまり抵抗せずに全てを受け入れてしまう。もちろん、後になると悪夢と後悔の連続で、二度とそういうところには近づかない。あの時、なぜ逃げなかったのか、なぜ男らしく抵抗しなかったのか、思い出すだけで吐き気がする。

女性の性的な事件は多いが、実は男にも被害者は多い。男の場合、笑い話で終わることが多い。目をさますと後ろから挿入されていて、頭にきたからやり返したという武勇伝も聞いた。男は笑われ、女は男に大切にされる、なかなかいい世の中だ。

前田さんとの話は面白い。普通の人ではないから学ぶことが多い。

「サルは若いメスは人気がなく、熟女が人気だそうですよ。前田さんみたいですね」

「それはサルが正しい。若い娘とは肌が合わない。つっぱり返るような気がする」

男は、女性の前で年齢の話をしない。若い娘の話をしない。若くない女性はそういう話を嫌がっているのがはっきりと顔に出る。

前田さんはもてる。50代で、年上が好きだから50代後半から60代の女性に色気を感じるという。70歳ぐらいまでが肉体的に恋愛対象で、ほめられた熟女たちは嬉しそうにしている。

私が笑うと、怒ったような顔で、

「君はまだガキだから本当の女のよさがわかっていない。サルが正しい」

話を聞いているうちに、私が間違っていることに気付き、いつしか笑わずに前田さんの話を聞いていた。

60代、70代の男が、20代の女に惚れているのをみてどう思う? あんまりみっともいいものではない。人生を見極めた残り少ない男が辿り着くのは50代後半から60代の女だ。まあ、俺みたいな考え方は20パーセントぐらいしかいないけど」

なるほど。子づくりの世代を過ぎるとそういうものなのかもしれない。確かにそれぐらいの年齢なら、落ち着いた恋愛感情で付き合えそうな気がする。一緒にいるだけで気分が落ち着く人、喧嘩なんて疲れる。

「そう、みんな最後はそういう風になるようにできている。世の中、男と女しかいないんだから」

20パーセントどころではない。前田さんの話には考えさせられる。

「なんでもてるのに結婚しないんですか?」

「面倒くせーから」

今夜もおばさんやおばあさんたちがうっとりした目で前田さんをみつめている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
トイレの神様

 

前田さんのスナックのトイレがとてもきれいだった。

「この仕事を始めるようになってからトイレを掃除する習慣になった。暇さえあればトイレをチェックして掃除している。トイレには神様がいるって俺は信じている」

前田さんは以前も神の存在を語り、それは貧乏神のことだった。長く蒲団を干さないで掃除をしないでいるとゴキブリが卵を産み、孵化する。小さいゴキブリの赤ちゃんたちを前田さんは天使と呼んだ。

ゴキブリは汚いところに住み着く。貧乏の家は汚いことが多い。金持ちの家はきれいでゴキブリがいない。貧乏な家にエサ(栄養)が豊富で、金持ちの家に栄養(エサ)がない。ゴキブリにとって金持ちなんてなんの意味もない。この場合、神の使いは貧乏人の家を訪れる。貧乏人をつくる神と金持ちをつくる神は違う。貧乏神はゴキブリと貧乏人のところを訪ね歩き、福の神は金持ちの家に行く。

「自分のトイレを掃除するのはいいけど、人が汚したトイレって嫌ですよね?」

「そんなことはない。俺は掃除する」

「自分の店のトイレだからでしょ?」

「他の店でも掃除する。そういう習慣になった。神様がみている」

「ウソくさいなあ。じゃあ、駅のトイレは?」

「掃除する」

「絶対ウソだ、あんなの毎回掃除してたら他のことができなくなる、待っている次の人にも迷惑だ」

「いちいちしゃがみこんでゴシゴシとは磨かないよ。でも自分がつかったあとは他の人の汚した分も拭き取る」

駅のトイレの汚れはそんなものではない。次から次にこびりついていき、トイレットペーパーで拭き取れるレベルではない。タワシやモップをつかわなければ掃除できない。

私も最初に汚した分はきちんと掃除する。当たり前のことで、確認してからトイレを出る。

しかし、駅のトイレの汚れはひど過ぎる。特に和式便所は次から次に汚され、入るのもみるのも嫌だ。

男女が共につかう洋式トイレの場合、女性が男に使用後に便器のイスを下ろすように注意する。男は小便をする時、イスをあげて小便をする。女はいつもイスを下ろしている。下ろしてもいいが、イスを上げることによって汚れに気付くという事実もある。

男性用の個室便所で小便をする人はいないからずっとイスが下ろしてある。イスの裏の汚れがひどい。

男が洋式トイレで小便をする時、イスを上げ、イスの裏側の汚れに気付いて掃除する。大便をしたことを恥と考え、ばれないようにイスを上げてから個室を出る男は多いから、イスの裏を汚してしまったことに気付いて掃除する。

トイレの汚れはたまればたまるほど最後に掃除する人が嫌な思いをする。最初に汚した人が責任を取ってきちんと拭き取っていけばみんなが気持ちのいい思いをする。外国からほめられるような、そんなきれいな日本のトイレにいつか必ずなる。いつも誰かがみている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |