Page: 1/44   >>
角のところで

 

場ではささいなケンカが多い。みんな酔っ払っているからささいなケンカは絶えず、それを根に持ち、そこから小さな酒場内でグループ分けができたりする。自然に縄張りのようなものができていく。居心地が悪くなった店には行かなければいいが、そんなわけにはいかない。どうしても行きたい。それでも行きたい。理由は様々にあるが、会いたい人がいる、顔をみたい人がいる。行かずにはいられない理由など特になく、習慣になっている人もいる。雰囲気に馴染んで、行かずにはいられない。行かなければ一日が終わらない。一日がはじまらない。

行きつけの立ち飲み屋にはそれぞれ自分の定位置がある。いつも同じ場所で飲みたい。

いつも左角で飲んでいるおじいさんがいる。この席はテレビの正面で、おじいさんは新聞を読みながらチラチラテレビをみてホッピーを飲む。この角を確保するために毎日誰よりも先に、開店時間になると店にやってくる。この角はおじいさんの場所だから私も近づいたことがない。

けっこう人気の角らしい。おじいさんより少し若いおじいさんがおじいさんをみて「あー、席取られちゃったよー」と嘆き、それからおじいさんに「すいません、私この場所大好きなんで、譲ってもらえませんか?」と頼んだ。よほどこの角が好きらしい。

おじいさんは「いいよ」といいながら席をつめ「いいけれども…いいけれでも…全く頭にくるんだよ!」と怒鳴ってはしをテーブルに投げつけた。おじいさんもよっぽどこの角が好きなんだ。若い方のおじいさんも「何を!」と怒鳴り返し、おじいさんは怒って店を出ていってしまった。若い方のおじいさんは「心の狭いジジイだ」とブツブツつぶやいた。

悪いのは若い方のおじいさんだと思う。先にいる人の場所を健康上の理由なく譲って欲しいなんて普通はいえない。おじいさんも怒るほどではない。どこにでも変な人はいる。私なら黙って席をつめて、ちょっとしたら店を出る。安酒場には変な人が多いから、たまには不運にみまわれることだってある。店を出ないで変な人の隣で飲んで楽しいわけがない。きっとそのまま話し掛けられ、くだらない話に付き合わされる。

私にも好きな角がある。いつもの立ち飲み屋に行くと、私の好きな角が取られていたから、仕方なくその人の隣で飲みはじめた。

30分ほど飲んでいると、入り口横の角の客が帰り、私の隣の角のおじさんがジョッキと小皿とはしをもって慌てて入り口横の角へ移動した。私も同時に急いでいつもの隣の角にサッとずれた。

入り口横の角へうつることのできたおじさんが「あー、やっぱりここじゃないと落ち着かないんだよねー。飲んだ気がしないんだよねー。あー、一気にお酒がおいしくなった」と喜びのため息をついた。私も彼と全く同じセリフを同時に心の中でつぶやいていた。

彼と私の素早い同時移動をみていたアルバイトのユウコちゃんが肩をすぼめ首をかしげて不審な顔をした。立ち飲み客には角と奥を好む習性がある。(山田)

 

| chat-miaou | 09:23 |
糖の話

 

DVDは最初の数分だけみて、後は早送りする。どうせみてもみなくても残りの人生にとっては何も変わらないほどつまらない。面白い映画はそんな見方をしても必ず引き付けられ、最初からちゃんとみてしまう。

ドキュメンタリー映画『あまくない砂糖の話』は最後までじっくりみてしまい、面白かった。

砂糖を好きではなく、砂糖を避けるような食生活をしていたこの映画の監督が、現代人の平均糖分摂取量を摂取する人体実験を自らはじめる。街やスーパーで普通に売っている食品から糖分を摂る、期間は2か月。

アメリカでマクドナルドを食べ続けて太る『スーパーサイズ・ミー』というドキュメンタリー映画があったが、『あまくない砂糖の話』はそのオーストラリア版とうたわれた。普通の大人はマクドナルドをそんなに食べることはないが、糖分は毎日摂る。『スーパーサイズ・ミー』よりずっと興味深くて面白かった。

平均摂取の糖分で監督の体調が悪くなる。それまでの食生活と総摂取カロリーは変わらないのに太っていき、腹が出て、健康診断に引っかかる。

監督の体に糖分が合っていないのがよくわかる。2か月の実験を終えると体は元に戻っていった。

砂糖以外の糖分もどれも体に悪いのだとよくわかった。糖分が脳と体に及ぼす悪影響がわかりやすく描かれている。果汁100パーセントジュースから摂取する糖分を果物を食べて摂取しようとするならば、なかなかそんな量を食べられるものではない。食物繊維などの果物のいいところを捨て、糖分だけをジュースにして一気に摂るなんて異常なことで、根拠なく果汁100パーセントジュースは体にいいと思い込んでいたことに気づかされ、この映画をみてから果汁100パーセントジュースは恐くて飲めなくなった。人類はずっと、生きるために何でもたくさん食べて貴重な糖分を摂取して生き延びてきたのに、突然体調が悪くなるほどの糖分を簡単に摂取できるようになってしまった。体が対応し切れず病気になる。

体が欲しがっている健康にいい食事がある。

脳が刺激を欲しがっているおいしくて健康に悪い食事がある。

それまでの生活を変えるような映画や本に出会うと得した気分になる。生活を変えるほどの刺激を受けたということで、興奮して友達に教えたい

つい健康本を読んでしまうが、最後まで読む本は少ない。どれも話題づくりと本を売ることが一番の目的で、それまでの生活を変えるほどには面白くないから途中で読むのをやめてしまう。

15万部近く売れたという藤田紘一郎『50歳からは炭水化物をやめなさい』はとても面白くてごはんを食べる量が減って体が軽くなって体調がよくなった。

興味を引かれる面白い話が多過ぎて、1冊の本としてはまとまりがなくなって読みづらい。

50歳を過ぎると、糖分はそれほど必要なくなる。ごはんも、パンも、ラーメンも体の中で糖分になってから吸収される。50歳を過ぎると糖分が少なくても平気だから太ったりたるんだり病気になる。50歳を境に、体を動かす体のエンジンが、解糖エンジンからミトコンドリアエンジンに推移し、細胞の中にあるミトコンドリアは糖ではなく酸素で活動するから50歳を過ぎると糖分はあまり必要なくなる。

若い時は糖が必要で、精子も解糖エネルギーで活動するからごはんを食べる。

現代は5人に1人は糖尿病の可能性があるほど糖を摂り過ぎている。

人間の染色体の末端にはテロメアと呼ばれる構造体があり、テロメアの長さは生命誕生時に1万塩基対で、それが年に50づつ減る。5000にまで減ると人間は絶対に死ぬ。100年で5000減る計算だから人間の寿命は100歳までと最初から決定されていて、テロメアを減らさないように体をいたわると最長125歳まで生きられる可能性がある。病気をするとテロメアが短くなるスピードが上がる。内臓の病気をすればその臓器のテロメアが寿命を迎え、その臓器は機能しなくなる。一度減ったテロメアは二度と延びない。

活性酸素が多く発生すると体に悪い。トロメアを短くし、老化の原因でもある。発酵食品は活性酸素をおさえ、広島の原爆被爆者の中で、味噌汁を飲んでいた人は後遺症が軽かったという説がある。

こんな本を読むと納豆を食べたくなるが、ごはんを食べるのが恐くなる。100歳まで生きるのなんて絶対に嫌だが、食べ過ぎず、糖分を摂り過ぎないと体にいい。普通に歩けるうちは健康でいたい。(山田)

 

 

 

| chat-miaou | 10:35 |
セクシーキャバクラへ

 

ストーカーがしつこい。毎晩酔っ払って電話をかけてくる。

「無視すればいいじゃん」

みんなそういうがストーカーはそんな簡単な人たちじゃない。

無視していると私の近所の住所から電話番号を調べ、急用だといって私に連絡させる。夜の11時半に近所のおばあさんが彼の電話番号をもって迷惑そうにやってきた。次に電話があったら着信拒否をするように頼むと、着信拒否の仕方がわからないという。警察に届けてほしい、取り次がないでください、と頼むと、それも困るという。仕方なく彼に電話すると、電話に出ないから何かあったのではないかと心配した、というが私はもう彼に10年以上会っていない。彼からの電話は酒の誘いと借金の申し込み、保証人になってくれ、彼のことを思い出すだけでも本当に気分が悪くなる。どうしてあんな人間と出会ってしまったのか。勝手に一方的に好意をもたれてしまった。こちらから連絡したことなどただの一度もないにのに困った時は助け合おうなどと生意気にいっている。ああいうゴミ以下の人間は他の人にも同じような迷惑行為ばかりしているのだろうから早く捕まってほしい。この世で一番嫌いだ。もっと酒を飲んで早く体を壊してどこかへ消えてほしい。

彼の話は全て頭にくる。ずっとそうやって生きてきたのだろう。全ての発言が自分勝手で一方的で人の話を聞かないから頭に血がのぼる。相手を怒らせてかまってもらう、何でもでしゃばって入ってきて、人を巻き込もうとする。そんなやりとりがしみついて日常になっている。いってはいけないことを普通に平気でいう。こういう奴にかかわってはいけない。しかも酔っ払って完全に頭がいかれているから翌日には何も覚えていない。何を話しても何の意味もない。もう限界だ。こちらまで頭がおかしくなってきたのでいつまでも終わらない話の途中で電話を切り、そのまま着信拒否設定した。ショートメールも拒否設定にし、公衆電話も拒否設定にし着信通知サービスも止めた。これで彼から連絡があってもわからない。誰かの電話を借りてまで電話をしてきたらさすがに周りも変な目でみて、捕まるのが少しは早くなる。絶対に縁を切る。勇気を出して闘う。今、縁を切っておかないと取り返しのつかないことになる。

また近所の人に電話してくるかもしれない、家にやってくるかもしれない、そう思うと落ち着いて家にいられない。眠れない。恐くてテレビをみていることもできない。どこかへ行って、何かをしなければおさまりがつかない。何か他の刺激を受けて区切りをつけなくては元の精神状態に戻れない。

セクシーキャバクラに行こう、と思った。若い女の体をもみまくってなめまくってやろう、と思った。そうでもしなければ、突然誰かに殴りかかったり、若い女性に抱きついたり、コンビニで万引きしたりしてしまうような気がする。

インターネットでよさそうなセクシーキャバクラを検索してから店に向かった。

店に向かいながら、行きたくない。

行きたくないけれど、何かをしなければならない。爆発しそうなムカムカする気持ちに区切りをつけなくては生きていけない。

セクシーキャバクラに向かっているのだが、やはりどうしても行きたくない。

長く会っていない親戚の女の子たちはもう30歳近い。セクシーキャバクラで働く女の子たちは親戚の女の子たちより歳下だろう。親戚の女の子たちの小さい頃を思い出すとセクシーキャバクラへ行くことはできない。行ったって明日自己嫌悪に陥るだけだとわかっている。もうキャバクラにだって10年行ったことがないし、行きたいと思ったこともない。

ふと数か月前に行ったロックバーの潤ちゃんの顔が頭に浮かんだ。ジョー・ストラマーの話で盛り上がった。

月曜日だから潤ちゃんがいるかもしれない。少し遠いけれど行ってみよう。

「あっ、山田さんだ、久しぶり、元気だった?」

金髪だった潤ちゃんは黒髪にしてオールバックにして前よりかわいくなっていた。まぶし過ぎる彼女の目をみることができなかった。

一杯おごった。

「オールバック似合うね、ロバート・デ・ニーロみたいだね」「マジで? 『ゴッド・ファーザー』大好き」

ロバート・デ・ニーロの話になり、1位『ディア・ハンター』2位『ゴッド・ファーザー パート23位『ケープ・フィアー』4位『タクシー・ドライバー』5位『レイジング・ブル』6位『キング・オブ・コメディ』ということになった。

好きな人と話が合うと何より楽しい。2時間飲んだら気分は落ち着いた。(山田)

 

 

| chat-miaou | 08:04 |
禁酒明けの酒


 

足が少し腫れてきたので禁酒した。足首がだぶついている。痛風が出るかもしれない。恐ろしい。

二度と痛風の発作を起こさないと決めた。それには禁酒するしかない。

風呂に11時間×2回つかった。風呂は痛風防止に確実に効果がある。痛風になりかけの体液をできるだけ体外に出し、きれいな水を飲んで入れ替える。

毎日普通に歩けることに感謝し、悪夢のような痛風の痛みを思い出せば、禁酒できる。今、健康であることが嬉しくてたまらない。

絶対に痛風にならないと決めたからロキソニンも杖も捨てた。

痛風の気配を感じたら、言い訳なしでその日から禁酒をはじめる。毎日続けて飲んでいれば体が重くなる。足首がむくみ、だぶつき、靴がきつくなってくる。これ以上飲んだら絶対に発作が起きる。

7日禁酒したら足首がすっきりした。すっきりした足首に発作なんて起きることはない。

朝起きるとまず足首をみる。すっきりしている足首をみて、「よし! 夕方になったら早めに飲みに行こう」とわくわくしてくる。

夕方4時から開いている店が多くなった。開店時間に合わせて目的の店に向かうと、道で顔見知りのおじいさんたちに遭遇する。みな目的地は一緒で、私の後にしばらく遅れてから続くように続々と入店してくる。

昼から飲める店も増えてきたが、昼から飲むとアルコール依存症がひどくなる。周りから変な目でみられて生活しづらくなる。昼から飲むとどうしても昼寝してしまい、夜眠れなくなるから時間の区切りがなくなり、酒がうまいのかまずいのかも区別がつかなくなる。

夕方を楽しみに、夕方の酒に向かって体調を整え、415分に一番客で店に入る。4時ちょうどではまだ店の人も準備をしていて恥ずかしい思いをする。

普通に歩けなくなると、一番の願いは普通に歩きたい。

病気をして酒が飲めなくなると、飲みに行きたくてたまらない。

飲みに行きたい時、その気持ちのまま飲みに行ける喜びは生きるに値する。他にはもう何もいらない。その気持ちを知っているかいないかで酒の時間は大きくかわる。

痛風になるのも悪いものではない。限界を知ることができた。限界を知ることのできる病気なんて他にはない。痛風になってよかった。正真正銘の理由だから嫌な奴からの酒の誘いも余裕で断ることができる。悪酔いなんてしなくなる。悪酔いなんてもったいなくてしていられない。つまらない酒はもう飲まない。痛風の激痛を経験すればその気持ちを痛感し、うまい酒が飲める。(山田)

 

 

| chat-miaou | 11:31 |
冬のおでん

 

半袖ではいられなくなり、カーディガンを着るようになると獅子文六を読みたくなる。体が覚えていて、読まずにはいられなくなり、本屋で中公文庫の『私の食べ歩き』と『食味歳時記』を買い、一気に読む。読み終えておでん屋に行かずにいられる日本人はいない。

開店時間の5時におでん屋へ行く。誰もいない一番客でおでんと真剣に向き合う。マスターもまた来た、という顔で私をみる。明日も行く。それほどおでんが好きなのか、と聞かれれば、想像している何倍もおでん屋に感謝している。毎晩興奮しながらおでんを食っている。

瓶ビールと熱燗を頼む。ビールで口を冷たくしてから熱燗を飲む。獅子文六の真似をしながらおでん屋で飲み食いするとなんとも楽しくうまい。

枝豆がある。そら豆もある。今日はそら豆にする。

獅子文六は季節によって枝豆かそら豆を毎日食べる。冷凍食品で一年中食べられる今の時代を彼はどう思うのか。いや、そんな時代には獅子文六のような文章を書ける人は生まれない。昔の文章に感動し、それを真似ていればいい。

瓶ビール、熱燗、そら豆、店に漂うおでんの香りだけで十分だが、おでん屋でおでんを頼まなければ店に悪い。文六はおでん屋に入るとその店のおでんのネタの原料の良し悪しまでわかるというが、そんなものはわからなくていい。そら豆も冷凍でもありがたい。そこにいてくれるだけでありがたい。おでんは何を食っても熱くてうまくて熱燗に合う。

獅子文六は豆腐が大好きで、豆腐の栄養と製造方法、豆腐の知恵とうまさをわからない人間にあきれている。豆腐を絶賛し、読んでいると豆腐を食べずにはいられない。豆腐を食べなければ損をする。おでん屋で豆腐を食べられるなんて、どれほど幸せなことかという感謝の気持ちで一杯になる。

豆腐、大根、ちくわぶを頼む。これでおでん屋への義理は果たした。

おでん屋のからしってツンときてうまい。出汁に合う。何に塗ってもうまい。脳にまで刺激がツンと斬り込んできて酔いが回る。

もっと食べたくなってメインにがんも、はんぺんで〆る。

獅子文六を読んでよかった。読めば読むほどおでんがうまくなるからこの2冊はしばらく捨てないでおこう。当分おでんがうまくてたまらない。朝から夕方のおでんが楽しみでたまらない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 11:48 |
『金ではなく鉄として』

 
 

ブックオフで中坊公平の本をたくさん買い込んだ。どれも108円で、内容も似ていて、やはり『金ではなく鉄として』が一番面白い。

森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を務めた中坊は50軒の被害者家族を回った。各家で世の中の真実を見た。44歳の遅過ぎた青春がやってきた。中坊は変わった。金儲けだけの仕事ではだめだ、と気づかされた。

ミルクを飲んだ赤ちゃんたちに後遺症が残っていた。

コウジ君は訳もなく乱暴になってしまい、健康な兄弟の勉強の邪魔をしてしまう。小さいうちはお父さんが力づくで止めたが、大きくなってお父さんも止めることができなくなると、自分から精神病院に入るといった。たまに家に帰ってきても暗くなる前に一人で病院に帰っていく。みんなで晩ごはんを食べると泊まっていきたくなり、病院に戻りたくなくなり、またみんなに迷惑をかけてしまう。気持ちを察したお母さんも「泊まっていけ」とはいえなかった。

タケオ君は生涯に3つの言葉しか口にできなかった。「お母さん」「ごはん」「アホウ」の3つのうち「アホウ」は外で覚えてきた。外で遊ぶのが好きだったタケオ君が外出すると近所の子供たちに砂や水をかけられるのだが、絶対に泣かなかった。泣くと面白がられ、さらにいじめられることを知っているので泣くことは許されなかった。泣くこともできないと笑われたが、家に帰るとお母さんにすがって泣いた。タケオ君の服には「この子が迷子になったらお電話ください。お礼を差し上げます」とゼッケンが縫いつけられていた。
就職が決まったと二階から知らせに来てくれた子が、ひと月後にはクビになり、もう下へ降りてこない。

通ううちに話をしてくれるようになった手足の不自由な子が、皿に注がれたお茶を犬のようにして飲み始めた。

中坊が法廷で被害者たちについて語ると裁判官が天井を向いて涙をこらえた。裁判官という立場上、涙をみせることができない。

中坊が森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を頼まれた時「かかわりあうとこっちが危ない」と思った。大企業と国が相手で、支援する弁護士も左翼系、順調で平穏だったエリート弁護士生活が失われるかもしれない。中坊は左翼嫌いの父に助けを求め、尊敬する父の反対を口実に弁護団長の役を断ることに決めた。

事情を説明した中坊に父がいった。

「お前をこんなに情けない子に育てた覚えはない。子供に対する犯罪に右も左もあるか。お前はこれまでに一度でも人様の役に立ったことがあるのか。何のためにお前を育てたのかわかってんのか」

中坊はテレビのインタビューや本の対談で被害者の話をする度、涙をこらえ、声をつまらせながら語った。
『金ではなく鉄として』は朝日新聞に連載されていた時から愛読していた。読み終わった本はすぐに捨てる私はこの本をもう5回以上買っている。
何度読んでも涙が出てくる。鉛をのんだような気持になる。自分の部屋でも、電車の中でも、図書館でも、モスバーガーでも、今日はマクドナルドで読んでいて涙が止まらなくなったが、涙の意味はわからないままでいる。(山田)


 

| chat-miaou | 01:01 |
『愛の罪をつぐないます』

 
 

アマゾンでなんとなく買った伊藤素子『愛の罪をつぐないます』をなんとなく読み進めているうちにぐいぐい引き込まれ、最初から読み返し、何度も繰り返し読み返している。面白い。

目がきれいで背が高くて星の王子さまみたいな男に憧れていた銀行員伊藤素子は婚期を逃す。小さい頃からチョコレートの包み紙さえシワを伸ばして小箱にしまうような子供だったので勤めをはじめるとぐんぐん貯金が貯まった。

700万円貯まった頃に、銀行の客だった遊び人と出会う。結局この男に900万円貸すことになる。

「目がええ。くるっとしてチャーミングや。たまには美しい女性と別の世界にとけ込んでいたいんや。ええやろ? 好きや、ほんまや」

口説き上手な男だった。

素子の告白が素晴らしい。

「女性の扱い方をよく知っていたので驚きました。自分の体がこわくなりました」

金の話はラブホテルのベットでした。執拗に愛撫されながらそんな話をされると「はい」と答えてしまった。

「『かわいいなあ』そういって私の肩を抱きました。強く抱いたかと思うと、二の腕のあたりをそっとなであげます。全身が熱くなり、肩に力をいれますと、『敏感な子やなあ』といって南さんは私を抱きしめ、下半身を脱がせました」「急に荒くなったり、やさしくなったり、とにかく、私の体を動物にできる人だと思いました」

挿入されながら頼まれ、入ったばかりの給料も貸した。

初めての海外旅行は南と二人で香港へ行った。ロマンチックな素子は彼と腕を組んでネオンが輝く街を歩きたい、おそろいのブレスレットを買いたい、香港にも、つけ麺大王みたいなお店があるかしら、と夢想した。

そして1981年、素子が33歳の時、つけ麺大王で食事をした帰りの車の中で犯行をもちかけられる。「お前と外国で暮らしたいんや」「お前の人生オレがもろうた」

振込み操作で現金5000万円を引き出し男に渡し、素子は500万円もって一人フィリピンに飛んだが南がくることはなかった。

「彼に抱かれていたときは、何もかも忘れて燃えました」

フィリピンで「南のこと好きですか?」と聞かれた素子は「死ぬほど愛しています」と答えた。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
日本の宝

 

デザイナーの友達と喫茶店でコーヒーを飲んでいて、一番好きな作家を聞くと根本敬だという。

私も一番好きな作家を聞かれたら迷わず根本敬と即答する。

「根本さんの本を読んだら世の中が楽しくみえるようになった」

たしかに根本さんの本を読む前と後では世の中が違ってみえる。

「不快を楽しむ」という根本さんの言葉がある。根本さんの本を読むと、威張っている人や、ブチ切れている人や、金とセックスのことばかり考えている人、タカリ、金持ちなのにどケチでセコイ人、自慢している最中の人、説教中の人が一瞬愛おしくなり、輝いてみえ、しばらくみとれてしまう。

根本敬が一番好きで、そういう感覚の人が一緒に仕事をするようになっている気がする。芸術家、出版業界で活躍する人の多くが根本さんを尊敬している。

根本さんがクラウドファンディングを募るとすぐにお金が集まる。ファンが心から根本さんを応援しているのがよくわかる。

ナンシー関も著書で根本敬を読むことをすすめていた。青木雄二も根本敬をほめていたという。石野卓球は根本敬が自分のルーツだといい、電気グルーヴの名曲『虹』の歌詞に根本さんの本から言葉がつかわれている。

根本敬を避けて通るわけにはいかず読みたくなるようになっている。読み終えた本はすぐに捨てると決めている私は何度も根本さんの本を買いなおす。何度もお金を出して買わずにはいられないほど読みたくなる。そして何度読んでも他の本よりずっと面白い。

1『電気菩薩』2『因果鉄道の旅』3『人生解毒波止場』4『映像夜間中学講義録』5『特殊まんが 前衛の道』6『タバントーク』を繰り返し読んでいる。7『夜間中学』も面白い。

根本さんの絵はフランスで人気がある。昔の『ガロ』の古本が外国で高値で取引されている。実は普通の絵も描けるが二度と注文がこないような絵を描かなくてはならないと決めている。そんな人、他にいない。

原稿料がなかった漫画雑誌『ガロ』出身の漫画家たちに魅力的な人がそろっている。東陽片岡は人物に鼻毛を描かなければ納得がいかない。表紙用に汚くない絵を頼まれても必ず鼻毛を描く、ゴキブリも描く。汚くなければ自分の絵ではないから汚く描く。アニメ製作を決心した杉作J太郎は、たくさんのスタッフが仕事をできるように広い部屋を借り、家賃を払うのに苦労した。製作が正式決定してから部屋を借りればいいのに、それでは納得がいかない。まずは貧乏でなければ自分ではない。まずは部屋を借りてから行動をはじめるが、なかなかアニメ製作は開始できない。自ら貧乏になる道を選ぶ姿がかっこいいから、感動したファンが本気で応援する。できることならあんな生き方をしてみたい。

根本さんのラジオのゲストが石野卓球だった。勝新太郎の『サニー』がリクエスト曲だった。次回のゲストは同じ電気グルーヴのピエール瀧で、リクエストが同じく勝新太郎の『サニー』だった。1曲目は石野卓球リクエストの勝新太郎『サニー』が流れ、2曲目はピエール瀧リクエストの勝新太郎『サニー』で、2曲連続全く同じ曲が流れ、そんなラジオははじめてで感動的だった。

根本さんの本に登場する人たちは魅力的で、私はその中の一人に会ったことがある。根本さんが書くと面白いのに、私が会ったその人は普通の人だった。つまり、根本さんには世の中が凡人と違ってみえている。

好奇心の強い柳田國男がもしも根本敬の本に出会ったらきっとすぐに全冊注文する。柳田國男の描く世界と根本さんの描く世界にはどこか似たところがあり、資料的価値が高い。ドストエフスキーも変人が好きで、ロリコン、タカリ、金持ちなのにどケチでセコイ人、ブチ切れている人、唾を飛ばしながら威張り散らしている人、人殺しなどを好んで小説に書いた。ドストエフスキーが根本さんの本に出会っても全冊注文する。ドストエフスキーに心酔した青木雄二だから根本敬のよさがわかる。100年後にはロシア語に翻訳された根本敬をロシア人たちが読んでいる。全集も出るだろうし、外国人が根本敬を読む時代がきて研究する学者もいる。『毛皮を着たヴィーナス』を書いたザッヘル・マゾッホか、それ以上に世界的に有名になる日が必ずやってくる。翻訳された文章では微妙な日本語のニュアンスが伝わらない。日本人にしか理解できない空気もある。世界で一人だけの才能が日本にある。同時代に日本に生まれ、日本語で根本敬を読める喜びを味わう。

根本さんに会った人は嬉々としてその感激を話す。波うち際の浜辺で戯れる頭のハゲたおやじたちの写真をみせてもらった感激を興奮して話す。

犬のエサ箱をタワシで熱心に磨くおやじがいる。そんなにきれいに洗わず、チャッチャッと水で流せばいい。「でもやるんだよ!」とおやじが怒鳴り、全世界が呆然自失し感動に震える。根本さんしか書けない。

誰にも真似できない。インターネットが普及する前、無数のかくれた才能の存在を語る人が多かったが、インターネットが普及し、誰もが平等に文章を発表できるようになり、かくれた才能は存在しないことがわかった。放っておかれる才能などなかった。インターネットがなくても才能はちゃんと開花していた。根本敬が描く世界も無数に存在するように思えたが、根本さんしか書くことのできない世界だった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 05:01 |
『くにとのつきあいかた』

 

15歳の時、池袋の大きな本屋で蛭子能収の漫画を立ち読みしてから夢中になった。汚くて卑猥な絵が多いから電車の中で堂々とページをめくることができなかったが、今すぐに読みたくて家まで我慢できない。それまで読んだことのない漫画で、すっかりファンになった。池袋の本屋で、テレビが伝えるのと違う面白いものをたくさん知った。

JICC出版局の漫画シリーズをみつけ、蛭子さんの『超短編傑作漫画集』とキャロル霜田『ウルトラマイナー』を買い、帰りの電車で笑いをこらえながら読んだ幸福な時間を忘れられない。

20歳の時、蛭子さんの『くにとのつきあいかた』を新刊本で買い、文章のうまさに感動した。名文が並ぶ。読んでも読んでも名文が続く。文章に引き込まれ、蛭子さんに共感して笑う。この本は現在絶版で、刷り部数も少なかったからなかなか手に入らない。また読みたいから探しているのだが、アマゾンにもヤフオクにもない。『思想の科学』という雑誌に連載された文章をまとめた本で、連載中から愛読していた。最初は「不良とつきあう」がテーマで、「ツッパリ漫画で気の良い不良がでてくるが私は信じないし、もしそんな不良がいたとしてもつきあいたくない」ときっぱり書いている。

『くにとのつきあいかた』の続編は『正直エビス』で、こちらは蛭子さんがテレビに出てメジャーになってから出版された本なので刷り部数も多く今でも入手できる。少しやわらいでくるが同じペースで面白さが続いている。

蛭子さんは本を読まないことで有名だが、こんなに面白い文章を書ける。根本敬が「読書量と文章のうまさが関係のないことは蛭子さんの文章を読めばわかる」というようなことをどこかで書いている。

蛭子ファンならわかるが、最近の蛭子さんは文章を自分で書いていない。話した内容をライターがまとめている。蛭子さんの文章ではないことがすぐにわかる。それほど蛭子さんの文章は独自で面白い。蛭子さんにしか書けなかった。蛭子さんは原稿チェックをちゃんとしないことでも有名で、ライターがまとめたままの文章はやはり蛭子さんらしさが薄い。蛭子さんの本は年々面白くなくなっていくのに、売り上げは伸びているのが面白い。

蛭子さんの本から学ぶことは多いので、出ている本は全部読んだ。はじめて『ガロ』に入選した時、奥さんと飛び上がって喜び、アパートでカレーライスでお祝いをした話に感動した。いじめっこや犯罪者に対する見解も素晴らしい。「死んだ方がいい」「犯罪者の遺伝子を残してはいけない」「逃げずに自首しなさい」と正直に書いている。

『くにとのつきあいかた』に「昔の友達」に関する文章があり、傑作の一つだ。頭の中に残って忘れられない。

昔の友達が訪ねてきて、金を借りにくる。昔の友達は金を返してくれたことがない。昔の友達は今でも絵を描いている。蛭子さんは芸術を愛しているが、今では半分は冗談で芸術を愛し、芸術家より生活者として生きている。昔の友達は金を貸してくれたお礼に自分の描いた絵を置いていったが、蛭子さんの奥さんが「そんな絵、みたくもない」と怒った。数ページの文章なのに傑作短編小説と同じ威力がある。しかも入手できないから再読することができず、頭の中で名文が何度も繰り返しよみがえり、さらに名文になっていく。映画化して欲しい。文庫化して欲しい。

太宰治も短編小説『親友交歓』で昔の友達を書いている。声のでかいとても下品な自称友達が太宰を訪ねてきて酒をねだる。奥さんにお酌をさせようとする。井伏鱒二と飲もうと思っていた大事なウイスキーをみつけられてしまい、飲まれてしまい、しかももって帰ろうとする。(山田)

 

 

| chat-miaou | 04:01 |
『毛皮を着たヴィーナス』

 
 

サディズムの語源であるマルキ・ド・サド(1740-1814)は小説『悲惨物語』で理想の家族を描いている。

若き妻との間にできた娘から普通の教育をいっさい遮断し、自分の好みの思想を植えつける。恋人として自分を愛するよう教え、自分のことをお兄様と呼ばせ肉体関係を結び、二人の蜜月を邪魔する妻を娘と一緒になっていじめた。妻が娘に飛びかかり、夫が妻を階段から突き落として血だらけにする。

マゾヒズムの語源であるザッヘル・マゾッホ(1836-1895)は小説『毛皮を着たヴィーナス』で理想の妻を描いている。

女の君主になるか奴隷になるか、男は二つに一つしかない。忠実な妻がみつからないのなら、徹底的に奉仕したい。女の奴隷となり、権力と美の象徴である動物の毛皮を身に着けた妻からお仕置きを受けたい。

古代ゲルマン人の美徳に血湧き胸躍らせるセヴェリーンは、少年の頃から女たちにいたずらされ、ついに運命の女王様に出会う。

二人が街へ買い物に出掛ける場面が素晴らしい。女王様が犬用の鞭を選ぶが、セヴェリーンを横目にすると小さ過ぎる。ブルドッグ用でも小さい。人間用の鞭を探す女王様の冷酷さに、セヴェリーンは背筋を凍らせて喜ぶ。

セヴェリーンは女王様から与えられる数々の試練に歓迎しながら立ち向かっていく。セヴェリーンという本名をグレゴールにかえるよう命令された時はさすがに頭にきたが、体はわなわなと喜びに震えた。

「踏んづけておくれ」

と愛を語り合った二人だが、女王様は他の男とセヴェリーンの元を去っていく。

マゾッホの夢は小説におさまらなかった。『毛皮を着たヴィーナス』執筆後、実生活でも理想の女王様に出会い結婚している。妻に浮気をせがんで嫉妬に狂喜した。新聞広告を出して妻の浮気相手を探して歩き、もがき苦しんだ。

そして小説と同じように妻も他の男と去っていき、マゾッホは廃人となった。

人は夢がなければ生きていけないのだ。(山田)


| chat-miaou | 03:01 |