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前川清と藤圭子

 

子供の頃は気付かなかったが、内山田洋とクール・ファイブの

「そして、神戸」(1972

「長崎は今日も雨だった」(19692月)

はすごい。サビの部分だけでなく、一曲まるごと隙がなく名曲だ。ヴォーカルの前川清の歌声が歌詞の1字ごとに変化していくのが気持ちいい。外国のロックミュージシャンだってあんなすごい唄い方はできない。当時のレコーディングに立ち会ったスタッフたちの感動が想像できる。本当にすごい歌手だ。

同じく、藤圭子の

「新宿の女」(19699月)

「圭子の夢は夜ひらく」(1970

も歌詞の1字ごとに歌声が的確に変化していきすごい。あんな唄い方は真似できるものではないし、人に教わってできるものでもない。いくら努力してもできない。これほどの天才となると絶頂期は長く続かず、藤圭子は、のどの手術により、納得いく歌声が出せなくなってしまい、長期間引退した。誰にも指摘されていないのに、自分一人だけで気付いてしまい、人を感動させる歌声が出せなくなったと判断して唄うことをやめた。天才の歌声は凡人を感動させ、何度でも聴き惚れる。

4曲続けて聴いていたら耳も頭の中もうっとりと気持ち良くなり、何日も4曲だけを繰り返し聴き続けた。

「長崎は今日も雨だった」は19692月の内山田洋とクール・ファイブのデビュー曲で、

「新宿の女」は19699月の藤圭子のデビュー曲で、

こんなにすごいデビュー曲って他にもあるのだろうか。

二人の天才のことを考えながら4曲に繰り返し聴き惚れていると、狼の化身である前川清が月に向かって唄い出し、月をみていた同じく狼の化身である藤圭子がそれに反応して、同じように唄いはじめた夢をみた。きっとそんな気持ちで二人の天才は互いの歌声を受けとめ合って、1971年に結婚し、1972年に離婚した。

天才少女・藤圭子はお母さんに連れられて作詞家・石坂まさを氏を訪ねてきた。お母さんの隣で藤圭子は漫画を読んでいた。数十年後、藤圭子は同じく天才である娘・宇多田ヒカルを連れて石坂まさを氏を訪ねてきた。お母さんの隣で宇多田ヒカルは電子ゲームをやっていた。

天才には凡人にはないドラマがある。それはもう生まれたその日からはじまっていて、生きているだけで全てがドラマになり人を引き付けていく。

100年後、誰かが必ずまた「そして、神戸」に衝撃を受けている。そういう人は「新宿の女」にも衝撃を受け、二人が夫婦だったことを知って衝撃を受ける。今の我々と同じように、天才・藤圭子から天才・宇多田ヒカルが生まれたことを知って衝撃を受け、ため息をもらす。(山田)

 

 

| chat-miaou | 19:15 |
ケチな男

 

彼女は314日生まれだった。普通の人は誕生日とクリスマスとホワイトデーと3回プレゼントをもらえるのに自分は2回しかもらえないと文句をいい、私にホワイトデーにはプレゼントを2つくれと要求した。

出会った頃はバレンタインデーに手作りのチョコをつくってきてくれたりしたが、ホワイトデーのお返しに無理矢理プレゼントを2つ買わされるのが嫌だった。彼女はブランドものの服やバッグや指輪が好きで、ホワイトデーはいつもデート代が5万円以上かかった。

付き合いが長くなってくると二人の関係に緊張感がなくなった。ある年のバレンタインデーはさっきその辺のコンビニで買ってきた普通の100円の板チョコを手渡され、私は別にそれでそれほど傷つかなかったが、ホワイトデーのお返しもコンビニのクッキーというわけにはいかず、高級品を無理矢理2つ買わされるのが納得いかなかった。

彼女は若く美しく、ブランドの服もバッグも指輪もネックレスもよく似合った。水着を買わされるのだけは、私も興奮しながら選んで楽しかった。

彼女が私に服や靴をプレゼントすることもあったが、着心地のいいようなものやセンスのいいものではなく迷惑だった。バレンタインデーにもらったジャンパーはデザインも着心地も悪く、彼女に気をつかってデートの日に着ていった。彼女との待ち合わせに向かって歩いていて、ポケットに手を入れると値札が出てきて、1000円だった。

安い服でもいいものはいい。安い服をプレゼントし合う仲ならいい家庭が築けるかもしれない。私と彼女にはいつも格差があった。生まれも育ちも大差があった。

彼女は高いものを欲しがり、私用には絶対に100パーセント安いものを選んだ。普通に歩いているだけで足を捻挫しそうな安定感のない、履き心地の不快な、グニャグニャしたビニールの安そうな変な、聞いたことのない怪しげなメーカーのブーツを履いて彼女と歩いていると、ボンドが剥がれて一度に靴底全てが剥がれ落ち、やり切れない気持ちになった。私はそういうボロを身につけているのが嫌で仕方がなかった。そういうことが度々あり、彼女への不信は募り、決して結婚したいとは思わなかった。(山田)

 

| chat-miaou | 11:00 |
ケチな男

 

若い頃は普通に恋人がいた。

彼女は美人だったがケチだった。デート代は電車賃以外は絶対に出さないと決めていて、喉が渇いてお茶を飲みたくなると自動販売機の前で私に向かって100円ちょーだい、と手を出した。恋人だし、近いうちに結婚するつもりだから男が女を食わせていくのが当たり前という考えの人だった。熱く誓い合った訳でもないし、実際に結婚するかどうかなんてわからず、私はそんな考えが大嫌いだったが、彼女は美人なので別れることなんてできないでいた。

彼女の友達とその恋人と4人で旅行に行った。

昼メシを食べると、あっちのカップルの彼が昼メシ代をまとめて払ってくれ、私は嫌な予感がした。

その予感はいつものように的中した。夜には、4人で焼肉屋に行って生ビールを飲んだ。

私は焼肉を食べながら最初からずっと勘定のことが気になって、私は焼肉は好きではないからあまり食べず、後のことを考えて生ビールも節約するようにして飲んでいた。

勘定になると、やっぱり私の彼女が「お昼ご馳走になったからここはうちらが払うよ」と余計なことを言った。「うちら」などと宣言してしまっておきながらも、彼女は電車賃以外は払わないと決めているのだから私一人が払うことになる。言いたくはないが、昼のランチは酒も飲まず、一人1000円のプレートで、焼肉は2万円近い。なぜ私が初めて会う見ず知らずの恋人たちに、自分の意志に反して焼肉をおごらなければならないのか。

相手の二人はもちろん断ったし、私におごってもらおうなどという気持ちは全然もっていない善人たちであった。ランチをおごってくれたのも友好の証であり、見返りなど求めていなかった。私は4人の中で一番年上だったし、彼女の余計な一言で後に引けなくなり、2万円を支払い、その悲しみは態度で相手のカップルに伝わっていた。彼女の余計な一言から先は、納得がいかず、どうしても笑顔をつくることができないでいた。

旅行から帰り、3人と別れ、私はすぐに長沢に電話をしてヤケ酒を飲んだ。長沢と気が合った。自分の恋人とは気が合わなかった。長沢はケチでなく、私と彼女はケチだった。それが彼女と結婚しなかった大きな理由だった。(山田)

 

| chat-miaou | 09:14 |
歳を取るということ


 

酒場で若者と話すと、やっぱりどうしてもわかり合えない。

若い人は煙草を吸うし、大酒を飲む。私も昔は若かったから若い頃は煙草を吸ったし、大酒を飲んだ。

「僕は煙草をやめるつもりはありませんね」

という言葉に美学を感じる。夢や美学をもった彼はきっと女にもてる。

うすい水割りの焼酎をちょびちょび飲んでいる私に、まだ20代の彼が「そんなに健康って大事ですか?」と聞く。「好きな酒で体を壊したとしても僕はかまいません」という言葉にまた美学を感じた。

説明するのが面倒だし、説明しても健康な彼にはわかってもらえるわけはないから黙って先に帰ったが、歳を取ると若者の美学を聞いていられない。体が違うからどうしても理解し合えない。

痛くて、苦しくて酒が飲めない。

35歳を過ぎた頃から体が老化し、悪いところが出てくる。普通は何をしても20代で体が悪くなるということはないから風邪やケガ以外で病院に行くことがない。

体の不調やだるさや痛みに耐えられず病院に行くと、必ず煙草を吸うか聞かれ、医者から煙草をやめるようにいわれる。煙草のニコチンは肺と血管と血液を汚すため全身に影響すると何度も説明を受ける。病院をきっかけに煙草を吸っても素直にうまいと感じなくなり、常に(やめた方がいいのかな)と疑問をもちながら吸う煙草がうまいわけはない。煙草はどんどん値上げしていくから値上げの度に(やめようかな)と思う。医者のせいで煙草をやめようかずっと悩み、四六時中悩んでいるのが煩わしくなり煙草をやめた。

病院に通い、血液検査表がたまると自分の体調の変化が比較できるようになり、健康診断前の食べ物や飲み物が健康診断の数値表に明らかに反映していることがわかる。

健康な赤の他人の若者が煙草を吸おうが吸うまいがどうでもよく、隣に座っていて煙がやってきて臭いという問題でしかない。最後はみんな医者に止められて煙草を吸わなくなる。命がけで煙草を吸う人はきわめて少ない。

歳を取って話を聞いてくれる人がいなくなると美学はなくなる。聞いてくれる人がいてはじめて美学となる。

若い頃と同じように飲もうとしても、内臓が老化して消化できないからアルコールが脳にまで回ってしまいすぐに記憶がなくなる。おいしいワインや日本酒を少し飲み過ぎると必ず夜中に動悸が起き、朝まで続いてよく眠れず、体調不良は昼まで続く。おいしいし、強い酒は体がしびれて気持ちがいいからどうしても1杯で止まらなくなり飲み過ぎてしまう。後のことを考えると恐くて薄い焼酎の水割りをちょびちょび飲むようになった。若いうちはそんなことはなかった。いくらでも飲め、酒で体を壊してもかまわなかった。

消化できないのに無理して飲めば泥酔し、酒場にいる若い女性たちの話に入ろうとして無視され、翌日ひどい自己嫌悪に陥る。若いうちは誰でもある程度はもてる。

好きな酒がだんだん好きでなくなる。飲めば飲むほどみっともない。することないから体を壊すほど飲んでみても薬を飲む回数が増えるだけで、これといって変わったことは起こらない。

酒は相手だ。同じ志の気の合う仲間と飲む酒がうまい。美人と酒を飲むと期待で一杯になり舞い上がる。

歳を取ると気の合っていた仲間たちもみな病気になり、語り合うということがなくなる。夢破れ、志などなくなり、薬をもち歩く。一通り経験し、いろいろもう十分に語り合ったから、これといって話すことはなくなり、誘っても来ない込んでいるにぎやかな酒場で声を振り絞る気力がないから、ずっと黙ったまま家に帰るチャンスを見計らっている。ガールフレンドはおばさんになり、ついに歯の抜けた話を聞き、1本でも歯が抜けると全部の歯がずれ、歯の隙間から食べカスが飛んできて、酔っ払って距離感がなくなって、間違えて人のグラスや人の小皿に手をつけてくるから、もう舞い上がるというようなことはない。

話している途中で説明するのが面倒くさくなってしまい、突然話の途中で黙る。最後まで話しても大した話ではないと自分でもわかっている。何もかもが面倒くさい。まだ結果の出ていない若者の主張は希望にあふれていて羨ましい。病気がちなおじさんはそういう話を聞いていられない。目標がなくなるとすることがなくなる。応援する元気も余裕も経済力もないから先に帰らせてもらう。(山田)

 

| chat-miaou | 19:20 |
なるほど! 整理術 電話加入権編

 

固定電話をつかわない。かかってくるのはセールスだけなので、普段からコードを外している。携帯電話が古く、バッテリーが数分しかもたないから長電話ができず、各種手続きなどで長電話をする時には固定電話に電話コードをつないでつかっていたが、次から次に各種契約を解除したので、もう各種手きや問い合わせの電話をすることもなく、固定電話は解約し、電話を捨てた。

仕事をする時には必要になるかな、とも思っていたが、病弱の私が独立して会社を起こすなどということはもうない。何かで必要になったらまた固定電話に加入すればいい。

NTTの固定電話を解約すると利用休止のお知らせのハガキが届く。人が死んで遺品を整理しているとこのハガキが出てくる。

昔は電話はNTTだけだったから電話加入権に価値があり、数万円で取引されていたのだが、今は無価値で買い取ってくれる人もいないし、手続きするのが面倒だからだだでもらってくれる人もいない。

しかし、加入権の残っているハガキをみつけると、一応、もしもの時のために権利を残しておこう、という気になって、権利の名義を書き換える。

私は自分のものと、若い頃友達からもらったものと、死んだ伯父のもの、3つの電話加入権をもっているが、こんなものをもっていても仕方がない。私が死んだ後、3枚のハガキをみつけた誰かが一応、もしもの時のために権利を引き継ぐかもしれない。死んでいく人は少しでも残された人を煩わせてはいけない。

電話加入権は5年ごとにNTTに確認の電話をすれば権利が維持できる。

つかっていた固定電話の解約とともに、他の2つの権利を抹消してもらった。書類はいっさいなく、電話だけでOKだった。今は電話加入権がなくても設置できる固定電話がある。電話加入権の価値はなくなったので権利抹消手続きも簡単に電話1本でできるようになった。

一応一つだけ加入権は残しておいた。

今のところ、携帯電話は解約できない。やはり電話は必要だ。どんな書類を書くにも電話番号を記入しないわけにはいかない。

父が死ねば親戚付き合いもなくなる。そうなったら携帯番号を変えてみなと縁を切る。お年玉、法事、結婚式、入学祝、親戚なんて金がかかるだけで、私が彼らに連絡して何かを頼んだことなどこれまで一度もない。会いたいと思ったことは一度もない。何度も保証人にされ、何度も親戚が払うべき代金を代わりに払わされてきた。私の用で彼らに連絡をすることなど絶対にない。彼らに頼むぐらいなら首を吊ってこの世を去る。金を借りたことも金をもらったこともない。法律で認められたもらえるはずの私の取り分の遺産もいっさいもらえなかったから恨みしかない。そんな相手に香典やご祝儀を出すなんて絶対に嫌に決まっている。他人の存在は関係がないからなんとも思わないが、親戚の存在は戸籍と法律によって簡単には縁を切れないから憎しみが続く。親戚という以外に何のつながりもない。顔をみるのも嫌だし、思い出すだけで気分が悪くなる。あちらはそういったことを気にせず、親族としてこちらを好いているので本当に迷惑だ。人の気も知らず平気で電話をかけて寄こされると数日不愉快で落ち着かず、あまりのしつこさに嫌気が限界を超え、ひきつけを起こして気絶した。人間の体は、本当に心から嫌いな人間に接し、そこから逃げられないままでいると生命回路がショートしてぶっ倒れる。次は意識が戻らないかもしれない。自分の命を守るためにも彼らと絶対に縁を切る。

数十年後、もっと歳を取って数人の親戚が死んだら墓も潰す。墓を更地に戻すには30万円程度かかるが、後に何も残したくない。私が死んで墓に入ると、寺は戸籍を辿って親戚に2年で1万円の管理費を請求することになる。

私が死んだら、親戚たちに相続拒否手続きをしてもらい、私の遺骨は行政がどこかの墓地に無縁仏として埋葬してくれる。今の日本では相続拒否手続きだけはどうしようもない。少子化にともない、年々相続拒否件数は増加している。生きている限り、これは親戚に迷惑をかけても仕方がない。

40年前に会ったきりの叔父が知らない町で孤独死した。息子さんが相続拒否をし、私の父のところに未払いの税金の請求がきた。住んでいたアパートの原状復帰工事の代金の請求もあるらしい。関わるといくらでも請求される可能性が広がるから相続拒否手続きを取るしかない。父が相続拒否すると、今度は甥である私に請求がくる。40年、叔父に会った親戚は一人もいないのに、戸籍を辿って追いかけてくる。妻、子供、親、兄弟、甥と姪まで追ってくる。司法書士に相談すると、無視すると差し押さえがくるという。誰が悪いわけでもない。叔父さんも一人でひっそりと死にたかったに違いない。法律で決まっているのだから文句をいっても仕方がない。

お父さんが死んだら遺産相続はお母さんがする。お母さんが死んだら遺産相続はお父さんがする。子供たちも親のためなら同意のハンコを捺すが、それ以外の相続は必ずもめる。「故人は私にくれると言っていた」「お兄ちゃんは故人が生きているうちにすでに1000万円はもらっているはずだから、その分は差し引くべきだ」と言い出す人が行くの中に必ず一人はいるからもめる。意外な人が変なことをいい出してもめる。遺族が一人でも同意のハンコを捺さなければ定期預金も現金化できないし、不動産の名義書き換えも売却もできない。家族が独立して親族が多くなればなるほど知恵がついてもめる。平等に分けるのが難しい不動産があればもめる。結局最後は家庭裁判所の調停となり法定相続になるのだが、話し合いで各自が権利を主張すればするほど遺族間に憎しみが生まれ、体調をくずすほどのストレスを経験する。

「うちは財産なんてないからもめない」というが、ある。「うちはもめようがない」というが、もめる。今の日本では貯金がないと生きていけない。遺産相続のような高額な臨時収入は人生で他になく、最後のチャンスといってもいいから相続放棄する人はいない。

本当にない人は人に相手にされないから孤独に生きている。家賃の安い団地か安アパートに一人で住んでいる。本当に遺産が何もないなら、遺族となった親族は一致して相続拒否をする。孤独に生きたから未払いの税金、家賃があり、孤独死で汚したアパートの原状回復費用を遺族が請求され、遺族はマイナスの遺産の存在を知った3か月以内に相続放棄手続きを取らなければ支払い義務が生じるので皆が大急ぎで手続きを取り、遺骨の引き取りも全員拒否する。きちんとした先祖の墓が寺にある場合、遺骨を引き取らされれば戒名代を30万円取られるし、納骨する時にお坊さんにお布施を3万円払わされるので、そんな金を払う人はいない。(山田)

 

| chat-miaou | 12:41 |
忘れ得ぬ味

 

前田さんは変わり者で、少し普通と違った店にばかり行く。私はそれが楽しみで前田さんの案内してくれる店に喜んでついていく。

前田さんは年上が好きだ。若い時から50代の今になってもかわらない。80歳のガールフレンドにカラオケスナックで遭遇し、「ねー、あれ唄おうよー、あーれっ」と甘えた声を出され、「うん、うん」と楽しそうに並んで立ってデュエットをはじめる。

前田さんはゴキブリが好きだ。ゴキブリが出る店を好み、ゴキブリが出る度に嬉しそうに笑う。

「ゴキブリが好きなんですか?」「ゆるさがいいんですよ」

スナックで飲んでいると前田さんの背後の壁に大きなゴキブリが出た。ママが悲鳴をあげ、他のお客さんが「この野郎!」といっておしぼりを思いっきり投げつけると、おしぼりが空中でふわりとひらき、前田さんの頭にすぽりとかぶさった。

お客さんたちが大爆笑したので、サービス精神旺盛な前田さんはしばらくそのままの格好で酒を飲み続け、お客とゴキブリが涙を流しながら前田さんを指さして笑った。

居酒屋で前田さんと差し向かいで刺身を食っているとテーブルのはじから小ぶりだが肉厚に太ったゴキブリが全速力で走ってきて、前田さんの目の前でコロリと腹をみせ、暴れた。

前田さんはまるで田舎の甥っ子をみるような優しい目をして「ハハハッ、ゴキブリだ」と笑った。ゴキブリは腹をみせて体をねじらせ前田さんに甘えているようにみえたが、実際は厨房で毒団子を食わされ、なんとか前田さんの前まで辿り着き、息絶えようとしているのだった。前田さんのブッダのような眼差しに包まれて見送られるかにみえたが、店のおばさんにみつかってしまい、雑巾で押し潰されての出棺となってしまった。前田さんは納得いかないような悲しそうな顔をして仲間の最期を見送っていた。

別の日、居酒屋で前田さんと差し向かいで刺身を食っているとテーブルのはじから虫影が勢いよく前田さんの前に走ってきて、「またゴキブリ!」と胸に十字を切ると、ガだった。

「ハハハッ、ガだ」

ガは刺身の周りをいつまでもパタパタと舞い踊ってリン粉をまき散らし、前田さんは娘の発表会をみるような穏やかな顔で彼女をみつめていた。 

とてもネズミのにおいがするスナックに連れていってもらった。ネズミのにおいとは、浅草駅の地下のあのにおいだ。ネズミに詳しい友達があれはネズミのにおいだと教えてくれた。ゴミ捨て場で100匹のネズミの大群をみた時のにおいだという。

ネズミスナックのママは、

「よかったらこれ」

といって、ポテトチップスのカスをサービスで出してくれた。

ママによるとポテトチップスは大きいうちはダメで、底に残ったカスが一番おいしいという。

突然だったから戸惑ったが食べないと悪い気がして、いただいてみると、ねっとりしけっていて乾いた絵の具のような食感で、ママの指先や唾液の味がした。前田さんも「うん、これはうまい!」とカスを気に入った。

あれは、自分のカスだからうまいのではないだろうか。人がスナック菓子を食べた後の指先をなめてもうまくない。いや、人による。グラビアアイドルや女優の指先ならきっとうまい。そんなことを考えていたら気持ち悪くなってきた。

ママがサービスしてくれたカスは塩分濃厚でパンチが効いていて、水割りを飲むと顔が腫れた。今でもスナック菓子を食べ終えそうになると、ネズミを思い出す。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
ロックフォールとクサヤ

 

スーパーでチーズフェアをやっていて、面白そうだからいくつか買ってみた。

フランスのロックフォールというチーズが際立って臭い

父の病室の帰りに買ったので、複雑な気持ちになった。子育てや介護でオムツ交換をする人はこのチーズを素直においしく食べることはできない。

はじめてにおいを知り、最初は嫌な気分になるほど臭いが、買ったばかりだから捨てるのはもったいない。何度もロックフォールに鼻を近づけ、においをたしかめる。恐る恐る口に入れてみると、ウンコのにおいが鼻から抜けていく。外から鼻へ入ってくるウンコのにおいは拒絶するが、自分で食べたウンコのにおいのするチーズのにおいが鼻から抜けていくのは逃れようがない。

(こんなものを食っていいのだろうか?)という気持ちになる。誰にもみられてはならないし、してはいけないことをしているような気になる。本物のウンコもこんな味がするのかもしれない。

こんなにおいが指先や唇につき、口臭となって人に感知されたら変な目でみられる気がするので、風呂に入って石鹸で手と唇を洗い、よく歯磨きしてから前田さんの店に飲みに行った。

「ロックフォールってチーズは臭いね。ウンコのにおいがする。ひょっとして、ウンコってチーズみたいな味がするのかな?」

「いや、あれはしょっぱくねーんだ。苦いんだよ」

「え! 食べたことあるんですか!」

「食ったことはねーけど、肛門なめたら苦かった」

なるほど、ひどい二日酔いの時、吐くものがなくなり酸っぱい胃液が出た後、苦い胃液が出てくる。きっとああいうのが腸を通って出てくる。さすが前田さん、女性経験が豊富だから、いろんな味をよく知っている。それが答えなのだと思う。

においで味は判断できない。

でも、苦いとしょっぱいは違う。しょっぱいのは塩を入れているからで、ウンコに塩は入っていないと思う。かといってロックフォールから塩分を抜いても苦くはないような気がする。やはり自分で食べてみないとわからない。

クサヤもロックフォールもコクがあってしょっぱくて臭い。どちらもウンコのにおいがするが、クサヤは普通の健康的なウンコのにおいでパンチが効いていて、ロックフォールは鼻につくような、ツンとして、病室から漂ってくるようなにおいで少し離れれば、においが漂ってくるようなことはない。クサヤは自分のウンコのうような、ロックフォールは自分以外の誰かのウンコみたいな、いや、クサヤに挑戦したのは私が希望と冒険心にあふれていた20代の時で前向きな明るい気分で、ロックフォールに出会ったのは絶望の47歳で厭世的な悲しい気分だった、というのも関係している。クサヤやロックフォールは体の具合の悪い人や悲しみに暮れている人、機嫌の悪い人に出すものではない。

ビン詰めで売っていてそのまま箸で口に放り込むような小切れのクサヤならそれほど臭くなく、人の迷惑にならずにおいしく食べられるが、クサヤ汁につけられて真空パックにされた一匹ものを焼くと近所迷惑になる。

近所でクサヤを焼いたおばさんがいて、隣に住むオヤジがぶち切れて「ウンコくせーんだバカ野郎! ヤメロ!」と怒鳴っていた。

しかし、クサヤを一度食べると、機会があればまた食べてみたくなる。やはり本当のウンコとは違い、発酵してうまくなって変なにおいを出すものと、普通に悪臭を放っているだけで食べるべきではないものの違いを、人間はかぎ分ける。うまくて臭いものはクセになる。

近所迷惑になるし、他のお客さんも嫌がるからクサヤを焼く居酒屋はなくなった。

数年前になくなった私の行きつけの店ではクサヤを焼いた。メニューに堂々とクサヤがあり、一匹単位で焼いた。常連客ばかりの小さな店で、クサヤを頼むと帰る客もいた。クサヤを焼くとしばらく店の前にウンコが焼け焦げたようなにおいが漂い、「悪臭がする」と通報を受けた警察官が事情を聞きにきたこともあった。マスターはクサヤが好きで、地方の伝統的名産であるうまいクサヤを焼いて悪いはずがないという強い信念をもった人だった。

牛丼屋で、隣で納豆を食っている客がいるだけでもかなり臭い。クサヤを焼くとあの20倍ぐらい臭い。距離にして半径4メートルぐらいに臭さが広がり、しばらく臭いが消えないまま残る。自分で食べる分には冒険的でもあり楽しいが、やはり隣で食べられてあのにおいをかがされるだけでは、クサヤを嫌う人ばかりだ。焼き魚で煙が出るから服ににおいがつくかもしれない。

クサヤを食べた時、女友達から電話があって、そのまま会いに行った。納豆も食わないような女性なので、クサヤを食ってきたことは話さないでおいた。服にもクサヤのにおいが染みついていただろうし、歯をみがかなかったから歯の隙間にはクサヤのかけらが残り、口からもクサヤのにおいがしたと思うが、私はウンコを食べたことはこれまでに一度もない。(山田)

 

| chat-miaou | 02:01 |
サラリーマンごっこ

 

友人の前田さんがスナックをはじめた。ライターや編集の仕事がなくなってしまったのではじめたのだが、今度こそうまくいってほしい。売れっ子だったから一時期は年収1000万円を超えたこともあるほどの人だった。50代からのスタートだ。

店を訪ねるとカクテルをすすめられた。知り合いに教えてもらい練習中だという。シェイキングする材料をそろえるのに10分かかり慣れていないのがわかる。ぎこちないシェイキングが面白い。思わず笑ってしまうと、前田さんも照れくさそうに笑った。バーテンダーごっこをしているようだった。

出版業界の仲間たちの話になると、全滅している。廃業している人が多い。病気の話が多い。うまくいっている人の話は一人も聞かない。

昔、我々は毎夜のスケジュールを埋めて飲み歩いた。今、あんなことをしている人はいない。

前田さんとはサラリーマンごっこをした。

前田さんは変わり者で、前田さんの家の近くで飲んでいると、「ちょっとクリーニング屋に行ってきます」といい、きれいになったスーツを手にして戻ってきた。

「スーツを着ることなんてあるんですね?」「ええ、サラリーマンごっこにつかうんです」

サラリーマンに憧れている前田さんは、夕方になるとスーツを着てネクタイをしめて腕時計をはめて革靴をはいて、電車に乗って新橋の焼鳥屋へ飲みに行く。この格好をして吊り革につかまっているだけで嬉しい。本物のサラリーマンにまぎれて夕刊紙を読んでから、また吊り革につかまって家に帰ってくる。そのためにスポーツ刈りだった髪を伸ばして七三にした。一着4万円のスーツを春用冬用一着づつ洋服の青山で買い、セイコーの時計も1万円で買った。出掛ける前は革靴をクリームでピカピカに磨く。

話を聞いているうちに私もやりたくなってきて頼むと「スーツにネクタイならいいですよ。部下ですよ

スーツを着て、ネクタイをしめて、新橋駅前公園の喫煙場所で待ち合わせた。

紺のスーツ、赤いネクタイ、ニセモノのブランドマフラー、しかも床屋に寄って七三にバシッと決めた前田さんがニコニコしながらやってきた。サラリーマンではないくせに清潔感にあふれ、こざっぱりして、かなり大きな会社のサラリーマンにみえる。部長役らしく渋い声を出して「いやいや、お疲れさん」などとニセモノのくせに偉そうにいっている。

二人とも革カバンをもって集合したが、みせかけで中はからっぽだった。前田さんのカバンには夕刊紙が差してあり、私の分もゴミ箱から拾ってきてくれていた。たくさんのサラリーマンでにぎわう安酒場に潜入し、夕刊紙を読みながらその日の出来事について語り合った。株価の話やプロ野球の順位の話をし、私はこんなくだらないことを一緒にできる友達がいて幸せだった。

そのまま銀座へ出て、知り合いの店に行くとどこでも受けた。みな、前田さんのことを私の知り合いの旭化成の部長だと信じ込んでいたが、話しているうちにサラリーマンではないことがばれてしまい、からっぽのカバンが女の子たちに大受けした。女の子たちは涙を流して前田さんのカバンを指さし、前田さんも照れくさそうに笑った。あんなにたくさんの人が腹をかかえて笑っているのをみたことがない。

あの頃、前田さんと飲みに行く約束は1か月前にしていた。忙しくて当日に予定が流れることも度々だった。いつも締め切りに追われていたが、今は月に数本しか締め切りがない。

これからは嫌なことがあったら前田さんの店に行ける。前田さんといつでも会える。会いたい人が毎日飲み屋で待っていてくれているなんて、なかなかない。(山田)

 

 

| chat-miaou | 01:01 |
悪夢

 

マスターはそのおじいさんに金玉を握られディープキスされた。

私はそのおじいさんに長々としゃぶられた。

二人とも別の日に泥酔し、その店に迷い込み、オカマのおじいさんにいたずらされた。

二人で吐き気に耐えながら辛い思い出話をしていると、カウンター席のはじの若者が、

「あの…実は…僕も…僕もしゃぶられました」と告白した。

私たち二人の話を聞いていて、被害者は自分だけではなかったんだと勇気が湧き、告白した。ずっと誰にも話せないで悩んでいたからすっきりしたといって高らかに笑った。

私とマスターは一度しかその店に行っていないが、彼は、二度、その店に行った。マスターと私は驚いて、なぜ二回もあんな店に行ったのか聞いた。

一度目は我々と同じように泥酔して歩いていて、おじいさんに引き込まれるようにして店に入った。金玉を握られ、唇を奪われたところで何かが確実におかしいことに気付いて怒って店を飛び出した。しかし、何か納得がいかないところがあり、後日もう一度、泥酔した日、自分からその店に確かめに行き、おじいさんにパンツをおろされしゃぶられた。

話を聞いていたマスターがここ数年で一番の笑顔をみせた。私も久しぶりに腹から笑った。

私に二度目はありえないが、彼の気持ちは少しわかるような気がする。

おじいさんにしゃぶられてよかったか、悪かったか。もちろん悪かったが、こんなことも経験しないより経験した方がいい。自分から経験したくはないが、誰もが通り抜ける道として経験してしまった方がいい。経験したことによって確実に三人のケミストリーが生まれた。学問も読書も妄想も想像力も大事だが、実体験も大切だ。経験した人にしか共有できない傑作ホラー映画のような面白さがある。エベレスト登頂に憧れる者同士が語り合うエベレストと、エベレスト登頂に成功した者同士だけが語り合えるエベレストは違う。

泥酔してああいう状態になると、もうどうでもいい、という気持ちになる。あの気持ちも知っておいた方がいい。

若者の細かい告白を聞いているうちに、私も数年ぶりにあの時の悪夢がよみがえり、吐き気がした。私はあの時、しゃぶられながらおじいさんの頭を撫でていた。

このおじいさんにしゃぶられた人は他にもいる。酒飲みの先輩が「参ったよ、昨日も気づいたらしゃぶられていたよ」と話してくれた。

「そんなことして気持ちいいんですか?」

「気持ちいいわけないじゃないか、気持ちわりーよ、もう、そういう次元の問題じゃないんだよ。あそこまでいくとどうでもよくなる」

「なんであんな店に行くんですか?」

「知らねーよ、自分でもよくわからんが、どうやら、ベロンベロンに酔っ払うと、よし、行ってやるって気になるよーだな」

「あのおじいさんのことが好きなのかな」

「そんなわけない」

「これまで何度くらい?」

「10回くらいかな」

先輩の気持ちも少しだけわかるような気がする。切腹や特攻隊など、日本人だけがもついさぎよい遺伝子が泥酔すると顔を出し、飛び込んで突撃したくなる。日本人特有の精神だから日本酒で泥酔すると特にそういう気分になる。古い映画をみていると、女性だって「お願い! 私をメチャメチャにして!」というシーンが出てくる。どうにでもなれ! という気分でしゃぶられる。

その店は長く続いている。被害者が続出しているが訴え出る者はいない。ああいう人も数少なくなった。もう数年もすればああいうおじいさんは存在できなくなる。

若者にはきっと三回目がある。それが若さというものなのだから。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
熟女好み

 

前田さんと話が合う。行動パターンも似ている。

「この間、池袋のオカマの店に入って二人きりになったら金玉をギュッと鷲づかみににぎられて、ディープキスされた」

「え? もしかしてあの角の2階?」

「あれ? なんでわかった?」

「俺なんて睡眠薬飲まされてズボン脱がされてしゃぶられましたよ。しかもにぎらされて、いつまでもしつこくて」

「ほー、それはすごい。思い出すだけで吐き気がする」

オカマによるそういう被害を受けた人は他にもいる。私も前田さんもその店には一度しか行っていないので被害者はたくさんいるに決まっているのに、今でも普通に営業しているから誰も被害届けを出さない。みな、共通しているのは泥酔していて、いざ、そういうことをされてしまうと、もう、どうでもいい、という気持ちになる。あまり抵抗せずに全てを受け入れてしまう。もちろん、後になると悪夢と後悔の連続で、二度とそういうところには近づかない。あの時、なぜ逃げなかったのか、なぜ男らしく抵抗しなかったのか、思い出すだけで吐き気がする。

女性の性的な事件は多いが、実は男にも被害者は多い。男の場合、笑い話で終わることが多い。目をさますと後ろから挿入されていて、頭にきたからやり返したという武勇伝も聞いた。男は笑われ、女は男に大切にされる、なかなかいい世の中だ。

前田さんとの話は面白い。普通の人ではないから学ぶことが多い。

「サルは若いメスは人気がなく、熟女が人気だそうですよ。前田さんみたいですね」

「それはサルが正しい。若い娘とは肌が合わない。つっぱり返るような気がする」

男は、女性の前で年齢の話をしない。若い娘の話をしない。若くない女性はそういう話を嫌がっているのがはっきりと顔に出る。

前田さんはもてる。50代で、年上が好きだから50代後半から60代の女性に色気を感じるという。70歳ぐらいまでが肉体的に恋愛対象で、ほめられた熟女たちは嬉しそうにしている。

私が笑うと、怒ったような顔で、

「君はまだガキだから本当の女のよさがわかっていない。サルが正しい」

話を聞いているうちに、私が間違っていることに気付き、いつしか笑わずに前田さんの話を聞いていた。

60代、70代の男が、20代の女に惚れているのをみてどう思う? あんまりみっともいいものではない。人生を見極めた残り少ない男が辿り着くのは50代後半から60代の女だ。まあ、俺みたいな考え方は20パーセントぐらいしかいないけど」

なるほど。子づくりの世代を過ぎるとそういうものなのかもしれない。確かにそれぐらいの年齢なら、落ち着いた恋愛感情で付き合えそうな気がする。一緒にいるだけで気分が落ち着く人、喧嘩なんて疲れる。

「そう、みんな最後はそういう風になるようにできている。世の中、男と女しかいないんだから」

20パーセントどころではない。前田さんの話には考えさせられる。

「なんでもてるのに結婚しないんですか?」

「面倒くせーから」

今夜もおばさんやおばあさんたちがうっとりした目で前田さんをみつめている。(山田)

 

 

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