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ダイエット失敗

 

口から入れて尻から出す。口に入れたものが血液を回り、尻から出ていく。その循環が健康状態となる。

今年は痛風になっていない。もうならない。たくさん買っておいたロキソニンも必要ないから捨てた。

酒を飲まなければ痛風にならない。

痛風体質の人が酒、肉、魚を食べなければ痛風にならない。

酒を飲めない体質なのに痛風になる人がいる。こういう人も肉、魚、揚げ物が好きで肉、魚、揚げ物は尿酸値を上げる。

痛風患者の共通点は酒、肉、魚、揚げ物が好きと決まっている。ごはんや甘いものをたくさん食べても尿酸値は上がらない。

現在の私は肉も魚も揚げ物も食べない。酒は週に1度しか飲まない。だから尿酸値は上がらず、痛風にならない。もう何年も病院に行っていないからわからないが、たぶん今は正常値だと思う。何一つ薬を飲んでいないし体調がいい。普通の人より健康だと思う。

魚をつまみに酒を飲み、帰りに牛丼を食っていたから痛風を繰り返した。

体はわかりやすい。すぐに反応してくれる。最後の最後まで食生活を変えるだけで復調してくれる。

テレビでダイエット成功談ばかりやっているが95パーセント以上は2年後には元の太った体に戻っている。太っていた頃の食生活に戻せばすぐに元の体に戻る。痩せている人が無理して食べて太っても痩せていた頃の食生活に戻せばすぐに元の体に戻る。60キロの人が無理に70キロに増やしてもすぐに60キロに戻ってしまう。80キロの人が60キロに減らしても簡単に80キロまで戻るが、簡単に90キロに増やすこともできない。

食事制限をして運動をする生活などいつまでも続かない。やっているうちはずっと続けていけるような気になって自慢するが、数か月後の自分は違うことを考えている。

運動をしたって痩せない。太っている人がそれまでの食生活のまま、毎日3か月5キロ以上走っても1キロも痩せない。スポーツ選手をみればわかる。運動ばかりしているのに大きな体を維持している。私は毎日3か月5キロ以上走ったが1キロも痩せなかった。ジョギング後の居酒屋を楽しみにして走った。居酒屋で酒を飲んでいては痩せない。

5パーセントぐらい、ダイエットに成功し、そのまま痩せている人がいる。ずっと太っている頃の食生活に戻さなければ痩せたままでいる。

スーパーで買い物をして、太っている私が買い物かごにたくさん食べ物を入れているのに対し、痩せている綺麗な女の子が菓子パン一個にアイス1個にジュース1個をかごに入れている。

痩せたままの人も好きな食事をかえることはできない。特に運動はしない。夜遊びしなくなった、酒を飲まなくなった、夜食べなくなった、食事の回数を減らした、早寝するようになった。食生活より、生活がかわると体形もかわる。

朝めしだけ食べ、後は食べなければ痩せる。夜までに食べたものが完全に消化され、後は脂肪を燃やしてそれを体の栄養にするから痩せる。しかし、友達と飲みに行くのは夜だし、夜になれば腹が減る。

腹が減って眠れない時がある。この時、脂肪が燃えている。痩せるにはこれを乗り越えるしかないのでじっと我慢する。苦しければ苦しいほど、食べたければ食べたいほど脂肪が燃えている。2時間か3時間かけてやっと眠ると食べ物の夢をみる。朝、起きると目の周りが黒くなっていて脂肪が燃えて痩せているのがわかる。1日目の夜が一番苦しいが、この苦しみは長く続かない。2日目になるとかなり楽になる。3日目になると拒食症になり、せっかく脂肪が燃えはじめたからもったいなくてそのまま食べられなくなる。3日目からは鏡をみれば痩せているのがすぐにわかる。経験するとわかるが一度燃えはじめた脂肪はどんどん燃えていく。どんどん痩せていく。実は体重が増えるには時間がかかるが、痩せるのは早い。たくさん食べても死なないが、何も口にしないとすぐに死ぬ。

近くに食べ物があると食べたいが我慢する。街を歩いているといいにおいがしてきて狂いそうになるが、それに耐えるとまた楽になる。テレビをみているとうまそうなものばかりで今すぐ食べに出掛けたくなるが耐える。耐えれば耐えるほど脂肪が燃える。一人残らず全員が同じようにこの思いを耐え抜いて痩せていく。

何も食べないと死んでしまったり過食嘔吐をするようになるから朝起きたら果物をたくさん食べる。果物をたくさん食べても太るようなことはないし脂肪は燃え続ける。外出先で腹が減ったら果汁100パーセントジュースを飲む。

数日でズボンがゆるくなる。1週間経つと、タオルで顔を拭く時、脂肪が減って顔がゴツゴツするのがわかる。10日過ぎるとズボンがずり下がり、ベルトの穴が足りなくなる。すぐに目がくぼんで、目が丸く大きくみえる。顔も体も小さくなるからどんな洋服も帽子も似合う。髪の綺麗な人はダイエットをしてはいけない。毛につやがなくなり細くなり、二度と元の綺麗な髪に戻れなくなる。

こんなに苦しい思いをして血が綺麗になるなんて不自然でおかしい。こんなに苦しいのに洋服や帽子が似合うようになるなんて絶対狂っているけれど、そうなっているのだからあきらめて耐え抜く。

野菜は塩分が欲しくなり、それがきっかけで他にもいろいろ食べたくなる。腹が減っているからなんでもおいしそうで、ポテトチップスでいいから食べたい。カロリーの低いカップヌードル1個だけ食べようか悩む。塩分を取るとのどがかわいて水をたくさん飲み痩せるのが遅く、むくむ。塩分を取らないとそれほどたくさん水は飲みたくなくなり、小便の色が濃くなり、体に悪そうなので無理に水を飲む。

体はケチってせっかく貯め込んだ脂肪をなかなかつかおうとしない。ケチの塊はかっこ悪い。本当に飢えて死んでしまいそうになるまでつかおうとしない。

食べないでいると体から塩と油が出ていく。元に戻すために体が塩分と油を求める。ケンタッキーフライドチキンにかぶりつきたい。ケンタッキークリスピーのを油と塩まみれのボリボリした食感を思い出す。大勝軒に行きたい。はしで麺をせき止めて器から直にスープをすすりたい。重い巨大麺のかたまりから太麺をひっぱるようにしてすすりたい。大勝軒のラーメンは味だけではない。塩、油、量、刺激、カウンターに置いてある大きな粗びきコショウの缶、全てが食後の満足感へと辿り着く完璧な1食なのだと痛感する。

神保町・キッチン南海の湯気立つカツカレー、今はなき高田馬場駅東西線入り口のカレー屋のカツカレー、なくなってしまった伝説の中華料理屋の味噌味肉野菜炒めにライス、中華丼、どこでもいいから広東麺、カレーそば、うなぎ、記憶に残る油っ濃くてうまかったものが次から次に思い浮かび、頭の中だけでそれらをもりもり食べ、さらに脂肪が燃える。食欲の正体が浮き彫りにされる。自分がどんな食べ物が好きか、本当の気持ちがわかる。食べていることを想像するのはつらいのだが、乗り越えると満足感も多少は得られる。体が食べないという強い意志にやっと負けを認めあきらめるようになる。

もう炊き立てごはんにとんかつソース、コショウだけでいい。そんなことばかり考え続けて数週間でかなり痩せる。人から驚かれ羨ましがられる。

たまに人と外食すると忘れていた塩味のうまさを思い出す。体が過剰に反応し、もっと欲しがり、もう抵抗はできない。それまで我慢して食べたかったものをあれこれ恐る恐る食べはじめる。体が欲しているから何を食べても最高にうまい。しょっぱくておいしいものを食べ続け元の体に戻っていく。(山田)

 

 

| chat-miaou | 02:01 |
貧乏人と金持ち

 

金持ちは残高が減るのを極度に嫌う。

自力で金持ちになった人などほとんど存在しない。サラリーマンの月収で年収400万円稼ぐのは難しい。派遣社員の年収が300万円に届かず、手取りにするともっともっと低い。私の周りの貧乏人たちは年収200万円もいかない。

都内に住むと小さいアパートで6万円以上する。探せばもっと安いアパートはいくらでもあるが、6万円以下では隣の話声で眠れない。古い畳部屋でかゆい。夢を追いかけている若者や外人か、無職の老人ばかりで住みづらい。みんなできるだけきれいなところに住みたい。普通のサラリーマンや派遣社員が一軒家を買うことは難しい。

貧乏人はお金が入ると喜ぶ。普段からお金があったらあれもしたい、これもしたい、とそればかり考えている。投資をするお金はないからギャンブルをする。

パチンコや競馬や競輪でたまに10万円勝つと仲間を呼んで酒を飲む。残高が減るのを嫌う金持ちがやってくる。

豪邸に住む金持ちは残高が減るのを嫌うので、いかにしてただで酒を飲むかばかり考えている。

アパート暮らしの貧乏人が家賃収入もある豪邸暮らしの金持ちに酒を奢る。

普段いばることのできない貧乏人が興奮してストレスを発散する。普段より声がでかくなり、楽しくてたまらない。金持ちも金が減らないから楽しい。

キャバクラで10万円つかいきり、貧乏人と金持ちは別れて帰路につく。腹が減ったので貧乏人は残った380円でコロッケそばを食べながら楽しかった一日を思い返す。まだ興奮が残っている。またギャンブルで絶対勝とう、とかたく決意する。

帰り道で腹が減った金持ちは財布の内側から小さくたたんだ1万円札を取り出し、奥さんを呼び出し、中華料理屋で五目そばにカニチャーハン、春巻き、餃子を食べながら紹興酒を飲みなおした。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
ガン細胞

 

飛行機が翼を広げた鳥の形をしているように、車が4輪か2輪であるように、すべては自然の流れにそっている。

春になり、夏になると虫が活発に動きはじめる。自然の一部である人間も同じように活発になる。

編集部にいた頃、知らない人から私あてによく手紙が届いた。海外放浪している自分の写真を送ってきて、わけのわからない長い詩のようなものがそえられている。冬の間は手紙を送ってくるだけなのだが、春になると突然編集部を訪ねてきて本を書くから編集してくれという。編集部の名前をつかって勝手に有名人に取材を申し込んだりもした。普通のおっさんで、ぶち切れそうに暑い日、ズボンをはかずにトランクスの下着のパンツ姿で訪ねてきて編集部にいた女性が思わず立ち上がって逃げていった。

暑くて湿気が高いと虫が大発生する。同じようにぶち切れる人が多い。みている分には楽しいが、ぶち切れられた人は本当に迷惑だ。こちらも影響されてぶち切れそうになる。早く冬がきてほしい。彼らは虫と一緒で、寒くなると血行が悪くなり春がくるまでじっとしている。

人口が増えるとそのまま増え続けず、今度は減っていく。地球上の人の数は細胞の数と同じで限度がきまっていて人数が増えれば増えるほど精子が薄まっていくのではないか。人が最大限まで増えてしまうと、その後子供ができずに淋しい思いをする人が増えるのかもしれない。

人に迷惑をかける嫌われ者(ガン細胞)は他の人(普通の細胞)から嫌がられ、普通は体内(組織)に存在できないが、体内にガン細胞が存在すると他の細胞に悪影響を及ぼし、ガン細胞は増殖、病み、最後には肉体は滅びる。

自分のためにも人に迷惑をかけてはいけない。人の嫌がることはしない。

人に嫌な思いをさせるとバチが当たる。

人に迷惑をかけた人が死ぬとみんなから「やっぱりバチが当たったんだ」と笑われる。

実際はバチは当たらないのだが、人に迷惑をかける人が死ぬことは嬉しいことなので夢がかなってバチが当たったような気分になる。頼むから死んでくれ、という願いが叶う。本来、人が死んでしまうのは悲しいことなのに嬉しくなってしまう。誰だって病気をするし必ず死ぬとわかっているのにバチが当たったと喜ぶのだから、人に迷惑をかけると100パーセントバチが当たる。

人に好かれた人が死ぬとみんなから「いい人ばかりが先に死んでいく」と泣かれる。

実際はいい人も悪い人も同じペースで平等に死んでいくのだが、好きな人が死んでしまうと悲しくなり、早死にしたような気になる。

せっかく生きているのだから人に迷惑をかけずにひっそりと暮らしたい。

普通にじっとしている分には迷惑にならない。普段はじっとしていて助けを必要とされた時だけ手を貸す。隣の細胞が傷ついていたら栄養を分けてあげる。そんな細胞ならば他の細胞とうまく作用し合い、ガンになることなくおだやかに暮らしていけそうな気がする。(山田)

 

 

| chat-miaou | 12:42 |
才能の問題

 

昔の人は本をたくさん読んだ。向上心が高く、自分の価値を高めるために情報にお金を出してまでして読んだ。

テレビやインターネットがないから本や新聞を読んだ。

今はお金を出す必要がなく、インターネットで検索すれば読み切れないほどの情報がある。本は重くて場所をとり荷物になる。週刊誌の情報は発売日にはもう古くなり、ネットで検索すれば内容を誰かがすぐに書き込んでくれる。雑誌も新聞も売れなくなるからライターは仕事がなくなる。

勉強したり、研究しようとしても、もうどの分野も研究されつくされている。そういう能力のある人はすでに学者としてあらゆる分野の研究を進めている。売れている本を書く人は古文書や外国語で書かれた資料を読む能力のある人が多い。いくら勉強したって普通の人にそんな能力はない。

ナンシー関をみればよくわかる。ナンシー関はテレビをみまくり、有名人を批評し、大人気で本が売れた。好感度調査に疑問を投げかけ、翌年の順位に影響が出た。仕事が激減したタレントもいる。テレビ局が一方的に伝える面白さを認めず、書かれた芸能人がナンシー関に面会を求めたが決して会わなかった。ナンシー関の連載を読むのが楽しみで週刊誌を買う人がいた。普通はテレビばかりみていると自分を見失ない頭が悪くなるといわれている。ナンシー関はくだらない番組もよくみた。普通の人が生きている時間すべてテレビをみてもナンシー関のような面白い文章は書けないし、テレビ批評を書いても読んでもらえない。ナンシー関が読書家だったという話は聞かない。

行動力のある人に可能性がある。行動力(取材)で文章(実体験)を書く。その人しか書けない貴重な資料になる。人付き合いが大事で、真に行動力があり、まだ誰も知らない面白い情報をたくさんもっている人が新宿ゴールデン街に通って人付き合いを広げていけば本を出せ評価されていくようになる。誰でも通える新宿ゴールデン街には業界人がたくさんいて常に新しい才能を探している。

出版界では仕事がなくなった人ばかりだが、生き残っている人には共通点がある。人付き合いがうまくはばが広い。仕事がなくなるとすぐにたくさんの知り合いに相談し仕事を得る。相談されて無視する人はいない。考えざるをない。遠慮して相談できない人は去っていく。

孤独を語る作家は多いが、エッセイを読むと交友記が多い。一人でいるのが孤独ではないらしい。孤独では絶対に仕事はできない。山田風太郎は「一人でいた時の孤独より、家族をもってからの孤独がつらい」といったが、もう少し詳しく説明してくれないと家族をもったことのない人には理解できない。孤独の意味は奥深いようだ。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:08 |
作家になるには?

 

夏目漱石の小説を読んでいたらドストエフスキーの小説を思い出した。人物設定や人間関係がドストエフスキーの小説と同じで、漱石がドストエフスキーの小説を読んで自分の小説のアイディアが浮かんできたことがよくわかる。

たぶん、これが小説を書く才能だ。

私小説なら誰でも書ける。自分の体験してきたことをダラダラ書いていけばいい。しかし、よっぽどの人でないかぎりそんなもの誰も読んでくれない。

小説家になる人は小説を読む。たくさん読む。小説を読むのが好きで、たくさん読んでいるうちに頭の中にフォーマットというか雛型のようなものができる。小説家になる才能のある人はこの雛型に自分のオリジナルの言葉を書き進めていきたくなる。

深沢七郎は「小説はうんこのように自然に出てくる」といった。

私は死ぬほど小説家になりたかったが、小説家になれるほど小説を読むのが好きではない。ドストエフスキーの全作品を5回づつ読んだが頭の中に雛型はできなかった。これまでに読んだ小説も1000作もない。今考えれば元々小説家になんかなれっこないとよくわかる。

小説をいくらでも読める人、そして頭の中に雛型ができる人なら小説家になれるかもしれない。雛型に自分の体験や妄想を書く。体験と妄想を広げれば広げるほど書くことがある。

こういった能力は努力して得られるものではない。あんな長い文章は普通は書けない。

太宰も漱石も鷗外も川端康成も三島由紀夫も大江健三郎、谷崎潤一郎、柳田國男、小林秀雄、志賀直哉、芥川龍之介も東大出身だ。小説に学歴は関係ないが、学校の勉強ぐらい自然にできちゃうぐらい記憶力や読解力や分析力にすぐれていなければたくさんの人に読んでもらえるような文章は書けないということだろう。

外国語もできる。もちろん勉強しなければ外国語は習得できないのだが、作家の人たちは短期間で外国語をマスターしてしまう。それほど語感にすぐれている。高卒の中上健次も短期間で英語をマスターし、英語で文学作品や哲学書を読みあさった。小説家になるような人たちはやはりみんな普通ではない。

日記文学だって存在する、といういい方もあるが、その程度では食っていけない。よっぽどの人でないと日記なんて読んでもらえない。職業としては成り立たない。

人気小説誌の新人賞の応募は2000だという。小説誌を読む人は少なく、小説を読むより小説家になりたい人が多い。2000作をフリーの編集者や作家志望のライターが読んで200にしぼり(1次選考)、それから編集部で数十にしぼり(2次選考)、最後に数作を選考委員の有名作家が読んで(最終選考)受賞作を決める。

市町村が発行する文芸誌に応募すれば掲載確率は上がる。掲載されれば誰かが読む。才能は放っておかれることはないが、放っておかれないほどの才能なら有名小説誌の新人賞をとれる。

新人賞をとっても、直木賞をとっても芥川賞をとっても高収入はその年しか続かない。才能がなければ売れる本を出し続けることはできない。

人付き合いや人望も大切になる。新人賞をとり、作品を発表し続け、人付き合いを広げていくと大学から声がかかる。大学教授をしながら小説を書くのが一番いい。高収入を維持し、研究費で本が買える。(山田)

 

 

| chat-miaou | 12:46 |
課題・らっきょう

 

らっきょうの季節を毎年楽しみにしている。

6月、泥らっきょうがスーパーの野菜コーナーに並ぶと1袋買う。

まずはタレをつくる。鍋に醤油1本、黒砂糖のかたまり、鷹の爪数本、しょうがをすりおろしていれ、弱火でゆっくりあたため黒砂糖を溶かしながら沸騰させる。沸騰したらすぐに火を消し、そのままさます。さましたらジョウゴで醤油の入っていたペットボトルに戻す。このタレはいつまでも日持ちするからあらかじめつくっておく。各分量は自分の好みでいい。しょっぱいのが好きなら黒砂糖を少なめにし、甘めがいいなら黒砂糖を多めにする。どちらにしろ飛び切りにうまくなるから毎回味を調整して進化させていけばいい。私はもう20回はらっきょうを漬けているが、いまだ研究過程にあり、死ぬまで進化し続ける。研究過程であっても毎回飛び切りうまい。

夕方、泥らっきょうの根を包丁で1粒づつ切り落とし、1粒づつ丁寧に水洗いする。タオルでらっきょうを拭いてやり、乾いたタオルに寝かせ、朝まで表面を乾かす。クーラーのそばに置いておくとさらりと乾く。

らっきょうたちへの愛が深まる。らっきょうはうまさを裏切らない。今年は1袋全部で117粒あり、117粒全部うまくなる。丁寧に扱って損はない。多少、雑に扱っても裏切られたことが1度もない。必ずうまい。うまさが長持ちしないから自分で漬けるしかない。外で食べられることはまずない。

70年ぐらい前の料理本が家にあり、数々の料理法が書いてあった。その中の泥らっきょうがうまそうで、その本の通りに漬けたら感動した。その本はもう捨ててしまったが、何回も漬けているので調理法が頭の中で進化しながら身についている。

朝、らっきょうの表面の皮が乾いてめくれてカサカサいっている。この状態になったらっきょうが汁を吸うのは早い。

完全に乾いているビンにらっきょうを詰め、上からタレを注ぐ。タレは少量でいい。20センチの高さの瓶なら、下3センチ程度溜まる程度でいい。ビンをぐるぐる回転させてタレをらっきょうにからませていく。気持ちが高まる。早くもうまそうだ。甘辛くていいにおいがする。

冷蔵庫に入れる必要はない。冷蔵庫に入れてはいけない。冷たいとうまくない。常温がおいしい。

浅漬けと同じだからビニール袋でもできるだろうが試したことはない。ビンを転がすのが楽しい。らっきょうがポトポト音を立ててタレにからまっていくのをうっとりとみつめる。

全体にタレがいきわたると数分でまんぱんだったビンの上部に隙間ができる。

らっきょうはぐんぐんタレを吸う。いつ味見してみても大丈夫だが、5時間過ぎた頃からうまくなってくる。根本と頭からタレを吸い、上から下からタレがらっきょうにしみ込み出したのがよくわかり、食べ頃がはじまる。もちろん、タレに漬かっている一番下がすぐに漬かるから、瓶は大きめの方がいい。上下にもらっきょうが転がるとまんべんなくタレがからまる。口の大きいビンなら手を入れ、おいしそうならっきょうを味見しやすい。

食べ頃を見極めるのが難しい。まだかな、というところから今だ、というところまで、ずっとおいしくてたまらず止まらない。

人それぞれうまさの見極めが違う。

味見段階で食べ終わってしまうことも多い。味見段階なのか食べ頃なのか何回漬けてもわからない。それほどうまい。最初は1キロ食べてしまう。おいしいのだからおいしいと思っているうちに食べたいだけ早く食べてしまえばいい。甘くてしょっぱくて、不自然でない気持ちのいい自然の辛さで歯ごたえがとてもいいから止まらない。ボリボリという豪快な歯ごたえが頭に響き、この爽快な歯ごたえはこのらっきょうでしか味わえない。らっきょうの甘みがタレと本当によく合う。

しょっぱさが冷えたビールに合う。ごはんにも合う。らっきょうをごはんの上にのせると醤油がいい具合にごはんにしみこむ。

あまりのうまさにビンを買い足してはいけない。1日で食べ切れる量を漬ける。1ビンづつ後悔ないように大切に付き合う。おいしく食べるにはそれしかない。1キロまでなら1人でもおいしいまますぐに食べ終わってしまう。

いくらおいしくてもいつかは飽きる。1ビン食べ終わってからもう1ビン漬ける。だいたい1シーズン2回でいい。

数日で発酵がはじまりすぐにすっぱくなりおいしくなくなる。汁を吸い過ぎてもしょっぱ過ぎておいしくない。腐ることはないのだが、完全に汁を吸うと真っ黒になり小さくなりまずい。あんなにおいしかったのに食べられたものではない。何度も手を入れて味見しているとかびる。時間が経てば経つほどしょっぱくてすっぱくて捨ててしまう。

らっきょうを何時間も放っておくことはできない。タレを入れたら頻繁にビンを転がす。早く食べたい。何時間もらっきょうにつきっきりなのですることのない日の朝に漬ける。友達に食べさせたくなるが時間との闘いなので人にあげるのは難しい。あげた人が食べる頃にはベストの状態ではないことがよくありがっかりする。においが強いから相手の都合もあり、いきなり食えとはいえない。らっきょうはタイミングがとても難しい。

手がかかるだけの価値は確実にある。(山田)

 

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
熱いおにぎり

 

外食に飽きたら自炊の方がうまい。

なんといっても米がうまい。コンビニで買ってきた米でも本当にうまい。新米でなくても本当にうまい。日本人は米を食って生き抜いてきたから、体が米を欲していて、だから米が一番うまい。

炊飯器で炊けた瞬間のごはんをビニール袋に入れ、刻んだ長ネギと納豆とわさびと山椒で軽く握ったおにぎりにする。おにぎりにした方が歯ごたえが増し、味が凝縮して米はうまくなる。

熱いから手でもてない。タオルに包んでおにぎりに醤油を垂らしながら食べる。醤油より納豆のタレの方がうまい。納豆のタレは、タカノフーズおかめ納豆旨味についている昆布タレが甘くて一番うまい。私は旨味の昆布タレを溜め込み、小瓶に移すほど重宝している。

しょっぱいおにぎりの後の水がうまい。

自炊生活で面倒なのは買い物で、買い過ぎると悪くなったり古くなったりしてまずくなり、少な過ぎるとすぐになくなる。毎日買い物に行くのは疲れる。

自転車生活なので、雨が続くと家に食べ物がなくなる。

何もない時もおにぎりにかぎる。実は具がなくても米はかなりうまい。いや、たまには具がない方が米の旨味に集中でき、格別にうまい。

いつものように炊き立てのごはんをおにぎりにし、山椒と納豆のタレをたらしながら急いで食べると汗が出る。米も納豆のタレも山椒も、買い溜めしても腐るようなことにはならない。数か月は、いつでもうまい。

口の中から湯気を噴き出しながら熱いうちに急いで食い終えると喉がかわいている。山椒で唇と舌がしびれている。よく冷えた水を勢いよくゴクゴク飲むとさらに唇と舌がビリビリしびれ、にぎやかで楽しい。山椒はケチらず、安物でなく、高級品を買った方がよくしびれる。いろいろ試したが、高ければいいというわけではなく、今のところ緑の缶に入った飛騨山椒が一番よくしびれる。高級品は安物とはしびれがまったく違い、気持ちいいからおいしい。(山田)

 

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
長ねぎの問題

 

朝起きると納豆が食べたくなる。

納豆+玉子の黄身+長ねぎ+わさび+タレで食べたい。湯気の立つ炊き立てのごはんに納豆をかけたら味噌汁もすすりたくなる。

歯を磨いて、シャワーを浴びて買い物に出掛ける。

まだスーパーは開店していない。24時間営業のスーパーは自転車で往復30分かかるから、そこまで面倒なことはしたくない。しょっちゅう早朝に買い物に出掛けている。

たまにコンビニに長ねぎが売っていると嬉しい。刻んであるものも売っているが、あれは風味が劣化してうまくない。刻み済みの長ねぎなら入れない。納豆に入れる長ねぎは縦に半分包丁を入れてから自分で刻まなければうまくない。

わさび以外は買い置きできない。量が多過ぎるし、冷蔵庫にあるとなぜか食べない。納豆を食いたいと思った朝、買い物に行くしかない。不思議と夜、納豆を食べたいと思う気にはならない。

牛丼屋の朝定食でもいいが、自分でつくった方がうまいし体にいい。体があたたまる。

味噌や出汁の素は一人暮らしには荷が重いからインスタント味噌汁を2食分鍋に入れ、なんでもいいから野菜と豆腐を煮る。赤だし気分なら永谷園のひるげ、合わせ味噌気分ならあさげ、納豆に入れた玉子の黄身の残りの白身も、ぐつぐつ沸騰した味噌汁の中に入れる。

白身を納豆に入れると、味が薄まるし、水っぽくなるからごはんの底に吸収されていってしまい、見栄えも悪い。食感がなく、さらさらとすぐに食べ終わってしまう。ごはんにかけた納豆の上に七味を振ると色合いが美しく、食欲が増す。

納豆に添付されているからしは入れても変わりがないから無駄な物は入れない。粉からしを練った物なら刺激が増してうまいが、練るのが面倒くさい。

中学生の時、学校帰りに長ねぎの入った袋を下げて歩く私をみて、近所の人に「お手伝い? 偉いわね」とよく声を掛けられ、嫌で仕方がなかった。母が料理をしない人だったので私は小学校1年からずっと自炊だった。今でも長ねぎをもっていると非常に目立つ。私生活をみられているようで恥ずかしい。たまにコンビニで半分に二つに切ってあるものが売られるようになったが、他でもああして欲しい。緑色の部分なんて家に帰って捨てるだけで、私はいつも自分でその場で半分に折ってレジ袋に突っ込む。おばさんが長ねぎを半分に折ってハンドバックに入れる漫画が昔はやったが、あんな姿、誰にもみられたくない。この世で一番重宝する食べ物といってもいいくらい好きなのに目立つからできるだけ買わない。

4時に起きることが多いのでなかなか長ねぎを入手できない。とはいえ、うまい納豆を食べるには長ねぎの代わりが絶対に必要だ。玉ねぎは長く保存できるが、代わりにはならない。玉ねぎはクセが強過ぎる。薬味とはいえず、うまく調和しない。かといって納豆だけでもうまくない。美しくない。キムチは主張が強過ぎ、食感が納豆と違うものとなり、ニンニクのにおいが残り、後味が悪い。

新玉ねぎなら合うが季節が限定されているし、季節になってもコンビニで見掛けることはない。

今のところ長ねぎの代わりができるのは枝豆しかいない。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
町の肉屋のメンチカツ

 

思春期の頃に通った町のメシ屋はどこもなくなってしまった。今考えても駅前にあった小さな中華料理屋はこの世で一番うまかった。1000食以上は食べたから、今でもそれぞれ味をよく覚えていて、あれに似た味はどこにもない。味噌の効いた肉野菜炒め、中華鍋でつくるから巨大化した三段のかつ丼、みためは動物のエサでトロみのない中華丼、トロトロで甘酢とは無縁のあの店でしか食べられない天津丼、酔っ払いが大喜びで注文する特盛チャーハン、小麦粉を強火で炒めてつくる具が肉と玉ねぎとセロリだけのカレーライス、どれも最強の名にふさわしかった。20年前になくなった店なのに、ネットで検索するといまだに熱い思いを語っている人が多いので、やはりあれは本当に地球で一番うまい中華料理屋だったかもしれない。

町の肉屋ももうすぐなくなる。魚屋も八百屋もなくなっていく。大型スーパーにかなわない。儲からないから後継ぎもいない。今のおじさんとおばさんが働けなくなったらどこも店を閉める。

町の肉屋にはうまいメンチカツがある。儲けを考えずに、昔から同じつくり方をしている。今風に合わせることなんてない。歳をとって今さらそんなことはできないし、する気もない。だからあいかわらずうまい。

レストランのうまい自家製メンチカツとは違う。デパートのうまい今風メンチカツとも違う。昔から慣れ親しんだ町の肉屋のメンチカツが一番うまい。

私の町の肉屋のメンチカツは肉がつまっている。10分前に頼めば揚げたてを買えるが、家に帰る間に冷えてしまう。

ここの肉のつまった固めのメンチカツにはとんかつソースよりもカレーよりもハヤシライスが合う。

外でカツカレーを食べていると、「もっと熱いのが食いたい」「揚げたてのカリカリしているのが食べたい」「ルーをケチちらずにドップリとかけたい」と思う。納得するには自分でつくるしかない。

町の肉屋に行ってメンチカツを二枚買った。100円ショップでカレー皿を買い、スーパーで油とレトルトハヤシライスを二つ買った。

手抜きをしない。レトルトハヤシライスはきちんと熱湯で十分過ぎるほどにあたためる。じっくりあたためると食べる時に湯気が勢いよく立ち上って気持ちがいい。

米が炊けるのに合わせてメンチカツをもう一度揚げなおす。衣がカリカリになって、さらにハヤシライスに合う。

米が炊けた。包丁でザクザクとメンチカツを三つに切り、ごはんにのせる。ハヤシソースをかけたいだけかける。ごはん、メンチ、ルー、どれも口がやけどするほどに熱くなっている。全てがそろった、こんなにうまいものはない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
さば缶

 

さばの水煮ほどうまいものはない。

鍋を食う時、煮えてきたな、と思ったらさばの水煮缶を開ける。固形部分を食べる。スープは飲まない。毎回思うが、さばの水煮は脂がのっていて本当にうまい。醤油をかけてもうまいし、わさびにも合う。鮨屋で食うつまみと同レベルで、いつでもうまくて感心する。

固形部分を食べ終わったら缶を取り皿にして鍋を食う。

さばの水煮スープは、野菜でも豆腐でも、肉でも魚でも餃子でも何にでもよく合う。

鍋の味付けはあってもなくてもいい。さっぱりした薄味がいい。水炊きでいい。

さばの水煮の味付けは塩のみなのに、さばのうまみがスープに溶け出している。味が薄くなったら、ポン酢でも、おろし焼肉のタレでも、醤油でも、わさびでも、山椒でも、コショウでも、何を足しても生き返る。足したいものを足していき自分好みの味にする。どんなラーメン屋のスープよりもうまいスープへと変化していく。熱いスープが飲め、体にもいい。

自分の好みで味付けしていくのだからまずいはずはない。こんなにおいしくて熱いスープは外食では絶対味わえない。ごはんにも合う。

サバ缶は高級品でなくていい。高いには高いだけの意味があるようだが、たぶんさばを厳選しているだけで、普通の人には違いがない。年によって脂ののりが違うから高ければうまいというものでもない。脂ののりのいい年は、100円なのに例年よりもコクが増し、味が奥深い。コンビニで売っているサバ缶もめちゃくちゃうまい。

なぜうまいものは高いのだろう? という疑問は誰もがもったことがある。ウニ、牛肉、まぐろ、フォアグラ、数が少なくて生産、製造、保存に金がかかると高くなる。

ラーメン、ポテトチップス、米など安くてうまいものはたくさんある。

基本的に、エサを食う動物系が高く、水と太陽で育つ植物系が安い。

しかし、納豆や豆腐なんて、もしも大量生産できなかったら高級品にふさわしい味わいがある。

鯨と同じようにさばだっていつ何が起こって漁獲高が減るかわからない。さばは安いが、高級魚よりうまい。

さば缶を取り皿にした鍋がまずいと思ったら、悪いのは味付けに失敗した自分自身だ。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |