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何でも人のせいにする人

 

佐野洋子『役にたたない日々』にこんなような会話がある。

「お金持ちでいいわねって、私は40年働いたのよ、当たり前じゃない。いくら年収あると思っているのって聞いたら5000万円くらいって、あ、あ、あんた日本に5000万円の年収の人がどれほどいると思う…」

「世の中知らなすぎるわよ」

「何でも人がしてくれると思って、してくれないが口癖なのよ。全部人のせいにする」

何でも人のせいにする人はけっこう多い。酒場でよくみるが、横で話を聞いていて全く共感できない。自分に都合よく解釈し、それが酔っ払ってエスカレートしている。心の広い人が話を聞いてやり「色々あるから」と相槌を打っているが、何もない。全て自分が好きで選んだ人生で失敗し、人のせいにすることで自分を慰めている。こういう人は人を馬鹿にすることによって自分が相手より上の人間だと確認するが、既に周囲から大した人間ではないと評価は確定されていて、それを受け入れることがどうしてもできないでいる。たまにいいことがあると今度は人のせいにせず、嬉しそうな顔をしていつまでも自分の努力を語り、本当に迷惑だ。

『私の好きな悪い癖』で吉村昭は尾崎放哉について「失恋が放哉を酒癖の悪い男にしたというのが定説だが、失恋で酒癖が悪くなるなんていうことはない」ときっぱり言っている。「酒癖の悪い人は人の弱点をつく。それを言われちゃおしまいだというようなことを、ニターッと笑いながら口にする」

飲みたいから酒を飲み、酒は合法で、酒を飲むきっかけはいくらでもあるからみんな酒を飲んでいる。酒が嫌いな人は最初から酒なんて飲まない。

人に嫌な思いをさせる最低の酒飲みが同じ失敗を何度も繰り返す。気持ちいいからやめられない。

「酒飲みは言い訳の天才で、なにかと理由をつけて酒を飲む」(中島らも)

「酒は飲むものではない、飲まれるものだ」(藤沢秀行が好んだ言葉)

酒など飲まなければ安全だが、飲まなければやってられない時がある。そんな個人の事情まで人のせいにする。

酒場で隣り合わせた営業マンが酔っ払っていて会社の愚痴が続くが、私には全く関係がない。

「あなたは自分がハゲだということに気付いてるんですか?」

突然、私に聞くので「気付いてますよ」と答えて帽子をとってみせた。笑う者はいない。

「よかった、それはよかった」と言って頷きながら営業マンは戸惑ったような笑顔で酒を煽った。飲めば飲むほど自分を追い込んでいるが同情できない。会社で注意されたぐらいで酒癖が悪くなるなんていうことはない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 10:34 |
落語ファン

 

落語家は何百人もいるからみきれない。

寄席の前半は各自持ち時間が少なく一席きちんと話し切ることができないから、落語好きは最後の数席を聞くだけでいい。寄席の前半は、暇な日に雰囲気を楽しみに行く。

落語ファンになり、歳を取ってくると自分より年下の落語家が多くなり、なぜだか聴く気にはならなくなってきた。これは音楽と似ていて、年下のロッカーになかなか共感できない。「みんなも同じ気持ちだよな!」と年下のロッカーにいわれても素直に拳を突き上げることができなくなる。

江戸の話や花魁の話を解説してくれるのだが、そういう解説はもう何度も聞いている。社会的動物として、年下に解説されると居心地が悪い。江戸も花魁も実際にみた人は誰もいない。名人芸を楽しむのなら、図書館に落語のCDが何百枚もある。

何百枚か聴くとわかるが、名作は落語ファンになった初期の10年で出会ってしまう。感受性も新鮮味も衰え、たくさん聴けば聴くほど、楽しいというよりマニアになっていく。意地になって集めるようなところがある。落語ファンにはマニアが多くとても詳しい。

大スター林家三平の落語のCDが2枚しか存在しないのが納得いかない。

志ん生のCDは何百枚もあり、録音日時が違うが同じ噺のCDもあり、コレクションしにくいほどに多い。名演集がたくさん出ていてどれがどれだか探せないほど多い。志ん生はもちろん面白いが、最晩年のものは何をいっているのかよくわからないものもあるし、つまらない時もある。会場が盛り上がっていない時もあるし、客席と一体化して大盛り上がりの時もある。ポニーキャ二オンの『古今亭志ん生名演習』(9)「妾馬」が一番面白い。観客の子供たちが大喜びで大爆笑し、志ん生もそれを受けて乗っている。

林家三平の客を巻き込んだ落語はすごい。客席はずっと大爆笑しているし、噺をしながら客と会話する。

大スターだった頃の笑福亭仁鶴の落語CDはどれも面白い。勢いがある落語家が登場すると会場が盛り上がる。『日本の伝統芸能シリーズ・落語10』の「貧乏花見」は声に張りがあり、自信にあふれテンポがよく何度聴いても飽きない。風格と余裕がある。歳をとってからの作品集は声に張りがなくなってしまい、会場も落ち着いて静かで「貧乏花見」も盛り上がっていない。

桂雀三郎の「貧乏花見」もCDを買う価値がある。『雀三郎の落語』全5巻は傑作揃いとなっている。「貧乏花見」(2)と「遊山船」(5)はこれまで聴いた落語の中でベスト10に入る。新作落語は面白くないものばかりだが、雀三郎の新作落語は面白い。CDにはなっていないが、雀三郎は友達だった中島らもがつくった新作落語もやる。「哀愁列車」(4)で、初めて新作落語の面白さを知ることができた。「こうして一人汽車に乗っていると、思い出すなあ、川端康成先生の『雪国』。『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』、まだここまでしか読んでないねんけど」

『桂南光ライブ』全10巻も買って後悔はなかった。発声がいいから聴き取りやすい。楽しいから繰り返し聴ける。「ちりとてちん」(4)は他のどの落語家よりも面白く、盛り上がりがすごい。誰が話しても盛り上がる「ちりとてちん」だが、桂南光の「ちりとてちん」が一番盛り上がる。

客席が盛り上がる落語を聴きたい。しんみりする落語を静かに楽しみたい人もいる。人間国宝や伝統芸としての落語は話が長く感じ最後まで聴いていられないから落語の本当の面白はわかっていないのだが、もうこれ以上新しいCDに手を出すのはやめた。

『笑福亭松喬落語全集』17巻、『笑福亭松喬落語全集』210巻もよかった。「高津の富」は松喬が一番面白い。松喬は酒飲みだから「寄合酒」など、酒の話が面白い。酔っ払いの演技を聴いていてこちらも酔ってくる。

適当に聴きはじめ、いつの間にか最後まで噺に耳を傾けてしまう落語に出会えると嬉しくなり後味がいい。歳をとって声が出なくなってしまった落語家の話は脳まで響いてこない。

小林秀雄は志ん生のファンで、好んでテープを聴いていた。図書館にあった小林秀雄講演集全7巻を聴いてみた。いつものように小林秀雄の自論が多く、納得いかないところがある。難しくて理解できない話が多い。態度の悪い客が係員に注意されている。あんまり大した話はしていないが小林秀雄だからなんだかありがたい。(山田)

 

 

| chat-miaou | 16:33 |
傑作ドキュメンタリー作品

 

山に飛行機が落ちると、その周りに動物が集まることはなく、離れていく。動物は危険を感じると近寄らない。

人間だけが近づいていく。救助目的だけではなく、興味があって近づいてしまう。みたい。みたくてたまらない。

原一男監督『ゆきゆきて神軍』をユーチューブで少しみたら止まらなくなって最後までみてしまった。パソコン画面で映像をみるのは疲れるから長時間みることはない。映画は映画館か、部屋で寝っ転がってみたいが、『ゆきゆきて神軍』は続きがみたくて最後まで目が離せない。

はじめて原一男作品をみたのはなんとなくツタヤで借りた『全身小説家』で釘づけになった。こういう表現方法があるのをはじめて知ってショックを受けた。知らなかった本当の世界、隠された本当の世界というものに興味が芽生えた。続いて『ゆきゆきて神軍』『極私的エロス』にも釘付けになった。3本とも一瞬も目が離せない。映画をみながら、みてはいけないような気分になる。『さようならCP』も興味深かった。

原一男の世界を満喫し、10年ぐらい経ち、内容を忘れかけるとまたみたくなり、『極私的エロス』(1974)『ゆきゆきて神軍』(1987年)『全身小説家』(1994年)をみるが、こういう瞬きもできないような面白い映画をもっとみたい。

原一男が尊敬する田原総一朗がテレビ東京のディレクター時代に撮ったドキュメンタリー番組が『田原総一朗の遺言』全7巻でDVDになっている。その中の「藤圭子」「山下洋輔」「白川和子」「高橋英二」の回が面白い。山下洋輔が学生運動家に囲まれてピアノを弾き、ピンク映画の女優白川和子が老人ホームを訪ねてスケベなおじいさんに乳首を吸わせ、俳優高橋英二がガンになって死ぬ。田原総一朗のドキュメンタリー作品では、少年院から帰った不良少年の社会復帰を描いたものが有名で誰もがみたがるが、DVD化されることはない。この少年から田原は脅され、その一部始終は『小説テレビディレクター』に書かれ、かなり面白い名著となっている。

もう一人森達也監督の作品も釘付けになる。『A』と『A2』でオウム信者の真実を伝える。オウム信者が刑事に公務執行妨害で逮捕されるシーンは恐ろしい。テレビやマスコミの報道とは違うオウム信者と地域住民の友情のような関係に驚く。佐村河内守に密着した『FAKE』も瞬きできないほど面白い。『311』では震災直後の放射能の雨が降る福島県に突入し、宮城県では死体に遭遇し、撮影にきた森監督は遺族たちに怒鳴られる。

みてはいけないような、それでいてみたくて仕方がないから目が離せない。田原総一朗、原一男、森達也の3人にしか撮れない。高齢となった田原総一朗があのレベルのドキュメンタリー作品を撮ることは考えられない。原一男監督が新作ドキュメンタリー映画を発表するとは思えない。森達也監督に期待し、頼むからまた新作を撮って欲しい。

釘づけになるほど面白い作品にはなかな出会えない。3人のような作品に出会いたくてテレビのドキュメンタリー番組も海外のドキュメンタリー映画もチェックし続けている。(山田)

 

 

| chat-miaou | 15:25 |
ワカメサラダ

 

村上春樹の名前を聞くと、ワカメが食べたくなる。

「肉体が変われば文体も変わる」

村上春樹は腹に脂肪がつくと走る距離を増やす。毎日走り常に脂肪のない体を維持しているから若々しい。外食ではなんでも食べるが、家では肉は食べず、洗面器一杯のワカメサラダを食べるという。

村上春樹の作品よりもワカメサラダを思い出す。エッセイに度々ワカメサラダが登場する。ワカメとレタスとトマトのサラダでショウガと醤油ベースの自家製特製ドレッシングでモリモリと食べる。このモリモリがなんともうまそうで、真似したくなる。日本で一番読まれている作家が何度も書いているのだから、居酒屋に大盛ワカメサラダがあったらけっこう注文が入りそうな気がする。私なら注文する。自分でつくるのは面倒くさい。できることなら村上春樹と同じようにワカメサラダをモリモリ食べる習慣にしたい。

スーパーで塩蔵ワカメとトマトとレタスとショウガを買ってくる。ドレッシングの作り方は書いていなかったからリケンのノンオイル青じそドレッシングをかける。ワカメにはさっぱりとしたノンオイルの青じそドレッシングが合う。たぶん、村上春樹も油を嫌って、そうするような気がする。

ワカメを5分流水で戻す。黒かったワカメが水をたくさん吸って美しい緑色になる。太っているビロビロした部分がコリコリしておいしい。包丁で大きめに切る。持っている一番大きな皿にレタスをしき、ワカメを山盛りにし、トマトをそえる。上からショウガをすりおろし、ドレッシングをかけ、モリモリ食べる。冬は寒いが夏にワカメサラダをモリモリ食べると体が冷え、涼しくなる。

翌朝、感動が待っている。気持ちのいいワカメ独特の腹痛がきて、ワカメがそのままモリモリと出てくる。巨大ながん細胞を排出したような健康になった気になる。

人間の体は海藻を消化できない。海藻はおいしく、しかも人間の体をきれいにしてくれる。阿川弘之『食味風々録』に、胃を通って、腸を通って出てきたひじきが一番うまいという話があったような気がする。トイレでワカメをみる度、その話を思い出すが、もちろん流す。(山田)

 

 

 

 

| chat-miaou | 13:32 |
介護日記

 

院から電話があり父の病室に行くと、真っ赤な目をして涙が流れている。

かなり痛いらしく、目が少し飛び出ている。急いで眼医者を探し、タクシーで連れていった。

先生に私一人が呼ばれ、じっとみつめられる。強い眼圧で出血している。思い当たる節はあるか聞かれた。父は思い当たらないと答えた。私を疑っているのかもしれない。医者の役目で事件性があるか聞いているのだろう。

全く思い当たらないが、風呂で転んだのかもしれない。(病院の誰かが父を殴ったのだろうか?)という気持ちになってくる。

父に聞いても何も思い当たらないという。かなりひどい。テレビでは施設での老人虐待が多く報道されている。(寝ている間に誰かが目に何かを突き刺したのかもしれない)という気になってくる。

治療費がかなりかかる可能性があり、父の年齢を考えて、どこまで詳しく調べるか聞かれた。最悪は右目を摘出しなければならない。

できるだけ詳しく調べてもらうことになり、紹介状を書いてもらい、大学病院を予約し、それまでの間は毎日応急処置に近くの眼医者に通った。

大学病院で詳しく調べてみると、目元の血管に血栓ができ、血液が目にゆき届かず、そのため新しい血管ができ、それが原因で眼圧が上がっていた。かなり前から目はみえなかくなっていたはずだが父は気付かなかった。

外からの眼圧ではなかった。寝ている間に誰かに殴られたのではなかった。人を疑った自分が申し訳なくなる。

2日かけてレーザー手術で血管を焼き切った。視力は失ったが摘出の必要はなくなった。

「目のみえないおじいさんはたくさんいるから」

父に声をかけると、悲しそうにしていた。

片目の視力を失い、バランスがくずれたのか、その後しばらくして父は転倒し腰を強打し、そのまま寝たきりになった。立ち上がることができないから尿管に管を通しオムツをした。テレビをみなくなった。食事を残す量が増えた。さらに老衰が進む。

完全に寝たきりになると私の仕事はほとんどない。病院の人がみなやってくれる。動かないからどこも汚さない。オムツをしているから服やスリッパを取り換えに行く必要はなくなり、トイレを掃除する必要がなくなった。部屋の悪臭も全くなくなった。寝たきりになると、みんなが一気に楽になる。私の役目はなくなり病院に行く必要がない。ガムテープでシーツについた髪の毛を貼り取るぐらいしかすることがない。今まで何をやっていたのだろう。存在意味がなくなった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 10:43 |
『金ではなく鉄として』

 
 

ブックオフで中坊公平の本をたくさん買い込んだ。どれも108円で、内容も似ていて、やはり『金ではなく鉄として』が一番面白い。

森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を務めた中坊は50軒の被害者家族を回った。各家で世の中の真実を見た。44歳の遅過ぎた青春がやってきた。中坊は変わった。金儲けだけの仕事ではだめだ、と気づかされた。

ミルクを飲んだ赤ちゃんたちに後遺症が残っていた。

コウジ君は訳もなく乱暴になってしまい、健康な兄弟の勉強の邪魔をしてしまう。小さいうちはお父さんが力づくで止めたが、大きくなってお父さんも止めることができなくなると、自分から精神病院に入るといった。たまに家に帰ってきても暗くなる前に一人で病院に帰っていく。みんなで晩ごはんを食べると泊まっていきたくなり、病院に戻りたくなくなり、またみんなに迷惑をかけてしまう。気持ちを察したお母さんも「泊まっていけ」とはいえなかった。

タケオ君は生涯に3つの言葉しか口にできなかった。「お母さん」「ごはん」「アホウ」の3つのうち「アホウ」は外で覚えてきた。外で遊ぶのが好きだったタケオ君が外出すると近所の子供たちに砂や水をかけられるのだが、絶対に泣かなかった。泣くと面白がられ、さらにいじめられることを知っているので泣くことは許されなかった。泣くこともできないと笑われたが、家に帰るとお母さんにすがって泣いた。タケオ君の服には「この子が迷子になったらお電話ください。お礼を差し上げます」とゼッケンが縫いつけられていた。
就職が決まったと二階から知らせに来てくれた子が、ひと月後にはクビになり、もう下へ降りてこない。

通ううちに話をしてくれるようになった手足の不自由な子が、皿に注がれたお茶を犬のようにして飲み始めた。

中坊が法廷で被害者たちについて語ると裁判官が天井を向いて涙をこらえた。裁判官という立場上、涙をみせることができない。

中坊が森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を頼まれた時「かかわりあうとこっちが危ない」と思った。大企業と国が相手で、支援する弁護士も左翼系、順調で平穏だったエリート弁護士生活が失われるかもしれない。中坊は左翼嫌いの父に助けを求め、尊敬する父の反対を口実に弁護団長の役を断ることに決めた。

事情を説明した中坊に父がいった。

「お前をこんなに情けない子に育てた覚えはない。子供に対する犯罪に右も左もあるか。お前はこれまでに一度でも人様の役に立ったことがあるのか。何のためにお前を育てたのかわかってんのか」

中坊はテレビのインタビューや本の対談で被害者の話をする度、涙をこらえ、声をつまらせながら語った。
『金ではなく鉄として』は朝日新聞に連載されていた時から愛読していた。読み終わった本はすぐに捨てる私はこの本をもう5回以上買っている。
何度読んでも涙が出てくる。鉛をのんだような気持になる。自分の部屋でも、電車の中でも、図書館でも、モスバーガーでも、今日はマクドナルドで読んでいて涙が止まらなくなったが、涙の意味はわからないままでいる。(山田)


 

| chat-miaou | 01:01 |
『愛の罪をつぐないます』

 
 

アマゾンでなんとなく買った伊藤素子『愛の罪をつぐないます』をなんとなく読み進めているうちにぐいぐい引き込まれ、最初から読み返し、何度も繰り返し読み返している。面白い。

目がきれいで背が高くて星の王子さまみたいな男に憧れていた銀行員伊藤素子は婚期を逃す。小さい頃からチョコレートの包み紙さえシワを伸ばして小箱にしまうような子供だったので勤めをはじめるとぐんぐん貯金が貯まった。

700万円貯まった頃に、銀行の客だった遊び人と出会う。結局この男に900万円貸すことになる。

「目がええ。くるっとしてチャーミングや。たまには美しい女性と別の世界にとけ込んでいたいんや。ええやろ? 好きや、ほんまや」

口説き上手な男だった。

素子の告白が素晴らしい。

「女性の扱い方をよく知っていたので驚きました。自分の体がこわくなりました」

金の話はラブホテルのベットでした。執拗に愛撫されながらそんな話をされると「はい」と答えてしまった。

「『かわいいなあ』そういって私の肩を抱きました。強く抱いたかと思うと、二の腕のあたりをそっとなであげます。全身が熱くなり、肩に力をいれますと、『敏感な子やなあ』といって南さんは私を抱きしめ、下半身を脱がせました」「急に荒くなったり、やさしくなったり、とにかく、私の体を動物にできる人だと思いました」

挿入されながら頼まれ、入ったばかりの給料も貸した。

初めての海外旅行は南と二人で香港へ行った。ロマンチックな素子は彼と腕を組んでネオンが輝く街を歩きたい、おそろいのブレスレットを買いたい、香港にも、つけ麺大王みたいなお店があるかしら、と夢想した。

そして1981年、素子が33歳の時、つけ麺大王で食事をした帰りの車の中で犯行をもちかけられる。「お前と外国で暮らしたいんや」「お前の人生オレがもろうた」

振込み操作で現金5000万円を引き出し男に渡し、素子は500万円もって一人フィリピンに飛んだが南がくることはなかった。

「彼に抱かれていたときは、何もかも忘れて燃えました」

フィリピンで「南のこと好きですか?」と聞かれた素子は「死ぬほど愛しています」と答えた。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
日本の宝

 

デザイナーの友達とコーヒーを飲んでいて、一番好きな作家を聞くと根本敬だという。

私も一番好きな作家を聞かれたら迷わず根本敬と即答する。

「根本さんの本を読んだら世の中が楽しくみえるようになった」

たしかに根本さんの本を読む前と後では世の中が違ってみえる。

「不快を楽しむ」という根本さんの言葉がある。根本さんの本を読むと、威張っている人や、ブチ切れている人や、金とセックスのことばかり考えている人、タカリ、金持ちでどケチ、自慢している人、説教している人が一瞬愛しくなり、しばらくみとれてしまう。

根本敬が一番好きで、そういう感覚の人が一緒に仕事をするようになっている気がする。出版業界で活躍する人の多くが根本さんを尊敬している。

根本さんがクラウドファンディングを募るとすぐにお金が集まる。ファンが心から根本さんを応援しているのがよくわかる。

ナンシー関も根本敬を読むことをすすめていた。青木雄二も根本敬をほめていたという。石野卓球は根本敬が自分のルーツだといい、電気グルーヴの名曲『虹』の歌詞に根本さんの本から言葉がつかわれている。

根本敬を避けて通るわけにはいかず読みたくなるようになっている。読み終えた本はすぐに捨てると決めている私は何度も根本さんの本を買いなおす。何度もお金を出して買わずにはいられないほど読みたくなる。

1『電気菩薩』2『人生解毒波止場』3『因果鉄道の旅』4『映像夜間中学講義録』5『特殊まんが 前衛の道』6『タバントーク』を繰り返し読んでいる。7『夜間中学』も面白い。

根本さんの絵はフランスで人気がある。昔の『ガロ』の古本が外国で高値で取引されている。実は普通の絵も描けるが二度と注文がこないような絵を描かなくてはならないと決めている。そんな人、他にいない。

原稿料がなかった漫画雑誌『ガロ』出身の漫画家たちに魅力的な人が多い。東陽片岡は人物に鼻毛を描かなければ納得がいかない。汚くなければ自分の絵ではないから汚く描く。アニメ製作を決めた杉作J太郎は、たくさんのスタッフが仕事をできるように広い部屋を借り、家賃を払うのに苦労した。製作が正式決定してから部屋を借りればいいのに、それでは納得がいかない。まずは部屋を借りてから行動をはじめるがなかなか進まない。みんな自ら貧乏になる道を選んでかっこいいから、感動したファンが本気で応援する。できることならあんな生き方をしてみたい。

根本さんのラジオのゲストが石野卓球だった。勝新太郎の『サニー』がリクエスト曲だった。次回のゲストは同じ電気グルーヴのピエール瀧でリクエストが同じく勝新太郎の『サニー』だった。1曲目は石野卓球リクエストの勝新太郎『サニー』が流れ、2曲目はピエール瀧リクエストの勝新太郎『サニー』で、2曲連続全く同じ曲が流れ、そんなラジオははじめてだから感動的だった。

根本さんの本に登場する人たちは魅力的で、私はその中の一人に会ったことがある。根本さんが書くと面白いのに、私が会ったその人は普通の人だった。つまり、根本さんには世の中が凡人と違ってみえている。

好奇心の強い柳田國男がもしも根本敬の本に出会ったらきっとすぐに全冊注文する。柳田國男の描く世界と根本さんの描く世界にはどこか似たところがあり、資料的価値が高い。ドストエフスキーも変人が好きで、ロリコン、タカリ、金持ちでどケチ、ブチ切れている人、唾を飛ばしながら話し威張っている人、人殺しなどを好んで小説に書いた。ドストエフスキーが根本さんの本に出会っても全冊注文する。ドストエフスキーに心酔した青木雄二だから根本敬のよさがわかる。100年後にはロシア語に翻訳された根本敬をロシア人たちが読んでいる。全集も出るだろうし、外国人が根本敬を読む時代がくる。『毛皮を着たヴィーナス』を書いたザッヘル・マゾッホぐらいか、それ以上に有名になる日が必ずやってくる。それほど面白い。同時代に日本に生まれ、日本語で根本敬を読める喜びを味わう。

誰にも真似できない。インターネットが普及する前、無数のかくれた才能の存在を語る人が多かったが、インターネットが普及し、誰もが平等に文章を発表できるようになり、かくれた才能は存在しないことがわかった。才能が放っておかれることは決してない、インターネットがなくても才能はちゃんと開花していた。根本敬が描く世界も無数に存在するように思えたが、根本さんしか書くことのできない世界だった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 05:01 |
『くにとのつきあいかた』

 

15歳の時、池袋の大きな本屋で蛭子能収の漫画を立ち読みしてから夢中になった。汚くて卑猥な絵が多いから電車の中で堂々とページをめくることができなかったが、今まで読んだことのない漫画で、すっかりファンになった。池袋の本屋で、テレビが伝えるのと違う面白いものをたくさん知った。

JICC出版局のシリーズをみつけ、蛭子さんの『超短編傑作漫画集』とキャロル霜田『ウルトラマイナー』を買い、帰りの電車で笑いをこらえた日の感動は忘れられない。

20歳の時、蛭子さんの『くにとのつきあいかた』を新刊本で買い、文章のうまさに感動した。名文が並ぶ。読んでも読んでも名文が続く。文章に引き込まれ、蛭子さんに共感して笑う。この本は現在絶版で、刷り部数も少なかったからなかなか手に入らない。また読みたいから探しているのだが、アマゾンにもヤフオクにもない。『思想の科学』という雑誌に連載された文章をまとめた本で、連載中から愛読していた。最初は「不良とつきあう」がテーマで、「ツッパリ漫画で気の良い不良がでてくるが私は信じないし、もしそんな不良がいたとしてもつきあいたくない」ときっぱり書いている。

『くにとのつきあいかた』の続編は『正直エビス』で、こちらは蛭子さんがテレビに出てメジャーになってから出版された本なので刷り部数も多く今でも入手できる。少しやわらいでくるが同じペースで面白さが続いている。

蛭子さんは本を読まないことで有名だが、こんなに面白い文章を書ける。根本敬が「読書量と文章のうまさが関係のないことは蛭子さんの文章を読めばわかる」というようなことをどこかで書いている。

蛭子ファンならわかるが、最近の蛭子さんは文章を自分で書いていない。話した内容をライターがまとめている。蛭子さんの文章ではないことがすぐにわかる。それほど蛭子さんの文章は独自で面白い。蛭子さんにしか書けなかった。蛭子さんは原稿チェックをちゃんとしないことでも有名で、ライターがまとめたままの文章はやはり蛭子さんらしさが薄い。蛭子さんの本は年々面白くなくなっていくのに、売り上げは伸びているのが面白い。

蛭子さんの本から学ぶことは多いので、出ている本は全部読んだ。はじめて『ガロ』に入選した時、奥さんと飛び上がって喜び、アパートでカレーライスでお祝いをした話に感動した。いじめっこや犯罪者に対する見解も素晴らしい。「死んだ方がいい」「犯罪者の遺伝子を残してはいけない」「逃げずに自首しなさい」と正直に書いている。

『くにとのつきあいかた』に「昔の友達」に関する文章があり、傑作の一つだ。頭の中に残って忘れられない。

昔の友達が訪ねてきて、金を借りにくる。昔の友達は金を返してくれたことがない。昔の友達は今でも絵を描いている。蛭子さんは芸術を愛しているが、今では半分は冗談で芸術を愛し、芸術家より生活者として生きている。昔の友達は金を貸してくれたお礼に自分の描いた絵を置いていったが、蛭子さんの奥さんが「そんな絵、みたくもない」と怒った。数ページの文章なのに傑作短編小説と同じ威力がある。しかも入手できないから再読することができず、頭の中で名文が何度も繰り返しよみがえり、さらに名文になっていく。映画化して欲しい。文庫化して欲しい。

太宰治も短編小説『親友交歓』で昔の友達を書いている。細かい内容は覚えていないが、声のでかいとても下品な自称友達が太宰を訪ねてきて酒をねだる。井伏鱒二と飲もうと思っていた大事なウイスキーをみつけられてしまい、飲まれてしまい、しかももってかえろうとする。(山田)

 

 

| chat-miaou | 04:01 |
『毛皮を着たヴィーナス』

 
 

サディズムの語源であるマルキ・ド・サド(1740-1814)は小説『悲惨物語』で理想の家族を描いている。

若き妻との間にできた娘から普通の教育をいっさい遮断し、自分の好みの思想を植えつける。恋人として自分を愛するよう教え、自分のことをお兄様と呼ばせ肉体関係を結び、二人の蜜月を邪魔する妻を娘と一緒になっていじめた。妻が娘に飛びかかり、夫が妻を階段から突き落として血だらけにする。

マゾヒズムの語源であるザッヘル・マゾッホ(1836-1895)は小説『毛皮を着たヴィーナス』で理想の妻を描いている。

女の君主になるか奴隷になるか、男は二つに一つしかない。忠実な妻がみつからないのなら、徹底的に奉仕したい。女の奴隷となり、権力と美の象徴である動物の毛皮を身に着けた妻からお仕置きを受けたい。

古代ゲルマン人の美徳に血湧き胸躍らせるセヴェリーンは、少年の頃から女たちにいたずらされ、ついに運命の女王様に出会う。

二人が街へ買い物に出掛ける場面が素晴らしい。女王様が犬用の鞭を選ぶが、セヴェリーンを横目にすると小さ過ぎる。ブルドッグ用でも小さい。人間用の鞭を探す女王様の冷酷さに、セヴェリーンは背筋を凍らせて喜ぶ。

セヴェリーンは女王様から与えられる数々の試練に歓迎しながら立ち向かっていく。セヴェリーンという本名をグレゴールにかえるよう命令された時はさすがに頭にきたが、体はわなわなと喜びに震えた。

「踏んづけておくれ」

と愛を語り合った二人だが、女王様は他の男とセヴェリーンの元を去っていく。

マゾッホの夢は小説におさまらなかった。『毛皮を着たヴィーナス』執筆後、実生活でも理想の女王様に出会い結婚している。妻に浮気をせがんで嫉妬に狂喜した。新聞広告を出して妻の浮気相手を探して歩き、もがき苦しんだ。

そして小説と同じように妻も他の男と去っていき、マゾッホは廃人となった。

人は夢がなければ生きていけないのだ。(山田)


| chat-miaou | 03:01 |