Page: 1/45   >>
持ち込み料の問題

 

居酒屋に酒や食べ物を持ち込むのは御法度だ。誰かにそれを許すと他の人も持ち込みをしたくなり切りがない。

行きつけの居酒屋にもらった山崎のボトルを持ち込もうとした。店のメニューにVSOPのボトルが4000円と書いてあったから4000円払って持ち込ませてくれるように頼んだらママが「山崎ならうちでは15000円になっちゃう」といったので持ち込むのはやめた。値段は店が決めるのだからあちらが全て正しいが、いくらなんでも高過ぎる。ウイスキーなんて家で飲んでもおいしくないから、もったいないけど少し味見して捨ててしまった。

常連客に断ることができず、持ち込みを許してしまうマスターがいるが、こういう店は近いうちに潰れる。持ち込みを許せば、その分、店の酒やつまみが売れなくなる。客の無礼な行為はエスカレートし、持ち込みボトルを他の客にふるまう客まで出る。これでは絶対に商売にならない。実際問題として、客はお人よしのマスターをバカにしている。

歩いて行ける距離に小さい居酒屋ができ通っている。若者が1人でやっている店で、店がすいていると寄る。彼は何でもOKしてくれるので好きなワインを持ち込ませてもらった。彼とワインの話をしていて彼に飲ませたかったという理由もある。他に誰も客がいない時にそっと相談した。この店のメニューではグラスワインが600円で、ボトルワインだったらいくらか聞くと2500円だという。2500円払って好きなワインをもってきていいか聞くと、いいという。家の冷蔵庫からもってこれるから冷蔵庫代もかからないし場所代もかからない。一度に全部は飲み切れなかったから、残りは彼にプレゼントし、他の客に売ってもらった。ワインは開けた瞬間がうまいし長もちしないし、いいワインだから捨てるのはもったいないし客にあげるわけにもいかない。

持ち込みを相談すると烈火のごとく怒る人がいる。怒る理由は安く飲まれるからで、そんなことを許しては店はやっていけないから、怒るのは自己防衛でもある。

好きな酒を好きな店で飲みたい人はかなり増えている。店のメニューにそって、店への尊敬を忘れず、条件決定は店側に主導権をもたせて交渉すればうまくいく。店側も得をするようにはっきり条件をいい合えばうまくいく。

ケチやせこい人間に持ち込みを許してはならないし、ケチやせこい客がいると店の雰囲気が悪くなり、いない方がいいからはっきり断る。

店が損をする持ち込みはあってはならない。ただで持ち込みなんて絶対にあってはならない。

まずはちゃんとした常連客になる。この店のつまみで好きなワインを飲んでみたくなる。気持ちよく持ち込みができる関係になって持ち込みが実現しても、34回で面倒くさくなり、持ち込みなんてしなくなる。飲みたいな、と思ったら手ぶらでまっすぐ飲みに行くのが結局一番楽しい。(山田)

 

| chat-miaou | 11:50 |
酒場の女

 

美術や自然の美しさをわかる人がうらやましい。心を落ち着かせたり興奮させるものが世の中にあふれ、それらをみて回るだけで人生が楽しい。旅行が楽しいし、車に乗るのが楽しいし、美術館が楽しい、いろいろ集めたり工夫していると家にいるのまで楽しい。こういう感受性が足りないと、旅行に行くのも車に乗るのも金がかかるだけで面倒くさいし、美術館に行っても何がいいのかわからず、無理矢理よさげな絵画の前で足を止めてわざとらしくしばらくたたずんでみる。家にいても食って寝る以外することがない。

酒場で働く女の美しさはわかりやすい。

安い居酒屋できれいな人が働いでいるのをみつけると必ず通う。わくわくしながら毎日通う。話し掛ける勇気はないが、チラチラとその人を盗み見しながら酒を飲む。その人の存在が確実に10倍は酒をうまくする。酒本来の味なんて女に比べたら大した問題ではない。なかなかこういう店はみつからない。

よくぞ居酒屋でアルバイトをしてくれた。居酒屋でのアルバイトを選んだ彼女に品性を感じる。マザー・テレサと同じ慈愛を感じる。誰でも平等に彼女の顔をみに行けるから明日も生きていこう、と思うことができる。

洗い物で赤くなった手をにぎって温めてやりたい。すりむいた手をみると「どうぞ」といってバンドエイドを差し出したい。酔いとともに妄想が広がり、頭の中でドラマのような彼女との恋愛がはじまり、何度も歳の差結婚をし、幸せな家庭を築き、離婚することはない。一人で妄想にふけり、彼女にみとれていると、嫌そうな目でこちらを見返されているのに気付き、慌てて視線をテレビに移す。

強い酒を飲んだらきっと記憶をなくし、突然さわったり抱き付いたりしてしまうから焼酎のお茶割りをチョビチョビと飲む。

何かのきっかけで彼女がニコッと笑い返してくれるとドキッとして、残りの酒を一気に飲んで勘定を済ませる。今日はもうこれ以上にいい気分になることがないのがわかっている。後は下がるだけだから今日はもう終わりにして、いい気分のまままっすぐ家に帰って蒲団に滑り込んで眠ってしまえば彼女が夢にあらわれる。(山田)

 

| chat-miaou | 10:53 |
行きつけの店

 

行きたいと思える店が少なくなった。新しい店ができても入る気がしない。

もう数軒しか行く店が思いつかない。同じ店ばかりで飲むようになった。

チェーン店はどこの駅前にもあり、営業時間が長く、安くておいしい。非常に便利で使い勝手がよく、みんな貧乏だからこれから先しばらくは日高屋か焼き鳥チェーン店で酒を飲むのが主流になる。

比較的値段の高い個人経営の店は客数が減り、どんどん売り上げが下がっている。個人経営の店がチェーン店並に値段を下げれば生活していけなくなる。全体的にみんなそうで、個人店はどんどん減っていく。儲けより「やっていければいい。店をやめたくない」という考えの店主が増えている。

個人店にはチェーン店にない個性がある。

1軒目スナックで1時間飲み、2軒目焼き鳥チェーン店で1時間飲み、まだ家に帰りたくない気分だったので、もう一度1軒目で飲んだスナックに寄った。

「あれ? 忘れ物?」

「語り足りない。さっきは忘れてもう一度飲み直そうじゃないか」

「なんだか大げさね」

知らない店に入ってつまらない思いをするよりも確実にいい店でもう一度飲んだ方がいい。

ずっとそこで飲んでいればいいというわけにはいかない。長居は嫌われるし飽きられる。大人の男は河岸を変えながら酔いのペースをリセットしていく。

どこの店も儲かっておらず将来を不安に思って元気がない。1日に何回行ったっていい。客数が多いと店主は嬉しそうな顔をみせる。これはお金の問題ではない。

飲み屋を大切な友達と考える。元気のない友達を応援する。人を救うことなんてできないから、飲みに行きたくなったらその店に行く。無理して行くと盛り上がらないから気が滅入り応援にはならない。

なくなっては困る店がある。この気持ちはチェーン店に対する気持ちとは違う。追い込まれ、一人でじっとしていられない夜、時間つぶしに付き合ってくれた人がいる。個人店経営者は接客にかなりの労力をつかい、命をすり減らしているようなところがある。家賃や店の維持費の一部と思えば高くはない。自分が行かなければ本当に店がつぶれてしまう。(山田)

 

| chat-miaou | 14:09 |
居酒屋に流れる音楽

 

悩み事があり、一人黙って考えごとをしに居酒屋へ行った。

カウンター席で熱燗を飲みながら考え事がしたかったから、そんな雰囲気の古い居酒屋へ入ったのだが、店内に流れる音楽が店の雰囲気と合っていない。

小泉今日子ばかりが流れて、落ち着かない。『なんてったってアイドル』を聴きながら考え事なんてできない。どんな顔をして熱燗を飲んでいいのかわからない。居場所がなくなり、落ち着いて座っていられない。

居酒屋で流れる音楽は大切で、大人の男が飲む店でアイドルの歌謡曲は絶対に似合わない。ボリュームもかなり大きいし、まだ早い時間で客は私一人だけだったので音楽を止めてもらえないか頼んだ。

70歳ぐらいの女将さんの顔をみながら聴く『渚のハイカラ人魚』はかなりの違和感だった。ずれ過ぎていて正直いって気分が悪くなった。お年寄りが若いふりをすると変なことになる。老夫婦がキョンキョンを聴いているのはやはりおかしい。家で聴くならもちろん何も文句はない。居酒屋ではゆっくりと酒の時間を楽しみたい。店の雰囲気に合った、せめて違和感のない音楽を選んでほしい。そうでなければ酒なんて飲めない。

「すいませんけど、他にお客さんが入ってくるまでの間、音楽を止めてもらうことってできないですかね、これ、少し騒がし過ぎますね」

「キョンキョンお嫌いですか?」

「いや、大好きですけど、ちょっと今はこういう音楽を聴く気分じゃないんで」

「私もキョンキョン大っ好きなの。どんなの流しましょうか?」

「どんなのでもいいけど、何もなくてもいいけど、そうだなあ、この店と女将さんの雰囲気なら民謡、津軽三味線」

「演歌でもいいですか? 有線で」

ということで演歌を流してもらったら、『襟裳岬』が流れてきて、店の雰囲気にピッタリ合って一気に熱燗がうまくなった。演歌の有線放送はいつまでも名曲ばかりが続き尽きるということがなく、日本の演歌文化はすごいとおばあさんと語り合い、全然考え事ができなかった。(山田)

 

| chat-miaou | 12:27 |
空気の読めない人

 

よく行く居酒屋に空気の読めないおばさんが働いている。

私がビールを飲んでいて、あと二口ぐらいになると寄ってきて「さ、どうぞグッと空けちゃってください。次いきましょう」といってくる。

酒の強要は御法度だから二度目にいわれた時に「自分のペースがあるから。俺は自分のペースで飲んでいるから」と不愛想な顔をして注意すると「失礼しました」といって去っていった。

55歳ぐらいのおばさんで、こういう人は注意しても今さらなおらない。こちらが不愉快な思いをしているのに気付いていない。全然面白くないのに仁義を切るようなポーズをとって客に酒を強要して回り、本当に迷惑だ。

いつもここで飲んでいる常連のおじいさんにもまた同じことをいった。

「うるせーなこのババア! 俺はてめーなんかより何十年も前からこの店で飲んでんだ、余計なこといってんじゃねーよ! このブスが!」

おじいさんは顔を真っ赤にして眼鏡をずらしながら大声で怒鳴った。入れ歯がはずれてしまうほどの剣幕だった。

みかねた店長が「あんた、お客さんに余計なことをいっちゃだめだよ」と注意した。空気の読めないおばさんは下を向いて謝っていたが、どこか嬉しそうにみえる。反省していないのがわかる。またやる。きっと子供の頃からずっとああいう人でちっともかわらない。

このおばさんと他の店で遭遇した。カウンター席で何席か隣に座って飲んでいた。

カウンターで料理をつくっているマスターの後ろの壁にゴキブリがあらわれた瞬間、空気の読めないおばさんがガバッと立ち上がり「キャー! ゴキブリよゴキブリよ! ホラホラあそこあそこ、かなり大きいわよ、やーだ、やーゴキブリよゴキブリゴキブリ、あそこあそこホラホラ、マスターゴキブリだって! ゴキブリよ、ゴキブリだって! やー」とたった一人で大騒ぎし、マスターも他の客も誰もが迷惑そうな嫌な顔をし、店内は騒然となり、私はすっかり彼女のファンになった。(山田)

 

| chat-miaou | 11:18 |
元不良

 

よく行く居酒屋に、元不良の女の子がアルバイトに入った。

茶髪で、眉毛が細くて、目つきが反抗的で、それまで働かずに生きてきたのだと思う。たぶん高校中退で、年齢をごまかしてキャバクラで働いたことがある。

もう19歳だし、彼氏と結婚したい。落ち着きたくなった。しかし、学歴がないから普通の会社は無理そうで、とりあえず近所の居酒屋で働きはじめてみることにした。

居酒屋の女将さんが恐い顔をして、もっと大きな声を出すように注意した。もっと笑顔をつくるようにいった。ユウカちゃんは客の前で注意され、赤い顔をしてどうしていいかわからず、かわいそうだった。

ユウカちゃんは実はとても美人なのだった。周りの汚らしい不良に染まり、同じように汚らしくてダサかった。服装もピンクや光ものが多くかなりみっともない。しかし、スタイルもよく、つまらなそうな顔をして洗いものをする姿が絵になっている。養女にして教育してやりたいほどで、本当はやればできる子だ、と我々は気付いていた。

家庭環境が悪かったのだろう。夜、家で一人でいるのが嫌で不良グループに入り、煙草を覚え、シンナーを吸い、喧嘩が強い不良の彼氏と同棲してここまで生きてきた。そういう生き方が姿にあらわれていた。

ユウカちゃんは偉かった。女将にしつこく嫌味をいわれても居酒屋をやめなかった。

ユウカちゃん目当てで客が通った。お菓子をお土産にもってくる。誕生日にはケーキを買ってくる。笑顔なんてどうでもいい。声は小さくて全然かまわない。女将もユウカちゃんを見習って笑わず、もっと声を小さくして、ユウカちゃんに店を任せて、引退して隠居してユウカちゃんに店をただで譲ってあげて自宅でゆっくりしていてほしい。ユウカちゃんが店にいてくれるだけで酒がうまくなる。

この居酒屋はかなり居心地がいい。いい店にはいい客が集まる。ユウカちゃんが勤めて1年経った。まだ若いユウカちゃんはこの店に染まった。茶髪がみずみずしい黒髪に変わり、眉毛が太くなり、女房にしたいほど洗練された美人になった。仕事に慣れ、酔っ払いのおやじたちの話を聞いてくれ、目が合うとドキッとしてうろたえてしまうほど美しい。声も少し大きくなっている。(山田)

 

| chat-miaou | 10:46 |
『金ではなく鉄として』

 
 

ブックオフで中坊公平の本をたくさん買い込んだ。どれも108円で、内容も似ていて、やはり『金ではなく鉄として』が一番面白い。

森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を務めた中坊は50軒の被害者家族を回った。各家で世の中の真実を見た。44歳の遅過ぎた青春がやってきた。中坊は変わった。金儲けだけの仕事ではだめだ、と気づかされた。

ミルクを飲んだ赤ちゃんたちに後遺症が残っていた。

コウジ君は訳もなく乱暴になってしまい、健康な兄弟の勉強の邪魔をしてしまう。小さいうちはお父さんが力づくで止めたが、大きくなってお父さんも止めることができなくなると、自分から精神病院に入るといった。たまに家に帰ってきても暗くなる前に一人で病院に帰っていく。みんなで晩ごはんを食べると泊まっていきたくなり、病院に戻りたくなくなり、またみんなに迷惑をかけてしまう。気持ちを察したお母さんも「泊まっていけ」とはいえなかった。

タケオ君は生涯に3つの言葉しか口にできなかった。「お母さん」「ごはん」「アホウ」の3つのうち「アホウ」は外で覚えてきた。外で遊ぶのが好きだったタケオ君が外出すると近所の子供たちに砂や水をかけられるのだが、絶対に泣かなかった。泣くと面白がられ、さらにいじめられることを知っているので泣くことは許されなかった。泣くこともできないと笑われたが、家に帰るとお母さんにすがって泣いた。タケオ君の服には「この子が迷子になったらお電話ください。お礼を差し上げます」とゼッケンが縫いつけられていた。
就職が決まったと二階から知らせに来てくれた子が、ひと月後にはクビになり、もう下へ降りてこない。

通ううちに話をしてくれるようになった手足の不自由な子が、皿に注がれたお茶を犬のようにして飲み始めた。

中坊が法廷で被害者たちについて語ると裁判官が天井を向いて涙をこらえた。裁判官という立場上、涙をみせることができない。

中坊が森永ヒ素ミルク中毒事件の弁護団長を頼まれた時「かかわりあうとこっちが危ない」と思った。大企業と国が相手で、支援する弁護士も左翼系、順調で平穏だったエリート弁護士生活が失われるかもしれない。中坊は左翼嫌いの父に助けを求め、尊敬する父の反対を口実に弁護団長の役を断ることに決めた。

事情を説明した中坊に父がいった。

「お前をこんなに情けない子に育てた覚えはない。子供に対する犯罪に右も左もあるか。お前はこれまでに一度でも人様の役に立ったことがあるのか。何のためにお前を育てたのかわかってんのか」

中坊はテレビのインタビューや本の対談で被害者の話をする度、涙をこらえ、声をつまらせながら語った。
『金ではなく鉄として』は朝日新聞に連載されていた時から愛読していた。読み終わった本はすぐに捨てる私はこの本をもう5回以上買っている。
何度読んでも涙が出てくる。鉛をのんだような気持になる。自分の部屋でも、電車の中でも、図書館でも、モスバーガーでも、今日はマクドナルドで読んでいて涙が止まらなくなったが、涙の意味はわからないままでいる。(山田)


 

| chat-miaou | 01:01 |
『愛の罪をつぐないます』


 

アマゾンでなんとなく買った伊藤素子『愛の罪をつぐないます』をなんとなく読み進めているうちにぐいぐい引き込まれ、最初から読み返し、何度も繰り返し読み返している。面白い。

目がきれいで背が高くて星の王子さまみたいな男に憧れていた銀行員伊藤素子は婚期を逃す。小さい頃からチョコレートの包み紙さえシワを伸ばして小箱にしまうような子供だったので勤めをはじめるとぐんぐん貯金が貯まった。

700万円貯まった頃に、銀行の客だった遊び人と出会う。結局この男に900万円貸すことになる。

「目がええ。くるっとしてチャーミングや。たまには美しい女性と別の世界にとけ込んでいたいんや。ええやろ? 好きや、ほんまや」

口説き上手な男だった。

素子の告白が素晴らしい。

「女性の扱い方をよく知っていたので驚きました。自分の体がこわくなりました」

金の話はラブホテルのベットでした。執拗に愛撫されながらそんな話をされると「はい」と答えてしまった。

「『かわいいなあ』そういって私の肩を抱きました。強く抱いたかと思うと、二の腕のあたりをそっとなであげます。全身が熱くなり、肩に力をいれますと、『敏感な子やなあ』といって南さんは私を抱きしめ、下半身を脱がせました」「急に荒くなったり、やさしくなったり、とにかく、私の体を動物にできる人だと思いました」

挿入されながら頼まれ、入ったばかりの給料も貸した。

初めての海外旅行は南と二人で香港へ行った。ロマンチックな素子は彼と腕を組んでネオンが輝く街を歩きたい、おそろいのブレスレットを買いたい、香港にも、つけ麺大王みたいなお店があるかしら、と夢想した。

そして1981年、素子が33歳の時、つけ麺大王で食事をした帰りの車の中で犯行をもちかけられる。「お前と外国で暮らしたいんや」「お前の人生オレがもろうた」

振込み操作で現金5000万円を引き出し男に渡し、素子は500万円もって一人フィリピンに飛んだが南がくることはなかった。

「彼に抱かれていたときは、何もかも忘れて燃えました」

フィリピンで「南のこと好きですか?」と聞かれた素子は「死ぬほど愛しています」と答えた。(山田)

 

| chat-miaou | 01:01 |
日本の宝

 

デザイナーの友達と喫茶店でコーヒーを飲んでいて、一番好きな作家を聞くと根本敬だという。私も一番好きな作家を聞かれたら迷わず根本敬と即答する。

「根本さんの本を読んだら世の中が楽しくみえるようになった」

たしかに根本さんの本を読む前と後では世の中が違ってみえる。

「不快を楽しむ」(『特殊まんが前衛の道』)という根本さんの言葉がある。根本さんがベテランエリート編集者に「○○は、よーく勉強しているよー」と他の売れっ子漫画家の話をされ、根本さんはその不快な言葉を繰り返し思い出して楽しんでいる。根本さんの本を読むと、威張っている人や、つばきを飛ばしながらブチ切れている人や、金とセックスのことばかり考えている人、タカリ、金持ちなのにどケチでセコイ人、自慢している最中の人、説教中の人が一瞬愛おしくなり、輝いてみえ、しばらくみとれてしまう。

『因果鉄道の旅』に出てくる怪人・内田を読んだら、自分の周りの人間がなんだか内田にみえてきた。根本さんのああいう視点はそれまでになかった。内田を読んだら、自分の家族も友達も周囲の人間が内田にみえてきた。誰しもがもつ内田的要素に気付き、過敏になる。別の視点から人間をみるようになる。19993年に『因果鉄道の旅』が出版されると多くの人が影響を受け、因果を語るようになり、影響を受けた本がたくさん出たが、足元に及ばない。「でもやるんだよ!」は『週刊SPA!』の「バカはサイレンで泣く」流行語大賞を受賞し、『因果鉄道の旅』はこれまでに10万部以上売れているらしい。

根本敬が一番好きで、そういう感覚の人が一緒に仕事をするようになっている気がする。芸術家、出版業界で活躍する人の多くが根本さんを尊敬している。文庫版『人生解毒波止場』の町山さんの解説文に感動した。あんな文章を書ける編集者はいない。誰にも真似のできない作家とそれを担当した名編集者だからあのような解説が書ける。

根本さんがクラウドファンディングを募るとすぐにお金が集まる。ファンが心から応援しているのがよくわかる。お金を出してでも根本さんの活動を応援してもっと作品を発表してもらいたい。

ナンシー関は著書で根本敬を読むことをすすめた。青木雄二も根本敬をほめていたという。石野卓球は根本敬が自分のルーツだといい、電気グルーヴの名曲『虹』では歌詞に根本さんの本からの言葉がつかわれた。横山剣も根本さんの影響を受けている。根本敬を避けて通るわけにはいかず読みたくなるようになっている。

読み終えた本はすぐに捨てると決めている私は何度も根本さんの本を買いなおす。何度もお金を出して買わずにはいられないほど読みたくなる。そして何度読んでも他の本よりずっと面白く、著作を揃えてしばらく読みふける。

集中して読んだ一人の作家の本は飽きがきて、いつしか手にすることもなくなるものだが、20年経っても一番面白いままでいる。読み返す度にほとんどの話を覚えている。読んだことのない文章で他の人が知らないような話ばかりだから衝撃が強く残り、一度読んだら忘れられない。まだ読んでいない人が羨ましい。初めて読んだ時はどの本も止まらず一気に読み終えた。たまに新刊本が出てもずっとテーマは同じで裏切られるということがない。根本さんの本に関してだけは「もう飽きた」といった人がいない。

『電気菩薩』(上巻)はかなりぶ厚くて重く、それでも止まらず一気に読み終えクタクタになった。面白いだけではなく、とても恐ろしく、最後の最後まで感動の連続だった。佐川一政との友情が素晴らしく、夏目漱石が書くレベルの友情が描かれている。一度読んだだけでは到底理解できない。再読に値する。興味本位で根本さんの世界に近づくと頭がついていけず死ぬこともあるのだとよくわかった。『電気菩薩』は下巻も予定されていて、下巻の予定目次が上巻に載っているのたが、上巻が発売自粛になってしまったので下巻は存在しないのでなおさら読みたくなる。

人を殺したという男が、両手をつかって指を6本立て「5人」という。左手の小指がない。(単行本版『人生解毒波止場』)根本さんの本にはこんな話が次から次に満載されている。普通の人ならこんな話は一生にいくつも出会えない。並大抵の取材力ではない。覚悟と格が違う。

誰の真似でもない天才は自らの特殊な感受能力を小学校6年の時に気付いている。週刊誌を騒がせるほどの学校のヤクザ教師にありがたいものを覚え初恋している。本格的研究は大学生の時からはじまり、この頃からミニコミとしてまとめている。

いつまでも根本敬だけ読み続けたいがなかなか新刊が出ない。根本さんのファンの方がユーチューブやニコニコ動画に根本さんが出演した番組をアップしてくれる度に、飛びついて視聴する。根本さんの話だけはいつまでも集中力が続いたままパソコンの前にずっと座って聴いていられる。一言も聞き逃したくないからそのままICレコーダーをパソコンの前に置いて録音し、アイポッドに落として繰り返し聴く。NHKラジオもロフトラジオも「珍人類白書」もどれも貴重で得るものが多い。勉強になった。「真夜中のハーリー&レイス」に出演した時は例の殺人事件について語っているというが聴けないでいる。後世のためにも根本さんの発言は全て活字にして残してほしい。

根本さんのような本を書くのは無理だから、根本さんのインタビュー集を出版して欲しい。どんな話でもかまわない。いくらでも読みたい。

1『因果鉄道の旅』2『電気菩薩』3『人生解毒波止場』4『映像夜間中学講義録』5『特殊まんが 前衛の道』6『タバントーク』を繰り返し読んでいる。7『夜間中学』も面白い。

根本敬の絵はフランスで人気がある。昔の『ガロ』の古本が外国で高値で取引されている。実は普通の絵も描けるが二度と注文がこないような絵を描かなくてはならないと決めている。そんな人、他にいない。

原稿料がなかった漫画雑誌『ガロ』出身の漫画家たちに魅力的な人がそろっている。東陽片岡は人物に鼻毛を描かなければ納得がいかない。表紙用に汚くない絵を頼んでも必ず鼻毛を描く、ゴキブリも描く。汚くなければ自分の絵ではないから汚く描く。注文が少なくなっても仕方がない。ギャラのいいTVに出るために自分の生き方や趣味をかえるようなことも絶対にしない。

アニメ製作を決心した杉作J太郎は、たくさんのスタッフが仕事をできるように広い部屋を借り、家賃を払うのに苦労した。製作が正式決定してから部屋を借りればいいのに、それでは納得がいかない。まずは貧乏でなければ自分ではない。ウソをついては本物の作品はつくれない。まずは部屋を借りてから行動をはじめるが、なかなかアニメ製作は開始できない。

花輪和一は「影響を受けていない」を理由に手塚治虫文化賞のノミネートを辞退した。

自ら貧乏になる道を選ぶ姿がかっこいいから、感動したファンが本気で応援する。できることならあんな生き方をしてみたい。

根本さんのラジオのゲストが石野卓球だった。勝新太郎の『サニー』がリクエスト曲だった。次回のゲストは同じ電気グルーヴのピエール瀧で、リクエスト曲が同じく勝新太郎の『サニー』だった。1曲目は石野卓球リクエストの勝新太郎『サニー』が流れ、2曲目はピエール瀧リクエストの勝新太郎『サニー』で、2曲そのまま連続で全く同じ曲が流れ、そんなラジオははじめてで感動的だった。

根本さんの本に登場する人たちは魅力的で、私はその中の一人に会ったことがある。根本さんが書くと面白いのに、私が会ったその人は普通の人だった。根本さんには世の中が凡人と違ってみえている。凡人を超えた目、理解力、解釈があり、それを凡人にわかるような言葉に変換して教えてくれる。

好奇心の強い柳田國男がもしも根本敬の本に出会ったらきっとすぐに全冊注文する。柳田國男の描く世界と根本さんの描く世界には似たところがあり、資料的価値が高い。ドストエフスキーも変人が好きで、ロリコン、タカリ、金持ちなのにどケチでセコイ人、ブチ切れている人、つばきを飛ばしながら威張り散らしている偉い大人、人殺しなどを好んで小説に書いた。ドストエフスキーが根本さんの本に出会ってもびっくりして全冊注文する。ドストエフスキーに心酔した青木雄二だから根本敬のよさがわかる。きっと100年後にはロシア語に翻訳された根本敬をロシア人たちが読んでいる。テーマが特殊なので今は立場上根本さんを絶賛できない人がいるが、時が経てば全集も出るだろうし、外国人が根本敬を読む時代がきて研究者も学者もあらわれる。『毛皮を着たヴィーナス』を書いたザッヘル・マゾッホか、それ以上に世界的に有名になる日が必ずやってくる。翻訳された文章では微妙な日本語のニュアンスが伝わらない。日本人にしか理解できない空気もある。世界で一つの才能が日本にある。同時代に日本に生まれ、日本語で根本敬を読める喜びを味わう。

根本さんに会った人は嬉々としてその感激を話す。波うち際の浜辺で戯れる裸のおやじたちの写真(『ディープ・コリア』のカバー裏)をみせてもらった感激を興奮して話す。

犬のエサ箱をタワシで熱心に磨くおやじがいる。そんなにきれいに洗わず、チャッチャッと水で流せばいい。「でもやるんだよ!」とおやじが怒鳴り、全世界が感動に震える。

誰にも真似できない。インターネットが普及する前、無数のかくれた才能の存在を語る人が多かったが、インターネットが普及し、誰もが文章を発表できるようになると、かくれた才能は存在しないことがわかった。インターネットがなくても才能はちゃんと開花していた。放っておかれる才能などない。根本敬が描く世界も無数に存在するように思われていたが、根本さんしか書くことのできない世界だった。(山田)

 

 

| chat-miaou | 05:01 |
『くにとのつきあいかた』

 

15歳の時、池袋の大きな本屋で蛭子能収の漫画を立ち読みしてから夢中になった。汚くて卑猥な絵が多いから電車の中で堂々とページをめくることができなかったが、今すぐに読みたくて家まで我慢できない。それまで読んだことのない漫画で、すっかりファンになった。池袋の本屋で、テレビが伝えるのと違う面白いものをたくさん知った。

JICC出版局の漫画シリーズをみつけ、蛭子さんの『超短編傑作漫画集』とキャロル霜田『ウルトラマイナー』を買い、帰りの電車で笑いをこらえながら読んだ幸福な時間を忘れられない。

20歳の時、蛭子さんの『くにとのつきあいかた』を新刊本で買い、文章のうまさに感動した。名文が並ぶ。読んでも読んでも名文が続く。文章に引き込まれ、蛭子さんに共感して笑う。この本は現在絶版で、刷り部数も少なかったからなかなか手に入らない。また読みたいから探しているのだが、アマゾンにもヤフオクにもない。『思想の科学』という雑誌に連載された文章をまとめた本で、連載中から愛読していた。最初は「不良とつきあう」がテーマで、「ツッパリ漫画で気の良い不良がでてくるが私は信じないし、もしそんな不良がいたとしてもつきあいたくない」ときっぱり書いている。

『くにとのつきあいかた』の続編は『正直エビス』で、こちらは蛭子さんがテレビに出てメジャーになってから出版された本なので刷り部数も多く今でも入手できる。少しやわらいでくるが同じペースで面白さが続いている。

蛭子さんは本を読まないことで有名だが、こんなに面白い文章を書ける。根本敬が「読書量と文章のうまさが関係のないことは蛭子さんの文章を読めばわかる」というようなことをどこかで書いている。

蛭子ファンならわかるが、最近の蛭子さんは文章を自分で書いていない。話した内容をライターがまとめている。蛭子さんの文章ではないことがすぐにわかる。それほど蛭子さんの文章は独自で面白い。蛭子さんにしか書けなかった。蛭子さんは原稿チェックをちゃんとしないことでも有名で、ライターがまとめたままの文章はやはり蛭子さんらしさが薄い。蛭子さんの本は年々面白くなくなっていくのに、売り上げは伸びているのが面白い。

蛭子さんの本から学ぶことは多いので、出ている本は全部読んだ。はじめて『ガロ』に入選した時、奥さんと飛び上がって喜び、アパートでカレーライスでお祝いをした話に感動した。いじめっこや犯罪者に対する見解も素晴らしい。「死んだ方がいい」「犯罪者の遺伝子を残してはいけない」「逃げずに自首しなさい」と正直に書いている。

『くにとのつきあいかた』に「昔の友達」に関する文章があり、傑作の一つだ。頭の中に残って忘れられない。

昔の友達が訪ねてきて、金を借りにくる。昔の友達は金を返してくれたことがない。昔の友達は今でも絵を描いている。蛭子さんは芸術を愛しているが、今では半分は冗談で芸術を愛し、芸術家より生活者として生きている。昔の友達は金を貸してくれたお礼に自分の描いた絵を置いていったが、蛭子さんの奥さんが「そんな絵、みたくもない」と怒った。数ページの文章なのに傑作短編小説と同じ威力がある。しかも入手できないから再読することができず、頭の中で名文が何度も繰り返しよみがえり、さらに名文になっていく。映画化して欲しい。文庫化して欲しい。

太宰治も短編小説『親友交歓』で昔の友達を書いている。声のでかいとても下品な自称友達が太宰を訪ねてきて酒をねだる。奥さんにお酌をさせようとする。井伏鱒二と飲もうと思っていた大事なウイスキーをみつけられてしまい、飲まれてしまい、しかももって帰ろうとする。(山田)

 

 

| chat-miaou | 04:01 |